習近平はBRICS会議で香港デモに触れ、容認の限界を超えたと発言した。中国の中央テレビ局CCTVも香港の「暴徒」が市民生活を脅かしていると激しく非難。ただならぬ雰囲気だ。なぜこのタイミングなのか?
◆習近平、BRICS会議で香港デモに関して発言
ブラジル時間の11月14日、習近平国家主席はブリックス会議において香港のデモを収拾させなければならないと発言した。習近平が香港デモに関して自らの言葉で世界に向かって意思表明をしたのはこれが初めてである。
11月14日付の中国共産党の機関紙「人民日報」の電子版「人民網」は「暴力と混乱を収拾し、秩序を回復させることが、目下の香港に関する緊急の任務である」という見出しで、詳細に習近平の言葉を報道した。
それによれば、習近平の発言は以下の通りだ。
――香港で連続して発生している過激な暴力的犯罪行為は、法治と社会の秩序を著しく踏みにじり、香港の繁栄と安定を破壊し、一国二制度の原則のボトムラインに挑む許しがたい行為である。暴乱を収拾し、秩序を回復するのは、香港にとっての最も逼迫した焦眉の急を要する任務である。われわれは行政長官が率いる香港特別行政区政府が法に基づいて引き続き施政を行うことを断固支持し、香港の警察が法に基づいて厳格に行動し、香港司法機構が暴力犯罪分子を厳格に処罰することを断固支持する。中国政府が国家主権と安全と発展利益を守る決意は絶対に揺るがない。一国二制度を貫く決意も絶対に揺るがない。そして如何なる外部勢力も香港の業務に干渉することを許さないという決意も揺らぐことは絶対にないのである。
これに関して中国共産党が管轄する中央テレビ局CCTVもまた、毎時間のニュースで習近平の言葉を繰り返し報道しただけでなく、11月16日の朝方には人民日報が「新華社香港」電(11月15日)として、香港中聯弁(中央人民政府駐香港特別行政区聯絡弁公室)の動きを「習近平主席の重要講話を貫徹し、暴力と混乱を収拾するため社会の強大な力を一つにしよう」という見出しの報道を行なった(紙媒体では「人民日報」 2019年11月16日 04面)。
このことに関してもまたCCTVで繰り返し大きく取り上げられ、CCTVの、語気を強めたキャスターの目つきが「キリっ!」と燃え上がっており、ただならぬ雰囲気が伝わってきた。
それは「戦い」を決意したとでも言わんばかりで、普通ではないのである。
近い内に何かが起きると予感させた。
おそらく、習近平の指示の下で香港政府と香港警察が「本格的に」デモ隊を鎮圧するか、あるいは以下に述べるアメリカ側のリアクションを考慮しながら、何らかの新たな行動に出るだろうことが予測されるのである。
◆このタイミングを選んだ理由
このタイミングを選んだ理由としては、二つ考えられる。
一つ目は、11月14日に米議会の超党派諮問機関である「米中経済安全保障調査委員会(USCC=U.S.-China Economic AND Security Review Commission)が、「2019年、年次報告書」(2019 Annual Report)を発表したからだ。
報告書は「アメリカは中国からのリスク増大に直面している」として、「ハイテク企業のサプライチェーンに対する脅威や中国のインド太平洋地域における軍備拡大、対北朝鮮制裁を弱める中国の取り組み」などを列挙しているが、何よりも香港情勢に関して勧告を出していることに中国は敏感に反応している。
報告書では「中国の軍や武装警察が抗議デモの鎮圧に投入された場合は、香港に対する経済分野での優遇措置を停止する法律を制定するよう」勧告しているのである。
これは即ち、二つ目のタイミングの原因と軌を一にするもので、米議会下院で10月15日に、超党派による「香港人権民主法案」が全会一致で可決されたが、この法案を上院で可決するのをトランプ大統領は延ばし、習近平との米中首脳会談におけるディールとして使おうとしていた。
10月28日付のコラム「ペンス米副大統領演説と中国の反応を読み解く」で述べたペンス副大統領の演説にもあったように(このコラムの「7」)、本来ならチリでAPECが開催されることになっており、その会議で米中首脳会談を行なおうとしていたのである。それまで上院では審議しないようにしておいて、習近平から譲歩を引き出すためのディールに使おうとしていた。
ところがチリの治安が回復しないことからAPECが流れたため、米中首脳会談の場で使えなくなったので、早めに上院に上げて採決しようという動きが出てきた。その後押しをしたのが、この「2019年、年次報告書」だ。
10月15日に「香港人権民主法案」が米下院で可決した時、中国外交部は、「もしこの法案が成立した時には、中国政府は断固とした報復措置を実行する」と宣言していた。「その宣言を実行に移すぞ」と、アメリカに警告したのが、習近平のこの発言であったと位置づけることができる。
◆中国は香港デモの背後にはアメリカがいるとみなしている
習近平のBRICS会議における前述の発言の中にも「如何なる外部勢力も香港の業務に干渉することを許さないという決意も揺らぐことは絶対にない」という言葉があるように、中国は香港デモの首謀者はアメリカであると強く主張している。
