[2-67] 掘り当てろ黄金階段
細い通路の奥から靴音高らかに姿を現したのは、"怨獄の薔薇姫"の軍勢ではなかった。
金細工のサークレットに、白銀色の聖なる鎧を身につけた
鎧のアンダーには、どことなく礼装っぽい雰囲気の服を着ていたのだが、それが破れて所々血が付いている。そのくせ怪我をしているように見えないので、おそらくダメージを受けた後にポーションで怪我を治したのだろう。
"果断なるドロエット"のリーダー、エルミニオ・ドロエットだ。
「旦那、ご無事で!」
エドガーが声を掛けるが、エルミニオは無視した。
険しい顔でつかつかとロレッタに向かって行くと、いきなり首を絞めるように掴みかかった(本当は服の胸ぐらを掴み上げたかったのかも知れないが、その部分は露出しており豊満である)。
「きゃあ!? 何よっ……」
「ロレッタ、貴様……!」
エルミニオは怒りに震え、来し方を指差した。
そこにあるのは、ロレッタが収納魔法から出して回転ノコギリに切り刻まれたマジックアイテムの残骸だ。
「何故あんなことをした!? あれがいくらするのか分かっているのか!? お前の人生がいくつ買えると思っている!」
「エルミニオ、だって罠に襲われて……」
「だっても何もあるか!」
即座にエルミニオはロレッタの頬を殴り飛ばした。
死なないように加減はしていただろうが、その殴打には寸分の躊躇いも無かった。
倒れ込んだロレッタの口から鮮血が溢れた。
口の中を切ってしまったようだ。
「いっ……うっ……」
「私の信頼を裏切っておいてそれか! 荷物を抱えて生き延びる道を最後まで探ればよかっただろう! 本当にこれだから女の脳みそは……!」
「ごべん……なざい……エルミニオ……」
怒鳴りつけるエルミニオに、半泣きでロレッタはしおらしく謝罪する。
こういう時に口答えしても無駄だという事をロレッタは知っているのだ。
玉の輿を掴むためには自分のプライドなんかよりエルミニオのご機嫌の方が大切だ。
それにエルミニオにとってはマジックアイテムも『親にねだれば手に入る物』でしかない。
庶民にとってはショック死しかねないような大損害でも、彼にとっては本質的にどうでもいいこと。体面を傷つけられたことに怒っているだけだ。そのうち機嫌を直すだろう。
「だ、旦那……今はそれどころじゃねえでやしょう。話は帰ってからで……」
「…………チッ。おいロレッタ、あれを回収しておけ」
「はぁい……」
エドガーが仲裁に入り、エルミニオは矛を収める。
エルミニオも冒険者だ、敵地のド真ん中で孤立したまま延々と怒鳴り散らしているほど愚かではない。
ロレッタは山と積まれたマジックアイテム(残骸含む)を収納魔法に再回収した。
「これはお前の失態でもあるぞ、エドガー。転移の罠を見落としていたのだからな。この分は報酬から差し引く。よく覚えておけ」
「へい……」
エドガーも口答えしなかった。
あの転移罠を見落としたのには相応の理由があった。
マジックアイテムで気配を遮断して幻像の投射によって周囲から姿を隠していたのに感知されたのも何故だか分からないし、どこにどう罠を設置したらあんな場所に転移陣を出せるかも分からない。未知の技術だった。
エドガーの能力不足ではなく相手がおかしいのだと弁解したかったし、できれば帰る前に調べておきたいとも思っていたが、今エルミニオに言っても怒らせるだけだ。少し間を置いてからの方がいい。
「お前は転移陣に引っかからなかったはずだな? ここへ来るまでの道は分かるか?」
「もちろんでさ。途中に隠し仕掛け扉みてえなのもありやしたが、閉まらねえよう楔をかませときやした」
「よし、ならばその道を引き返すぞ」
3人は素早く行動を開始する。
ダンジョン内の細い道には明かりなど付いていなかったが、『フクロウ眼鏡』のお陰で行動に不自由はしない。
