今日はね、主に「筑紫の伊都国の脊振山」について話したい。

って、こんな旧地名じゃ解り難いよね。

詳しくは、福岡県と佐賀県をまたぐ山なんやけど、
ウィキから引用して、

脊振山(せふりさん)は、福岡県福岡市早良区と佐賀県神埼市との境に位置する標高1,054.6m、脊振山系最高峰の山である。日本三百名山の一つ。山頂には、航空自衛隊、アメリカ軍のレーダーサイト(脊振山分屯基地)がある。
なお、脊振山の表記は正式には「脊」を使い、「背」ではない。

でね、ここじゃあ漢字のお勉強をやっとるけん、(冗談やけど)
上記のウィキの文で重要視してほしいのは、

脊振山の表記は正式には「脊」を使い、「背」ではない。

という事。   ほんでね、

んでね、、、  でね、でね...

わっはっはっは!!

前回、前々回の記事のことで、ヤンズさん、
怒ってるかと思ったら、アドバイスのメールを頂いたのだ。


セオニョが韓国でソウルフ姫って呼ばれると僕から教わったとなっていましたが、

正しくは、

瀬織津姫は、韓国のソウルツ姫からきた(名前が)という説もあります。
でした。

いや、オイラは「セオニョが」じゃなくて、「瀬織津姫が」だったんやけど、
その「瀬織津姫」を、「ソウルフ」って以前、聞き間違えてたんやねですね。
訂正します。「ソウルフ」じゃなく、「ソウルツ」でした。


で、オイラは、

ありゃ、ソウルフじゃ無くて、ソウルツだったんですね。ああ、恥ずかしい。。。

と言うことは、前から疑問に思ってたんですけど、ほらヤンズさん、懇親会の時に話した
「脊振の山」、「せふり」ですけど、これってやっぱり、「脊振(せふり)」は「脊振り(せおり)」なんですね?

つまり、「ソウルツ」=「脊振り(せおり)」=「瀬織」って、漢字変換の違いだけなんですね。

韓国の「ソウル」の意味「神が降りる」からとられた名前なんですって、「脊振山」は。
で、弁才天が祀られています。 <と、降り 織り 折り返し返信させていただいた。

この辺のことを叩き台にして話を進めていくね。

瀬織津姫シ♭本


このライン
☆*゚ ゜゚*☆*☆*゚ いつものパターンやね ゜゚*☆*☆*゚ ゜゚*☆


オイラ、どこで聞いたか
「脊振(せふり)」は、韓国の首都「ソウル(Seoul)」と語源を同じくして
「神が降る(ふる)」、「神が降りるところ」と聞いた。

最近、調べてんだけどこれは出てこない。
ただ、こんな風によく書かれている。

1、「脊振山」は、「ソウル」が語源。
2、「ソウル」は、「都(みやこ)」という意味。


他にも参考になるサイトをリンクして、重点的に抑えてほしいことを
赤字で強調しとくけんね。 その部分を氣に留めるか、抑えといてほしい。

本題はその後で。


・‥…━━━☆・‥…━━━☆GO!


※リンク下の文は、リンク先からの引用文。


投稿者:棘の紀氏

ニニギが空から降臨したとされる「添(ソホリ)ノ峰」「ソホリ」をはじめ、筑前・早良郡の背振(セブリ)山脈の「セブリ」瀬織津比咩(=伊勢神宮の主神)の「セオリ」塩乗津彦(シホリツヒコ)の「シホリ」曽能振ノ命「ソノフリ」、あるいは佐分利(サブリ)など、さまざまなかたちで表記されていたようである。

(中略)

神武天皇以前を神話の世界とすることにし、 九州の都(邪馬台国)をイスラエルの祖・アブラハム生誕の地・タガマハランの名を取り高天原とした。
更に出雲の国との戦いも神話とし、出雲の地を神との約束の地・カナンを和訳し、 葦原の国として残した。その後九州から東遷して神武天皇が大和に都を開いた年を、 流浪の旅の始まった年・紀元前660年を当て、皇紀元年として残した。







