世界一をたぐり寄せる逆転の虹は、直感から始まった。
「追い込まれていたのでいろんな球種に対応しようとしていたんですが、あの球のときは『真っすぐ』って頭に浮かんだんです。直感ですけど、それを信じてフルスイングしました」
暗雲を振り払ったのが山田哲のひと振りだった。2回、2死一、二塁。そのストレートを仕留めた。韓国最強左腕・梁●種(ヤン・ヒョンジョン)に、10人目の打者で53球も投げさせていた。そこに3点ビハインドでも折れない侍たちの強さがあった。左翼席中段に突き刺さった瞬間、スタンドは総立ちだった。
山田哲にとっては4年越しの打倒韓国だ。2015年11月19日。侍ジャパンが忘れてはならない痛恨の1日だ。第1回プレミア12の準決勝。先発の大谷翔平(当時日本ハム)が、韓国打線を全く寄せ付けなかったが、3点リードで迎えた9回に暗転する。救援陣が総崩れとなり、4点を奪われ、負けた。
あの夜とこの試合、どちらも先発メンバーに名を連ねた侍は、山田哲(3番・二塁と1番・一塁)と坂本勇(どちらも2番・遊撃)の2人しかいない。あの悔しさこそが始まりだった。最後のアウトを取りきる難しさ。詰めの重さ。あれから4年。当時は打撃コーチだった稲葉監督の胴上げで報われた。
「4年前は韓国に負けて悔しい思いをして…。日本としても個人としてもやり返したい思いがあった。今日はそれが晴らされてよかった。来年はオリンピックがあります。選ばれるためにはシーズンで成績を出さないと。しっかり呼んでいただけるよう頑張ります」
菊池涼がポスティングシステムでのメジャー挑戦を表明している。契約がまとまれば、東京五輪の候補からは外れ、山田哲の存在感はさらに高まる。追われる立場になる「東京」で金メダルを…。輝かしい彼の球歴に、新たな1ページを書き込む場となる。