「浩宮の乱」と呼ばれた当時の皇太子殿下(現、今上陛下)の異例のご発言。それは、苦しむ雅子さまをかばうものだった。当初メディアは雅子さまに同情的で主犯探しが始まったが、徐々に「雅子さまバッシング」に繋がっていく序曲となった。この「人格否定発言」とは一体何だったのだろうか?
結婚後の雅子さま
美智子さまバッシングがあったように、雅子さまバッシングもまたあった。そしてこちらのほうがより長期間にわたり、より激しいバッシングとなった。雅子さまはご成婚後から即位直前までの25年にわたってバッシングを浴び続け、その攻撃の度合いは2006~2016年あたりがピークだったのではないかと思う。
2004年に皇太子殿下(当時)は、記者会見で「それまでの雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」という異例の発言(人格否定発言)をし、メディアのみならず宮内庁、天皇皇后両陛下さえも驚愕させた。平成の時代、私は天皇皇后両陛下(当時)周辺の役職を転々としていたが、確かに宮内庁内で「雅子さまを訝しがる」声はあった。正直に告白しよう、私もその一人であった。
雅子さまは海外留学なども長く、バリバリのキャリアウーマンであり、皇室のなかでも明らかに“違い過ぎる存在”だったため、旧来的な価値観に縛られている宮内庁と度々衝突があった。美智子さま以上に、雅子さまは新しい時代の先駆者だった(今から思えばそのような方を伴侶に選んだ今上陛下の肝の据わりには敬服せざるを得ない)。
宮内庁と東宮の対立、雅子さまの人格否定
宮内庁としては「男子のお世継ぎが優先で、公務などは控えめに」という要望を度々東宮職に伝えていたが、雅子さま(そして当時の皇太子殿下)は「自由にやらせてほしい」という立場を崩さなかった。この両立場の衝突が、宮内庁による「雅子さま人格否定」に繋がったのだ。つまり「いくら学歴があっても、石女(うまずめ)は不要」といったような発言がおおっぴらに宮内庁内で囁かれるようになった。雅子さまは“美智子天皇”との折り合いが今一つであったため、この雅子さまの人格を否定する流れは一層加速した。
なぜこの時、美智子さまは雅子さまを庇わずに、人格否定の流れを黙認したのだろうか? 当時は解らなかったが、今でこそよく解るような気がする。美智子さまは、雅子さまを恐れていたのだ。美智子さまは姑と折り合いが悪く、皇太子妃時代は常に一歩引き下がり我慢を強いられた。だが自身が即位するや、香淳皇后に“意趣返し”とばかりに様々な措置を取った。「いずれは私も皇太后になり、雅子さんが皇后になれば同様に追い詰められる」――。そのような思いが美智子さまの胸中を巡ったに違いない。
だがここで――そのような恐怖を抱きながらも――美智子さまが雅子さまとの仲を改善しようとしなかった事実は興味深い。これは推測でしかないが、美智子さまは紀子さまと良好な関係を築いていたことがその背景にあるのではないかと思う。将来、自身が皇太后になっても秋篠宮家が自分をサポートしてくれるに違いないから、東宮家(当時)は放置してもよいという算段があったということだ。
女性週刊誌などをはじめ、毎週のように信じがたいような嫁姑合戦や醜聞が皇室から漏れ伝わり驚く人も多いだろう。だが、はっきりいって皇室はこういうスキャンダルの塊なのが事実だ。立場も立場であり、世間一般の常識(場合によっては法律までも)が通用しないため、毎日のように浮世離れしたエピソードが生まれているのである。
(いずれ書くが、「週刊誌なんて誰も信じないから、週刊誌レベルのことはしても大丈夫」と思われている節のある皇族もいらっしゃる)
皇太子殿下「人格否定発言」の周辺
このような雅子さま蔑視の潮流は、ある意味、美智子さまのお墨付きを得た形でどんどん加速し、「雅子さまより紀子さまのほうが上」というような雰囲気さえ生み出した。今から考えれば皇太子妃よりも宮妃のほうが格が上などおかしな話だが、これがまかり通ってしまうのが「平成皇室」の恐ろしさだ。
「石女(うまずめ)」などと揶揄された雅子さまのご心労は計り知れない。その時、私は何もできなず、むしろ傍観することを良しとしていた。この罪悪感に今も後悔の念が堪えない。もちろん個人個人としては雅子さまを応援し、同情する宮内庁職員もいたことは事実だ。だが「宮内庁」という組織そのものが、雅子さまの人格を否定していた事実は動かせないと思う。本記事タイトルの結論を言うが、雅子さまをイジメていたのは「宮内庁」という組織に他ならない(追記:コメントでいただいたが、もし主犯を一人だけあげろと言われるのであれば、言いにくいのであるが、もちろんそれは宮内庁にモノが言える立場にある方だろう)。それが私の結論だ。(余談になるが、平成の終わり、令和が始まるころには、職員が個人個人としてだけでなく「宮内庁」という組織そのものが雅子さまを支える動きになったことはうれしい限りだ)
このような雅子さま「四面楚歌」の状況で、唯一声をあげたのは皇太子殿下(当時)だ。忘れもしない2004年の会見の場で「それまでの雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」とメディアに告白した。これは本当に勇気のいるご発言だったと思う。それと同時に、雅子さまへのプロポーズの時に仰った「雅子さんのことは僕が一生全力でお守りしますから」という言葉を貫いたのだ。皇太子殿下(当時)の誠実なお人柄を端的に示すもので、今思い出しても涙が出る。
私も同罪だった
だが正直に告白したい。このような心境に至ったのは、「人格否定発言」が起きてから10年以上たってからだ。皇太子殿下のご発言があった当初は「未来の天皇になり象徴となられるお方が、日本ではなく自身の配偶者の心配ばかりしているのは如何なものか」と複雑な思いを抱いていた。
言い訳したくはないが、私と同じ考えを持つ人は、保守派と呼ばれる人たちを中心に当時多くいた。 保守派重鎮の西尾幹二「皇太子さまに敢えて御忠言申し上げます」(WiLL 2008年5月号)や、保坂正康「秋篠宮が天皇になる日」(文藝春秋 2009年2月号)、橋本明『平成皇室論』(朝日新聞出版 2009)、山折哲雄「皇太子殿下、ご退位なさいませ」(新潮45 2013年3月号)のなかで、雅子さまを庇う皇太子殿下(当時)の態度が天皇として相応しくないとばかりに叩き、離婚や退位すら薦めるという暴挙に走った。