層富(ソフ)】のちの「添(ソホ)」。朝鮮古代語で「蘇伐(ソボル)」・「所夫里(ソフリ)」はいずれも「みやこ」を意味し、それぞれ新羅と百済との都。「添」は『日本書紀』の第二巻では「ソホリ」と読まれている。

…河内・北河内郡の讃良(ササラ)は、古くは「現占(サウラ)」とか「佐和良(サワラ)」とか「早良(サワラ)」とか書かれていたようである。早良(サハラ)はまた筑前にもあって、これまた「佐和良(サワラ)」とも表記され、ほかにも摂津・三島郡の沢良宜(サハラギ)(のちに玉櫛村・佐和良義神社あり)や 美作・大庭郡の四宮佐波良神社などが目につく。讃良(ササラ)が沙羅(新羅)から来た可能性があるということから推論しなくても、これらのサワラは、十中八九、新羅の古名《蘇伐(ソボル)》に由来する地名である。朝鮮古代語では、「ソ」は「金」を、「ポル」は「村邑」を意味したから、「ソポル」は「金の邑」すなわち新羅の都《金城》を指すのである。このソボルは、「蘇伐」のほかにも、渉羅(セフラ)雑羅(サフラ)金椀(サハリ)匝羅(サフラ)缶+欠羅(サフラ)肖伐(ソボル)沙伐(サボル)沙弗(サフル)屑夫婁(ソフル)草羅(サワラ)所夫里(ソフリ)(百済の都)徐伐(ソホル)舒発(ソハル)斯弗(サフル)助當利(ソホリ)佐布利(サフリ)などとも表記され、扶余・高句麗・百済・新羅・加羅の別なく「主邑」の意味で用いられていた。そのうちでも新羅の都だけは、「徐羅伐(ソラボル)」(=新羅城(ソラボル))とも「曽尸茂梨」(ソラモリ)(=「金の城」)とも書かれ、倭国では前記の早良(サワラ)佐和良のほかに、ニニギが空から降臨したとされる「添(ソホリ)ノ峰」の「ソホリ」をはじめ、筑前・早良郡の背振(セブリ)山脈の「セブリ」、瀬織津比口+羊(=伊勢神宮の主神)の「セオリ」、塩乗津彦(シホリツヒコ)の「シホリ」、曽能振ノ命の「ソノフリ」、あるいは佐分利(サブリ)など、さまざまなかたちで表記されていたようである。(先のリンク元の内容と同じこと)
 
 ところで、すでに15で説明したように、この曽富利(ソホリ)という地名は奈良盆地では、「利」が落ちて「層富(ソホ)」(添(ソホ))というかたちをとっている。日本語では、蕪(かぶら)の「ら」や野良の「ら」のような、単語の末尾のラ行音は、脱落する傾向があるからで、この伝でいけば、周芳(スハウ)ノ国(のち周防)の「スハ」「諏訪」なども「ソフリ」の「リ」が落ちてできた地名だということはじゅうぶんに考えられる。
 ちなみに、「都」を表わした朝鮮古代語の「ソボル」は、現在ではb(p)音が消失して「ソウル」になっている。p音の転化したかたちであるh音を固執して「周防」や「諏訪」を伝えている日本語は、言語は中心地を離れるほど古いかたちを残すという言語学上の通則にあくまでも忠実なわけである。






神埼市観光協会



>久留米市から、(金山と井原山間の峠)まで、約40km、車で1時間です。



脊振山は、古くより信仰の対象とされた山で、その名の起こりについて様々な伝説が伝えられています。

 乙護法善神の像を馬の背に乗せて登るとき、その馬がしきりに脊を振り登ったので、脊振山と名付けられた。
乙護法善神が、竜馬の背に乗り、この山の上を通過しようとしたとき、竜馬が脊を振り三度鳴いたことから脊振山と名付けた。
山頂に二匹の竜が住む霊窟があり、そこから竜が出現するとき山が動き、地が震えたことより脊振り山と呼ばれた。
栄西がもたらして播種された茶樹が、伐っても伐ってもまた生えてくるので、茶が天から降ってくると考えられ、一帯を茶振山と呼ばれ、これが変じて脊振山と呼ぶようになった。
韓国の「ソウル」が転訛して脊振となった。
 以上のような伝説・学説があります。いずれも、脊振山信仰の歴史を伝える内容といえます。

