ひとつの仮説として、目的と結果が逆転しているのでは、と思いついた。「生き物を殺すことは罪だが、食べる(自分が生きる)ために殺すのはやむを得ないこととして許される」という思想はものすごく普遍的にありますよね。それが転じて「殺しても、食べれば許される」(気がする)ということかな。
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この仮説が真ならば。「シカを殺すことは、人の生活と地域の生態系とシカの個体群自体を崩壊から救うためにやむを得ないことだ」と考えることで、その人の倫理を守ることもできるのでは、と思うんですよね。 もちろん食べられるものは食べればいいのですが。
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農水省の鳥獣対策室がジビエ利用を後押ししていることで、全国的にそういうムードは強まってきていますよね。 あくまで理由は経済面なのですが、経済的メリットを全面に押し出すのでなく、倫理の皮をかぶせて話している人が一定数いるのではと。 http://www.maff.go.jp/j/nousin/gibier/attach/pdf/suishin-101.pdf …pic.twitter.com/pZ7P2X6wVS
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経済的メリットが限定的なので、倫理面を強調したいという気持ちはあるかもしれませんね。
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フォロー外から失礼します。おそらく信仰対象である山(≒神)のモノを奪い「棄てる」のはタタリの要因になる、だから奪い「頂く」ことで山に「頼る(≒服従する)」姿勢を見せる意味合いもあるのではないでしょうか。全くの門外漢の戯言です。
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大変興味深いです。ありがとうございます。
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ここのp.160-161が参考になるかと思います。 https://www.kyoto-bhutan.org/pdf/Himalayan/012/Himalayan-12-158.pdf …
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とても面白かったです!御教示どうもありがとうございました。
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こんにちは。犬好きから狩人になった者ですが、ご老人がよく「食わぬ殺生はするな」と言います。あと「食べ物を粗末にするな」というのも山里では信仰のようなもので。だからたぶん、食べると罪が減じるのではなく、食べないとバチが当たる、という民間信仰/思想が起源なのではと感じています。
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昔はそういう教えで過剰に狩ることを防いでた面もあるんでしょうけど、今はもうバランスが崩れてますもんね。
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