さすがに私はここまで過激な意見は持っていなかったが、宮内庁は旧態依然とした場所だ、やはり当初は保守的な考えを持っていた。この考えが変わっていった理由は一つではなく色々ある。何かをきっかけに一度に変わったのではなく、徐々に10年ほどかけて徐々に変わっていったのだ。
今思い返すと次のような経緯があったと思う。バブルが崩壊して、企業戦士という言葉がもはや死語になり、ブラック企業や過労死などが社会問題となった。この時、「会社のために家族を犠牲にする夫と、会社よりも家族を大切にする夫のどちらが尊いか?」としばしば考えるようになった。答えは明らかだろう。皇太子殿下は、まさに本来あるべき家庭像を身をもって呈したのだ。妻を守れない方が象徴になるよりも、妻を必死に守る方が象徴になったほうが尊いと私は信じて疑わない。
このことに気付かされてから私は皇太子殿下を心より尊敬するようになった。
私も同罪です。
雅子様を批判した時期がありました。
しかし、その償いとして、今はとにかく皇后陛下に思いやりの気持ちを持つ様に心がけています。そうすることが、私の人間性の回復にもなっております。
宮内庁職員に限らず、世の中の多くの人が、日常生活で抱える様々なストレスを、優秀な皇太子妃雅子さまが弱り、大っぴらにバッシングしても批判されない風潮に奢り、雅子様をバッシングすることにより、己の劣等感を優越感に変えてていたのだと思います。
このような風潮の中、よくぞお命を絶たれずに、生きていてくださったと思いませんか?このような逆境の中、弱ったクワガタを保護して、増え過ぎた程に繁殖された方。愛子内親王殿下をご自分のストレスのはけ口にせず、あんなに素晴らしくお育てになった方。
本当に稀な、強く、優しい、素晴らしいお心の持ち主でいらっしゃいます。
私は皇后陛下雅子様への償いとして、周りの目を気にせずに、堂々と雅子様支持と愛子内親王立太子を公言しています。
誰に何を言われようと、以前の自分の雅子様を見る目は間違っていたし、償いをしたいと思っているので、今後も報道でどれだけ雅子さま非難とセットとなった他の皇族賞賛は受け入れないし、ここまで苦難の道を歩きながら、ご自分の素晴らしさを見失わなかった雅子様なので、雅子様のなさることを信じ、全て善意解釈します。
私は、皇后陛下雅子様を生涯信じ、支持します。
この方以外に、徳仁天皇陛下に相応しい方はいらっしゃらないでしょう。
経歴ではなく、お心が素晴らしすぎます。
皇室に嫁いでくださって、本当にどうもありがとうございます。
存在してくださって、本当にどうもありがとうございます。
雅子様をお産み、お育て下さった小和田様ご夫妻にも深く深く感謝いたします。どうか小和田様ご夫妻が、お幸せに長生きしてくださいますように。
>「会社のために家族を犠牲にする夫と、会社よりも家族を大切にする夫のどちらが尊いか?」としばしば考えるようになった。答えは明らかだろう。皇太子殿下は、まさに本来あるべき家庭像を身をもって呈したのだ。妻を守れない方が象徴になるよりも、妻を必死に守る方が象徴になったほうが尊いと私は信じて疑わない。
徳仁天皇は、妻と会社(皇室)の両方をお守りになりました。この方以上に神に近くなられた方を知りません。そして雅子様は現在の現人神たる徳仁天皇の愛を一身に受け、この世で唯一無二の存在として徳仁天皇を癒す方です。そして愛子内親王殿下は、このお二人の直系の唯一のお子様です。よくもバッシング出来るものだと思います。
宮内庁の方って、やはり国家公務員になれた方だし、生い立ち的にも本が書けるような経済的ご苦労をされていない方が多いと思うのです。例えば、私の知人女性なのですが、元は裕福なおうちの方なのですが事業に失敗して財産を無くし、ご主人も若くして小学生のお子さんを数人残して無くし、この女性が畑で作った野菜の料理を、リヤカーを引いて売って回り、お子さんは学校へ登校する前に、早朝未明に畑で取ったキュウリを、遠くの町に毎朝売りに行き、それらのお金で子供は皆、京大に行きました。伝説の家族です。
こういう話が、宮内庁の方々には別世界でしょうが、国民の間にはゴロゴロあるのです。
だから、国民は強く、温かく、聡明な人が多いのですよ。「妻か会社か」なんてナンセンス。両方取りしている人はゴロゴロいますよ。私だって両方取りを狙っていきます。
しかし、ブログ主様は好きです。落ち込まないで、ご自分に自信をもって明るくお過ごしください。そういう生き方が相応しい方です。
>徳仁天皇は、妻と会社(皇室)の両方をお守りになりました
同感です。
「会社のために家族を犠牲にする夫と、会社よりも家族を大切にする夫のどちらが尊いか?」
これって、皇太子ご一家を不当にバッシングしてきた典型的なやり口だと思います。
皇太子殿下(当時)は「公」の部分を蔑ろにされることなどなかったのに、まるで妻や子のことばかりを考えて公の部分はいいかげんであるかのように書いてきました。
お世継ぎ優先を名目にご夫妻の海外訪問を制限していたことは、当時の宮内庁長官も会見で認めています。
「会社のために家族を犠牲にする夫と、会社よりも家族を大切にする夫のどちらが尊いか?」
申し訳ないですが、当時の宮内庁の空気の一端を垣間見た気がします。
不快な思いをさせてしまい申し訳ございません。一つだけ補足させていただきます。平成流のため公務は夫婦同伴が「あたりまえ」という風潮でした。それを踏まえての「会社」であり「公」という文章でございます。当方の文章で不快な思いをさせてしまいましたことを重ねてお詫び申し上げます。
言い訳になりますが、宮内庁や皇室は、男性優位の構造で成り立っており、私も知らず知らずそれに染まっているものと思います。また気になる点がございましたら、ご叱正いただければ幸甚に存じます。
勇気のいる告白、胸を打ちました。
雅子さまの心温まるエピソードがたくさんあり、いずれ紹介したいと思います。
是非雅子さまを応援し続けていただければ、私もうれしく思います。
勇気のある方には、勇気のある人が集まります。
ご自身を誇りに思い、自信を持ってください。
今までの事に心をいたずらに悩ませず、明るいお気持ちでお過ごしください。