また、脊振山は神埼市の中央部を流れる城原川の源流であり、田手川・嘉瀬川、さらに、福岡市の室見川・那珂川の源流となっています。



1.後鳥羽神社
後鳥羽神社は古釜の北に位置している(図2,
写真1)。鳥羽院には,承久の乱により隠岐の島
に流された後鳥羽上皇がひそかにこの地に逃れ,
教信寺(現善信寺)を仮の宮とし,


「せふりじんじゃげぐう」

神功皇后が新羅との戦いの勝利を記念して建立した脊振神社の下宮。
下宮は脊振山の佐賀県側麓にあり、上宮は脊振山山頂の標高1054mに鎮座しています。  冬は参拝が大変な為、麓に下宮が造られたそうです。

日本六所弁財天の一社「脊振弁財天」といわれ御祭神は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)。
ここ脊振神社は弁財天信仰で市杵島姫命と祭られ神仏習合の形となっている。 上宮は弁財天を祭る発祥地と言われている。


脊振山は脊振千坊と称され山岳仏教の聖地で弘法大師、伝教大師、栄西などの高僧たちも訪れたと言われている。
ここ下宮は五穀豊穣・開運・財運の神様として崇敬され九州一円から参拝があるそうです。


脊振神社上宮 福岡市早良区 脊振山頂

 神功皇后が新羅との戦の勝利を記念して建立したとされており、弁財天が祭られています。佐賀側の麓には神社下宮があります。また、脊振山は脊振千坊と称された山岳仏教の聖地で、中国へ渡航した弘法大師、伝教大師、栄西といった高僧たちも訪れたと伝えられています。
 この脊振山と弁財天にまつわる昔話をご紹介します。昔、脊振山の弁財天が英彦山で行われた神様たちの集いに招かれました。そして女神の弁財天は英彦山の美しいシャクナゲの花に魅了されてしまい、脊振山へ天馬に乗って帰る際にこっそり3~4本持ち帰ろうとしました。これを天狗に見つかり追いかけられて、脊振山付近まで来たところで追いつかれてシャクナゲを天狗に返したそうです。ところが逃げる途中に1本だけ落とし、それが育って麓にだけたくさん広がったのだそうです。そんなわけで弁財天のいる山頂付近には1本もありません。落とした1本は浄徳寺の「弁財天シャクナゲ」として伝えられています。 


脊振神社(佐賀県神埼市)


☆*゚ ゜゚*☆*☆*゚゜゚*☆*☆*゚ ゜゚*☆

んでね、
このリンク先にか彼とることは面白いと思うやろ?
ばってん、あまりにも「ソウル」の変化が多すぎてこんがらがるね。

「脊振」だけや無くて、去年、その話しをしたヤンズさんの懇親会の会場、
早良区室見の「早良(さわら)」まで同じ語源やったんかね。

「周防」や「諏訪」まで「ソウル」が語源ね。

面白い漢字も出てきた。
「讃良(ササラ)」「沙羅(新羅)サラ?」って言えば、
「鸕野讚良(うののさらら、うののささら)」って“諱”の「持統天皇」や。

まさか?
「持統天皇」ちゃ「天照大神」の役をやって、「瀬織津姫」を隠したような
人物で、「天武天皇」の奥さんよね。

 んで、以前オイラは、アブラハムと奥さんのサラの名が付く日本の人物として、
「天武天皇」が「アブ」で、「持統天皇」「サラ」の文字をとっとるって言ったよ。

で、「サラ」って言えば、「サラスヴァティ(弁財天)=瀬織津姫」でもあるし。
しかも、今、「アブ」をタイプして変換したら、「虻」が出てきたけど、これは
前回の記事で書いた、「罔象女(ミツハ)=瀬織津姫」の「蛟蝄神社」が、
「蚊虻」になって、「ぶんもう」と読み、「文間(モンマ)」になったって話し、
これこそ(あぶ)やね。

