松岡一哲
「中国語の看板」目立つ高田馬場――留学生が街の姿を変える
11/20(水) 8:54 配信
高田馬場という街が変貌を遂げようとしている。街を歩けば、アジアからやってきた若者の姿が目立つ。耳に入ってくるのはアジア各国の言語で、なかでも目立つのは中国語だ。中国人留学生が目指すのは日本の有名大学。高田馬場には彼らを対象にした日本語学校や予備校が乱立する。界隈には「中国語の看板」の飲食店も目立つ。変わりゆく街を歩いた。(取材・文:ノンフィクションライター・中原一歩、撮影:松岡一哲/Yahoo!ニュース 特集編集部)
中国人オーナーが中国人向けに出店
「麻辣湯」「火鍋串串」「祖房四楼」「蒙古肉餅」「蘇茶」「沙県小吃」――。
日本有数の学生街として知られる東京・高田馬場。この街を東西に貫く早稲田通りを歩くと、中国語で書かれた派手な看板が目に飛び込んでくる。これらは中国人を相手に中国人オーナーが商売をする飲食店の看板だ。かつて早稲田通りは「ラーメン街道」の異名をとり、人気店が競うように出店し、激戦区を形成した。ブームが去り、ラーメン店は減少傾向にあるが、代わってこうした飲食店が存在感を増している。
高田馬場。日本語に混じって、こういった中国語で書かれた看板が張り出されている
高田馬場駅から徒歩5分。早稲田通りに面した好立地に2017年にオープンした「本格熊猫」(ホンカクパンダ)もそんな一軒だ。経営者はもちろん、厨房で鍋を振る料理人も、接客も中国人、食事をする客の多くも中国人だ。店内には中国語が飛び交い、日本語はまるで聞こえない。店を経営する劉少虎(リュウ・ショウフウ)さんの出身地、四川省の地域性が色濃く反映された料理の数々は、日本人になじみのある「町中華」とは別物だ。
オーナーの劉少虎さん夫婦。「本格熊猫」の3階に「四川小吃」という新店もオープンさせた
「日本の四川料理は、砂糖が多く使われるので甘く、とても故郷の味とは思えません。お客様の多くが中国人なので、日本人向けにアレンジをせず、中国で食べられている味をそのまま再現しています。最近では本場の味が食べられると日本人客もやってくるようになりました」
「本格熊猫」で供される料理。唐辛子の赤が目に鮮やかだ
高田馬場駅を中心に半径1キロ圏内を歩いてみると、同様の飲食店は20数軒確認できた。多くの店の看板は派手で中国語表記されている。グルメサイトに掲載されていない店も多く、裏通りや雑居ビルにあったり、看板を掲げていなかったりする店もあるので正確な数を把握するのは難しい。2018年、中国福建省に本店を構え、中国本土で6万店を展開する「沙県小吃」(サーシェン・シャオチー)という飲食チェーン店が、政府公認の海外店舗第1号店の出店先に選んだのも高田馬場だった。
中国人は定食ではなく一品料理を好む。見た目よりも辛さも濃さも控えめだ
ただ、横浜や神戸にある「中華街」のように、街そのものがチャイニーズタウン化しているかというと、そうではない。スタバやマック、カフェやカラオケ店など、東京のどの街でも見かける風景の中に、今はポツリ、ポツリと「点」で散らばっているに過ぎない。こうした「中国語の看板の店」が増えだしたのは、2017年頃からだと話すのが高田馬場銀座商店街振興組合・理事長代行の杉森昭祐さんだ。
杉森さんは1942年生まれで、組合の最古参の一人。母が高田馬場で創業した紙問屋を引き継ぎ、文具店として再建。地元で愛される店として半世紀以上営業を続けてきた。しかし、数年前に体調を崩したことをきっかけに、早稲田通りに面した店舗でのはやめてしまった。今でも昔なじみの客から注文を受け、細々と商売は続けている。杉森さんが経営していた文具店の跡地に、中国人経営のタピオカ喫茶が入店したのが2年前のことだった。
タピオカドリンクを売る店。授業終わりの留学生が黒山の人だかりを作る
「戦後、焼け野原となった早稲田通りで商売を始めた経営者が、高齢化や後継者がいないことを理由に店を閉めるでしょ。すると、すぐに借りたいとやってくるのは中国人なんです。私のところも空いた途端に5人から申し込みがあって、4人が中国人。1人がベトナム人。私はこの街に70年暮らしていますが、表通りを歩いていても、全く日本語が聞こえない時間帯もあります。それだけ中国人を含む外国人が増えたということです」
「富裕層」が日本を目指す
なぜ、高田馬場に中国人は増えているのか――。
そもそも高田馬場はアジア各地からやってきた留学生であふれかえっている。中でも断トツで多いのが中国人。高田馬場から近い早稲田大学の留学センターの発表によると、2019年現在の留学生総数6124人のうち、中国籍の学生は3419人と全体の半数以上を占める。江正殷(チャン・チェンイン)・早稲田大学国際部東アジア部門部長は「転機となったのは2008年だ」と語る。
「胡錦濤国家主席が来日した際に早稲田大学で講演をしました。これが、中国メディアによって全土に報じられ、早稲田は『国家主席が講演をした大学』として一気に有名になったのです。また、この年は北京オリンピックが開催され、数年後には、中国のGDPは日本を抜いて世界2位になります。こうした好景気を背景に、国内の富裕層が世界を目指そうという機運が高まったのです。中国人の親にとって、教育は我が子への投資。本当は米国のハーバード大学などアイビー・リーグを目指したいのですが、お金を出す側の親にしてみれば、米国は銃犯罪などに巻き込まれる恐れがある。それに比べ日本は安全な国なので、送り出す親にとっても安心で根強い人気があるのです」
わずか200メートルしかない「さかえ通り商店街」には日本の居酒屋をはじめアジア各地の飲食店がひしめいている。本稿では触れていないが、アジア人が通う専門学校も少なくない
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