[2-60] One of A Kind
「お早く、お早く!」
悲鳴も戦いの音もだいぶ
彼らを護衛し誘導するのは第二騎士団の生き残り。女騎士カーヤが指揮するほんの数人の騎士たちだった。
「前方警戒! ブラッドサッカー以外が出たら独断での対処はなるべく避けろ、危険なら私が処理する!
仮に"怨獄の薔薇姫"が現れたら全速で退避だ、最大限に注意しろ!」
「「了解!」」
救出された市民たちを囲んで守りつつ、二人が前方を偵察しブラッドサッカーたちとの遭遇に警戒する。
一秒でも早く街を出たいのは全員の共通認識だろうが、しかし急げば注意がおろそかになる。もどかしい時間が流れていた。
第二騎士団は事前に全員の武器に簡易的に『聖別』の魔化を施してある。
お陰でブラッドサッカーくらいは一撫でで倒せるが、ブラッドサッカーの側だって非武装の市民なんか一噛みだ。
何より相手は大群、こちらは少数精鋭と言えば聞こえは良いが寡兵である。
一瞬の気の緩みで死者が出かねないという状況だった。
「おや……?」
先行しかけていた騎士が訝しげな声を上げる。
前方の建物の影からぬっと姿を現したのは、身体のあちこちに黄金の装飾を付けたような姿の白い虎だ。それが二匹。
「聖獣!」
「聖獣だ!」
「ありがたい、援護に来てくれたか」
騎士だけでなく市民からも安堵の声が上がった。
このところ街中で置物のように待機していたものだから、街の人々にも『ノアキュリオの聖獣』は馴染みの顔となっていた。
アンデッドを倒すには聖気の攻撃。素人でも分かることだ。
しかもこの聖獣というやつは、獣のような外見ながら人の話を聞き分ける。
複雑な命令も理解するし、臨機応変に自分で考えて動く。おまけに召喚獣だから命令には忠実だ。命懸けで戦ってくれる。
そしてカーヤも一応、指揮官クラスにある者のひとりとして聖獣への命令権限を付与されていた。
「聖獣たちよ、我らは生存者を街の外へ退避させるべく行動している。道中の護衛として……」
カーヤが命令を下そうとした時だった。
虎の姿をした聖獣はカーヤを無視して市民たちに近づき、そして、食いちぎった。
「……何っ!?」
*
「スシィイ!」
一度の踏み込みに数度、ウダノスケは名刀ドウチョウアツリョクを打ち込む。
緩急を付けて四方八方から振るわれるカタナがゼフトの剣と火花を散らした。
一見するとゼフトは防戦一方。だがこの戦いは拮抗しているのだとウダノスケは理解していた。
防御に徹したことでゼフトはウダノスケの攻撃を受けきり、一瞬でも攻撃の手を緩めようものなら反撃に転じようと虎視眈々と狙っている。
即ちこれは暴走
――だが、そのように消極的な戦いで拙者
もはや誰に教わったのかも思い出せないが、ウダノスケの胸の中にその言葉は教訓として根付いていた。
「ゼフト、危ない!」
チェンシーとかいう女
半身を機械化した大男が、肥大化したかぎ爪のような仕込み刃を剥き出してゼフトに襲いかかる。
彼はブレント。"蒼銀の絆"というパーティーに所属していた冒険者でルネが拾ってきた者だ。それをエヴェリスが改造し、機械化アンデッドとして蘇った。
有力な素体をグールにするばかりでは芸が無い。よりアンデッドの種類を増やし対応範囲を広げようというのがルネとエヴェリスの一致する意見であり、『儀式場の邪気が薄くても作れる新作アンデッド』という触れ込みでエヴェリスはこんなものを作ったのだ。
ブレントの一撃にチェンシーが割って入り、手甲でかぎ爪をかち上げる。
さらにチェンシーは踏み込んでブレントに背中から当て身を入れ、地面に手を突くと首を刈るような倒立回し蹴りを放った。
だがその時、仮面のようなブレントの顔の中で、ガラス玉を嵌め込んだような目が、光った。
「つっ!?」
ドジュッ、という叩き付けるような音と共に、ブレントの目が熱線を放った。
チェンシーもさるもの、直前で殺気を感じたか冒険者としての第六感か、ギリギリで身をひねって直撃を避ける。細い熱線がチェンシーの脇腹を焼いた。
さらにブレントは追撃する。
機械仕掛けの腕がドラゴンのブレスのように空気を吹きだし、滅茶苦茶な姿勢から拳を急加速させてチェンシーを殴りつけた。
