いわゆる「美智子さまバッシング」の一つに、「贅沢三昧をしている。新築した御所には映写室やステージがあり、ご友人たちを夜な夜な呼んでパーティをしている」というものがある。この報道を宮内庁は真っ向から否定した。宮内庁がメディアを批判することなど前代未聞だったため、これは波乱を呼び起こした。一体何があったのか?
美智子さまバッシング
93年に起きた「美智子さまバッシング」は起こるべくして起きたと言える。宮内庁は旧態依然とした場所であり、表に出て活躍するタイプの美智子さまの振舞は「おもしろい」モノではなかったことは確かだ。
たとえば今では皇族方が公務へ行けば、膝を折り国民と言葉を交わされることが当然の光景だ。上皇陛下は在位時には、老人ホームでご老人の肩もみをした。このような国民に寄り添う姿勢は、令和の時代にも続いている。今上陛下はスピーチの中で「敬語」を使われた。以上のような光景は平成・令和になって初めて生まれたものだ。
昭和天皇は決して国民の前で膝を折られることはなかった。もちろんこれは昭和天皇が「冷たい人物」であるとか「国民と寄り添っていない」という意味ではない。昭和の時代において天皇とはそもそもそのような存在だった。
平成の天皇像と美智子さま
時代時代の天皇像は、その時代時代に応じて柔軟に変化していきた。令和の御代は御代で今上陛下が、これまでの象徴天皇制をさらに発展させていけばよいと思う。
だが平成に御代が変わったときは、未だこのような心境にはなっていなかった。単純に変化が怖かったのだ。皇室が「開かれ過ぎる」ことに、漠然とした恐怖を覚えたし、私以外にも多くの職員が同じ心境だっと思う。
そしてこの「開かれ過ぎた皇室」を最も望みプロデュースしたのが美智子さまだったがゆえに、バッシングが起こったのだろう。
今の時代に美智子さまが同じことをしていたならばここまでバッシングは起こらなかったに違いない。そういう意味で、美智子さまは時代を先取りしており、先見の明があったと尊崇申し上げるほかない。だが、起こったバッシングに対して美智子さまがとった行動については、いささか疑問を抱かずにはいられない。
御所に映写室とステージはあった!
93年に相次いで週刊誌が報道した、いわゆる「美智子さまバッシング」。その急先鋒は『週刊文春』による連続記事だった。その中で美智子さまが最も過敏に反応した記事は、「美智子さまが贅沢をしている」「無駄遣いをしている」という報道だ。
その記事によれば、海外公務で3500万円もの衣装代が計上され、総額56億円もかけた新御所は贅を尽くしたものであり、質素を宗とした昭和天皇とは全く異なる皇室になったというのである。さらに新御所のプライベート部分には「映写室」や「ステージ」があり、夜な夜な美智子さまは知人らを呼んでは娯楽に興じているとまで書かれた。
もちろん皇族とはいえ人間である以上、娯楽に興じてもよいではないかと思う。そして天皇は国の象徴であるのだから、皇族方は国の象徴的一族といえる。だから、衣装代に多少お金がかかり、(仮にそれに文句を言う人が多少出たとしても)大きな問題ではないと思う。
だが、美智子さまはこの報道を大変気にされた。美智子さまが理想とする“美智子さま像”からかけ離れていたからだ。その理想像とは「国民と家族のために私を捨てて一身に尽くす、質素倹約の良妻賢母」というものであり、まさに美智子さまは、この“役”を徹頭徹尾演じ切ろうとする「女優」であった。映画ならアカデミー賞レベルであったと思う。
もちろん女優であること自体に何ら問題はないし、どんな人間でも「演技」するものだ。ただ美智子さまの場合には、やや度が過ぎていたように思えてならない。というのも、実際、御所に「映写室」と「ステージ」はあったのだ。もちろん(週刊誌で騒がれていたような)映画館やコンサートホールにある大掛かりなものではなく、あくまで個人向けのものであり、地上2階地下1階計60部屋以上を備える巨大建造物ならばあってもおかしくない程度のものだ。ステージに至っては単なる「台」に過ぎない。
