WIRED VOL.34 ナラティヴと実装 [NaN,10] #2020年代の実装論 WIRED VOL.34 ナラティヴと実装 [NaN,10] #2020年代の実装論

ルールメイキングとハッキングを循環せよ、と水野祐は提起する:2020年代をサヴァイヴするためのルールメイキングの流儀(4)

「創造的破壊」は時代遅れとなり、規制の時代が幕を開ける。次なるイノヴェイションの社会実装に向け、法律家の水野祐は2020年代のための新しいルールづくりとマインドセットを社会に問う。(雑誌『WIRED』日本版VOL.34より転載)

連載のヴィジュアルは、法解釈のアップデートが求められる領域の法律 ─「著作権法」「資金決済法」「生産性向上特別措置法」「道路運送法」をWIRED DESIGN GENERATOR がハックし、生成された。

2019年現在、インターネットやデジタルテクノロジーに対する期待感は霧消し、むしろ不信・不満が社会に渦巻いている。本企画は「この2019年に(社会)実装とルールを考えることは、どういうことか?」という問いから始まった。「規制の時代」を、本企画を通じて総括すると、次の4点に集約される。

1点目として、金融、ヘルスケア、製造、エネルギー、都市といった重厚長大な社会インフラにかかわる複雑な市場では、業界構造を含めた規制やルールを充分理解することが不可欠であるばかりか、企業の競争優位性につながる。

このような規制産業においては、長い歴史のなかですでに先人たちが構築してきた営為が複雑なバランスで堆積しており、ルールを知らないではプレイすることがままならない。そればかりか、米国の「23andMe」の事案のように、違反による制裁で退場を余儀なくされることもある。

2点目として、規制産業において「許可を取るな、(まずやってしまって問題が出れば)許しを請え」というシリコンヴァレーでもてはやされた標語は必ずしも当てはまらない。それは2019年、そして来たる2020年代の主戦場は、これまでより複雑な市場環境を有しているからである。

激しい社会変化により、政府側も法律を含む政策を立案するアイデアやリソースが枯渇し、それを求めている実情もある。民間が適切にアジェンダを設定したうえで、具体的なアイデアを提供できれば、政策を公民で共創していける。

これは「ディスラプション(創造的破壊)」という言葉に内包された「カウンター」としての対立構造ではなく、共感・共鳴による変化の誘導であり、「許しを請う」か「事前に許可を取る」かの二択ではない、規制に対する新たなアプローチである。ここでは、企業は私益ではなく公共の利益にいかに資するかの「ナラティヴ」が重要になる。

3点目として、規制には社会課題が凝縮されており、規制に正面から取り組むことは社会課題を発見し、解決するための好機になる。これはグーグルに始まり、Airbnbが現在進行系で洗練化させている規制に対する考え方だ。日本では、規制はできるだけ避けるべき邪魔なものという認識がまだ一般的である。

むしろルールは時代の変化とともに変えていかなければならないことを前提として、古びたルールに社会課題と市場性を見いだすマインドセットと経営戦略が求められる。

4点目として、(特に社会インフラ分野の)規制は「破壊」するものではなく、むしろ時間をかけて変化させていくべきものであり、ひとたび変化すればこれまで以上に大きな社会的インパクトをもたらす可能性がある。この四半世紀のデジタルテクノロジーは消費者に利便を提供したが、市民や社会にとって真のイノヴェイションをもたらしていないという批判の声は増すばかりだ。

このことは、ピーター・ティールによる「空飛ぶクルマが欲しかったのに、手にしたのは140文字だ」という言説に端的に表現されている。逆に言えば、いま規制産業に挑戦することは、テクノロジーが社会に真の変革をもたらす歴史的なモーメントの当事者になりえることもまた意味している。

複雑かつ多元的で、変化の激しい現代社会では、議論の余地がない公共の利益は存在しえないし、政府だけでは担いきれるものではない。そのため、わたしたち自身が規制と向き合い、ルールをつくり、分解し、壊し、またつくり直すサイクルに参画する必要がある。これはルールメイキングを通じた新しい規範と社会契約を実装するためのアイデアであり、わたしは「ルールメイキング/ルールハッキングの循環」と呼んでいる。

この循環を個人、コレクティヴ、コミュニティ、エンティティ、自治体、政府などの規模も位相も異なるさまざまな集団が、それぞれの公共的価値の実現のために内面化する。

日本でも、規制のサンドボックス制度やグレーゾーン解消制度をはじめ、スーパーシティ構想、経産省「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会」、一般社団法人Public Meets Innovation、ルールメイキングのオープンプラットフォーム「Pnika」など、さまざまな動きがすでに胎動している。

このようなリゾーム型のルールメイキングによって、「ハック」を単なる短期・単発の実験の意に留めず、新たな創造の種としてわたしたちの社会に包摂できるのではないか。

その実践は、本企画の登場人物たちが復唱したように、正論で、面白みのない、泥臭いものかもしれないが、規制の時代の扉を開けるきっかけになると信じている。だから、苦渋も希望も込めてあえて言おう。規制の時代にようこそ。

水野 祐 | TASUKU MIZUNO
法律家・弁護士。Creative Commons Japan理事。Arts and Law理事。東京大学大学院人文社会系研究科・慶應義塾大学SFC非常勤講師、同SFC研究所上席所員(リーガルデザイン・ラボ)。グッドデザイン賞審査員。著作に『法のデザイン -創造性とイノベーションは法によって加速する』がある。

