[2-71] Climatic Battle
「ルルルルゥウウウウ……アアアアアアア!!」
『統治統治統治統治統治ィ!!
はーははははは素晴らしい税収だ!
我が騎士団は向かうところ敵無しだ!
峰々に眠るグラセルムは無限なり!
シエル=テイラは我が統治下で列強にも肩を並べ、我が名を永遠に歴史に刻むのだァ!!』
双頭の竜と化したジスランが吠えかかり、屍の巨人が巨大な武器を振り下ろす。
先端を金属で補強した巨大な杭……堅牢な街門すらぶち破る、本来は数人がかりで叩き付けるべき攻城兵器『破城鎚』が、ヒルベルトの(……正確にはヒルベルトの首が埋め込まれているだけでヒルベルトが動かしているわけではない肉戦車の)怪力によってジスランに叩き込まれた。
ジスランは当然ながらよろめく。しかしダメージは皆無。
代わりに、足下に転がる人間大の白い肉片が爆ぜ飛んで、腐りかけた体液を撒き散らしていた。ダメージを肩代わりし、身代わりになったのだ。
歪な獣のような異形の頭と、長く伸びた首の先の竜頭。
ジスランの口の中に白い聖気の光が宿る。
ブレスの予備動作だ。
ヒルベルトは距離を詰めた。
直後、ブレスが吹き出した。
ブレスは標的であるヒルベルト……あるいはその背後の軍勢を捉えきれず、巨大武器に遮られて四分五裂しながら妙な方向に吐き出された。
余波の光がヒルベルトの腕を焦がす。構わずヒルベルトは肩からジスランにぶつかった。
街壁を巻き込み上部を崩しながら、ふたつの巨体は壁を乗り越え、街の中に倒れ込んだ。
石造りの建物が木っ端のように粉々になり、辺りには地響きが走る。
通りをふたつ潰しながら転がった二体は、お互いの腕を掴み合って組み打っていた。
屍の巨人は体中にパーツとして組み込まれたいくつもの頭部から腐った息を吐き、ジスランは二つの首で獣のうなり声を上げる。
武器を取り落としたヒルベルトは巨大な腕を二本組み合わせ、ジスランの頭に叩き付けた。また肉片が弾け飛んだ。
二体の周囲に適当な武器を持ったブラッドサッカーが群がってくる。
狙いはジスランの切り離した肉片。攻撃を肩代わりしている即席聖獣だ。
辺りに転がる肉片をブラッドサッカーが攻撃し始めたその時。
ジスランは全身を震わせた。
ジスランの全身から幾千万の聖気の光が吹き出した。
全周囲に向けて投射される細い聖気の閃光が、石畳を引っ掻き瓦礫を引っ掻き、巻き込まれたブラッドサッカーをことごとく白い灰に変えた。
取っ組み合いになっているヒルベルトももちろん直撃する。
だがこの閃光にブレスほどの威力は無いようで、雨だれが地面を抉るように肉体を削られながらもヒルベルトはジスランの竜頭の首を捕まえる。
そして思いっきり振り回すように地面に叩き付けた。
ジスランの落下点にあった教会が一つ、無残に叩き潰された。高い鐘撞き堂も容易く崩れ、近くの瓦礫が浮き上がるほどの振動。
このダメージももちろん肉片に肩代わりされるが、ヒルベルトは関節技でも掛けるようにそのままジスランを組み伏せた。
未だジスランの全身から吹き出す閃光はヒルベルトの巨体を少しずつ灰に変えていたが、屍の巨人はジスランを押さえ込み続けていた。
*
その取っ組み合いから充分に離れた街壁側防塔の、瓦屋根の上。
「いやー、こういうのは観客として見たかったんだけどねー」
王都の地脈から魔力を引っ張り出し、長距離転移術式ですっ飛んできたエヴェリスだ。
屋根の上に立ち、魔動双眼鏡で戦いを観察していた。
傍らには、後方待機中だったのに哀れ呼びつけられてしまったトレイシーが、やや困惑した様子で立っていた。
