第七話:魔王様と初めてのダンジョン
神の管理者権限を振るえば、世界の改変ができる。
そして、改変に必要なリソースの量はどれだけ人々の運命に影響を及ぼすかで決まる。
神の箱庭内であれば、リソースはほぼ無限。なんでもやり放題であり、それこそ俺たちに勝ち目なんて一欠片もなかった。
だから、千年前の俺は箱庭の一部を切り離し、それを方舟として逃げることにしたのだ。
神の箱庭の外ではろくにリソースが使えないため、なんとか勝負になる。
しかし、それには抜け穴があったようだ。
この塔を見る限り、がっつりと魔族たちの運命に干渉をしている。莫大なリソースがかかるのは間違いない。
本来なら、こんなものあるはずがない。
それを可能にした手品は、人の運命に与えるプラスの影響とマイナスの影響を等価にしてしまうという抜け道だ。
(よくこんな手を思いつく)
魔族を駆除するための魔物を生み出し、襲わせるのは運命へのマイナス干渉。しかし、その魔物を倒せば報酬を与えるように設定することでプラス干渉を発生させ、差し引きゼロにする。
そうすれば、神のリソースをろくに振るえない地でも試練の当なんてものが作れる。
(千年前はだいぶこいつに苦労させられたな)
試練の塔は、一定量の魔物を生み出し続ける、そしてある程度の魔物が貯まると、魔物はどんどん外に出ていってしまう。
魔物はもともと魔族を駆除するために作られており、本能的に魔族を襲う。
天使たちはこの塔を島に打ち込むことによって、魔物をはびこらせ、魔族を絶滅させようとしたのだ。
むろん、天使だって魔物を倒すことで魔族が報酬を得ることは危惧しただろうが、魔族たちが魔物を倒すことなど不可能。倒されなければ報酬を得ることもないからなんの問題もないと考えた。
(だが、結果は違った)
魔族たちは強くなっていた。
魔物を倒せるほどに。
その結果、魔物を倒すことで報酬を得ることができ、さらに強くなる。
強い魔物でないと魔族たちを殺せないが、プラス・マイナスを等価にしないといけない縛りがある故に、強い魔物ほど強い恩恵を魔族にもたらす。
その結果、魔族たちは試練塔を利用して繁栄した。
天使どもの目論見は完全に失敗だ。
『神や天使の思惑を超えるとは。まったく、我が子らはたくましく育ったものだ。誇らしく思う』
たしかにここなら、キーアが言っていたように、どんな病気でも治せる薬なんてものも手に入るかもしれない。
なにせ、神の力で与えられる報酬なのだから。
「これがダンジョンです。驚きましたか?」
「ああ、驚いた。ダンジョンっていうのはここだけか?」
「私が知っている限り、五つあります。ぜんぶ、大きな街の隣ですね」
「なるほどな」
大きな街の隣にあるというよりは、ダンジョンの近くに街を作って栄えたと言ったほうがいいだろう。
それは魔族らが試練の塔を資源だと思っているからにほかならない
「さあ、狩りますよ。この三日で、一週間分の材料を確保しないと!」
「燃えているな」
「はいっ、お母さんの入院費と、ルシルさんへの借金返済のためです」
「金はいいと言っただろうに」
「そういうわけにはいきません! 無利子にしてもらったうえ、生活費とお母さんの入院費にお金を優先してもいいなんて甘えまくってます。これ以上はさすがに甘えられません!」
昨日もこの点で揉めた。
俺は金などいいと言い続け、最終的な落とし所が、キーアが今言ったことだ。
「金を稼ぐなら、料理の値上げしたほうが早いと思うが。あの味と量だ。かなり高くしても客は来るぞ? というか、今は客が多すぎてパンク寸前だ。多少客が減ったぐらいでちょうどいいんじゃないか?」
その言葉を聞いたキーアは困ったような笑顔を作る。
「……お母さんが入院したときとか、土地代払えって言われたとき、値上げするか悩んじゃいました。値上げしたら、ルシルさんの言う通りになってもっと楽できるし、儲かるってわかっているんです」
「なら、今からでもそうしたらどうだ。キーアは頑張りすぎだ」
キーアは年頃の女の子だ。
いろいろとしたいことあるだろうし、欲しい物もある。
なのに、今は働き詰めで、自分の時間も自分に使える金もない。
あまりにも不自由に見える。
「そうですね。でも、値段をあげちゃったら、お父さんのきつね亭じゃなくなるんです。お父さんは美味しいものを安く、たくさんの人に食べてもらうためにあの店を作りました。私はお父さんのきつね亭を守りたいんです。さて、お話は終わりです。行きましょうか!」
「そっか」
俺は笑う。
がんばり屋で、芯があるキーアのことがますます気に入っていた。
この状況をなんとかしてやりたいと思うほどに。
◇
