[2-50] God Save the...
「冗っ談だろ!? フレッシュゴーレムに大砲載っけてやがるってのか!」
砲丸がめり込み崩れかけた外壁を振り返り、カインが自棄のように叫ぶ。
巨大な攻城フレッシュゴーレムの肩に大砲を搭載するなんて、趣味の悪い技術者が開発の全権を与えられて浪費と悪ノリの限りを尽くしたとしか思えないような狂気的な逸品だった。
「街壁の魔法防御機構じゃ防げない、物理砲弾か」
ゼフトは冷静に分析した。
魔動砲にも普通に砲弾を飛ばすものと、魔力のエネルギーをそのまま飛ばすものの二種類がある。
街は総じて
だが、実弾を飛ばすというなら一発撃ったらそれきりだ。再装填が必要であり、そのための砲弾は巨人の肩の上になんて載っていない……
と、思った矢先。雪を割って12個の岩が浮かび上がった。
ちょうど砲身に収まるサイズの、弾が。
――≪
ずらりと並び盾を構えたアンデッド兵たち。
前面に出ているのはスケルトンやゾンビなどの芸の無い奴ばかりだが、リッチなどの魔法を操るアンデッドも混じっていると考える方が普通だ。
そいつらが『装填手』をしている。
「まずい! 止めるぞ!」
「砲弾を迎撃するか!?」
クレールの進言に、ゼフトは一瞬迷う。
飛んでくる岩石を魔法で破壊するくらいクレールならお手の物だ。後続の冒険者や壁上で待機する騎士にも術師は居る。
「壁上で防御……いや、ダメだ。あれを街壁に近寄らせてしまったら何にもならない。
足の一本もぶっちぎって動きを止めてからなら、それでいいだろうけれど」
「結局あの軍団、俺らが丸抱えすんのかよ!」
「丸抱えでもないさ。頼もしい仲間たちがこれだけ居る」
ゼフトは振り返り、集った冒険者たちに微笑みかけた。
実力的には微妙な者が多いが、だとしたも危険な敵を“零下の晶鎗”が引き受けることで彼らの存在を活かすことができる。
恐慌状態に陥りかけていた冒険者たちだが、ゼフトに声を掛けられてほんの少し落ち着いたようだった。
「みんな、無理はしないでくれ! 巨人にダメージを与えたら撤退して防戦に入る。
“零下の晶鎗”が道を切り拓く。後に続け! 行くぞ!」
「「「おぉーっ!!」」」
鬨の声と言うには少し音量不足だったが、咆えて叫んで駆けだした。
海のようにアンデッド兵が並ぶ中へ少数で突っ込んでいくのは自殺行為にも見えるだろう。
だが、それを率いるのはシエル=テイラ最強の冒険者パーティ“零下の晶鎗”なのだ。
夜気を震わせ風を切る音が鳴る。
突進してくる冒険者たち目がけアンデッドの陣から矢が放たれた。
「≪
逆巻く風が湧き起こり、飛来した矢はまとめて弾き飛ばされた。クレールの風魔法だ。
人数が少ないということは守るべき範囲も狭いということ。魔力の消費も少ない。
突撃の先鋒となるは重厚な鎧を着て大盾を持った大男、カイン。
その背に隠れるようにゼフトと、
盾を並べたアンデッド兵たちの槍衾がカインに届こうかという距離。
そこでアルビナが一歩前に出た。
「【
銀の錫杖がしゃらりと鳴って、眩いばかりの閃光を吐き出した。エネルギーの余波がアルビナの僧衣をばたつかせる。
地面と水平に延びた閃光は本来よりも太く短い。魔力効率と射程を犠牲に、威力を高めるよう調整した魔法だ。
アルビナが錫杖を横に振ると、聖気による巨大な光の剣も動き、埃でも掃き出すようにアンデッドたちを薙ぎ払った。
アンデッドの陣に大きな虫食い穴が穿たれた。
その穴を埋めるように後方のアンデッド兵が距離を詰めてくる。そこへ。
「≪
巨人の足踏みにも負けぬほどの勢いで地が揺れた。
一瞬の爆炎とともに巻き上げられたのは、溶けかけた雪の混じった土砂。バラバラになった骨と腐肉。
クレールの魔法がアンデッドを吹き飛ばしていた。
「斬り込むぞ!」
「了解!」
チェンシーは左手に右手の拳を打ち付ける。ガツンと籠手が鳴った。
「≪
気を練った彼女は自己
前衛職の中には、自己
「ハッ!」
チェンシーはまるで体重が消え去ったかのような動きで宙に舞った。
「ハイ!」
突き刺さる投げ槍のような動作で飛び蹴りを放ったチェンシー。スケルトンの頭を吹き飛ばす。
頭蓋骨が破裂するように砕けた。
その肩を蹴って更に飛び、チェンシーは一匹のスケルトンの頭に手を付く。
そして、自分の身体を振り回すように空中で回転蹴りを放った。
「ヤーッ!」
数体のアンデッドがチェンシーを中心に薙ぎ倒された。
彼女は、防具と言うより蹴りの威力を高めるための武器である足甲を装備している。ドラゴンの甲殻すら貫く蹴りを前にアンデッド兵など木っ端に過ぎない。