「確かにジスランの方も身体が腐りかけたみたいになってるね……
これはアンデッド兵を取り込んだ影響かな?」
『オそらク』
訝るエヴェリスに、後方の指揮所まで待避したウダノスケが
アンデッドは邪気の塊、聖獣は聖気の塊。
普通なら聖獣がアンデッドを食えば聖気と邪気が相殺し自らも倒れるだろう。
ジスランがそうならないのは、取り込んだアンデッドの邪気を相殺して余りあるほどの膨大な聖気を蓄えているためだ。
もちろん、ノーダメージであるはずがない。
『あレでは、飢えをシノぐたメ毒を飲ンでイルよウなもの。
極東のコトワザに曰ク『毒よリも皿の方ガ美味い』トも言ウ……このマま放っテオいてモ遠かラず自滅スるでゴザろう』
「と言っても、それがいつになるか分かんないからねー。
ジスランは食べたアンデッドの分だけ体内の聖気が相殺されて弱ってるはずだし、一気に仕留めちゃいたいところだね」
街壁の外ではアンデッド兵たちが待避中だ。
アンデッドの軍勢にとって、今のジスランは分が悪すぎる相手だった。ジスランの暴走に真っ正面から対せば、戦力をごっそり削られてしまう。
この一戦で全てが終わるわけではないのだから、騎士から生み出した優秀なアンデッドや、まして高位冒険者を素体にしたエースを失うわけにはいかない。
いくら自滅が近いと言え、ジスランを放置しておくわけにはいかないのだ。
仕留める、あるいは自滅するまでこの場所に釘付けにする。
「まずはちょっと様子を見てみよう。散らばった肉片を焼くよ。
……≪
エヴェリスが鋭く指を鳴らすと、途端、景色が塗り変わった。
ふたりの眼下に当たる場所に火が点ったかと思えば、それが一瞬にして燃え広がったのだ。
二体の巨獣が取っ組み合いをしている場所まで炎の道ができていた。
道という道に炎が流れ、街を薄赤く照らし出していた。残されていた建物たちは、炎の川に沈んでしまったかのように見える。
赤々と燃える炎がヒルベルトの足下を焼く。
組み伏せられたジスランの背中を焼く。
生き残っていたブラッドサッカーを焼く。
そして、散らばっていたジスランの分身を焼く。
肉片聖獣が次々と炎の中に消えていった。
そんな中、ジスランに馬乗りになったヒルベルトは、蜘蛛のように長い3対6本の腕を振り回してデタラメにジスランを殴りつける。
即席の肉片聖獣という盾を剥ぎ取られ、ヒルベルトの巨腕がジスランを叩き潰す……かと思われた、その時。
間欠泉のような勢いで、白青の光が天へと吹き上がった。
組み伏せられ殴りつけられていたジスランが、返礼とばかりにブレスを放ったのだ。
吹き上がる聖気の光はヒルベルトの右の一番上の肩辺りを直撃し、一瞬で溶融させた。
千切り取られた腕が一本、ずんと音を立てて落ちた。
エヴェリスは魔動双眼鏡に取り付けられたボタンを手早く操作し、魔力感知モードに切り替えた。
これはエヴェリスが自ら改造したものであり、一般的な魔動双眼鏡には無い機能がいろいろと付け足されている。
魔動双眼鏡を通して見れば、ジスランもヒルベルトも人体の血流図みたいに魔力が全身を流れている。
そんな中に……ジスランの身体の中に、しこりのように独立した魔力の流れがいくつも見受けられた。
「あっ、ずるい! そんなのアリ!?」
「え、なになに?」
「たぶん、肉を切り離して新しく聖獣を産みだしたっぽい。体内に」
「体内ぃ?」
ジスランは健在だった。
背中をマグマに焼かれながらも羽ばたきつつ跳ね起き、バランスを崩したヒルベルトの胸板を鷲づかみにする。