さらにエドガーは眼鏡の上から引っかけるように
エドガーの目には、迷宮の壁といい床といい、幾何学的な軌跡を描く青白い光のラインで装飾されているように見えていた。
この片眼鏡は『細工師のレンズ』というマジックアイテムで、物体の中を流れる魔力を見ることができる。これで構造物内の魔力タンクとそこから魔力が流れていく先を見通せばどの辺りに罠があるかおおまかに把握できるのだ。
後は
「片方私に寄越せ」
「へい」
黒い眼鏡の上から両目に片眼鏡を着けるという奇妙な格好をしていたエドガーだが、その『細工師のレンズ』の片方をエルミニオに手渡した。
エルミニオも周囲の様子を見ながら歩き始める。その後ろをロレッタが萎れた様子で付いてきた。
「罠が発動した以上、敵には気付かれているだろう。この状態で分断されているのは危険過ぎる。まずは脱出するぞ」
「……聖騎士さん方はどうしやす?」
「合流できれば一番良いが、生きているとは限らんだろう。捜すのは得策でない。
彼らは私の身の安全を守るのが仕事だ。彼らを助けるために私が危険を冒すのでは話があべこべだろう。もし逃げる途中で見かけて、助けられそうだったら助けようか」
「了解しやした」
当然のように言うエルミニオ。
思うところがないわけではなかったが、エドガーは特に何も言わなかった。
エドガーにとって大切なのはドロエット家から支払われる報酬であり、そのためにもまず自分が生きて帰ることが大事だ。
ロレッタももちろん異を唱えなかった。
どこからか反響して聞こえてくる不気味な足音に背中を押されるように3人は帰路を急いだ。
エドガーが既に一人で通っている場所なので罠はあらかた発見済みであり、ダンジョンの中を歩いているとは思えないほどスムーズだ。
しかし、工事用の資材らしきものが置かれた小部屋に入ったところでエルミニオが足を止めた。
「……エドガー、あれは何だ? 地中に何か埋まっていないか?」
エルミニオは真下を見ていた。
エドガーがエルミニオの視線を追うと、網の目のように床を覆う魔力の流れを透かして、その遥か下。
ダンジョン内の魔力の流れとは全く無関係の地中に、箱状に閉じた魔力の流れが存在した。
「私には宝箱に見えるのだが」
「そうでやすね。独立した魔力の流れになってやすから、ダンジョンの一部じゃなく地中に埋まってる宝箱でしょう。なんか魔法の罠が仕掛けてありやすね」
「掘り出せるか?」
「まあできるでしょう。姐さん、『ノームの左手の杖』は無事でやすか?」
ロレッタはまだすねたような表情で血まみれの口元を押さえていたが、ポーションを使ったのか魔法を使ったのか、顔の傷はマシになっていた。
「……≪
消沈した様子のロレッタが収納魔法を使い、虚空から一本の杖を取り出してエドガーに放った。
一見、ありふれた魔法の杖だ。
これは『ノームの左手の杖』。土や石をこね、自在な形に再構成できるアイテムだ。
「まずは魔力の流れを止めて、と。これでダンジョンの魔法防御を一部分だけ無力化しやす」
エドガーは床を流れる魔力の流れを見極め、楔状のアイテムを打ち込んだ。
すると、そこから先に伸びていた光のラインが消え去った。
これは『解呪の楔』なるアイテムで、ちょっとした魔法の効果を消し去る効果があるのだが、打ち込む場所を見極めればこのように魔力の流れを断ち切る効果もあった。
数カ所に『解呪の楔』を打ち込むと、縦横に走っていた魔力の流れに空白が生じた。
虫食い穴のように、部屋の真ん中にぽっかりと空白が。
「そらよっ!」
エドガーはその穴目がけて『ノームの左手の杖』を振るった。
杖から光が迸ると部屋の中央の石床が溶けるように穴を開け、さらにその下の土が掻き分けられ、掘り下げられていく。