いや、今日は「アブ・サラ」の話やないんやけど、
その、イスラエルの祖・アブラハム生誕の地・タガマハランの名を取り
「高天原」
とした。って箇所もそうやけど、「持統天皇」の異称こそ面白い。
高天原廣野姫天皇」やで。

これって、どゆこと?
「持統天皇」「瀬織津姫」? 「サラスヴァティー」

ちゃうで。
「持統天皇」こそ、神話を作ったグループの一人っちゅうことや。
 

☆*゚ ゜゚*☆*☆*゚゜゚*☆*☆*゚ ゜゚*☆

余談が長かったね。(*´∇`*)
ばってん、よかサイトばっかり選んだとよ。


さて、本題に入ろうか。

冒頭で、「筑紫の伊都国の脊振山」って書いたんも意図(五十)があってね。

「筑」は、「箏(五十)」のこと。
「紫」も、「糸(五十)」の意味。
「伊都」、もちろん「五十」や。

それがどうした?     ううん、なんでもない...

次、いこか...


「ソウルツ」が「瀬織津」なら、同じ読みの「ツ・津」を外すと、
「ソウル」が「瀬織(せおり)」。  (※「津」はどうも接続助詞やね。)

「脊振(せふり)」の語源も「ソウル」やけん、
「脊振(せふり)」と「瀬織(せおり)」は同じ。

ここでまた、同じ読みの「脊・瀬」を外せば、
「振(ふり)」が「織(おり)」ということか?

これ、意味が同じなんやろうか?

「振る(ふる)」を「降る(ふる)」って漢字を使えば、
「降り(おり)」と「織(おり)」が同じ読みになるで。

つまり、

「脊降り(せおり)」と「瀬織(せおり)」なら、
読みも意味も同じになる。 

読みは同じでも意味が違うって?
巾
これだよ。

「脊髄」の中にあるエネルギーが通るパイプ、
「スシュムナー・ナディ」だ。(中央のライン)


いつものように、「どん爺の須弥山図」を入れとくね。

     小宇宙図クリックで拡大できるよ。

拡大してくれたら解ると思うけど、
「第一チャクラ」上の「クンダリーニ」が上昇して、折り返しに
「イダー・ナディ」の中を通って螺旋状に「降り」て来ること。
じゃないかな?

これなら「神が降りる」でも、「振動数」が違う器官やけん、
「神振る」でも「脊振る」でもよかろうもん?

「瀬」は、この流れの「瀬」でもいいし、前回説明した、「瀬」=「三つ葉」の
三本の管を「束」ねた「脊柱、脊髄」の管を織り成す意味でもヨカろうもん。

拘れる理由は、冒頭で記した、「脊振」の漢字の「せ」のルール。

脊振山の表記は正式には「脊」を使い、「背」ではない。

という事からや。

「背」は、「背中」とか「背骨」とかの「背後」を指すことに使う。
    「背く」の意味が元よね。 元々「北」って漢字で、人と人「ヒ・ヒ」が
    背中合わせになっとろうが?

「脊」は、「脊柱」「脊髄」「脊椎」って具合に、もっと重要な「芯」の意味やろう。
    面白いことに、呉音で「シャク」って読むんだよ。
    これって、シャクティ(クンダリーニ)」を意味しとるんやない?


ほらあ、さっき、
『脊振山の弁財天が、英彦山のシャクナゲの花に魅了された』って話し。
 
これなんか、「シャクティ・ナディ」やと思うんよね。
だってね、「弁財天シャクナゲ」なんてわざわざ、わざとらしかろ?