雅子さまいじめは上皇夫妻が先頭に立ってやってたんじゃないんですか?宮内庁がいじめてたのを黙認してただけなんですか?湯浅とか羽毛田長官がいろいろ当時の皇太子ご夫妻にエラソーに会見で説教してたのはやっぱり背景にあのいと畏き方のほうからの指示があったからだとしか思えないんですが。普通役人の身分で皇太子ご夫妻に独自判断で指図なんてできないでしょ。
イジメに関しては色々とエピソードがあります。ですが「先頭に立って」という表現が適切かどうかは人によって異なるため、慎重を期して用いておりません。どうぞよろしくお願いいたします。
私はずっと雅子さまのファンで注視してましたが、こんな話じゃないでしょう。
いっぺんにこのブログの信用がなくなりましたね。
穏便に皇室を続けていくために、ごまかし続ける、
これが皇室の掟ですからね。
子供ができるできない、あるいは男か女か、それが問題で、
いろいろトラブルが起こったり雅子さまが病気になった、長く表に出て粉うなった、というのは
ことの本質をうまく隠すためのよくできた(そうでもないと思うが)物語ですよ。
それで一応、すべて正当化できますからね。
しかしあとでまた、よその国から不都合な公文書などが出てきてばれますよ、嘘が。
すでに外国紙は、こうした日本で定形化しつつある「雅子さまおかわいそう物語」を一切書かなくなってます。
雅子さまに対しても2重3重に失礼な事です。
すでにこの10年あまり、皇室の不都合な大昔の事実が次々にばれましたからね、すべて外国から。
雅子さまはお気の毒でしたよ、とんでもないところに嫁いだと気がついたんですから。
卒倒しただろうと思います。ご自身でもいろいろお調べになったはずです。
日本の皇室というところは、続けていくためには何でもやるところです。
国を売ることさえ厭わなかったんですから。
元宮内庁職員まで連れてきて、ことを穏便におさめるようブログをさせるなんて、朝飯まえのことです。
いったい、どんな陰謀論をお考えになっているのか存じませんが、ブログ主さんを使って誰かが何かをしようとなんてことは無いと私は思います。
贖罪の気持ちも込めて、できるだけご自身の信じる真実を書こうとされているのだと思います。より近くにいらっしゃったのですから、より本当のことに近いと思っております。勇気のいることでしょう。一人の国民として真実を知りたい。
不快な思いをさせてしまい申し訳ございませんでした…。
>本記事タイトルの結論を言うが、雅子さまをイジメていたのは「宮内庁」という組織に他ならない。
>それが私の結論だ。
でも、その「宮内庁」を諫めることができるのは天皇陛下(平成時代)ですし、天皇陛下の口を開かせたくなければ、皇后陛下(平成時代)が諫めるべきだったのではないでしょうか。
平成時代の天皇皇后両陛下は皇太子ご夫妻を庇うどころか、テレビカメラが入っている公の場であるにもかかわらず、東宮妃雅子を無視したり皇太子ご一家に対して厳しい発言すらしました。
そうゆう天皇皇后両陛下の言動を見た「宮内庁」は、皇太子ご夫妻をイジメることなど平気だったでしょうね。
それらのことに関しては平成時代から「真実はどうなのか。」と、さまざまなブログで検証されています。潰されたブログやツイッターもありましたが。
そして令和になった現在、小内誠一さんが加わりました。小内誠一さんの勇気に敬意を表します。
わたしは皇太子殿下の、
「それまでの雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」
とゆう発言を聞いた時、昭和天皇の御言葉を思い出しました。
「良宮も子育てをしたよ。夜は乳人がみたが、昼は良宮も乳をあたえてオシメをかえたよ。」
天皇徳仁は昭和天皇からも、さまざまなことを聞いてらしたのでしょうね。
仰る通りで、雅子さまバッシングの時、どうして周りの皇族方が黙っておられたのか悲しくて仕方ありません…。
長くブログが続けられるよう頑張っていきたいと思います。
今上天皇皇后両陛下は孤立無援の中耐えて頑張ってこられたのですね。パレードの折り皇后陛下の流された涙は万感胸に迫る思いであらせられたのでしょう。両陛下の
ご人格に尊敬の念をあらたにしました。
平成の開かれた皇室、国民に寄り添うにはずっと違和感を覚えていました。令和はきっと本来の皇室に戻られると信じています。
皇太子同妃両殿下より上の方といったらあのお二人。序列が下の人間や宮内庁の独断だけであのバッシングが起きたとはとても考えられませんよね…。
「皇室内において「順列」は絶対的な意味を持つ。」と小内さまご自身が書いていらっしゃると思いますが。
順列が上の方がやらせていらっしゃるから他の皇族方は声を上げられなかったのではないですか?
小内さま
更新お待ちしておりました
皇后陛下への人格否定を強く感じる出来事の中でどうしても知りたいことがございます
週刊文春」(平成26年11月13日号)で友納尚子氏が書かれた記事についての真実です
メキシコ大統領を迎えての晩餐会前席において
大統領に対する天皇陛下の皇族御紹介が,「雅子妃を飛ばして,秋篠宮殿下に移ってしまった」ことから,「雅子妃が妃殿下としての自己の存在について,決定的に自信を喪失した
との記述があり宮内庁はHP上で否定しましたが
出席していなかった秋篠宮殿下を使って
いささか不自然な反論でありました
ご存知でしたらお教えいただきたく
お願い申し上げます
ありがとうございます。そんな事件もありましたね…。少し資料を調べてみます。お教えいただきありがとうございました。
晩餐会のことは良く覚えています。
まさか雅子妃殿下の紹介を飛ばすとは、誰もが想像していなかった筈です。
ですからテレビの中継ではっきりと写ってしまったのだと思います。
今考えても、多くの人の前でよくあんな酷い事が出来るものだと腹が立ってきます。
私もニュースで、当時の皇太子殿下のご発言を
聞いた時には、まさかと思ったのが
はじめに感じましたが、
私達と違い、感情を露にされる事が
ほとんどない皇太子殿下が言われるのは
よほど腹に据えかねる想いなのだろうな
と、思いました。
上皇后陛下がバッシングされたのとは
くらべものにならないぐらい
酷いバッシングだったと記憶しております。
愛子さまについても様々な事謂れなき事を
言われ続けてこられたけれど
どなたかと全く違い
反論も、言い訳もせずに
両陛下と、愛子さまが過ごされたこの年月を
思えば、現上皇后陛下と、秋篠宮家に対する
バッシングは、可愛いモノでしょうよ。
今までの行いや、ご発言が
ブーメランとなって返ってきているのでは?
