心理学仲間のおすすめで、「ゲシュタルト療法」の「エンプティチェア」を体験して、ものすごい気づきや発見をし、自分が再構築され、よしっ、顔出しするぜっ!ってなったです関口さなえです、皆さまごきげんよう!
の、その2です。
「エンプティチェア」体験記1:3人の自分と対話して出て来たものとは@ゲシュタルト療法・東京
エンプティチェア体験レポ
前回からの続き・・・突然流れた涙の理由は?
これまでの「私の心の在り方」がクッションで示され、
この状態がいいんだ!
監視され続けたいんだ!
監視なしでは生きていけないんだ!
と繰り返す私、ってところ。
でも心は、ぜーーーーーーんぜん、そんなこと思っていなかった。
だから、そんなことを言い続けているうちに、心が悲鳴を上げ始めたんです。
強い違和感が胸の中に沸き起こってきて、それは言葉のない涙になって、ぽたぽたと、頬を伝って流れ落ちて行きました。
その涙は「私を押さえつけないで!」「私はここにいる!」「私を自由にして!」という悲痛な叫び、憤り、怒り・・
ここで怒りの感情が出せたということは、私にとってはとてもとても大きなことでした。
怒ってはいけないと思っていて、怒りを感じる代わりに「わたし」を責めて生きてきたので。
考察:セッションが停滞するということ
ここでちょっと、心の学び的な考察を。
涙が出る直前まで、セッションが停滞しているような、行き詰まっているような感じがしていました。
頑なに監視員にこだわって、そこから前に出ようとしない感じ。
「行き詰まり」は、「自分の思うように展開していない」というプロセスが起きたということである。
中略
その人にとって新しい世界が現れたときにおこることなのだ。そのときこそ扉に手をかけた瞬間であると思ってほしい。
今までエンプティチェアでこういった「停滞」「堂々巡り」を何度か体験し、そこで諦めてしまったり、停滞していることが申し訳なくて、なんとなく、望まれてそうなことを言い出したりして来た。
扉に手をかけていたのに、そこでやめてしまったのは、新しい世界を見たくない「恐怖心」が強すぎたから。
自己探求を深め、その新しい世界を見始めていた(本名名乗ったりした)からこそ、扉に手をかけることができたのだと思います。
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記憶があいまいなんですが、多分ここでいろいろやりとりがあって、ファシリテーターさんが赤いクッションを再び遠ざけます。
もう監視員さんいらないかな?って感じだったかと。
これで私らしく生きていけるよね・・・・?
葛藤は、美しく、愛おしい・・・そして私の再構築
一旦セッションは終わりになり、参加者の皆さんからのフィードバックタイムになりました。
この「ゲシュタルト療法・東京」を主催されている、千惠子さんから、
千恵子さん:さなえさんの葛藤を「美しい」と感じました。
私はいつも、こういう葛藤を「ダメなもの」「未熟なもの」「恥ずかしいもの」「隠すべきもの」だと思っていました。
それを、う、美しいだと!?
千恵子さん:「愛おしい」かな。
い、愛おしいだと!?