昨年末に「白根神社」の「シャクナゲ群生地」ってのが氣になってね、
愛宕のシャクナゲとか、伊勢神宮のシャクナゲとか、そげん重要な花なん?
決定的なんは、「佐久奈度神社」シャクナゲや。(笑)
 
「佐久奈度」も「シャクナゲ」も、「シャクティ・ナディ」やと思うでえ。


今日はこれで終わるけど、
もうひとつ氣になった地名、「曽尸茂梨」(ソラモリ)のこと。

スサノヲノミコトが、新羅の曽尸茂梨(そしもり)に降りたって神話があるけど、
同じ漢字だよね。

朝鮮語で、「ソ(牛)」「モリ(頭)」で、「ソシモリ」とは「牛頭」を表すらしい。


☆*゚ ゜゚*☆*☆*゚*:--☆--:*:--☆--:゜゚*☆*☆*゚ ゜゚*☆

最後に、
「脊振山」は今、「国際リニアコライダー(ILC)計画」ってのがあって、
地下100メートルに、福岡県と佐賀県をまたぐ50Km長のトンネルを造って、
宇宙のビッグバン状態を作り出すような装置を取り付ける計画がある。
詳しくは、ここ (ウィキ)で見て。


「神の素粒子」と言われる「ヒッグス粒子」が発見されたけど、
ちょっとこちらのサイトを見てちょ~だい。
     ↓   ↓   ↓
 ヒッグス粒子は、この世界は、波動でできていることを証明した数式を作った!

引用>
ヒッグス粒子の発見は、ノーベル賞を受賞した南部陽一郎博士らの「標準理論」と呼ばれる数式が、全ての物質を書き表す数式であるということを証明するものであった。この世界は、波動でできていることを証明した数式!

 ヒッグス粒子の性質を調べる鍵となるのが、約30キロ・メートルの直線状の加速器で電子と陽電子を衝突させる計画の「ILC」(国際リニアコライダー)だ。

国際リニアコライダー計画

 電子と陽電子を衝突させる円形の加速器はこれまでにもあったが、電子を磁場で曲げるときにエネルギーが失われる欠点があった。ILCは、直線にすることでこの欠点を補おうとするものだ。昨年末には設計書も完成した。

 日本では、北上山地(岩手、宮城県)、脊振せふり山地(福岡、佐賀県)が建設候補地に挙がっており、産学官連携による誘致の取り組みを進めている。設計書もでき、いまは欧米、日本の政界や産業界のサポートもある。今後2~3年が、日本に誘致する千載一遇のチャンスだろう。

 ILCを日本に誘致した場合の予算はどうなるのか。建設費の負担は、国民1人あたり年間でラーメン1杯程度に収めたいと思っている。こうした大型の研究計画は、国民の理解があってこそ実現できる。

 素粒子研究は、社会の役に立たないだろうという意見がある。だが、宇宙や素粒子の研究がもたらした技術は多い。たとえば、アインシュタインの一般相対性理論を証明するためにつくられた正確な原子時計は、カーナビなどに利用される全地球測位システム(GPS)につながった。加速器技術の進展は、医療用技術などのコストダウンにもつながる。

 ヒッグス粒子発見をきっかけとした新しい物理学を切り開くには、精密な実験が可能なILC建設は必須だ。我が国への誘致が国際的にも期待されている。<引用ここまで


 奇しくも「神が降りた」脊振山の地下で、「神の素粒子」の実験か。
ビッグバンを起こそうと言うのか?

福岡、佐賀で、たくさんの人が仕事に就けるというのはいいが、
電力の消費も凄いやろうね。

これって、原子力発電どころの騒ぎじゃ無いね。
もしかすると、電子と陽電子を高速で衝突させて、
脊振山の地下で「ビッグバン」状態が起こったとしたら、
どうなるんや?
原子爆弾が破裂するより酷い状態になるとか無いんかな?
実験が終わった後の処理は?

オイラが居る所は、「脊振山」が見えるところやけん
なおさら心配や。

「脊振山」で花火が上がったら、
オイラの頭に火の粉が振ってくるかと思うほど近いんやで。


是非、こちらも見てほしい。 絶対見てほしかと。
     ↓   ↓   ↓
『いとしま菜の花プロジェクト』


今日はこの辺で。

拙いブログに最後までお付き合い有り難う。



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