ネットでは男女ネタで意見が対立することが多く、良くも悪くも議論が盛んです。最近では、日本赤十字の献血ポスターを巡って侃々諤々の大議論が巻き起こりました。ポスターに使われた『宇崎ちゃんは遊びたい!』【Amazon】のイラストに対し、「過度に性的ではないか」と物言いがついたのです。この件ではフェミニストとおたくが血みどろの争いを繰り広げました。
それはそれとして、このブログではタイトル通り海外文学を扱っています。近年流行しているフェミニズム文学についてもいくつか取り上げてきました。文学はジェンダーをどう表現しているのか? それを知るためにフェミニズム文学を読むことには意義があるでしょう。古典から現代文学まで。さらには海外文学から日本文学まで。いい機会なのでこのジャンルの本をまとめて紹介したいと思います。視野を広げるためにも是非、文学の冒険に旅立ってください。
なお、紹介した22作品のうち、14作品については詳細な感想を個別の記事に書いてます。紹介文の下にリンクを付記したので、興味がある方はそれをクリックしてください。
弁護士のヘルメルと結婚し、人形のように可愛がられていたノラが、ある事件を契機に自身の境遇を見直し、夫と3人の子供を捨てて家を出ていく。つまり、女性の自立を描いた戯曲です。何と言っても見所は終盤、ヘルメルとノラの論争でしょう。ヘルメルが夫や子供たちに対する義務を言い立てるのに対し、ノラは自分自身に対する義務を神聖なものとして挙げる。このやりとりには痺れました。ノラは妻や母親である以前に人間なのです。また、本作はノラの去就にばかり目が行きがちですが、脇役であるリンネ夫人や乳母の生き方も参考になります。
ジャングルを探検していたアメリカの青年3人が、現地人から「女だけの国」の噂を聞き、それをフェミニジアと名付けて当地に乗り込みます。フェミニジアには文字通り女しか住んでおらず、人口は300万人、国の広さはオランダほどで、処女生殖によって女だけが生まれるようになっています。そこは「女らしさ」から解放されたユートピアでした。本作は1915年の小説ですが、女が「女」ではなく、「人」として扱われる社会を描いています。
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また、著者には「黄色い壁紙」という短編もあり、こちらもフェミニズム文学として重要な作品になっています。僕は『淑やかな悪夢』【Amazon】というアンソロジーで読みました。女性への抑圧を狂気と結びつけた画期的な短編です。
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- 作者: アーシュラ・K・ル・グィン,Ursula K. Le Guin,小尾芙佐
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1978/09/01
- メディア: 文庫
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両性社会の星に黒人男性のゲンリー・アイが使者として訪れ、紆余曲折の末に追放者であるエストラーベンと深く関わり合う、そういう話です。この星の住人は月の巡りによって発情期に入り、変態を遂げて生殖します。どんな友人も新月になれば愛人に変わってしまう世界。ゲンリー・アイは自分が男性性に囚われていることを自覚していますが、そういった性や種を超えて、雌雄同体のエストラーベンと友情を育みます。本作はジェンダーSFの金字塔です。
ラディカル・フェミニズムをニューウェーブSFで料理した奇書というべき小説で、正直、これをどう評価すべきか分かりません。物語の枠組みを意図的に崩しているせいか、通常の小説のような分かりやすさは皆無です。とにかく作者の情念がひしひしと伝わってきます。出てくる男性が軒並み性差別的な言動をとっているところは、今読むと作為的な印象を受けますね。一応、フェミニストSFの代表作なので、教養として割り切って読むならありでしょう。70年代アメリカの問題意識が見えてきます。
1976年に26歳の誕生日を迎えた黒人女性が、奴隷制度下のアメリカ南部にタイムスリップし、そこで過酷な生活を体験します。
本作は人種問題が主な柱になっていますが、白人が黒人奴隷をレイプして子供を産ませるなど、男女問題についても描かれており、世間ではフェミニズム文学としても読まれているようです。人間が家畜のように扱われ、産まれた子供が奴隷として売られる様子はとてもショッキングでした。ただ、思ったよりもジェンダー要素は少ないかもしれません。
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政情不安定なアメリカが舞台。イヴリンという男性が、黒人娼婦のレイラに取り返しのつかない後遺症を残した後、車で砂漠に逃避します。そこで武装した女性に拉致され、女だけの地下世界ベウラに連行されます。イヴリンは外科手術を受け、女性の体を持ったイヴになるのでした。
本作は荒廃したアメリカと聖書の世界観を融合させたヴィジョンが強烈で、作中に漂う終末感がすごいです。そして、起きる出来事もショッキング。読んでいくうちに男性性と女性性の意味が分からなくなります。とにかく迫力のある小説でした。
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黒人女性の生を力強く描いた小説です。周知の通り、黒人女性は二重の意味でマイノリティになっています。ひとつは女性であること。 それゆえに男性から酷い仕打ちを受けています。そして、もうひとつは黒人であること。それゆえに白人から酷い仕打ちを受けています。この小説ではその軛を跳ね除け、己を解放して自立した生き方を歩んでいく。その読後感はどこか『人形の家』【Amazon】に通じるところがあります。