好きな時代小説の中に出てくる言葉に
“綸言汗の如し” というのがあります。
一度発言した言葉は汗と同じで戻らないのですよね
だから、慎重に発言するべきである。
ましてや、ご身分の高い方なら
尚更だと思います。
仰る通りです。
雅子さまバッシングと比べれば、秋篠宮家へのそれをまだまだ「ひどい」というレベルではないでしょう。
恐ろしいことです。
一番身近な者を守ろうとしない人が、国民の安寧を心から祈れるはずはないですものね。貴重なお話をありがとうございました。
お言葉ありがとうございます。
美智子さまが何故、高齢にもかかわらず二度のお引越しをされるのか。
その意味が少しわかった気がします。
つまり、元いた東宮御所が懐かしいというより、
秋篠宮一家の傍で老後を過ごしたいということなのかなと。
30代男子は料理も作り、子育ても手伝います。
土曜日などは子供と一緒に過ごし、ママは午前中は家の片付け
午後はママ友とランチに行きます。
夕方から家族が合流してお夕食の買い物などをするのが現代です。
男性も子供と触れ合う時間が長くなりました。
陛下はその先駆けの男性です。
雅子さんのことは全力でお守りしますの言葉を
女性は本当に守り抜くのかと長い間、陛下を見守り続けました。
その結果、陛下の人気は不動のものになっています。
雅子様を見つめる優しいまなざし、陛下を見つめる信頼に満ちた雅子様のまなざし
それから家族愛。
天皇ご一家をお手本としている若い家族は多くいらっしゃいます。
小内さんもこのサイトを通じて、今の世の中の流れを感じ頂けたらと思いコメントをいたしました。
家庭を中心として、世界を見つめてより個人を高め、家族に還元していくのは今の常識だと思っております。
天皇ご一家が新しい象徴のスタイルを作り上げていかれるように
このサイトの構築を期待しております。
お言葉痛み入ります。
天皇皇后行陛下ともに素晴らしい人格者であると考えております。
令和の弥栄を願っています。
>雅子さまは海外留学なども長く、バリバリのキャリアウーマンであり、皇室のなかでも明らかに“違い過ぎる存在”だったため
違い過ぎる…モノは言いようですね。
規格外のバックグラウンドをお持ちの雅子さまに対し、劣等感に似たマイナス感情が渦巻いていたのではないですか?違い過ぎる、とさくっと書かれていますが、ここに筆者様を含む当時の職員の、自分たちを正当化しようと言う気持ちが透けて見えてなりません。こんな簡単な言葉で片付けてほしくない。もっと言葉を掘り下げ、自らに突きつけ、懺悔してほしい。怒りを込めて、お願いします。
旧態依然の組織は同質性が高く、他者や異物を排除することで己の存在意義や正当性を見いだします。雅子さまのパッシングは、前皇后やキコさんの存在ややり方とは別のところで、宮内庁職員の私情や変化に対応できない個々、そして日和見主義から来たものだったと思います。
雅子さまがご病気になられた時、私は小学生でしたが、テレビで誰かかわ「石女」と言ってたのを聞いたことがなく親に聞いたら叱られました。同時にひどくショックでした。筆者様は家族や大事な人が、そのような心ないことを言われたらどんな気持ちになりますか。
ご叱正ありがとうざいます。
ご不快な思いをさせてしまい申し訳ございません。
もっと文章がうまくなれるようにがんばります。
筆者様
この記事は当時を振り返り天皇夫妻へ贖罪として書かれているのだろうと受け止めました。
このブログの存在もそうなのではないかと。
当時私は同じ女性として雅子様が気の毒でなりませんでした。稀なる才能と能力を見初められたばかりに皇居の檻に捕らえられてしまってと涙したこともあります。しかし報道はいつもいつも酷なものばかりでこの国は何と人の心なく思いやりのないものかと嫌になり報道を見ないようになりました。
皇太子様のあの発言を聞いた時の衝撃は今も忘れません。あの時私は皇太子様を何と男らしい方かと惚れました。強さと覚悟に胸打たれ、以後何を報じられてもひたすら秋篠宮家よりも皇太子家を応援して参りました。
誠の言葉はどの報道にも勝ります。
どうかお二方を苦しめ続けたあの年月を払拭する気概で巨悪を国民に気付かせて頂きたい。
新しき時代には大掃除が必要と感じます。
雅子さまには贖罪の思いが強くあります。
またそのお人柄をしるエピソードもいっぱいあります。
いずれ紹介させていただきたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
ブログ更新ありがとうございます。今朝質問させて頂いた内容の、これが答えなのですね。どなたかがおっしゃっていたけれど、上皇夫妻の関わりについて、上皇様は天皇職を全うしようと全身全霊をかけていた事は確かでしょうが世の中や周りの人間の気持ちや世辞に疎く、まして嫁です、妻に任せきりなのは目に浮かびます。妻は妻で宮内庁の様子はわかっていたけれど、恐らく高みの見物、場合によっては手助けする事で自分の舞台が整うなら、その時を待とう程度でしょう。私はそれが昨年の赤十字大会だと思っております。さぞ愉快な出し物だったでしょう、妻にとっては。でも時間は元には戻りません。ハマナス様の投稿の通り、私や私の友達は、天皇陛下や皇后陛下、そして敬宮様のお互いを労わる、大切に思い合う眼差しで癒されています。こんな素晴らしい『象徴』を与えて下さった天皇家のご先祖様に感謝しております。過去陛下に向かって廃太子運動や、退位を勧めた国学者ども。手をついて謝れと罵りたいところですが、その方達も(一部除く)令和を過ごす間に変わるでしょう。天皇陛下の豊かさを感じるでしょう。
ブログ主様、どなたかがおっしゃっていたように、もしかしたら以前の雇い主を庇っての内容かもしれませんが、よく書いて下さいました。拡散させて頂き、出来るだけ沢山の方々に読んで頂いて、読んだ方が決まればいいと思います。皆知っています。『いじめ』の主犯は自分から命じたり、手を汚したりしません。そしてあとは無関心です。
ブログ主様、貴重なエピソードの更新をありがとうございます。
ただ、ブログ主様が特定されたり攻撃される恐れがあることを心配しています。今まで数々の現天皇陛下ご一家応援ブログが、炎上の憂き目にあい最終的にブログ主様が更新自体嫌になり、消えてしまった(または消されてしまった)という事は多々ありました。どうぞこちらの貴重なブログは同じような目になりませんように。