ダンジョン周りの露店で水やら、傷薬、予備のナイフを買った。
ダンジョン周りに店が多くあるのは、ダンジョン目当てでくる客を見込んでのことだ。食べ物を売る屋台もなかなか盛況。
他にも売るだけじゃなく、ダンジョンから持ち出したものをその場で買うものたちも多くいた。
キーアが言うには、街まで戦利品を持ち帰るのはしんどいが、この場で売って荷物をなくし、代わりに露店で消耗品を補充すれば、またすぐにダンジョンに戻れて便利だそうだ。
その代わり、この辺りで売られているものはたいてい割高だし、買取の査定も辛いらしい。
ここにいる商人たちには、いつダンジョンから魔物が飛び出てくるかわからない場所で商売をしている。
そのリスクの分値段が上乗せされるのは当然であり、便利という付加価値が値段に乗るのも当たり前なのだ。
そんな露店街を通り抜けて、いよいよダンジョンの中に入る。
奇妙な浮遊感。
転移する際の独特の感覚がした。
なるほど、この中は異界というわけか。
神の力で作られた塔、せいぜい楽しませてもらおうじゃないか。
◇
奇妙な浮遊感が終わり、目を明ける。
太陽が眩しい。
そう、塔の中に入ったにも関わらず、空には太陽が輝き、足元には草原が広がっていた。
大きな塔ではあったが、さすがに地平線まで見えるのはおかしい。
物理的に、こんな広さはありえないのだ。
それはあくまで塔という見た目をしているだけで、ここがある種の異世界だからだ。階層ごとにそこに済む魔物が適応する環境が用意されている。
背後を見ると、青い渦のような力場があった。
これが塔の入り口で、出るときはここを通らないといけない。
「人が多いな」
「街にはダンジョン目当てでやってくる人たちが多いですからね。うまくやれば儲かりますし、特別な資格とかもいらないんで大人気ですよ。ダンジョンでお金を稼ぐ人は冒険者って言われてます」
キーアは知り合いが多いようで、しきりに挨拶したり、手を振っている。
「これだと、獲物の取り合いになるな」
「なりますよ。特に入り口付近は大人気です。ここで狩りができたら楽ですからね、荷物がいっぱいになってもすぐに外へ行って売れるし、消耗品の補充も楽。なにより、いざというとき助けてもらえるので安全です」
「安全で便利な代わりに苛烈な獲物の取り合いをする入り口付近で狩るか、競争相手が少なく獲物を見つけやすい代わりに危険で不便な奥のほうで狩るかってことか」
「その通りです。ちなみに、私はいつも奥のほうで狩っています。さあ、行きましょう。こんなところだと、丸一日粘って坊主とか普通にありますからね」
軽やかな足取りでキーアは進んでいく。
「これだけ、見事な草原だと逆に迷いそうだ」
目印になるものがなにもない、ただっぴろい草原。
だからこそ、迷う。目印一つないのだから。
いずれ、方角すらわからなくなるだろう。
「大丈夫ですよ。お父さんがダンジョンでも使える魔道具のコンパスを残してくれました。そして、ここは私の庭みたいなものです」
「頼りにしているさ」
「はいっ、任せてください! あと、ここからはいつ魔物が出てもおかしくないのでそのつもりでいてくださいね」
周囲を警戒するためか、キーアのトラ耳がぴくぴくと動いている。
たしかに、足取りはたしかで歩き慣れていそうだ。
ふと、ロロアからもらった端末、ロロアフォンⅦを取り出し地図を呼び出す。
異空間でも使えるのか気になったのだ。
さすがに地図がぱっと出るわけじゃなかった。
ただ、歩くことで周囲の地形が自動マッピングされる仕組みになっている。
ちゃんと現在地にマーカーがあり、なんと入り口の青い渦がちゃんと表示されていた。
とても便利だ。歩くだけで完璧な地図が出来上がるし、自分の位置を見失うこともなく、常に入り口がわかる。
ロロアのやつ、千年でとんでもなく成長しているな。俺の知るロロアならこんなもの作れなかった。
(これがあれば、迷うことはないな)
この端末をなくさないようにしなければ。
……というかロロアの奴、俺がダンジョンに潜ることまで想定していたのか。じゃなきゃ、こんなアプリ入れておかないだろう。
ちょっと怖いぐらいだ。
あの子は昔から念入りに準備をする子だったのが、さらに磨きがかかっている。
いつか、再会したらちゃんとお礼を言わないと。
ロロアのおかげで、こうして曲がりなりにも普通に生きていけるのだから。
「ぼうっとしちゃだめです。魔物がでるっていったですよね!」
「悪い、集中する」
何はともあれ、今は狩りだ。
ここで俺が働けるのかしっかり試させてもらおう。
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