挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
魔導具師ダリヤはうつむかない 作者:甘岸久弥
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
239/239

238.イエロースライムと至高のクッション

(すみません! 遅くなりました)

「こちらが武具開発、兼、魔導具制作工房となります」


 ヨナスに案内されて来たのは屋敷内の奥、花々の咲く庭が見える部屋だった。

 ダリヤはすでにここに何度か来ているが、それでも心が躍る。


 壁の一面は素材をストックする棚だ。

 一般的な魔導具関連の素材の他、多数の稀少素材も入っている。

 実験に向いた硬質な大きな机、座り心地のいい椅子。床は滑らぬように刻み模様をつけた水色の大理石、窓は光の反射を押さえた水色水晶入りガラス。

 実験で遮光が必要なときに対応し、カーテンは白と黒の二枚。


 汚れたり、匂いのきつい実験も遠慮無くできるようにと、続きの小部屋もある。壁のドアから出入りする形だ。ガラス窓から中が見えるので、作業を外から見学することもできる。

 いたれりつくせりの上、緑の塔の仕事場とは比較にならぬ豪華さである。


 ヨナスに続いて部屋に入るのはベルニージ、ダリヤ、ルチア、イデア。

 そして、力仕事の手伝いにと呼ばれたマルチェラだ。

 確かに、スライムの粉末などが入った大瓶や薬液は重いので、お願いできれば助かる。


 また、マルチェラはイヴァーノがいないとき、護衛の他、ダリヤの補佐もしてくれている。

 魔法や魔導具のことをもっと知りたいと言っていたので、ちょうどいい機会かもしれない。


 楕円のテーブルを六人で囲むと、ダリヤは鞄から書類を取り出した。


「こちらがイエロースライムの布に関する仕様書と実験結果です」


 王蛇キングスネークの抜け殻の粉、ローヤルミント液、鎧蟹アーマークラブの酸。

 それで基本の薬液を作り、イエロースライムを加えて魔法付与する。

 使用できるのは、イエロースライムの一級か二級の粉のみ。

 五級まである中で、一級と二級は合わせても全体の一割だという。なかなかに貴重だ。


 実験結果については、まだ簡易版である。

 布としては耐久性が少し上がる程度、クッション状にすれば衝撃が減らせる。


 ただし、衝撃に関して、今世に計測装置はないので、具体的な数値は出ない。

 一定の高さから卵を落としても割れない、刃物が刺さりづらいなど、具体的な事例を書くしかなかった。


「この、刃物が刺さりづらいというのは? 刺さらないわけではないのだろう?」

「刃物が大きいほど、弾力で刺さりづらく、斬りづらいです。針のように鋭利な物は変わりありませんが」

「加工時にハサミは使えないとかはありませんか?」

「ゆっくり切れば問題ありません。刃物もゆっくり刺せば刺さります」

「ということは、魔物の防御にはかなり有効になりそうだな」


 元副隊長からうれしい話を聞いた。

 これは試作の防具を片端から準備したいところだ。


「三級以下のイエロースライムは使用に耐えないとありますが、どうなるのでしょうか?」

「これです。こんなふうにヒビが入って、ぼろぼろになってしまいます」


 ダリヤは厚手の布をテーブルにそっと置くと、指先で軽くつつく。

 多数のヒビが見えた後、ぼろぼろと落ちてくる。


「触って頂くとわかりますが、あまり弾力がありません」

「これ、耐久性もあんまりなさそう……あ、すみません! なさそうですね」


 ルチアが素で話し、慌てて謝罪する。視線の先はベルニージとヨナスである。


「儂を気にしているのなら、いつもの口調でかまわんぞ。せっかくの円卓だ、皆、工房の中では楽に話し、忌憚なく意見を述べ、話し合うこととしないか?」

「ありがたいお言葉ですが、ドラーツィ様に対して不敬にはならないかと……」


「全員、ベルニージでかまわん。儂はとうに隠居した老体だ、ドラーツィ家としてここにいるわけでもない、武具開発部門に入れてもらったばかりの新人だからな。いっそ全員、互いに名前呼びでいいのではないか。だが、そうだな……気にかかるようであれば、後で公証人を入れて『不敬を問わず』と全員分の誓約書を作るが?」