どうぞ、コメントの言葉に一喜一憂されず淡々と事実を、そしてどうぞ末永く続けて頂けますようお願い申し上げます。
天皇皇后両陛下、敬宮愛子内親王殿下のお幸せを心から願っている者です。
ブログ主様も同じお気持ちで本当に嬉しいです。
ご心配ありがとうございます。とてもうれしいです。
たびたびすみません。先程投稿した者です。こちらの記事や他の方のコメントを読んで涙が出て、コメントを投稿しながら、また涙が出たので興奮してしまいました。
内容からすると比較的最近まで宮内庁にお勤めだったご様子、ご覚悟のブログ開設と思いますが、ご存知の通り、他の投稿者様のご指摘の通り、ブログ、YouTubeがここ最近特に上皇后関係の内容で画像削除か、消滅を余儀なくされたりしています。こちらも投稿の言葉などは気をつけたいと思います。本当の事を言っているのに消されるなんて、腑に落ちませんが仕方ありません。出来るだけ長く続けて頂き、共に皇室が清く正しく継承されるように祈って下さい。
お言葉ありがとうございます。何とか続けられるよう頑張ります。
厳しいコメントもありますが、これを語られることは相当な勇気のいることであり、小内さんの本気が私には伝わって参ります
有難うございます
けれど、美智子さんが雅子さまをイジメたのは、「香淳皇后を蔑ろにしたしっぺ返しの恐れ」ではないでしょう
美智子さんが、美貌においても優秀さにおいても出自においても、はるかに自分をしのぐ嫁に嫉妬しないわけがない
息子の愛や海外の要人の熱い視線を一身に集める雅子さまの存在は、人々の羨望や称賛や注目の中心でいたい美智子さんにとって、耐えがたいものであったはずです
雅子さまが外国の王室の方と仲良く会話される後姿を、じっと見つめる美智子さんの写真を見た時は、身震いしましたよ
宮内庁は宮内庁で、男性以上に優秀な雅子さまにやはり嫉妬しましたね
はっきりものを言われる外国スタイルは、古い頭のおじさん達には受けが悪いのは容易に想像がつきます 生意気で可愛くないということですね
ここで、美智子さんと宮内庁は雅子さまという共通の憎い敵を得たのです
宮内庁は美智子さんの気持ちを得て勢いがつき、美智子さんは宮内庁が代わりに嫁イビリしてくれることをほくそ笑んで見ていた
そればかりかマスコミもたきつけて、日本中で雅子さまバッシングをされました
恐ろしいことをなさいましたよね
国民は気づいていましたよ
あれだけのバッシングの時に、上皇夫妻、秋篠宮夫妻どなたも雅子さまを庇われることがありませんでした
この「事実」が全てを物語っていましたから
>>あれだけのバッシングの時に、上皇夫妻、秋篠宮夫妻どなたも雅子さまを庇われることがありませんでした。
については誠に私も同感であり、遺憾であり、宮内庁を辞めた理由の一つであります。
雅子さまへのバッシングが加速したのは、平成の両陛下が「宮内庁は謗られる存在ではない」と発言したことが大きいと感じています。
秋篠宮夫妻が「どうして病気になったのかわからない」と発言したことが完全にダメ押しになりました。
そうした中で、常陸宮ご夫妻が
「(若い皇族方が)皆さんが立派に成長されていらっしゃるので,むしろ私の方が教えていただきたいような気持ちでいます」
「皆様,皇族としてのお務めもよくお分かりになっていらっしゃるし,お務めになっていらっしゃいます。あとはご健康にもお気を付けになって過ごしていただきたいと思います」
と発言されたことは、当時の皇太子ご夫妻にどれだけ救いになったのだろうか、と思います。
皇族方が皆さん沈黙していたわけではない、あたたかく優しく見守っておられた方もいらっしゃったことも記憶にとどめておかなくてはいけません。
私の場合は、あの酷いイジメの期間、雅子様は皇室および宮内庁の旧弊さには合わなくて苦しんでいらっしゃるのだろうと思っておりました。なので雅子様のために、もしかしたら皇室を後にされたほうが良いのではないか、と考えたことはあります。
陛下と心通わせ、絶対の信頼で支え合っておられて、お互いにかけがえの無い存在であられることを、そこまで意識しておらず、ただただ苦しんでおられるであろう雅子様がその檻から出られたら、お楽になれるのではないかと思ってしまったからです。
ただ、あのやんごとなき方のことは思ってもみませんでした。学校での生徒同士のイジメが蔓延するのは、教師がそれを見て見ぬフリをしたり、もしくはそれを追認したり、時には奨励さえしてしまう場合もあるということを、よく知ってはいたのですが、まさかあの方のことは考えてもいませんでした。
香淳皇后にもちゃんと嫁としてお話に行ったりされていたのだろうと思っていましたから。マスコミに刷り込まれたイメージで、そう思い込んでおりました。
マスコミの罪は重いです。そして今なおマスコミはそのイメージを刷り込もうとしています。
小内さま、
本日から読み始めました。ブログ開設ありがとうございます。
雅子様の事は(友人の親族の職場が同じだった事もあり)悪くは言わなかったのですが、適応障害との事で環境と合ってないんだろうな、上昇指向や自己顕示欲が強そうな人じゃないから離婚できた方が幸せなんだろうな、でも愛子様が…なんて考えていて強いて庇う事もありませんでした。勝手にですが申し訳なかった気持ちを抱えています。代わりに今贖罪で精一杯応援する事にしています。
それにしても今上陛下は、本記事やこれまでの経緯を見る限り、穏やかで不言実行ながら自分の意志は必ず通す方なのかなと感じています。雅子様とご結婚されて、周囲の雑音にもじっと耐えながら雅子様の闘病の日々を支え、なかなかできる事ではないですよね。
実際の所、やはり↑というような方なのでしょうか。
もしそうであれば、困った弟に怒る事はないけれど静かにフォローし、しかし信頼できないので、愛子様が天皇となれるよう辛い思いをしないように静かに着実に準備を重ねてらっしゃるように想像するのですが。どうでしょうか。
今後の記事も楽しみにしています。
私がなにより知りたかった内容の記事です。正直に書いておられるのは伝わります。
内容が内容だけに、ここまで書ける方はそういないでしょう。
お世辞ではなく、すごいと思います。
雅子様の状況は思っていたとおりです。
