2019年、新アルバム『IGOR』が各方面から高い評価を得たタイラー・ザ・クリエイター(Tyler, The Creator)。しかし彼がこのアルバムを作るためには、前アルバム『Flower boy』で行われた孤独の発散が必要だったのではないだろうか。「孤独」をテーマに作成されたアルバム『Flower boy』から『911 / Mr. Lonely』 に焦点をあて、彼がこの曲で描いた世界を解剖する。
目次
『Flower Boy』における孤独の発散
タイラーの4作目のアルバム『Flower Boy』は、それまでのタイラ・ザ・クリエイターの活動を考えた時に、とても異質なアルバムだった。ユーモアや悲壮感を絵の具のように混ぜ合わせ描いてきたかつての作品とは異なり、テーマは一貫して「孤独」。かつて登場してきた彼の別人格が登場することもなく、一貫して彼の目線で、彼の内面が綴られる。
このアルバムを発表後、youtube上にシングルを続けて公開。活動を精力的に行い、2019年にはアルバム『IGOR』をリリース。加えて自身が運営するブランド「GOLF」の展開、今の彼の勢いはとどまることを知らない。
これまでのタイラー・ザ・クリエイターの動きを考えた時に、どうしても『Flower Boy』が一つのターニングポイントであったような気がしてならない。彼がこのアルバムで行なった孤独の発散が、彼にどんな世界を見せたのか。その世界を探求しに行く。
アルバムを象徴する一曲『911/Mr.Lonely』
『911/Mr.Lonely』はアルバム『Flower boy』のリード・シングルとしてリリースされた。『Flower boy』のテーマはタイラー・ザ・クリエイター(以下タイラー)が抱える孤独であり、本曲はまさしくそのテーマそのものと言える楽曲である。
タイラー曰く、この曲は25回作り直してようやく出来たバージョンらしい。この曲に込められた熱量を感じる。
911とはアメリカで用いられる緊急通報用電話だ。タイラーはこの911を一つのアイコンに、曲中で自身の孤独を訴える。〈俺は寂しくてたまらないから、もし何かあったら911みたいにいつでも俺のところに電話をかけてきてくれ〉と歌い、周囲の人間からの電話を待ちわびる。
そしてこの曲はPart1.911とPart2. Mr. Lonelyの2部構成で作られている。Part1で周囲からの電話を待ちわびていた彼だったが、電話をかけてきてくれるような相手はいない。そしてPart2ではMr. Lonelyというタイトルが示すように一人孤独に苛まれ、寂しさゆえの絶望へと突き進んでいく。本来電話を待ちわびていたはずの彼が曲の終わりではSOSを要請し、ついに彼自身が911をダイヤルしてしまうという構成で幕を閉じる。
この曲の中で彼が孤独を抱え絶望を感じるようになるまでの過程をリリックから紐解いていきたい。
Part1.「911」でのループ
無限の彼方に描く、憧れ
My thirst levels are infinity and beyond
〈俺の飢えのレベルは無限の彼方〉Sippin’ on that lemonade, I need a Beyoncé
〈レモネードをすする、俺にはビヨンセが必要だ〉Can’t see straight, these shades are Céline Dion
〈真っ直ぐなんて見れない、2つの影はセリーヌ・ディオン〉Sucks you can’t gas me up, shout out to Elon
Tyler the creator『911/Mr.lonely』
〈俺を楽しませられないのかよ。イーロンにはエールを送る〉
初めのバースは映画「トイ・ストーリー」のバズライトイヤーのセリフの引用から始まっている。日本では、「無限の彼方へ、さあ行くぞ!」(英語ではinfinity and beyond)でおなじみのセリフである。彼は初めに、自身の孤独による飢えが相当膨らんでいることを明らかにする。
そして、無限の彼方へ思いを馳せた彼が羅列するものは、ビヨンセ、セリーヌ・ディオン、イーロンマスク である。韻を踏みながらも頭文字がABCDEと繋がっていることは彼のラップスキルの高さを示している他ないが、ビヨンセ、セリーヌ・ディオン、イーロンマスクの関係性は決して韻を踏む為だけに用いられた訳ではない。
ここで用いられた人物たちは、タイラーにとって羨望、憧れの対象だった。
実際バースの中から、彼らがタイラーにとって眩しくて直視出来ない存在であったことは感じられるし〈can’t see straight〉、そんな星のように眩しい存在である彼らと自分の距離がまるで〈infinity and beyond〉であるかのように思えたのかもしれない。
フランク・オーシャンの登場と、懐古
call me some time (ring, ring, ring)
〈電話をかけてくれ〉Please bang my line
Tyler the creator『911/Mr.lonely』
〈そう、俺に電話をかけてくれ〉
1stバースを終え再び、彼は自分自身に電話をかけて来るよう訴えかける。バックコーラスで歌われている歌詞は〈ring ring〉。彼は自分の電話が〈ring ring〉と鳴るのを待ちわびているのだ。
そんな中、次のバースにはフランク・オーシャンが登場する。フランク・オーシャンとは、元々タイラーと同じクルーOFWGKTAのメンバーであり、かつては共に暮らしていたこともある。言わば、彼に電話をかけてくる可能性のある、友達だ。
Chirp, chirp
Chirp, chirp
〈小鳥のさえずり〉Woke up in the ‘burbs, ‘burbs, with the birds, birds
〈小鳥たちと共に、俺らは目を覚ます〉Where you used to come and get me with the swerve, swerve
Tyler the creator『911/Mr.lonely』
〈君と僕がよく会っていた場所だよ〉
しかし、彼の歌い出しはタイラーが待ちわびていた電話が鳴る音〈ring ring〉ではなく〈chirp chirp〉である。〈chirp chirp〉とは、小鳥のさえずり。聞こえてくるのは小鳥のさえずりの音であり、待ち望んだ電話の音が耳に届くことはない。
そしてフランク・オーシャンは以降の歌詞で、彼らが共に暮らし、お互いに孤独ではないと感じていたであろう日々に思いを馳せる。現在タイラーが抱えている孤独の描写ではなく、過去のノスタルジーへとトピックが変わり、この〈chirp〉を起点として一気に場面は転換する。
そして、このフランク・オーシャンのバースを一つの転換点としてタイラーの内省が始まる。
孤独な叫びと、内省
Five car garage
〈ガレージには5台の車〉Full tank of the gas
〈ガソリンは満タン〉But that don’t mean nothing, nothing
〈でもそんなのには何の意味もない〉Nothin’, nothin’, without you shotgun in the passenger
Tyler the creator『911/Mr.lonely』
〈君がいないと。助手席にはショットガンだけ〉
フランク・オーシャンや友人との生活を経て、彼はスターダムにのし上がり富を手にするようになるが、そんなことにはなんの意味もないと訴えかける。〈寂しさのあまり自殺を考えてしまうほどだ。俺は世界で一番孤独な男だ。〉と彼の内面が一気に綴られる。