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台湾のフェミニズム文学です。専業主婦の林市が屠畜業の夫から散々虐待された末、精神が錯乱して遂に彼を殺します。とにかく作中に横溢する血のイメージと、レイプを含めた女性に対する暴力が凄まじいです。
本作を読んで痛感したのは、女性にとって労働とは自らを救う手段であることです。夫に経済力を握られたままでは何かあったとき追い詰められてしまう。逃げ場がなくなって困窮してしまう。身を守るためにも、手に職をつけることは重要だと思いました。
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- 作者: マーガレットアトウッド,Margaret Atwood,斎藤英治
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2001/10/24
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キリスト教原理主義によって支配されたアメリカが舞台です。そこは『一九八四年』【Amazon】と肩を並べるディストピアであり、若くて健康な女性は「産む機械」として地位のある男性に供されています。本作は宗教と差別について一石を投じた小説と言えるでしょう。サウジアラビアやイランといったイスラム教国家に対置する形としてのキリスト教原理主義。詳しくは以下の記事に書いたので読んでみてください。
なお、2019年に本作の続編The Testaments【Amazon】が出版されました。この小説は同年のブッカー賞を受賞してます。合わせて読んでみるといいでしょう。
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- 作者: シェリ・S.テッパー,Sheri S. Tepper,増田まもる
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1995/09/01
- メディア: 文庫
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女性が城壁の中で政治を司り、男性が外で軍事を担当する、そういう分業が行われている社会が描かれています。この世界では300年前に〈大変動〉が起きて先進的な文明が失われており、そのことが現在まで尾を引いています。本作は男性中心社会の破壊的な有様をショッキングな形で明るみに出していて、エンターテイメントとして工夫された小説でした。終盤で明かされる真相にはけっこうな驚きがあります。
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- 作者: ウェンスペンサー,エナミカツミ,赤尾秀子
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2007/10/24
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本作では男性の出生率が極端に低下して女性上位の社会になっています。女王が国を統治し、男性は種馬として売買される世界。レヴィ=ストロースによると、古くから親族の基本構造として女性が交換財とされていたようですが、本作では男性が交換財とされているのです。ジェンダーを逆転させることで何か生成されるのか。その点に注目して読んでみるといいでしょう。
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突如、世界各地で少女たちが手から雷霆を放つことができるようになり、男性を力で凌駕するようになります。間もなくサウジアラビアが女性の反乱で崩壊、モルドヴァもクーデターで女性がトップに君臨します。男女のパワーが逆転することで、これまで男性に支配されていた女性が、今度は男性を支配するようになる。モルドヴァでは男性を迫害するような法律が施行される(かつてのサウジアラビアのように)。これまで男性が女性に対してどのような仕打ちをしてきたのか、逆説的に分かるようになっています。
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現代社会において女性として生きるとはどういうことなのか? 本作は韓国の小説ですが、ここまで自己犠牲を強いられているとは思ってもみませんでした。キャリア志向の女性にとっては、進学や就職や出産といった人生の節目で理不尽に直面するようです。しかもそれだけではなく、日常生活においても男性から心ない言葉をぶつけられている……。ネットではよく「男と女はどっちが得だ?」みたいな話題が出てきますが、本作を読めばその答えは明らかになります。
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インド、イタリア、カナダ。それぞれの女性が直面するガラスの天井を描いた小説です。一見すると何の関係もなさそうな登場人物たちが、髪の毛で繋がるところが技巧的で素晴らしかったです。直面する困難も三者三様で、国によって、あるいは立場によって、ガラスの天井は違うのだなと思いました。個人的には、インドで不可触民の女性が社会の理不尽から逃げ出そうとするところが印象に残ってます。