なぜかというと、私自身が雅子様tかなり近い立ち居地にあったからです。
パワハラ、セクハラ、後輩イジメはどこの職場にもありますが、宮廷はひどいものでしょう。
この劣悪な状況で、雅子様が試練により大きく成長されたことも事実だと思います。
なにより雅子様には心から寄り添ってくれる皇太子様がいた。
皇太子様はうそのない人であったこと。
なにより雅子様の脳力(IQ=140くらいあるでしょう)が桁外れだったこと、明るく正直な性格だったことが、彼女自身を救ったと思います。
即位の礼で、雅子様チームは粘り強く、ついに逆転ホームランを打ちましたね。
これからも記事に注目し期待しています。
雅子皇后を半世紀にも及ぶ長き間、ご病気になられる程に追い込んだのは、宮内庁ですよね。
亡き元鎌倉節宮内庁長官や元湯浅宮内庁長官、元羽毛田宮内庁長官は、会見で公然と批判されてました。
只宮内庁長官と謂え、公務員の一職員が皇太子家を勝手に批判は出来ないだろうと思ってましたので、平成の御二人が噛んでいたのは、当然ですよね。
一宮家の妃殿下で、雅子さんよりも何もかもに劣っていた紀子さんが、美智子さんの意向?応援?に因り、男子を産んでからはまるで御自分が皇太子妃の様に振る舞われていたのがとても不快でした。
今も不快です。
高円宮殿下が急逝されずに居て下さったら、どれだけ皇太子家を支えて下さったか、残念でしたよ。
久子妃殿下も突然夫君を亡くされ、失意の中で思春期の御嬢様方をお育てにならないといけなったし、三笠宮家も御病気続きだったし。
平成の30年間は、一言で表すなら美智子さんの主演女優によるドラマでしたね。
私は、雅子さんが皇室へ入られてから、ずっと陰ながらですが応援しています。
徳仁天皇は、お目が高かったと感心しています。
令和の時代が一日でも長く続きます様にと願っています。
中々勇気が要る事実を出して頂きありがとうございます。
これからも、天皇家を応援している人達が待ち望んでいる内容をどしどし世間に晒して下さい。
小内様の御活躍を願っております。
身の安全には、細心の御注意を❗
>宮内庁としては「男子のお世継ぎが優先で、公務などは控えめに」という要望を度々東宮職に伝えていた
以前別のサイトのどなたかのコメントで、美智子さまが雅子様に対して「皇室のことを色々覚えなければならないので、3年間は妊娠しないこと」と仰ったとありました。
そして、最初の頃は公務がたてつづきに入り、余りの忙しさに雅子様が体調を崩されることもあり、故高円宮殿下が「皇太子妃を◯すつもりか?」と激怒された、という話も。
これが真実なら小内さんのこの内容と矛盾してきます。
実際のところはどちらが真実なのでしょうか?
本当のことを教えて下さい。
基本的には妊娠優先で間違いないです。人格否定発言が出た前後はすでに3年以上過ぎています。
何をいってるのかな?
人格否定発言は、3年どころか愛子様がお生まれにあったあとですよね。
初産の後もとてもお忙しく、育休もほとんどなく復帰され、地方公務もさらに多くなり、帯状疱疹を起こして倒れてしまいました。
わたしは、子作り優先とか二人目を望んでいるとか言うマスコミ報道自体、おかしいな、と思っていました。
それは、上皇夫妻や宮内庁職員、マスコミのバッシングやバッシング放置を正当化するものですよ。自分たちのために、当時の皇太子夫妻を犠牲にしてますね。
平成の天皇夫妻は周囲にはそう言っていたかもしれないが、状況は明らかに真逆ですよ。
マスコミに「書かせていること」と、実際はいつも異なります。
皇太子夫妻は子供を持ちたがらない、どうして二人目を作らないのかしら、と書かせて、実は死ぬほど公務を入れて移動の連続で倒れるまで働かせる、さらには、雅子さまは公務をしない、公務をしない、と書かせて、実はさせないようにしてる、わざと公務できない状況を作っている、そんなことばっかりじゃないですか。
あなたも、いろいろ都合があるのでしょうが、嘘はいけませんよ。
注視していた人は結構いるんですから。
同時期に出産した人とか不妊治療してた人とかね、たくさんいます。
子供ができないのは雅子さんのせいじゃないな、というのは結構、当時から言われてました。
超多忙なころの公務状況を見てるとね、ちゃんとわかるんですよ。
雅子様も、公務よりもお世継ぎ優先という状況を十分理解なさり、そうされていたと思います。
しかし、そこに陰湿なイジメが並行されて行われたのだと思います。
だから、雅子様は病になられた。
男児がいない、という、イジメる側からしたら、堂々とイジメる口実が出来てしまった。
これが雅子様の不運であり、愛子様が親王が宮家にいるにもかかわらず国民に愛され立太子を望まれるという幸運への道筋にもなりました。
でもそうなると、当時の皇太子様の「皇室外交」という言葉にご自身のやるべき意義を見いだされ、キャリアを捨ててご結婚された雅子様に対して余りにも酷い裏切り行為ではないか?と思います。
宮内庁も皇太子様や雅子様に結婚前に「お世継ぎ」の問題を充分に話し、当分は妊娠優先で、公務は二の次になるということを充分に納得してもらった上で、嫁いでもらうという配慮が必要だったのではないでしょうか?
美智子天皇と言われるほど宮内庁内で美智子さまは権力を握っていた。紀子さまは美智子さまと親しい間柄だった。一方雅子さまと美智子さまは上手く関係性を築いてなかった。
美智子さまは朝日をはじめ懇意にするマスコミに情報をリークし続けている。
序列が絶対の宮内庁内で雅子さまより紀子さまの方が上という空気が長く続いた。
マスコミは長きにわたり雅子さまに対するバッシングを続けた。
という解釈でよろしいでしょうか。
石女という言葉は私は実社会で人が言葉として発しているのを見たことがありません。大変なハラスメント、人格否定の言葉が宮内庁内の職員の口々から長きにわたり当たり前のように漏れていたという認識でよろしいでしょうか?もしそうだとしたら、宮内庁そのものも、宮内庁職員も失礼ながら腐りに腐った下劣な人の集まりということになりますね。そして、そこで全権を握っていたのが美智子さまであるわけですね。
浩宮の乱という言葉もはじめて聞きました。乱というからには、宮内庁内で当時の皇太子は孤立無縁の状態だったという解釈でよろしいですか?東宮は孤立無縁でここまでがんばってこられたという解釈でよろしいですか?