体勢を崩していたチェンシーは辛うじてこれを受けるが、殴り飛ばされて飛んでくる。
ウダノスケとゼフトが切り結ぶ真ん中へと。
「やばっ……」
チェンシーを救おうとしたか、ゼフトがチェンシーに手を伸ばす。
「ドウチョウ!」
擦り込むようなウダノスケの斬撃。
宙に浮いたままチェンシーは受けるが、これは囮の一撃。
チェンシーに攻撃を受けさせつつゼフトの小手を打ってウダノスケは牽制する。
そして。
「アツリョク!!」
刃を滑らせるようにウダノスケはチェンシーの白い腹を突き刺した。
そして、刃は突き抜けた。
「……ヌン!?」
「え …… 」
チェンシーを貫いたドウチョウアツリョクは、その血濡れた刃をゼフトの剣に止められた。
串刺しにされたチェンシーは血を吐いて、信じられないという顔で刃を見ていた。
「チェンシー!!」
ゼフトが絶叫した。
周囲では奇妙なことが起こっていた。
アンデッドの軍勢と戦いつつゼフトたちの身代わりとして時折弾け飛んでいた聖獣たちが、一斉に戦闘を放棄して街へ移動し始めていた。
進路上のアンデッドを薙ぎ払い、踏み潰し、飛び越えて、とにかく全速力で遁走していく。
本来であればチェンシーの代わりに聖獣が傷を引き受けて倒れていたはず。
だが、そうはならなかった。ウダノスケのカタナはチェンシーを貫いた。
「どうして……」
「聖獣ガ……庇わナカった、のカ……?」
まだ事態を飲み込めない様子で後衛の
ウダノスケにもわけがわからない。この状況で"零下の晶鎗"を失うことは大いなる痛手であり、彼らを見捨ててまで聖獣は何故撤退したのか。
「……ゼフト、チェンシーを確保しろ!」
「さセぬでゴザる」
眼鏡の
「精強ナル使い手ヲ手に入れルことモ、我ラガ姫様より託さレシ使命なレバ」
「ぐ……」
ゼフトが歯がみする。
仲間を殺された冒険者は、その死体を奪還して蘇生を試みようとするものだ。
この場所は街の近くなのだから、死にたての死体で比較的成功率の高い蘇生を試みることができる。
しかし死体の確保もウダノスケたちに課せられた使命。強い冒険者からは有力なアンデッドが生まれるのだからこれは貴重な材料だ。返せと言われても、はいそうですかと渡してやるわけにはいかない。
戸棚にしまっていた寿司を思い出したような、幸運な勝利ならば尚更だ。
「ゼフト、街がおかしい。街壁の上にアンデッドが居る」
「何だって!?」
「気付いてるよな。さっきから巨人が砲撃どころか砲撃の準備すらしてない」
「まさか、既に……」
ゼフトがウダノスケと向き合ったままちらりと背後を顧みる。
一歩退いたところから戦況を見ていた
街は既にアンデッドの手に落ち、城壁も制圧されているのだと。
「
「だが、チェンシーが……!」
「……死体を奪還したとしよう。テイラカイネで蘇生ができる状態だと思うか?」
「ぐ……!」
ウダノスケを射殺すように睨みながらゼフトは少しずつ後ずさる。
ゼフトと
「≪
巨大な魔方陣が地面の上に展開された。
複雑怪奇で幾何学的な魔方陣はぼんやりと紫色の光を立ち上らせて冒険者たちを飲み込み、そして、彼らを忽然と消し去った。
"零下の晶鎗"の残り四人も、有象無象の下級冒険者たちも。
「ふん、あラカじめ逃げノ手を確保してイたわけカ。負け犬はチワワになル、とハこの事でゴザルな」
ウダノスケは独りごちる。
これだけの人数を即興で転移させるのは難しい。おそらく、あの
――これで時間稼ぎの任は果たした。
欲を言うなら"零下の晶鎗"は全員死体にしておきたかったが……国最強のパーティーを相手にして、こちらに大きな被害が無かっただけで良しとすべきでござろう。
傍らの死体を見下ろして、ウダノスケは武者としての悦びに震えていた。やはり強敵と戦い討ち取ってこそサムライ。この女は強いアンデッドになるだろうから姫様も喜んでくださるだろう、と。
「ダガ、聖獣ドモは何故退いタ? 何ヲすル気でゴざルか……?」
*
バーティルが動きを止めた時、既にアンデッドは皆倒れていた。
