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【Web版】怨獄の薔薇姫 政治の都合で殺されましたが最強のアンデッドとして蘇りました 作者:パッセリ / 霧崎 雀

第二部 シエル=テイラ滅亡編

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[2-48] 同床もな異夢

 ジスランとの会談を終えオズワルドが戻ってくると、気を揉みながら待っていた子らは魚が撒き餌に食い付くようにオズワルドを出迎えた。


「親父。殿下のご様子は?」


 スティーブが一同を代表するように聞く。

 するとオズワルドは難しい顔をして、目頭を揉みほぐすような仕草をしながら答えた。


「……良すぎる」

「なんだって?」

「決意と使命感に満ちたご様子だ。強制されているとか、心ならずも祭り上げられてしまったとか、そういった風にはとても見えなかった」


 『そうであってくれ』と。エドフェルト侯爵ことマークスの野望のために利用されているのでなくジスランが自ら決意したのであってくれと思っていたはずなのだが、いざオズワルドからこのように聞かされると皆があっけにとられた。

 あまりにも意外だったからだ。


「あるいは、殿下は良き王たるのかも知れぬ。

 学問に通じた思慮深い御方なのだ、あとは国を動かしていくだけの決断力が身につけば……」

「つまり、今の殿下はそうだとおっしゃるのですね。父上は」

「だがノアキュリオ軍は帰ってしまった。ヨハン……殿下とジレシュハタールが連係するなら、ジスラン殿下は勝てるかどうか」


 ジスランが王となって国をまとめる。そんな未来に希望を持てるのなら、それは良いことなのだが。

 ジスラン当人に王たる資格があるとしても後ろ盾が機能しなければ王にはなれない。仮に王になったとしても騒乱の種になるだけだ。

 エドフェルト侯爵はディレッタ神聖王国とも手を結ぼうとしているようだが、間に合わない公算が高そうだ。


「いずれにせよ、我らがここですることは変わらない。“怨獄の薔薇姫”がやってくるのであればこの街と殿下をお守り致す」


 オズワルドの灰色の目が炯々と輝いた。


 オズワルドは自分の子どもたちの他にも、護衛として数人の騎士を連れている。彼らを率いて街の防衛に加わるようマークスから要請されているのだ。

 諸侯は国王の騎士だ。皇太子候補に国を代表する権利はないが、それはそれとして居合わせてしまった以上守るのが筋というものだろう。


「スティーブ。プリシラ。お前たちは本来付き合わなくてもいい立場だ。もし……」

「おいおい! 水くせえぜ、親父殿」


 スティーブはオズワルドの言葉を遮った。

 そして丸太のような腕に力こぶを作り、小気味のいい音を立てて引っぱたく。


「親父を放り出して俺ひとり逃げられるわけねえだろっての! だいたい俺らが居なきゃ親父はまともに戦えねーだろ?」

「その通りですわ。それに、今街を出て逃げるのはかえって危険ではありませんこと?

 わたくしも戦いますわ。お父様とキャサリンを、そして民を守るために」


 プリシラも、張り出た胸の上に提げた聖印に手を当て、凛として祈るようにそう言った。


「侯爵はどっちかって言や自業自得だろうがよ、“怨獄の薔薇姫”が攻めて来りゃ犠牲になるのは街の人らだ。それを見捨てんのは寝覚めが悪ぃ」

「私は聖職者の道を志し、伯爵家ではなく神殿にこの身を捧げました。ですがキーリー伯爵家に生まれた者としての義務を捨てたつもりはありませんわ」

「ありがとう、ふたりとも……」


 厳つい顔を歪めるように、オズワルドは目を細めた。

 ありがたくも申し訳なさそうで、家を離れたはずの彼らが伯爵家の者として戦うことに負い目を感じているかのようでもあった。

 なにしろ、これはきっと、死ぬかも知れない戦いになるのだから。


「でもよ、親父……勝てんのか? 王宮騎士団でも負けた相手だろ?」

「見込みはあると思いたい。ノアキュリオ軍の残した聖獣、国一番の冒険者パーティー、そして第二騎士団の生き残り……数は少ないかも知れないが、しかしこの陣容なら上位のアンデッドとも渡り合えよう」

「お父様、私は……!」


 キャサリンは何かを言おうとして、言葉が続かなかった。


 戦いの場に付いて行こうというのか? 無理だ。だいたいそんなことをして何になる。自分に何ができる。

 ルネをよろしくと言うのか? 言えた義理だろうか。キャサリン自身、ルネをどうすればいいか分からないのに何を託すというのか。ましてオズワルドたちはこれから命懸けでルネと戦うことになるのだ。