「いえ、ベルニージ様にそうおっしゃって頂けるのであれば、甘えさせて頂きます」


 そう返したのはヨナスだった。

 この場で貴族について最も詳しいのはおそらく彼だ。ダリヤ達は視線を交わし、うなずいた。


「よろしくお願いします、ベルニージ様」

「では、話を続けてくれ。『ダリヤ先生』」


 けほりと口から少し空気が出たが、声は出さずに耐えた。

 少しは自分も商会長スキルが上がっていたらしい。そう思いたい。


「で、では、続けます。こちらが先ほどもご覧頂いた布です。少し弾力があります。こちらが厚くしたタイプですが、薬液を厚めにし、魔力を付与する際、一気に多めに入れております。ゆっくりにすると、液が流れてしまうようですので」


 布と共に茹でた卵黄のような黄色いクッション材をテーブルに出すと、各自指先で触れる。

 スライムを硬くしたような独特な感触だが、そろそろ慣れてほしいところだ。

 感心する顔、納得のいかぬという顔、疑いを込めた顔、真剣な顔、いい笑顔。すべて別の表情かおが並ぶのにそう思う。


「これは、途中に層があるようだが?」

「はい、魔力付与を三回に分けて行っておりますので、そのためです」


 横から見ると、薄く層になっているのがわかる。

 横から裂こうとかなり力を入れると、その部分から剥がれて分かれるだろう。


「一気に魔力を入れたら一層になるのでしょうか?」

「そうだと思います。残念ですが、私の魔力出力ではそれが限界で……」


 魔力が十あってもこれである。

 それなりの魔力がある魔導師に依頼するしかないだろう。


「せっかくだ、ここに粉はあるのだろう? 試してみればいい。儂も多少は付与ができるぞ」

「ベルニージ様は、魔導具関係の付与を?」

「必要に迫られてな。若い時分は予算足らずで、隊の剣と槍に硬化魔法をかけまくったものだ」


 なんともせちがらい理由を聞いてしまった。

 昔の魔物討伐部隊は、今以上に大変だったらしい。


「素人の疑問ですが、思いきり魔力を強く流したら、三級以下のスライム粉も少しは固まるということはないでしょうか? 鍛冶関係ですと、柔らかめの金属に強い魔力を付与し、硬い金属と合わせることがありますので」

「なるほど……だと、三級以下のスライム粉も試した方がいいですね。それで駄目なら一、二級と混ぜてみるのもいいかもしれません」


 ヨナスは鍛冶にも詳しいらしい。

 よりよい物にするために、試せることはなんでも試してみたいものだ。


 ダリヤはすぐ薬剤を作ることにした。

 隣の小部屋へ移動すると、マルチェラが手伝いとして付いてきてくれたので、彼と二人、マスクをする。


 先日は酔っていたのでうっかりマスクを忘れてしまったが、イエロースライムの粉は粒子が細かい。マスクをしないとむせるし、うっかり吸い込むとしばらく喉がイガイガする。


 ダリヤは急いで薬液を作り、最初に一、二級、次に三級、四級、五級のイエロースライム粉でそれぞれに作ってみた。


 ドアの外のガラス越し、真剣なまなざしを向けてくる者達がちょっと気になったが、なんとか作業を終える。



「この中で魔力付与をしたことがある者は、どれぐらいいる?」


 ベルニージの問いに、ダリヤとイデア、マルチェラが手を上げた。

 ルチアは、魔力が足りなくて無理だと、残念そうに答える。


「ヨナスは? 魔力はかなりありそうだが」

「不勉強で恐縮です。私は魔付きとなるまで魔法が使えず、学院でも習っておりませんので、火の攻撃魔法しか経験がございません」

「せっかくだ、試してみないか? 硬質化が使えると、模造剣で薪がさっくり切れるぞ。杖はもちろん、椅子やテーブルの脚で敵の骨を折るにもいい」

「ぜひ、ご教授ください」


 感心しかかっていたところ、なんだか危ない話になってきた。

 楽しげなヨナスを見る限り冗談なのだろうが、貴族男子の会話は理解が難しい。


「マルチェラは、付与は得意かね?」

「いえ、お恥ずかしいのですが、石造りの床や階段のへこみを直すぐらいで……」

「では、そちらも私が教えよう」

「ベルニージ様、よろしいのですか? その、私のような庶民に……」

「工房でこうしてテーブルを囲んでいる者同士ではないか。それに、土魔法使いは付与が得意な者が多いのだ。土魔法は、粘土細工にレンガのような石作りと、目でわかりやすいからであろうな」