今年8月15日のCCTV国際オンラインでも「香港暴力動乱の背後に“アメリカ勢力”」という報道をしている。この手の報道は何度も繰り返されており、ここに挙げたのは、その一例に過ぎない。記事の詳細をご紹介するのは又の機会にしたいが、要はデモのリーダーや背後で操っている民主派長老たちがペンス副大統領やポンペオ国務長官、あるいはその当時の(まだ解任されていなかった時の)ボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)などと会っているとして、その証拠写真などを数多く報道してきた(詳細な説明は長くなるので省略する)。
また別の切り口から、たとえば8月27日付の中国経済網は「央視(CCTV):なぜ香港の暴力動乱には、いつもアメリカ国旗が出現するのか?」という見出しで、背後にアメリカがいることを盛んに報道している。この報道の3番目の写真に出て来る「美国(=米国)国家民主基金会」こそが、あの名だたる全米民主主義基金(National Endowment for Democracy)すなわち「NED」(民主主義のための全国基金)なのである。
この基金がなければ、なぜ「貧富の格差にあえいでいる」とされる香港の若者たちが、あれだけ長期間にわたってデモを続けることができるのかというのが、中国側の主張の一つだ。その資金はどこから来ているのか、働かなくても収入が途絶えることなく豊富な支援物資が次から次へと補給されているのはなぜかと、中国のメディアは反米一色に染まっている。
そしてアメリカの目的は「人民元の国際化を阻止するため」だと、中国の知識人や学者たちは分析している。彼らによれば、だからこそ、中国はグレーターベイエリア戦略を促進しているのだということだが、米中貿易戦争は今や金融戦争へと突き進み、その根幹はハイテク戦争にあるので、香港が狙われているのは、その一環だと分析している。
◆「2019年、年次報告書」も中国のハイテク技術を警戒
米中経済安全保障再考委員会の「2019年、年次報告書」も、「中国のハイテク技術が米国の安保上のリスクになる」と警告している「5GやIoTなどで中国が国際標準を握れば、アメリカのデータが吸い取られる」と述べている。
今年4月3日に出されたアメリカ国防総省の「5Gエコシステム:国防総省に対するリスクとチャンス」という報告書では「5Gにおいてアメリカは中国に敗けている」ことを認めているが、今般の「2019年、年次報告書」においても、「次世代通信技術の覇権争いで、中国がアメリカを追い抜こうとしている」と指摘している。
この「国際標準」に関しては、日本が韓国をホワイト国から除外したせいで、これまで国際標準を決めるための5G必須特許出願の国別シェアは「中国勢:26.75%、韓国勢:25.08%」というギリギリのせめぎ合いだったものを、韓国に不利にさせてしまったので、中国に有利になっている(詳細は7月7日付コラム「対韓制裁、ほくそ笑む習近平」)。
だから「2019年、年次報告書」は「中国が国際標準を握ればアメリカの安保上のリスクは、それだけ増すだろう」と懸念している。これは中国にとって有利な分析になっているはずだが、当該報告書が香港情勢に対して実に厳しい指摘をし、かつ報告書の警告に沿って米議会上院で「香港人権民主法案」を可決する勢いが見られるので、習近平はそれをさせまいとして香港に対する意思表示をしたものと考えることができる。
◆香港駐屯の中国人民解放軍が突如奇妙な「出動」?
しかし、11月16日、香港駐在の中国人民解放軍は突如、奇妙な行動に出始めた。駐屯地を出て、デモ隊が路上に設置した障害物を取り除く行動に出たのである。しかも軍服ではなく丸腰で、Tシャツと短パン姿だ。
「軍が出動しますよ」という異常な威嚇を含めながら、「アメリカの手には乗らない」というシグナルを発しているようにも思える。いずれにしても、もし香港で強硬措置が実行されたとしたら、それは冒頭に述べた習近平の号令の下に動いたものと解釈しなければならない。
ここで再び申し上げたい。
このような習近平を、我が国は「国賓」として招こうと必死だ。国賓として来日すれば天皇陛下に拝謁することにもなる。それがどのようなメッセージを世界に届けることになるか、安倍総理には熟考して頂きたい。かかる国際情勢にあって、習近平を国賓として招くことは日本国民に如何なる利益ももたらさないし、大きな国際的ダメージを与え、中国に利し、アメリカの戦略に逆行する。絶対に招くべきではない!
香港の若者が自由と民主を求める気持ちは「本物」だ!状況がどうであれ、そのことに変わりはない。その意味でも、習近平を国賓として招くことに、強烈に反対する。
なお、拙著『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』では、4月3日の国防総省報告書「5Gエコシステム:国防総省のリスクとチャンス」に重点を置いて考察した。