次に、押しのけられた土と石は地中の箱の下に回り込んだ。
垂直な穴の中で砂状になった土が渦巻いて、間欠泉でも吹き出すように箱状の物体を押し上げていく。
灰銀色の立派な宝箱が床の穴から飛び出した。
その下で穴が埋まり、飛び出した宝箱は床に着地する。
「いよしっ!」
エドガーが拳を突き上げた。
一抱えほどもある重厚な宝箱だ。飾り気は無いがひたすら頑丈そうで、実用性重視という趣。
「真新しい宝箱だな。最近埋められたものだろうか」
エルミニオが宝箱を見て言う。
宝箱はいくらか土に汚れてはいたけれど傷や劣化は見られなかった。
すぐさま愛用のツールを取り出し、エドガーは宝箱を調べ始める。
魔力の波長を検知するための小皿みたいな円盤を三枚貼り付けたところで、エドガーは親指を立てエルミニオの方に振り返った。
「旦那ぁ、こいつぁ大当たりでやす」
「中身が分かったのか?」
「まだ分かりやしやせんが、この宝箱に仕掛けられた魔法の罠、完全に殺す気で作ってまさぁ。
……侵入者を殺すための罠箱ってのは、一見隠してるようで探せば簡単に見つかる場所に置くもんです。宝箱を見つけて良い気分になってるアホをドカンとやるのが目的でやすから。
ところがこの箱は絶対見つからないように隠してるのに、やべぇ罠が仕掛けてある。つまり、本気で隠したいお宝ってわけで」
「ほう……ともすれば、この中に魔剣テイラアユルが?」
「丁度、入りそうな大きさでやすね」
箱の大きさ。隠し方。殺意の高い罠。
状況はそれを指し示しているように思えた。
仮にテイラアユルでなくても、かなり重要な物がしまい込まれているのは間違いないだろう。そして、これを隠したのはおそらく"怨獄の薔薇姫"だ。
いかにも重要そうな宝箱を見つけた、この瞬間に心躍らない冒険者はいないだろう。
「開けられるのか」
「『
エドガーは真面目ぶって冗談のような答えを返した。
ダメージや被害を承知で罠に引っかかって踏み潰し踏み越えることを、冒険者たちは俗に『
それの解錠版。つまり、罠が発動するのを気にせず箱を開けるという意味だ。
「この箱、なんか魔法掛けようとしたり解錠を試みた時点で罠がボーンといくやつでさぁ。
俺なら罠解除もやってやれねえこたねぇですが、たぶん開けてる時間が足りねえ。
動かされた時点で
「まあそれは今更だ。とうに発見されているだろうからな」
地の利は敵にある。
捕捉されれば回り込まれ、包囲される。状況は時間との勝負だった。
「大量に護符を持って……罠が範囲型くせえから『生け贄羊の首飾り』も欲しいっすね。首飾りも多分壊れちまいますが、そうすりゃ五秒で片付きやすぜ」
「…………よし、いいだろう。やれ!」
エルミニオは決断した。
目の前の宝箱に目が眩んだとも言えるかも知れない。
エルミニオは金で心動かされたりしないが、珍しいマジックアイテムには目がないし、何より賞賛に対して貪欲だった。
"怨獄の薔薇姫"の巣から、厳重に隠された貴重なアイテムを持ち帰ったとなれば、それは討伐に次ぐほどの大戦果と言えるのではないだろうか? ……エルミニオがそう考えているのは想像に難くない。
エドガーとしても、このお宝でエルミニオが機嫌を直してボーナスでも出してくれるなら万々歳だ。
ロレッタがありったけの護符を収納魔法から出し、次いで、何かの骨と何かの牙を繋げた邪教の儀式にでも使われそうな禍々しい造形の首飾りを取り出す。
これは『生け贄羊の首飾り』というマジックアイテム。近くで発生した範囲型の魔法攻撃を装備者ひとりに吸い寄せるというものだ。
エドガーは首飾りを身につけると、二十枚近い大量の護符を片っ端から起動してベルトに挟んでいった。
その作業を終えるや、エドガーは即座に宝箱に手を掛ける。
「さぁて、出てきな。お宝ちゃーん」