 こうして、ベルニージによる魔力付与の授業が始まった。

 大きい皿の上にのせられた、小さい皿。そこに少しだけ薬液を入れ、魔法を付与する。

 量が少ないので、失敗しても危険度は低い。


「最初は利き手の手のひらに魔力を集める感じでな、平らにする感じにするのだ。攻撃魔法ではないから、上澄みの魔力だけを、指先からこう、強めにバーンと入れるのだ……!」


 魔法での付与が得意でも、教えるのが得意だとは限らない。

 老人のすばらしく感覚的な教え方に、二人の眉間に皺が寄る。

 それでも右腕を取られて魔力を流されたことで、ヨナスの方は理解はできたらしい。


「こう、でしょうか?」


 ヨナスが手をかざした小皿の上、薬液がチリリと鳴いた。

 赤い陽炎に似たものが一瞬浮かび、すぐにかき消える。

 大皿の上に小山となって現れたのは、赤い大粒の砂だった。


「……申し訳ありません、失敗です。焼けてしまったようです」

「いや、液はちゃんと変化したし、焦げてはいないのだ。魔法自体はきちんと入ったではないか。最初なのにたいしたものだ。数さえこなせば絶対にいけるぞ!」

「……はい」


 その言葉を聞きながら、ヨナスが右手をしっかり握りしめている。

 訂正する。ベルニージは教師になるべきかもしれない。


「次、マルチェラ。強めにガツリと入れてみろ」


 隣のマルチェラにも同じように腕を取って言うと、彼が復唱した。


「強めにガツリと……!」


 ぷわり、少々甲高い響きと共に、亜麻あま色の物が四散した。

 正面にいたダリヤに、数粒が跳ね飛んで来る。

 床一面に転がるのは、豆粒ほどの丸い球。


「ダリヤちゃん、大丈夫か?! 悪い、魔力を込めすぎた!……失礼しました、会長……」

「大丈夫だから、気にしないで」


 咄嗟に出た言葉に、マルチェラが慌てて謝る。

 付き合いが長く、今までの口調が出てきてしまうのは仕方がない。


「……ダリヤ先生は、マルチェラと個人的に親しいのか?」


 ベルニージが確認するように声をかけてきた。

 マルチェラの下町らしいくだけた口調が気にかかったのだろう。ダリヤはすぐ説明する。


「私が商会長になる前から、夫婦ともに友人です。奥様は私の幼馴染みですし、マルチェラはロセッティ商会を立てるときに保証人にもなってくれました」

「そうであったか」


 誤解はすぐに解けたらしい。ベルニージが納得した顔をしている。

 床に転がったビー球ほどの丸い球は、ルチアがすぐにほうきで集めてくれた。

 ちりとりの中、ころころと転がる薄茶の球が、妙に気にかかる。


「これ、液に土魔法の入った魔力をもっと一気に流したら、さらに細かくなるのかしら……?」

「スライム粉の性質を確認するんですね!」

「ならば儂が、土魔法も込めた魔力を一気に入れてみるか? ついでだ、三等級のスライム粉も試してみよう」

「お願いします、ベルニージ様」


 ベルニージの前のテーブル、大きな皿を置く。次に小皿に少し多めに薬液を流し込むと、大皿に重ねた。

 ベルニージは右手のひらを皿に向けると、わずかにひねった。

 ぷわん、マルチェラのときよりも甲高い響きがして、大皿に亜麻あま色が積み上がる。


 連続で、三等級以下のスライム粉でも試す。

 色は微妙に違うが、大皿に積み上がるのは亜麻あま色から薄い茶までの、極小の粒ができあがった。