あの長きにわたるバッシングの中、東宮家を支えた人たちを教えて欲しいです。ここまで来られたのが奇跡のように感じます。
被災者と接したことが、良かったのだと思います。
愛するものを失い、財産を失い、家や思い出の品まで失いながら、訪問された雅子様を気遣う発言を被災者の方々は直接雅子様にされました。
人間の想像を絶する醜さに長年触れ、それに蝕まれて苦しんだ心が、人間の想像を絶する清らかな本物の優しさに触れ、癒された。
被災者の方々は、逆境にいながら、直接雅子様と手を取り、その目を見たらわかる真摯な雅子様を思いやる言葉をかけてくださった。
雅子様は「国民に嫌われていない。」とどれだけ安心なさったことでしょうか。
同年代同性のせいか、最初から雅子様への思い入れがあったのは事実ですが、それでも、病に倒れて人格否定発言があるまでは、それほど過酷な状況におられるのだとは思ってもみませんでした。こういう国民の無関心がとてもいけなかったのだと、深く反省しています。
雅子様のおつらさがよくわかるのは、ご結婚8年目にして待望のお子様が誕生されて、次のお子様という期待も持てる時期(愛子様2才)にして倒れられたということだと思っています。どうしてもお子様が出来なかった時じゃなくて、子どもをもつ感動と喜びでいっぱいの、そのときに、ということです。
いまにして思うと、やはり、「男子でなければならない」「女なんて産んでも意味がない」という雰囲気が一番雅子様を傷つけたのではないでしょうか。愛子様のご誕生が、しかし祝福されていなかった。男子でなかったがために。早く次を作れ、次は絶対男子でなければならない、どんな手段に頼ってでも。そんな雰囲気が雅子様を傷つけたのではないですか。
あと、宮内庁が一番悪いと悔恨の思いをこめてお書きでしたけど、その宮内庁について、「決してそしられるような存在ではない」と美智子前皇后は誕生日会見でおっしゃいました。それを聞いたとき、私は美智子前皇后が雅子を追い詰めた張本人なんだと思いました。
また、秋篠宮ご夫妻が、同じ2004年の誕生日会見で、「どうして病気になったのかわからない」「私たちは周囲に支えられてうまくやった」と意気揚々と述べられたのを見て、ああ、この人たちも雅子さまを追い詰めた側というか、追い詰める前皇后を諫めるどころか、尻尾をふってすり寄り、得意になって追い詰めてゆく方たちなんだと思いました。このときから私は秋篠宮ご夫妻には否定的ですし、何とかして兄夫婦を引きずり下ろして自分たちが天皇と呼ばれる立場に立ちたいという野心満々なんだと思っています。だから彼らが皇嗣という立場になって得意げにしている今が本当にイヤでたまりません。
また前天皇におかれましても、「(人格否定発言の)釈明をしていない」「愛子がなつかない」「皇太子が来ない」「自分たちは私的な旅行をしたことがなかった」等々、皇太子ご一家に距離をおく発言を繰り返すごとに肝が冷えましたし、悠仁親王の誕生を喜び、悠仁親王をかわいがるお姿を見るたびにああそういうことなのかと思いました。
個人的な皇室観を長々と書きました。
前天皇ご夫妻や秋篠宮ご夫妻には共感や敬愛の念を抱くことはできません。
秋篠宮殿下や悠仁親王が天皇になられるようなら、皇室は要らないと思っています。そのように国民の心も深く傷つけられたし、いまも皇嗣だ上皇だと宮内庁が奉るたびに傷ついているのです。
ブログ開設 更新 ありがとうございます
令和の御代になり さまざまな 儀式や行事 パレードなどを 拝見し
雅子さま以上に 皇后陛下として 相応しいお方は いらっしゃらないだろうと
改めて この25年の歳月を想い 感動しております
貴重なお話を ありがとうございます
宮内庁が雅子皇后にお世継ぎ優先としていたのは海外訪問に関してだけで、ご成婚直後から数年は国内のご公務が多かった筈。最初のお里帰りも美智子さまよりかなり遅かったし、高円宮殿下が当時の雅子妃殿下のご多忙を案じ「これではコウノトリもやってこない」とおっしゃられたのを覚えています。
元天皇夫妻と宮内庁、そして秋篠宮夫妻、黒田さんらによって人格を否定された雅子皇后の失われた20数年を取り返してあげたい思いでいっぱいです。
メディアの力って怖いですね。現在のようにネットが盛んでなかったころは、私も週刊誌などの雅子様バッシングを鵜呑みにしてしまい一時期は雅子様に対して嫌悪を感じておりました。
今思うと雅子さまへのバッシング内容は秋篠宮家のスライドだったのだと思います。
それにしても美智子さんの雅子様への嫉妬が異常ですね。どなたかが書かれていたようにいじめの主犯は美智子さんだと思います、宮内庁はただそれを黙認していただけではないでしょうか?