「……どこに、かくれていればよろしいのでしょうか」


 口から、声ではなくて血を吐いているような心地だった。

 救うのなんのと言ったのに、結局、今のキャサリンができるのはたったそれだけのことだ。


「城内の礼拝堂に居させてもらうといい。あの場所ならアンデッドは近付きにくかろうし、いざという時は外への抜け道もある」

「分かりました。お父様、お姉様、お兄様方……どうか、ごぶうんを」


 胸が痛かった。


 * * *


「よくぞ来てくれた、“零下の晶鎗”よ!」


 マークスは自ら城の前庭まで出向き、やってきた“零下の晶鎗”を出迎えた。

 周囲にはマークスの参集に応じた冒険者たちがたむろしている。その誰もが『国一番のパーティー』を見て、憧れるような嫉妬するような、複雑な視線を投げかけていた。


 リーダーである戦士ファイターのゼフト。

 いかにも盾手タンクらしい鎧の大男カイン。

 伊達眼鏡を光らせる洒落者の魔術師ウィザードクレール。

 サバサバした雰囲気の女僧侶プリーステスアルビナ。

 帝国風の装いをした女格闘家グラップラーチェンシー。


 下級の冒険者は誰も彼も同じような装備を身につけているものだが、“零下の晶鎗”ほどの実力者ともなれば装備はそれぞれに魔化を施した一点物で、注文に際してデザインも指定するもの。

 カインの鎧は宗教画のようなレリーフ細工で装飾が施されているし、赤を基調にしたカラフルなチェンシーの道着は妖精か精霊のような幻想の住人を思わせる。


 だが何よりも彼らは己の実力に自信を持っていて、国最強のパーティーとしての自負を持っている。その精神性こそが“零下の晶鎗”を見栄えさせていた。


「シエル=テイラ最強のパーティーが力を貸してくれること、私は大変心強く思っている。どうかこの国の未来のため……」

「侯爵様」


 マークスが握手に差し出した手を取らず、ゼフトはじっとマークスを見ていた。マークスは射竦められたようになる。


「既に領内の都市や村々が“怨獄の薔薇姫”の被害を受けていること、聞き及んでおります。戦う力のない人々を守るため“零下の晶鎗”は力を尽くしましょう。

 しかし、侯爵様。我々はあなたに賛同したわけではありません。クーデターに与したあなたの行動は言語道断であったと申し上げておきます」

「ぬ……」


 マークスは目を白黒させるより他にない。

 それは諫言と言うべきか、それとも青臭くて向こう見ずな主張か。

 その場に居た騎士たちだけでなく冒険者たちさえ不穏な空気を感じてざわめく。


「クーデターに伴う戦いは数々の幸運によって最小限に留まりました。しかし、それでも多くの血が流れた。

 その後の狂騒によって命を絶たれた者もあります。……最たるものは()()でしょう。

 残ったのは屍の山。政治的な混乱と国民の分断、そして“怨獄の薔薇姫”です」


 言葉も視線も、何もかもが真っ直ぐだった。

 マークスだって自分のすることが全国民に賛同されているとは思っていない。しかし、敵でもない者からこうして歯に衣着せぬ苦言を呈されたのはこれが初めてだった。


「……仕方のないことだった。連邦を除く四大国がヒルベルト陛下に付いた時点で何もかも終わっていたのだ。

 それに、あれは決して陛下と諸侯の都合のみで起こした乱ではないのだ。国民の間に積もり積もった不満の発露であり、国に覆い被さっていた不利益を振り払う機会でもあった」

「だとしても、こんなことにならないよう丁寧に事を運ぶべきだったのではありませんか。その過程で多くの人命が失われているのですよ?

 失敗という結果だけを見て述べるのは確かに不公平かも知れません。ですが、それでも今のあなたは返り血を浴びているに過ぎないでしょう。そうして死ぬのは、あなたに付いていくしかない民です」


 ――知った風な口を聞きおって……!