「イエロースライムがこんなふうになるなんて……もしかして、入れる魔力の系統で違うのでしょうか……それと出力の量が……」


 ノートにメモを取りながら、イデアがぶつぶつとつぶやき始めた。


「ダリヤ、これ触ってもいい?」

「ええ、一応手袋はしてね、ルチア」

「さらさらね……粒も柔らかくはないし、これじゃクッションに入れても弾力は出ないわね。破けたら掃除が大変そう」

「……あ」


 さらさらで弾力はない、硬めの細かな丸い粒――前世、自分の部屋で使っていた物が脳裏をよぎる。


「ベルニージ様、申し訳ありませんが、同じような魔力の込め方で、この二倍の量をお願いできますでしょうか?」

「かまわん。百倍と言われても余裕だ」


 さすが元侯爵、桁が違う。

 ダリヤは皿にたふりと薬液を足す。

 余裕の言葉通り、ベルニージは呆気なく追加の粒を仕上げてくれた。


 ダリヤは礼を言い、それを大判のハンカチで包み込む。

 上部をきゅっと結ぶと、横からそっと握ってみる。

 手に戻る感触は、独特のむわりとした弾力。

 笑い出してしまいそうになるのを、なんとかこらえた。


「ダリヤ先生、弾力も落ちるわけですし、粉では鎧の裏には向かないかと……」

「よほど丈夫な布に入れぬと、鎧の下で破ける確率が高いぞ」


 ヨナスとベルニージが困惑した顔で止めてくる。


「これは服飾ギルドの方で使えるかと思いまして……ルチア、これ、触ってみて」

「ええ」


 粒を入れ、上を縛ったハンカチを渡すと、彼女はそっと触れた。

 そして、その後に握り、握り、握り……口角は鋭角に吊り上がった。


「ダリヤ、これ、楽しいわ……」


 ルチアが笑顔なのに怖い。露草色の目がらんらんと輝いている。

 彼女はそのまま粒入りハンカチを握って立ち上がると、ベルニージにつかつかと近づいた。


「ベルニージ様、あと百倍いけるとおっしゃっていましたよね? この粒、いっぱいいっぱい作ってください! できましたら今すぐに!」

「あ、ああ、かまわんぞ」


 ルチアの気合いに呑まれたらしい彼に、ただただ同情する。

 あと、横で苦笑しているマルチェラと、気配を断っているようなヨナスがなんとも言えない。

 イデアは先程からノートに何かを綴っており、まだ戻って来ていない。


「ダリヤー、薬液百倍分ちょうだい!」

「わかったわ」


 自分にも声がかけられたので、マルチェラと共にまた小部屋に入り、追加を急いで作った。

 薬液を持って出て来ると、ルチアがベルニージを連れ、小部屋に入って行く形で交代した。

 ルチアの手には大きな白い布と糸と針。どうやらもう入れ物を縫い始めているらしい。


「もしかすると、魔力の種類と出力が違うと、できあがりが変わるのかもしれません。

 ちょっと失礼します。私は少し水魔法がありますので……」


 イデアが大皿の上で付与を行うと、かなり薄いグリーンの小石のようなものができあがった。

 触ると微妙に柔らかい。


「これは……?」

「イエロースライムに水魔法だと、ベルニージ様とはまた違ったものになるようです。ヨナス先生、さっきのは失敗ではなくて、逆に正解だったのだと思います。一度の出力が高いほど小さい粒になり、魔力の種類によってできあがりが左右されると予想します」