日本は男尊女卑が未だに根底にはあるので女性で優秀な雅子様によい感情をもっていない宮内庁の人も美智子さんと一緒にバッシングをしていたのもあったのでしょうが・・・
メディアも悪いですがそれをコントロールしていたのも美智子さんでしょう、結局美智子さんが一番酷いのです。こんな人格の人間が30年もの間日本の皇后だったとは恐ろしい話です。退位したにも関わらず未だになんだかんだと公にでてきますね、雅子様が称賛されると必ず何かの行動を起こしているように見えますが、こう言っては何ですが、老人の美智子さんがここまで一人の考えでこのような言動行動が未だにできるのでしょうか?やはりまだ雅子様を快く思っていない方々が美智子さんのまわりにいて美智子さんに賛同しているように思えます。
ネットがあってよかったと思います、そうでなければ忖度、捏造だらけのメディア報道にいまだに騙されていたかもしれません。
筆者様、どうか身の回りにお気をつけてください。
当時の皇太子ご夫妻ご成婚の時から予兆はあったと思います。普通は長男がようやく結婚する喜びと寂しさがない交ぜになった周りの人もグッと来るような表情をしたりするものですが、明らかに気に入らない、ちっとも嬉しくないという顔をしていた美智子様。
その後の園遊会で雅子様を仲間外れにしていたと週刊紙で報道された時、やっぱりねと思いました。子供でも分かるくらい雅子様をいじめていたということです。
更に秋篠宮のアゲアゲ報道も気味が悪かったです。
昭和を生きた人なら皆分かることですが、こどもの頃から礼宮はバカで有名でした。全国津々浦々老若男女すべてが知っていました。堪え性もなく直ぐに投げ出すどうしようもない頭の悪い次男坊。なのに平成になった途端にご優秀な弟宮に早変わり。よくもまあ嘘八百を報道できたものだと呆れるばかりです。
私はずっと東宮家大好きでしたのでマスコミの情報操作が不愉快でなりませんでした。また、明仁、美智子夫婦の次男一家ばかり可愛がる態度も嫌いでした。
御代が変わり、天皇陛下、皇后陛下のご努力が実って今まさに花開いた、そんな風に一国民として喜んでいます。
クッキー様
私は黒田清子さんと同世代ですが、礼宮結婚騒動(あえて騒動です)の時、
「アーヤだからねぇ…」
「次男だからアレでもいいのかね」
という空気でしたね。
宮家の当主となって、急に賢くなったので驚きました。
小内さん、お疲れ様です。
一昨日某サイトのコメントでこのブログの存在を知り、早速読み始めました。
前の3本の美智子さま関連のトピックはさすが元宮内庁職員と思える位の裏話満載で、非常に興味深かったのですが、今回の雅子様イジメに関しては妙に歯切れが悪いというか、もどかしい印象を受けました。
勿論、圧力等もあり本当のことを全て言うことは難しい部分も有るかとは思いますが、それにしても今回のは何か一方的に雅子様が「自由にやらせて」と言ったとか、まるで雅子様がいじめられたのは自業自得とでも言いたげな程、雅子様の事を責めてる感じがして、はっきり言って不愉快でした。
そもそも、アメリカの一流大学を出たキャリアウーマンなのだから、ある程度の自己主張は仕方の無いことだと思いますし、日本独特の縦社会にも慣れていらっしゃらなかったのでしょうから、又そうした雅子様の個性も承知の上で宮内庁も上皇夫妻も雅子様を受け入れた筈なのだから、雅子様のせいばかりにするのはいかがなものか?
(こう言ってはなんだが、何度もお断りしたのに、半ば無理矢理に説得され皇室に連れてこられた被害者のようなものなのだし。)
それに万一雅子様が宮内庁や上皇夫妻と折り合いが悪かったにしろ、あれほどのバッシングはやり過ぎだったと思います。
小内様も、もし本当に雅子様に対して申し訳なく思うのでしたら、大変な部分も有るかとは存じますが、雅子様の名誉の為にも是非知りうる限りの真実を教えて頂きたいと思います。
色々批判しましたが、これからも期待して読み続けたいと思います。圧力に負けずに頑張って下さい。
応援しています。
コメントがどんどん増えて来ていますね。
対処していたら、新しい記事が書けないですよね。
しかし、それだけここの記事を待ち遠しく思っている方々が多数おられるのだと思います。
皆さん、真実が知りたい気持ちが早やっているのだと思います。
私は、宮内庁職員として天皇家に仕えておられた小内さんのお話をこれからも聞きたいです。小内さんに無理をかけないようにして、続けて頂きたいです。
記事に、多少の小内さんの気持ちが入っていたとしても、
小内さんのお話に、静かに耳を傾けたいです。
いずれ、書籍として残して頂きたいという気持ちもあります。
小内さんの負担になるのなら、コメント欄は閉じてもいいかもしれませんね。
同意します
ここにコメントを寄せる皆さんは、これまでの様々なことに怒り心頭になってらっしゃるので、ついつい熱が帯びてしまいがちです
雅子さまに肩入れする余り、傍からみると熱狂的な盲信者に見えてしまっては良いことはありません
私も小内さまの語りを静かに聞くことが大事かなと思います
小内さまは、誠実さ真摯さからコメント欄を設けられましたが、返信に時間をとられ負担になられるなら、閉鎖で大丈夫です
これからも、事実を淡々と綴って頂けたらと存じます
貴重なお話ありがとうございます。
当時の皇太子様のご発言、「あの浩宮様がそう仰るくらいだから余程なのだろう、宮内庁、ムカつく!」という印象でした。
雅子様のファンでもアンチでもないですが、あれだけの輝かしい方が古臭い皇室に入られた時から何と勿体無い!と考えておりました。そんなに男児、男児!と言うなら最初から雅子様のようなキャリアウーマンではなく若い嫁さんもらうように、皇太子様に進言したらいいのに!と。あの当時ではお若いとはいえない年齢だったと思うので。
宮内庁だけが敵ではなかったのですね。
宮内庁ではない、でも皇族の方々と身近に接する職場で働いていた方から、美○子様のお話を聞いた事があるので、よい印象はありませんでした。なので、そこにショックは受けませんでしたが、ジョウコウ様はやはり悪く言いたくない気持ちがあるので、ここ最近の皇室の姿は残念で仕方ありません。
宮内庁のジョウコウ職の方は未だにこちらが主だと考える職員がいるとか?
天皇陛下を一番に考えないような人はクビになればいいと強く思っています。
1回解体すればいいのに!
小内さま
はじめてコメント致します。
ブログ更新ありがとうございます。
今上天皇陛下の人格否定発言の裏側に宮内庁が関与しているというのは当時、私の周囲では噂になってました。
それを小内さまが認めて下さったことは嬉しいのですが、宮内庁に圧力かけることが出来るのはあのお方しかいないと思います。名前出すのも少々イヤなので。
小内さまがご存じでしたら、いつかは記事にして頂きたいのですが、
あのお方(女帝さま)が敬宮愛子内親王殿下に18歳になったら悠仁親王のために皇室から出て行けとおっしゃたのかどうかを。
とあるサイトではそのことが噂になってました。
信じたくはありませんが、敬宮愛子内親王殿下が激やせしていた時期と重なるようなんです。
よろしくお願いします。
令和を応援するファン様
愛子様があの方にどう言われたかは、たぶんお二人だけでお話されたでしょうから、部外者は知る由も無いと思います。
もし、そのために激痩せなさったとしても、御両親だけには伝えられたかもしれませんが、あの御両親はそういうことを口外なさるような方々ではありません。
これは永遠に分からないんじゃないでしょうか。もし他の理由にしても、まだ若い愛子様が御自分の口でお話になれるのは、ずっと先になることと思います。