ブラッドサッカーは全く白い灰になってしまった者もあり、えぐり取られたように身体の一部を残して残りが灰になった者もあり。騎士グール二体も四分割されている。
死屍累々(斬る前から死屍だったが)の有様が広がっていた。
「ふう……やっぱり片腕ってのはきちぃな」
鋭く剣を振ってバーティルが血払いをすると、それを合図にしたように歓声が爆発した。
「おおおおお!!」
「助かりました!」
「流石は第二騎士団長!」
「あなたこそ救世主です!」
やんやの大喝采が巻き起こったが、バーティルが落ち着いた動作で手をかざすとすぐに収まった。
「皆さん。この場の敵は退けましたが、現在この街は非常に危険な状態です。この礼拝堂もいつまで大丈夫か。
とにかく、逃げなければなりません。早く抜け穴からの脱出を……」
言い終わらぬうちの出来事だった。
轟音と共に礼拝堂の入り口が……いや、入り口のある方面の壁が崩れ落ちた。
「何だ!?」
驚く暇もあらばこそ。
崩れ落ちる『壁だったもの』を撥ね除け、金と白の暴嵐が礼拝堂に飛び込んできた。
逞しい身体は全体に真白い鱗で覆われていて、黄金の手甲みたいなかぎ爪と黄金の仮面みたいな鋭角的な顔を持つ。翼は骨組みに当たる部分が
ノアキュリオが切り札として残していたドラゴン型聖獣。
それが礼拝堂の壁をぶち壊して侵入してきて、人々を鷲づかみにした。
「きゃあああ!」「た、助けてくれ!」「痛い痛い痛い痛いいいいい!!」
大きな手で数人まとめて乱雑に掴み上げられ、聖獣はそれを仮面のような口へと運ぼうとする。
「させるか!」
バーティルは即座に状況を把握して攻撃に出た。
剣を突き立て聖獣の腕周りを一周し、余勢を駆って仮面のような顔を蹴り上げた。そこまで、ほんの一呼吸の間もなく。
「ギアアアアアアア!!」
聖獣が悲鳴のような咆哮を上げた。
生存者を鷲づかみにした手は手首の辺りで両断され、ぼとりと落ちる。
聖獣は反撃をしようとか、残った手でさらに人を狙おうとかはせず、すぐさま撤退した。
飛び込んできたばかりの穴から飛び出していき、それっきりだった。
後には、余りにも急な展開について行けず呆然としている人々と、掴み上げられた人々の苦しげなうめき声だけが残っていた。
「退いた……」
「い、今のは聖獣? ノアキュリオの聖獣だろう? 何故私たちを襲ったんだ?」
バーティルは斬り落とされた巨大な手に剣を突っ込み、適当に解体する。
折り重なるように捕まれていた人々は概ね無事な様子だが、運悪くかぎ爪が当たって怪我をしている者もあった。
「……≪
血の滲んだエプロンに手を当て、バーティルは治癒の魔法を唱える。
腹部を負傷していたメイドは一息付いた様子だった。
「まずいな……思ってたよりも危険な状況かも知れん」
風が吹き込む大穴を睨んで苦々しげに呟くバーティル。
その腰の辺りで、何かが紫色の燐光を放った。
ベルトの収納から紙切れを抜き出すバーティル。カーヤに持たせたものと通じる
「カーヤ! どうした!」
『虎型の聖獣に襲われました! 生存者をふたりほど捕食され、その時点でやむを得ず斬りました』
「……聖獣が市民を? そっちもか!?」
よもや街中で同じ事が起こって……つまり、聖獣の生き残りが市民の生き残りを襲っているのではないかとバーティルは懸念したが、まさしくその通りの報告をカーヤが述べた。
『まさか、団長の方でも同じことが?』
「ああ。今、城内の礼拝堂に着いたとこだが、いきなり聖獣が襲ってきて追い払った。
これから保護した生存者を抜け穴を使って脱出させる。出口に回ってくれるか?」
『了解しました!』
「何かあったらまた連絡してくれ」
札が燃え尽きぬよう、手早く言葉を交わしてバーティルは通話符を停止させる。
その直後。
「……オオオオオオオオオオ……!!」
叫び声とも咆哮ともつかない何かが、
ズン、と地が揺れ、埃か何かが天井から舞い落ちた。
聖獣が開けた大穴の向こうからは、何か巨大なものが地を踏み荒らすような音が聞こえていた。
「また騒がしくなったな……
戦ってるの片方はルネちゃんだとして、もう片方は…………何だ?」
チワワの語源はメキシコのチワワ州(原産地)らしいですが、まあ(以下略