「イデアさん、それだと、もしかして、ブルースライムも基礎魔力が違うと、変わるものでしょうか?」

「ダリヤさん、それ、試してみましょう!」


 その後、ダリヤはブルースライム粉を入れた防水布の薬液を、急いで作った。

 そして、ヨナスとマルチェラ、イデアで、火と土と水の魔法を附与して確認する。

 残念ながら、どれも液体のまま、ただ濁って終わった。


「どうしてこういった変化は、イエロースライムだけなのかしら?」

「土は水気を吸い、風で乾燥すれば飛ぶといった性質だからでは? 水は水を吸わないし、乾燥したらなくなるから――」


 ダリヤが残念がっていると、マルチェラに仮定を示された。

 そう言われてみればとても納得できる。


 しかし、今日はとてもありがたい。

 自分一人でやっていたのでは絶対にわからないこと、実験できないこと、考えつかなかったことが、夢のような早さで進んでいく。


「ダリヤ先生、レッドスライムとグリーンスライムの粉も出しますか?」

「お願いします、ヨナス先生」

「一応、ブラックスライムの粉もありますが」

「いえ、それはやめておきます……」


 ふと、脳裏を心配顔のヴォルフがよぎった。

 同室の方々を粉とはいえ、ブラックスライムの危険にさらすのは駄目だろう。

 どうしてもやってみたいときは、同席者とポーションとをしっかり準備することにしよう。



 そうこうしていると、ルチアが小部屋から飛び出して来た。

 背後から、青い顔のベルニージが杖を使いつつ、どうにか歩いてくる。ヨナスが早足で補助に向かった。


「至高のクッションができましたー!」

「至高のクッション?」

「ほら!」


 部屋の床、大きな四角いクッションを置き、ルチアが抱きつく。

 音もなく、ぐにゃりと形を変えた白いクッションが、その身体を支える。

 残念だが、見ただけではわからない。


「ダリヤ、ちょっと試して!」


 腕をぶんぶん振って呼ばれたので、素直に行き、クッションに座ってみた。

 しゅるりと砂のごとく形を変え、てろりと自分を支えてくるクッション。

 体勢を変えても、すべてぴたりと密着してついてくる。

 できるなら、このまま両手ですがりつき、そのまま目を閉じたい感触だ。


 前世、自分が部屋に置いていた、リラックスできると評判の大型座布団。

 『人に怠惰を教えるクッション』と瓜二つ。

 いや、それよりもさらに流動感があり、フィット感は上。

 まさに『至高のクッション』である。


「……皆さん、順番にお試しください」


 このままころりと抱きつきたいのをこらえ、ダリヤはようやく立ち上がった。


 ベルニージが行く。

 クッションに座ると、ほう、と感嘆の声を上げる。

 そして体勢を変え、目を閉じて動かなくなった。

 しばらく立ち上がるのが辛そうだったのは、膝のせいではない気がする。

 その後すぐ『中の粒々を作るのでクッションをもう一つ』とルチアに相談していた。早い。


 ヨナスが行く。

 一度持ち上げ、それからゆっくり座り、何度か場所を変える。

 そして、何故か立ち上がり、持ち上げて、クッションを抱きしめていた。

 無表情だが、あちこちをむにむにと握っているあたり、感触が気に入ったのだろう。

 そのうち、小さいクッションを作ってプレゼントした方がいいかもしれない。


 イデアが行く。

 一度座ると、『素敵です!』と、大変いい笑顔になった。

 そして、一度立ち上がると、今度はうつぶせでクッションに抱きつく。

 うふふふふ……と、とても幸せそうな声が続き――ずっと途切れない。


 マルチェラが『私はしばらく後でいいです』と言ってきたので、そっとしておくことにした。

 この試作品は、今日イデアに持ち帰らせた方がいい気がする。


「なんというか、予想外の感触だ。くつろげるという点では、まさに『至高のクッション』だな」

「とても安心感を得られるクッションですね」

「ダリヤ! あれ、凄いわ! それに、うまくすると胸のパッドに」

「ル、ルチア、それに関しては後で話し合いましょう」

「あ、そうね! 触り心地を比べながら作った方がいいわよね」

「っ……!」


 マルチェラが耐えきれずにうつむき、片手で顔を隠した。その肩が小刻みに揺れている。

 ベルニージとヨナスの無表情に関しては、貴族の訓練の賜物かもしれない。

 なお、ダリヤは顔が作れなくなったため、大皿と小皿の片付けに一度立った。


「ところで――そちらの薄いグリーンは、グリーンスライムに付与をしたものか?」

「いえ、ベルニージ様、そちらはイエロースライムに水魔法を付与したものです。ブルースライムを使っている防水布の薬液でも試してみたのですが、変化なしでした」

「イエロースライムに水魔法を付与したものの方は、私の魔力が足りないせいかもしれません。やっぱり高い魔力付与で、四系統を確認してみたいですね」


 ようやく椅子に戻って来たイデアが真面目な顔で言う。

 しかし、まだクッションを抱き、テーブルから後ろに下がった状態なので、説得力がない。


「火・土・水・風の四系統に、できれば氷魔法を追加して……魔導師さんにお願いしなければいけませんね」

「ダリヤ先生、火は私が頑張ってみますので、些少なら今日お手伝いできるかと。水と氷は後でグイード様にお願い致しませんか?」

「ありがとうございます、ヨナス先生!」


「水と火の魔法なら冒険者ギルドのスカルラッティ殿が得意なはずだ。大型の魔物も煮られると聞いたことがある。あと、風魔法はジェッダ殿がお持ちだが、今は商業ギルド長なので使っておられるかどうか……」