さらにチェンシーは支えにしていたスケルトンを足で挟むように蹴り潰し、着地。そこに槍が遅い来るが、カインが割って入った。
受け止めた槍をそのままへし折るように、カインは盾を押しつけスケルトンとゾンビを2体同時に叩き潰した。
「ナイスフォロー!」
「馬鹿が相手で助かったぜ」
ふう、とカインは息を吐いた。
これは大抵の場合『敵意誘引』の魔化が施されており、戦う相手はなんとなく視線や攻撃をターゲットに誘導されてしまうのだ。
魔法で命令通り動くだけのスケルトンやゾンビであっても、自らの身体の戦いの記憶をよび起こして咄嗟の判断をしている。
どこを攻撃するか、誰を狙うか。それを判断する余地がある以上、『敵意誘引』にも引っかかるのだ。
「ゴアアアア!!」
傷口をさらに押し広げるように聖獣たちが駆け込む。
虎型の聖獣が巨体を活かし、自らが傷つくことも厭わずにアンデッド兵を薙ぎ払った。
鳥型の聖獣が急降下攻撃で、反撃しようと飛び出すアンデッドを仕留めていった。
「どけどけどけぇーっ!」
大剣を振り回しゼフトは進む。一振り一振りが数体ずつアンデッドを殴り飛ばし、なぎ倒し、微塵に砕いた。
そして巨人との交戦距離まであと二振り、というところだった。
「スシ!」
「くっ!?」
鋭く研ぎ澄まされた剣閃が行く手を阻んだ。
一度の踏み込みで三度斬り付けるような神速の斬撃、しかしてそれは一撃一撃が必殺の威力を有していた。
剣で防ぎながらゼフトは後退する。
斬撃を放ったのは、くすんだような色合いの長い金髪を高く括った男。前で合わせて帯で止める民族衣装風の服を着ている。
そして土気色の肌に濁った目。グールだ。
手にしているのは細く美しい片刃の剣。極東で用いられるカタナという武器である。
「グールの……サムライ!」
明らかに周囲の雑兵とは別格の猛者だった。
「こいつっ……」
「ドスコイ!」
「アイヤーッ!」
グールサムライは飛びかかるチェンシーを殴り飛ばす。
空中で回転してチェンシーはヒラリと着地した。
「気を付けろ。こいつ、できるぞ」
グールサムライの背後では弾込めを終えた巨人が射撃の体勢に入っていた。
12連の大砲に魔力が充填されていく。壁はあと何発、形を保てるだろうか? あと何分、何秒の猶予がある? ゼフトは焦り始めていた。
「教えてやロウ……たとえ、いカに素晴らシい魚ヲ誂エよウと、ミソシルが無くバ膳たりエぬのダといウコとヲ……!!」
「何言ってるんだこいつ!?」
「貴様ラは既に、塩ヲ撒かズニ
「何言ってるんだこいつ!?」
グールサムライはカタナの鐔を鳴らし、何故か摺り足でにじり寄ってくる。
「我ガ名はウダノスケ! 偉大なル姫様にお仕エすル誇リ高きサムライなり!
貴様ラをハラキリに処ス。イざ! 尋常に勝負!!」
* * *
「始まったみたいだな」
宿の屋上から街壁の方を見て、バーティルは独りごちる。
第二騎士団は市街に配されていた。戦力を一カ所に集めれば背後を突かれる危険も増すわけで、壁の外は冒険者たちに任せて警戒に当たっている状況だった。
その部隊の前線指揮をカーヤに任せ、バーティルはさらに後方に回っている。
寒風の吹き抜ける屋上で、バーティルは
不穏にざわめく市街を見渡し、バーティルはいくつかの建物の様子や市街に配置された聖獣を確認した。
神殿、集会所、会館。
大量の避難民が流れ込んだせいで、ちょっとでも大きくてある程度の人を収容できる
――俺が死んだら、行く先は地獄か。まあ天国か地獄かって言や地獄だろうな。
これから、多くの人が死ぬ。
バーティルが手引きをしたために死ぬ。
もっとも、ほとんどの人はバーティルが何もしなくても最終的に死ぬ公算が大きい。
もはやエドフェルト侯爵領はルネの蹂躙を待つのみ。
覆す
だからバーティルは、ある程度の命を切り捨てて残りを生かす可能性を探る。
切り捨てられる側にとってはそれで全て終わりなのだと理解したうえで。
負けるにしても負け方というものがあるのだ。
――たかが死後の罰ごときを怖れて今生で為すべきことを為さずにいたとしたら……ああ、そんなものは犬にも劣る畜生さ。
バーティルは真っ黒な空を見上げる。
「御笑覧あれ、天の主よ。これがバーティル・ラーゲルベックの戦いだっ」
懐中時計でバーティルは時間を確かめた。
秒針が。
巡り。
やがて頂点を刻む。
「神よ、シエル=テイラを護りたまえ」
静かな稲妻がいくつか同時に迸った。