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- 作者: チョ・ナムジュ,チェ・ウニョン,キム・イソル,チェ・ジョンファ,ソン・ボミ,ク・ビョンモ,キム・ソンジュン,斎藤真理子
- 出版社/メーカー: 白水社
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タイトル通り、韓国のフェミニズム小説集です。リアリズムからファンタジー、SFまで、バラエティ豊かに揃っています。特に優れているのが表題作の「ヒョンナムオッパへ」で、男性と女性の支配関係を暴きながら、最後は『人形の家』【Amazon】を彷彿とさせる自立へ向かっていて痛快でした。詳しくは以下の記事をご覧ください。各短編について感想を書いてます。
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『侍女の物語』を本歌取りした小説です。舞台はキリスト教原理主義が支配するアメリカ。聖書に基づく理想郷を達成するため、国ぐるみで女性を抑圧しています。男は外で働き、女は家庭を守るという価値観を強制している。特筆すべきは、女性に拘束具をつけることで、1日100語しか言葉を話せないようにしているところでしょう。本作では文字通り女性から言葉を奪うことで、彼女たちの人権を蹂躙しています。このディストピア設定がとても恐ろしい。物語としてはやや不満がありますが、『侍女の物語』のアップデート版として興味深いです。
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2198年、世界はある事情によって女性優位社会になってました。そこでは男らしさ・女らしさが近代とは逆転しており、舞台となる日本ではメンズ・リブ運動が展開しています。面白いのは、本作の女性優位社会が我々の住む男性優位社会と鏡像関係になっているところでしょう。男らしさ・女らしさが生まれつきのものではなく、文化的なものだと暴かれているのは皮肉ですし、また、メンズ・リブ運動の説く理想社会が、逆説的に男性優位社会の駄目っぷりを示していて、風刺作品として一級のものになっています。
なぜ男性優位社会から女性優位社会に転換したのか? その理由がとても面白く、SFを読む醍醐味を味わいました。さらに、本作にはスパイ小説みたいな要素もあって、エンターテイメントとしても一級品だと思います。この分野の必読文献と言えるでしょう。
右足の親指がペニスに変化した女性の遍歴を描いてます。本作はフリークスを多数登場させることによって、性行為におけるジェンダー意識を複雑に混線させており、何が普通で何が異常なのか、その境界を曖昧にしています。セックスの固定観念を吹き飛ばすところ、さらには男根主義を痛烈に皮肉っているところが小気味いいです。
子供を人工授精によって産むようになった時代。少子化に歯止めをかけるために、政府はある合理的なシステムを採用します。それは「10人産んだら1人殺してもいい」という殺人出産システムでした。また、この世界では女性だけでなく、男性も人工子宮をつけて「産み人」になることができます。出産の見返りとして殺人が許容されている。その価値観が当たり前のものになっている。そこがグロテスクで面白いです。
男女平等が実現した架空の世界オーセルが舞台。ここでは男らしさ・女らしさが消えています。同性愛者がマジョリティに、そして異性愛者がマイノリティになっており、子供は精子バンクと代理母を利用して作ります。男性が従来の性的志向を持っているとセクシスト扱いされるのも特徴的でしょう。マイノリティを救うことで新たなマイノリティを生んでいるところがポイントです。ある異性愛者はテロを利用して自己の解放を目指しますが……。
理想の社会を目指すと行き過ぎて別の歪みを生んでしまう。本作を読んで、この世に完璧な社会など存在し得ないのだと思いました。
にっほんから独立したウラミズモという女性だけの国を舞台にしています。恐ろしく毒の強い内容でした。日本人の奴隷根性だったり、男性の女性蔑視だったり、イカフェミニズム(イカサマフェミニズム)だったりを力強く風刺しています。近年のネット論壇の成果を踏まえた最強のフェミニズム小説といったところでしょう。また、男性を虐待しているウラミズモのディストピアぶりも凄いです。男女平等とか、弱者男性の救済とか、そういう男性に対する妥協が一切ない。現実の男性優位社会のカウンターとしてこのディストピアがあると考えたら、とても恐ろしいことです。
なお、鈴木いづみ「女と女の世の中」【Amazon】も似たような世界観を提示してますが、印象がだいぶ違うので読み比べてみるといいでしょう。
以下、おまけ。プラス1の部分です。
1910年代のイギリスを舞台に、女性たちが婦人参政権を求めて戦う――その姿を描いた映画です。この時代の女性は男性以上に過酷な労働を強いられていましたが、依然として女性差別が根強く、参政権も養育権もありませんでした。運動家(Suffragette)は「言葉より行動を」をスローガンに、器物損壊や爆破テロなど、過激派みたいな行動をとって自分たちの主張をアピールしてます。そして、官憲に逮捕されては男性有利の法によって裁かれている。このような状況のなか、女性たちはいかにして権利を勝ち取ったのか? 社会を変えるには座して待っていては駄目で、身を犠牲にして闘う必要がある。そのことを教えてくれる映画です。
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以上です。他にお勧めのフェミニズム文学があったら教えてください。情報を共有しましょう。映画やアニメ、漫画なども可です。