 なんと、火・土・水・風・氷魔法持ちが一堂に会している。

 しかも全員貴族である、魔力もかなり高そうだ。

 素材もここならたっぷりある。

 こんないい実験の機会は滅多にない。いや、二度とないかもしれぬ。


「しかし、まさかあちらの皆様にお願いするわけにも――」

「ちょっとお願いしに行ってきます!」

「ダ、ダリヤちゃん!」


 立ち上がって駆けるように部屋を出るダリヤを、マルチェラが追いかける。

 目を丸くしたベルニージ、眉間に指を当てるヨナス、うなずくルチア。

 イデアが一人、尊敬のまなざしをドアに向けていた。


「あの方々にお願いしに行くなんて……本当に勇気がありますね。やはりダリヤさんは凄い商会長です」


 凄いと言うべきか、蛮勇と言うべきか。

 ダリヤの視界は今、思いきり狭くなっているだけだ。

 ただ、友であるルチアには、はっきり言えることがあった。


「あれは商会長と言うより、どうしようもなく魔導具師のダリヤよ」

ご感想とメッセージ、レビューをありがとうございます!

続き制作に頑張って参ります。

お読み頂いてありがとうございます。おかげさまで書籍となりました。
MFブックス様にて1~3巻発売中です。公式ページはこちらからどうぞ。
コミカライズ:MAGCOMI様にてWEB連載・(ニコニコ漫画様でも掲載)
月刊コンプエース様にて連載ComicWalker様ニコニコ漫画様でも掲載)
更新はTwitterでもお知らせしております。

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
感想を書く場合はログインしてください。
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。

この小説をブックマークしている人はこんな小説も読んでいます!

本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~

 本が好きで、司書資格を取り、大学図書館への就職が決まっていたのに、大学卒業直後に死んでしまった麗乃。転生したのは、識字率が低くて本が少ない世界の兵士の娘。いく//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 完結済(全677部分)
  • 15675 user
  • 最終掲載日:2017/03/12 12:18
賢者の孫

 あらゆる魔法を極め、幾度も人類を災禍から救い、世界中から『賢者』と呼ばれる老人に拾われた、前世の記憶を持つ少年シン。  世俗を離れ隠居生活を送っていた賢者に孫//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全158部分)
  • 11562 user
  • 最終掲載日:2019/11/17 02:57
転生先で捨てられたので、もふもふ達とお料理します   ~お飾り王妃はマイペースに最強です~

【書籍化します&MBSラジオで朗読劇化しました!! 応援ありがとうございます!!】 「おまえのような悪辣な令嬢には、この国から出て行ってもらおう」  王太子に婚//

  • 異世界〔恋愛〕
  • 連載(全86部分)
  • 11928 user
  • 最終掲載日:2019/11/13 23:59
神達に拾われた男(改訂版)

シリーズ累計100万部突破! ありがとうございます。 ●書籍1~7巻、ホビージャパン様のHJノベルスより発売中です。 ●コミカライズ、スクウェア・エニックス様の//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全204部分)
  • 12846 user
  • 最終掲載日:2019/11/10 16:00
ありふれた職業で世界最強

クラスごと異世界に召喚され、他のクラスメイトがチートなスペックと“天職”を有する中、一人平凡を地で行く主人公南雲ハジメ。彼の“天職”は“錬成師”、言い換えればた//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全364部分)
  • 12466 user
  • 最終掲載日:2019/10/26 18:00
悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました

婚約破棄のショックで前世の記憶を思い出したアイリーン。 ここって前世の乙女ゲームの世界ですわよね? ならわたくしは、ヒロインと魔王の戦いに巻き込まれてナレ死予//

  • 異世界〔恋愛〕
  • 連載(全291部分)
  • 12365 user
  • 最終掲載日:2019/11/05 07:00
ドロップ!! ~香りの令嬢物語~

【本編完結済】 生死の境をさまよった3歳の時、コーデリアは自分が前世でプレイしたゲームに出てくる高飛車な令嬢に転生している事に気付いてしまう。王子に恋する令嬢に//

  • 異世界〔恋愛〕
  • 連載(全121部分)
  • 12513 user
  • 最終掲載日:2019/10/05 20:00
生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい

エンダルジア王国は、「魔の森」のスタンピードによって滅びた。 錬金術師のマリエラは、『仮死の魔法陣』のおかげで難を逃れるが、ちょっとしたうっかりから、目覚めたの//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 完結済(全221部分)
  • 15805 user
  • 最終掲載日:2018/12/29 20:00
転生したらスライムだった件