だが、美智子さまは「御所の応接部分に映写室とステージがある」という事実を認めることができなかった。実際には御所に映写室もステージもあったのだが、メディアで否定的に取り上げられてしまうと、この事実を認めることができないのだ。
そこで美智子さまがとった奇策はまさにシンプル、なんと自宅から映写機とステージを撤去してしまうというものだ。私も含め職員3人が深夜に呼び出され、幹部の一人から「不要になった家具を倉庫に移してほしい」と指示されこれを運んだ。その時は映写機とステージには布が被せられ、何を運んでいるのかよく解らなかった。だが、その三日後に宮内庁が『週刊文春』に対して「御所に映写室とステージはない」と発表したのを聞いて、ようやく自分が運んでいたものがなんであったかを理解した。
とても公平な書き方で、美智子前皇后という方の考え方というか、心のひだが伝わってくるようなエピソードで、興味深く拝見しました。
こういう方だと、もともとは「御子が一人誕生したのだから、どうせなら次は男子誕生の方が、と望んだ」だけのおつもりだったのが、雅子皇后がそのプレッシャーで倒れてしまわれると、「倒れた雅子皇后は不心得」の方にマスコミを誘導しようとなさるだろうなと思いました。
平成皇室のあり方として不思議なのは、なぜあんなに皇太子ご一家(当時)を否定し、バッシングするように世論を誘導していったのかということです。そのあたり、またお書き下さったらありがたいなと思いました。
麻雀室やカラオケルームもあるとか噂されてますが、どうなんでしょう。まさかパチンコ台は無いと思いますが。
別に雀卓があっても、カラオケセットがあっても良いではないですか、と言われたらそれまでですが、あまりにイメージが違っていたので、読んだ時にはビックリいたしました。
常識的範囲内で、カラオケセットと、麻雀ができる机はあります。ですが、パチンコ台はさすがに(笑)。
>美智子さまは「御所の応接部分に映写室とステージがある」という事実を認めることができなかった。
>実際には御所に映写室もステージもあったのだが、メディアで否定的に取り上げられてしまうと、この事実を認めることができないのだ。
昭和天皇は、「わたしが無駄に外に出ると警備も無駄に動くことになる。皆に迷惑をかけてしまうことになる。」と云う理由で、興味を持たれた映画は御所で鑑賞されました。
また、高名な演奏家が来日すると、同じ理由により、演奏家が参内し御前演奏をしました。
東宮妃美智子もそれを知っていたはずですし、時には同席していたはずです。
昭和天皇のお気持ちを知っていれば、映写機もステージも必要だと言えば済むことなのに、いちいち週刊誌に反応する東宮妃美智子。
それが後に、宮内庁HPに美智子さま専用反論コーナーまで作らせることになるわけですね。
仰る通りです。皇族方は立場が立場なのでこういうある程度の贅沢(?)はむしろ倹約に繋がります。
>私も含め職員3人が深夜に呼び出され
ここから身元がばれないか心配です。
早く座れ、と秋篠宮に言った議員に「指」が送られたとか
美智子さんバッシング記事を書いた社に銃弾が撃ち込まれたとか
小内さんには何もないように祈るばかりです。
流石は、昭和天皇陛下です。
ご自身が動く事で、職員や
警備関係の人々を煩わせるという深いお考えを
お持ちでそういった事をされていた。
翻って、上皇后陛下は
そんな事は、頭の片隅にもないように
見受けられます。
わざわざ、出歩き職員や、警備をする事を
当たり前でしょう?
私を誰だと思っているの?と言わんばかりで
おまけにマスコミ迄引き連れ
大名行列よろしく
お出ましされていますね。
さぞかし、亡き昭和天皇陛下香淳皇后陛下は
苦々しくお思いだと思われます。
実に美智子さんらしいエピソードだと思います。
「きちんと映写室やステージの、この程度のがあり、映画鑑賞などに使用しています」と説明すれば良いのに、それができるほどのリテラシーが乏しいのかもしれませんね。、
美智子さんの書いた絵本を見ましたが、人に自分の言葉で伝えられる表現力は、お世辞にもがあるとは言いがたい。
だから、つい行動で示してしまうのでしょう。
気になっているのですが、この記事に末盛さんとの2ショット写真を使ったのは、何か意図があるのでしょうか。