モデルハウスの前には簡易テントが建てられ、小型のカメラがモデルハウス内の各所に設置されていた。
映画の撮影現場や演劇の舞台裏のようななんとも言えない高揚感が感じられる。
1人目は、37歳の既婚者男性だった。息子が1人いると言う。
「きれいな女優さんと、モデルハウスを体験してみたいと思った」
妻には内緒で来たそうだ。
「インターネットを見ていて、おもしろそうだなと思って。自分の家族とは体験できない非日常な空間を味わってみたかった。きれいな女優さんときれいな家で、ちょっと普段とは違う感じ」
2人目は27歳の独身の男性だった。スーツにコート姿、出勤鞄を抱えていた。
メーカーの事務職で、現在恋人を募集中。
会社帰りの設定で、自宅からスーツを着てきていた。
どうしてこの企画に応募したのか。
男性は、結婚へのあこがれとともに、今の時代の生きづらさについて語った。
「結婚はあこがれですが、自分には一生できないかもと思っています。実は、いま親と同居していてパラサイトシングルの状態です。自分は生まれてからずっとこのかた不景気で、先がどうしても見えない。物欲みたいなものもなくし続けてしまっている。とても今の収入では結婚は考えられないし、20年後、30年後まで保証が全くないです。生きること、ライフプランについて頭を使わないといけない、考え続けないといけないのはしんどい。車とか、家とか。買ったら30年間ローンじゃないですか。ものすごい相続がもらえるとかなら別だけれど、自分の収入のみを当てにして生きていかないといけない、でも収入が保証されない。前の職場では23時までサービス残業をしていて、確かに生きてはいけるんですけど、身体を壊すかもしれないし、なにがあるかはわからない」
参加者が体験する様子は、モニターごしに舞台裏から観られるようになっていた。
妻役の女優と娘役の女の子は、今回のパパが「仕事帰り」だという設定を共有していた。
「今度のパパは仕事帰りだって~」「え!本当のパパじゃん」
舞台が整ったら主役の登場だ。
「パパおかえりー!ママが頼んだもの、ちゃんと買えた?」
「お帰りなさい~、ごめんね、お仕事帰りなのにお買い物とか頼んじゃって。外寒かった?」
家族全員で料理を作ったり、娘に宿題を教えたり、一緒に工作をしたり。
他人の暮らしをのぞき見しているかのような錯覚に陥りそうになる。
これが本物の生活ではないのが不思議に感じてくる。
穏やかで優しい妻と明るく素直な娘。
夫役の参加者が上手な台詞回しをしたり、逆に演技の流れにびっくりしたりするたびに温かな笑いや感嘆の声が、舞台裏で上がった。
27歳の独身の男性に、終わった後に、再度、話を聞いた。
「知らない人といきなり親子関係になるというのはやっぱり違和感はあったんだけれど、女優さんたちの演技力で気持ちよく進めてもらえました。とても楽しかったです。でも、確かにちょっと(脚本が)きれいすぎましたよね(笑)本当にこんなひとがいてくれるならいいんだけど」
「このままだと、自分はもしかしたら、一生相手に巡り会えないかもしれません。でも、結婚できたらいいなとは思います。あったかい家庭を築けたらいいなとも思います。……少し勇気を出せたらいいのかもしれませんね」
主催者側は、今後は別の台本でも今回のような取り組みをしたいと思っていると話した。
男性が最後に話してくれた言葉が印象に残った。
「ベランダがいいなと思いました。家の中でも空が見えて、吹き抜けがあって、っていいですよね」
外に出ると晩秋の寒さに首がすくむ思いがした。家を買った後の暮らしを具体的にイメージしてもらうという企業側のねらいは的中しているようだ。だが同時に、たとえ家庭を持ちたくてもなかなか一歩を踏み出せない、今の若い世代が抱える不安も垣間見えた。そんな、先が見通せない不確かな時代だからこそ、「モデルハウス」がトレンド入りしたのではないか?そう実感した。