そして、反対にヒルベルトを地に叩き付ける。
商店を四軒ほど挽き潰しながらヒルベルトはマグマの上に倒れた。
「おっと!」
腐った巨体が焼け焦げ、黒い煙を上げた。
エヴェリスが指を一振りすると、地を埋め尽くしていたマグマは消え去り、ヒルベルトは表面をこんがり焼き焦がされただけで済んだ。
「やっぱりミアランゼにやってもらおう。私はそれまで時間稼ぎってことになるかな」
「このまま魔法で攻撃し続けたら、肉が尽きたりしない?」
「それができるかどうかだよね……調べてみようか。
≪
色とりどりの小さな魔弾がエヴェリスの手から放たれ、テイラカイネの夜空を駆けた。
それは鱗に覆われたジスランの背中に着弾し、何のダメージも与えずに弾け飛ぶ。
ダメージを肩代わりされたのではない。最初からこういう魔法なのだ。
エヴェリスの右手に装着した籠手から蒸気が噴き出し、突き出た歯車がフル回転した。
手の甲部分からホログラム光が立ち上り、宙に文字を描き出す。
目にも留まらぬ勢いで流れる青白い光の数字をエヴェリスは読み取った。
これは、ダメージを与えない魔法弾で反響を読み取り相手の性質を調べるという、エヴェリスのオリジナル魔法だ。
吐き出されていく解析結果は、ジスランの表皮がかなりの魔法防御力を備えていることを示していた。
物理ダメージの魔法を使うとか、純粋に聖気を中和するため邪気の魔法を使うとかいう手はあるのだが、攻め手が限られる状況で魔法攻撃にこだわる必要は無いとエヴェリスは判断する。より
「よーし、だいたい把握した。こりゃ魔女さんには相性悪い相手だわ。あと百本くらい『堕天の楔』作っときゃよかったなあ。
……もう少し待てばミアランゼが何とかしてくれる。私
「言い直した……! ねえ、その複数形にボクも含まれてるの!?」
「そりゃそーよ。じゃなきゃなんで呼んだのかって話。私は確実に、そんでもって自分は安全に勝ちたいんでね」
数え切れないほどの聖気の閃光がジスランから吹き出し、夜空に消えていく。
ジスランは聖気を撒き散らしながら爪で、牙で、そしてブレスでヒルベルトの巨体を端から削っていた。
地面との間にサンドイッチするような一撃が打ち込まれる度、街は震えた。
『……我が…………シエル……なんだ、おお…………地獄……なぜ…………』
途切れ途切れの拡声音声が響いて、そして声は完全に途切れた。
「聖気の攻撃は魔物やアンデッドに対して特に高い効果を発揮する。
まあ私なんかは人間でも、穢れきった魔女だからあれを浴びるのはキツいんだけどね。
でも、まっとうな人間だったら意外となんてことないんだ。聖気のブレスを真っ正面から食らっても大したダメージにゃならないだろう」
エヴェリスが言い終わらないうちにトレイシーは首をぶんぶん振り始めた。
蜂蜜色のお下げが彼自身の頬にぺちぺち当たった。
「無理! 無理無理絶対無理!!
ボクは『
「そりゃー私だってタダで勝てるとは思ってないって。
でも第六等級相応の実力はあるでしょ? なら充分充分」
当然のようにトレイシーは腰が引けていたが、エヴェリスは彼の肩をしっかりと掴んでにっこりと笑ってみせた。
「あの聖獣には魔法の通りが悪そうだし、骨の髄まで邪悪な私はあんな全自動聖気発射台に近づきたくない。
だーかーらー、代わりにキミに魔力を注ぎ込んじゃおうと思う」
エヴェリスの右手の籠手が投光し、トレイシーの足下に魔方陣が浮かび上がった。
獲物が足を踏み入れた瞬間、それを捕らえるトラバサミのように。
「大魔女エヴェリス渾身の