連載:2020年代をサヴァイヴするためのルールメイキングの流儀
オルタナティヴな価値を実装しようとするプロダクトやサーヴィスは、それが「新しい」ゆえにルールが未整備だ。ルールメイキングが社会の新たなナラティヴを生み出す営為であるならば、スタートアップあるいは政府は、いかにルールと向き合うべきか? 法律家・水野祐とその流儀を探る。

SHARE

P2P保険を開発するjustInCaseは、「規制のサンドボックス」を利用して社会実装の一歩を踏み出した:2020年代をサヴァイヴするためのルールメイキングの流儀(3)

新しいテクノロジーやビジネスモデルを社会実装すべく、官庁主導で2018年に始まった規制のサンドボックス制度。P2P保険を開発するjustInCaseは、制度を利用することで社会実装の一歩を踏み出す。同社の代表を務める畑 加寿也が、制度認定に至った経緯を振り返った。(雑誌『WIRED』日本版VOL.34より転載)

SUPERVISED BY TASUKU MIZUNO
TEXT BY KOTARO OKADA
ARTWORK BY WIRED DESIGN GENERATOR

連載のヴィジュアルは、法解釈のアップデートが求められる領域の法律 ─「著作権法」「資金決済法」「生産性向上特別措置法」「道路運送法」をWIRED DESIGN GENERATOR がハックし、生成された。

畑 加寿也:わたしたちが提供予定のP2P型「わりかん保険」は、保険契約者同士がリスクをシェアし、もしものことが起きた際に助け合う互助の仕組みを実現するものです。最初はがん保険の領域に絞っているのですが、従来の保険と異なり、保険料は後払いで、がんと診断されたときに一時金を受け取れます。

保険料は、契約者全体の保険金の合計金額を毎月算出し、その時点での契約者数で割った金額に、一定の管理費を上乗せした金額が後払い保険料となります。justInCaseが事後的に請求するかたちです。

P2P保険には米国の「Lemonade」やドイツの「Friendsurance」、中国の「相互宝」や「水滴互助」などのサーヴィスが存在します。これは保険の領域に限りませんが、デジタルテクノロジーは不透明な業界を変え、ブラックボックスを開きます。ついに保険にも透明性が重要な時代がやってきたと捉えています。

P2P保険の仕組みを保険法や保険業法に照らし合わせたときに、違法性はありませんでした。しかし、前例がありません。そこで申請したのが、実証を通じたルールメイキングとも呼ばれる規制のサンドボックス制度です。

2018年に始まった制度であり、前例のない新しいテクノロジーやビジネスモデルの社会実装のために、規制官庁の認定を受けた実証を行ない、得られた情報やデータを用いて規制の見直しにつなげていく制度です。

justInCaseが保険関連サーヴィスとしては、初のサンドボックス認定でした。金融当局の方にサポートいただきながら、さまざまな論点をクリアし、7月5日に認定に至りました。

年内にリリース予定の第1段P2P型「わりかん保険」は、がん保険です。がん保険からスタートするのにはさまざまな理由がありますが、中国の前例でも類似した商品性で成功を収めており、日本でも毎年200万件以上の新契約販売数がある、非常に一般的な保険商品ともいえるからです。

また、規制のサンドボックス制度では数カ月の実証期間を設けることが多いのですが、今回は例外的に12カ月間の実証期間をいただいています。なぜなら、がんの検査や診断には時間がかかりますし、がん保険には加入から保障開始までの免責期間が存在するからです。そのため、数カ月では実証が難しい側面があります。この制度では年間を通じて、保険金の支払いや契約者数などの細かい情報を毎月金融庁にレポートしていきます。

ルールを守ることは競争優位につながる

保険業界は複雑ですから、まずはルールを知らなければなりません。わたしはルールを守ることは競争優位だと捉えています。ルールを守り金融庁と対話しながら市場を整備すれば、それは数年間の競争優位になるはずです。その後に参入が増えれば、P2P保険の領域が盛り上がるでしょう。

ゆくゆくは「わりかん保険」のカテゴリーをつくりたいと考えています。保険会社ではなくユーザーにある程度のリスクを転嫁するモデルなので、これまで保険商品になりにくかったニーズをすくい上げやすい特性があります。

例えば、妊娠していると保険に入れないのですが、妊婦さん限定の保険などを商品化できます。一方で、保険商品の認可には最低3カ月かかるため、1社では多様な領域をカヴァーしきれません。他社を巻き込んでP2P保険の市場をつくりたいので、わたしたちが規制のサンドボックスを通じてよい前例をつくることが大切なんです。

畑 加寿也|KAZUYA HATA
1981年生まれ。justInCase社長。保険数理コンサルティング会社のMillimanで保険数理に関するコンサルティングに従事後、JPモルガン証券、野村證券、ミュンヘン再保険において、商品開発・リスク管理・ALM等のサーヴィスを保険会社向けに提供。日本アクチュアリー会正会員。フィンテック協会理事。

連載:2020年代をサヴァイヴするためのルールメイキングの流儀
オルタナティヴな価値を実装しようとするプロダクトやサーヴィスは、それが「新しい」ゆえにルールが未整備だ。ルールメイキングが社会の新たなナラティヴを生み出す営為であるならば、スタートアップあるいは政府は、いかにルールと向き合うべきか? 法律家・水野祐とその流儀を探る。

SHARE