そのフィードバックを聴いた私は、思ってもみない行動に出ました。
「監視員」を自分の元に引き寄せ、そして、前ではなく隣に置いたです。
さなえ:私を押さえつける存在ではあるけれど、その判断力は頼もしいから、パートナーとして一緒にやっていけば、力になってくれると思う。
こういうのね、頭で考えてるんじゃないんですよ、不思議なんですけど。
さなえ:誰にでもいい人であろうとするいい子ちゃんも、人心の動きに敏感で、その敏感さが役に立つこともある。だから、一緒にいてくれれば力になってくれると思う。
と、自分を中心に、二人を横に置いた、新しい自分の形を作りました。
それは、自分の中で、混ざり合い、混乱した状態になっていた「いい子の私」「監視する私」「本当の私」を、一旦分離させて境界線を引き、そして最後に主体的に再構成、統合するという、なんだかもう、すごい展開に。
この時、私は生まれ変わったな、と、確信しました。
そこでね、前々から決めてはいたのだけれど、顔出しするぞ!って。
やらなきゃいけないって言うより、そうしたい!さなえちゃんを前に出したい!顔出したいって思ったんです。
↓これまでの私。これじゃ、顔出す気にならないでしょ(笑)
これまで自己探求を繰り返し行って、何度かエンプティチェアで停滞して、その先に何かがあることを感じつつ、恐怖心に負け続けて来た。
でも、実はその過程で、少しずつ自分が変容していった。
そして、実際に本名を公表するという大きな一歩を踏み出して、顔もそのうち出すぞ、と腹をくくった。
そして今回、ファシリテーターさんや参加者の方の作り出す場の力が素晴らしいのもあり、その扉に手をかけることができ、これまでの全てを総括するような展開になった。
人は、出会うべきものに、出会うべき時に、出会うように、なっているんですね。
世界は自分の心の中を投影したもの
その後さらに、自分の口から出た言葉にびっくりした。
さなえ:いい人のさなえちゃんは、自分のいいところだけ見せている、表に出していい、ブロガーの櫻田こずえだと思う。そして、赤いクッションは、ブロガーの私を批判する人達、ヲチスレだと思う。
注)ヲチスレとは悪口掲示板
私とヲチスレの関係はこちら記事をどうぞ
ブログを書いていて一番つらかった時の話
こずえとさなえの関係についてはこちらの記事をどうぞ
「こずえ」か「さなえ」か問題
今までずっと、こずえちゃんの後ろに隠れ、ヲチスレを恨み続けて来たけれど、それは自分の中の「いい子」と「監視員」を映し出してたんです。
その「いい子」と「監視員」を切り離すのではなく、「私の中にある」ことを認めて、自分の中に受け入れて行こうと思います。
「監視員」的な存在は、何かと衝突してしまうクラスの女子、嫌いな同僚、苦手な上司・・・ブロガーになってからはヲチスレと、形を変えていつも存在していた。
なぜなら、原因は自分の中に、監視員を必要とする自分の心の構造にあったから。
世間や常識も「監視員」かもしれない。
ずっと前から、自分はなんでこんなにダメで、こんなに生きづらくて、苦しいんだろう・・・って感じていたけれど、それは自分が悪いからで、当たり前で、どうしようもないことだって思っていた。
ヲチスレの存在が私を苦しめ、名前問題に悩み続けたからこそ、自己探求を始めることができ、この心の構造の問題を、理屈だけでなく実感として感じることができ、そして再構築することができた。
人間、窮地に陥らないと、1年で100万以上かけて勉強したり、1カ月仕事等放り出して、どうにかしようなんて思わないじゃないですか(笑)
そう思えば思うほど、ヲチスレに感謝・・・なんてできるかコノヤロー(笑)
他人軸→自分軸で生きる
自分の中の監視員と仲良くなればなるほど、
(端折って飛躍するけど)自分を無条件で愛すれば愛するほど、
他者の批判や意見は気にならなくなるって、
他人軸から自分軸で生きられるようになるって、
知識としては知っていたけど、初めて、身体感覚を持って心底納得しました。
人生の後半は、自分軸で生きるぞ~♪
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ここで、改めて百武さんの言葉を再確認。
エンプティチェア・テクニックでは、一人の人間がサイコドラマを演ずることで、自分が葛藤している他者、分離している自己は、すべて自分自身がつくりだしているものであることに気づき、それらを統合するに至るのである。百武 正嗣 エンプティチェア・テクニック入門―空椅子の技法
ほんともう、その通りの、素晴らしい体験を頂きました。
ゲシュタルト療法・東京
私が受けたのは、ゲシュタルト療法・東京の、グループで行う「気づきのワークショップ」です。
ゲシュタルト療法が初めての方でも参加できます。
世田谷のセミナーハウス「リキハウス」は落ち着いた環境で、自分と向き合うには最高の環境です♪
後で知ったのですが、百武さんはこちらでセミナーをされているそうです(経験者向け→こちら)
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今回、やわらかく、優しく、包み込むよう寄り添ってくださった、ファシリテーターの水野さん、
そして、この場を主催してくださっている、そして統合のきっかけとなる言葉を下さった代表の田中千恵子さん、
本当にありがとうございました!