 自分の半分も生きていない歳の小僧に諭されて、マークスは内心では烈火の如く怒っていた。

 ゼフトは正義感の強い、英雄然とした理想の冒険者だと聞いていた。しかし彼の正義は今、マークスに切っ先を向けているのだ。それは不愉快だし品のない行為だとマークスは思っていた。

 だがここで“零下の晶鎗”と決裂するのはまずい。それにゼフトが言うのもまた真であると心のどこかでは分かっていた。


「……この国に調和を取り戻さなければならない。そのための旗印がジスラン殿下だ。

 殿下のもとで国民は再び統合され、シエル=テイラは再生される。そのためにも、どうか……」


 政治家としての言い訳、お題目を述べるしかマークスにはできない。

 ゼフトは真面目くさった顔で、それを受け容れた。


「ええ。その言葉を信じさせてください。侯爵様が誠実であることを祈っております」


 * * *


 第二騎士団の生き残りのうち、バーティルの下に残ったのは9人。

 生き残りの中には家族のところへ戻った者や、戦いを諦め逃げた者もあるのだ。今バーティルのところに居るのは、窮する国のために働きたいとバーティルに付いてきた者だけ。なんにせよ、バーティルはそれをありがたいことだと思っていた。


 今は彼ら全員が、マークスのツケで泊まっている宿のバーティルの部屋に集合していた。

 比較的広い部屋なのだがバーティルを含めて10人も集まるとさすがに狭い。


「“零下の晶鎗”が来たおかげで我々の責任は軽くなったな。つまり作戦の要ではなく、指示通りに動いてればいいという扱いに戻ったわけだ」

「なんという現金な……!」


 猟犬のように鋭い目をさらに険しくし、カーヤは歯を剥いて怒っていた。

 他の者も口々にマークスへの不平不満を口にする。


「いい、いい。怒らなくていい。こちらを信頼してない相手と肩を組んで行進すれば、どこかで足並みが乱れてずっこける。そりゃお互いにとって不幸なことだろうさ。聖獣も付けてもらえることになったから、それでよしとしようじゃないか」


 バーティルは部下たちをなだめる。

 実際、バーティルはマークスに対して怒りなど覚えていなかった。それどころか済まないとさえ思っている。

 バーティルはこれからマークスの首をルネに差し出そうとしているのだから。

 もちろん、そのことを部下たちは知らない。


「侯爵は“怨獄の薔薇姫”が近日中に攻めてくると思ってるようだけど、私の予測はもうちょっと悲観的で切迫してる。動きがあるのは一両日中……下手すりゃ今日かもだ」


 稲妻が走るように緊張感が満ちた。

 こんな時、部下たちはバーティルの予測を重く受け止める。いつもバーティルが大局的な視点から状況を読み、予言者のように先のことを当ててきたからだ。

 もっとも、今に限って言えば『知っているから分かる』というだけなのだが。


 ――ルネちゃんが来る。大勢死ぬ。そん中で俺らは、ひとりでも多くを生かすんだ。


「はっきり言えば、この戦いはかなり厳しい。少なくとも私はそう見てる。だーが、それならそれでできることはあるはずだ。そりゃ勝たなければならないわけだが、負けるにしても負け方ってもんがある。我々はシエル=テイラの命脈を繋がなければならないんだ。少しでも太く、少しでも強くね」


 言葉を切って、バーティルは居並ぶ部下たちを見回す。

 ひとりひとりと目を合わせるように。


「みんな、力を貸してくれたまえ」

「「「はっ!!」」」


 近所迷惑なほどに力強い応えが返った。


 * * *


 もはや行軍の形すら保てていない、ノアキュリオ軍前線部隊の撤退。

 長く伸びてばらけた列の先頭を行くようにモルガナは護送されていた。

 同じくウェサラへ運ばれているパトリック(だったもの)と引き離すため、モルガナの護送は速度的な意味で急がれていた。聖獣パトリックは厳重に拘束して運ばれているために輸送も手間で、素早く動かせるモルガナを先行させたのだ。


 飾りのない馬車の中。武装したふたりの騎士に両脇を抱えられるようにモルガナは座っていた。

 手と口には枷が掛けられている。


 棺のような馬車の中に小さな窓から光が差し込む。

 青く高いシエル=テイラの空が見えていた。


 ――来な、糞餓鬼。あの子はきっと上手くやってくれるよ。


 声を出すことはかなわず、しかしモルガナはしわくちゃの手を胸の前で祈りの形に組み合わせた。枷があるのでぴたりと手を合わせることはできないが、離ればなれの手を祈りの証として向かい合わせた。

 もはや種は撒かれているのだ。


 ――神のお導きがあらんことを。

△▼△▼△▼↓作者の別作品です↓△▼△▼△▼

家計を助けるためVRMMO配信者になろうとしたら、俺だけ『神』とかいう謎のジョブにされてました~Eighth ark Online~

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