突然路上で通り魔に刺されて死んでしまった、37歳のナイスガイ。意識が戻って自分の身体を確かめたら、スライムになっていた! え?…え?何でスライムなんだよ!!!な//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 完結済(全303部分)
  • 16521 user
  • 最終掲載日:2016/01/01 00:00
異世界のんびり農家

●KADOKAWA/エンターブレイン様より書籍化されました。  【書籍六巻 2019/09/30 発売中!】 ●コミックウォーカー様、ドラゴンエイジ様でコミカラ//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全592部分)
  • 12704 user
  • 最終掲載日:2019/11/11 22:19
聖女の魔力は万能です

二十代のOL、小鳥遊 聖は【聖女召喚の儀】により異世界に召喚された。 だがしかし、彼女は【聖女】とは認識されなかった。 召喚された部屋に現れた第一王子は、聖と一//

  • 異世界〔恋愛〕
  • 連載(全97部分)
  • 20798 user
  • 最終掲載日:2019/11/13 20:00
とんでもスキルで異世界放浪メシ

■2020年1月25日に書籍8巻発売決定!■ 《オーバーラップノベルス様より書籍7巻まで発売中です。本編コミックは4巻まで、外伝コミック「スイの大冒険」は2巻ま//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全495部分)
  • 18161 user
  • 最終掲載日:2019/11/12 00:14
公爵令嬢の嗜み

公爵令嬢に転生したものの、記憶を取り戻した時には既にエンディングを迎えてしまっていた…。私は婚約を破棄され、設定通りであれば教会に幽閉コース。私の明るい未来はど//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 完結済(全265部分)
  • 16684 user
  • 最終掲載日:2017/09/03 21:29
薬屋のひとりごと

薬草を取りに出かけたら、後宮の女官狩りに遭いました。 花街で薬師をやっていた猫猫は、そんなわけで雅なる場所で下女などやっている。現状に不満を抱きつつも、奉公が//

  • 推理〔文芸〕
  • 連載(全229部分)
  • 16796 user
  • 最終掲載日:2019/09/12 07:54
真の仲間じゃないと勇者のパーティーを追い出されたので、辺境でスローライフすることにしました

 勇者の加護を持つ少女と魔王が戦うファンタジー世界。その世界で、初期レベルだけが高い『導き手』の加護を持つレッドは、妹である勇者の初期パーティーとして戦ってきた//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全157部分)
  • 11595 user
  • 最終掲載日:2019/11/05 19:10
スキル『台所召喚』はすごい!~異世界でごはん作ってポイントためます~

【2019/11/1】コミックス2巻【発売予定】 【2019/11/9】小説3巻【発売予定】 仕事に疲れた帰り道。 女子高生にぶつかって、気づいたら異世界召喚さ//

  • 異世界〔恋愛〕
  • 連載(全97部分)
  • 12039 user
  • 最終掲載日:2019/11/04 17:44
デスマーチからはじまる異世界狂想曲( web版 )

◆カドカワBOOKSより、書籍版18巻+EX巻、コミカライズ版9巻+EX巻発売中! アニメBDは6巻まで発売中。 【【【書籍版およびアニメ版の感想は活動報告の方//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全654部分)
  • 11798 user
  • 最終掲載日:2019/11/17 18:00
誰かこの状況を説明してください

貧乏貴族のヴィオラに突然名門貴族のフィサリス公爵家から縁談が舞い込んだ。平凡令嬢と美形公爵。何もかもが釣り合わないと首をかしげていたのだが、そこには公爵様自身の//

  • 異世界〔恋愛〕
  • 連載(全196部分)
  • 12181 user
  • 最終掲載日:2019/10/18 21:06
転生王女は今日も旗を叩き折る。

 前世の記憶を持ったまま生まれ変わった先は、乙女ゲームの世界の王女様。 え、ヒロインのライバル役?冗談じゃない。あんな残念過ぎる人達に恋するつもりは、毛頭無い!//

  • 異世界〔恋愛〕
  • 連載(全180部分)
  • 13051 user
  • 最終掲載日:2019/11/11 00:00
転生先が少女漫画の白豚令嬢だった

 私の前世の記憶が蘇ったのは、祖父経由で婚約破棄を言い渡された瞬間だった。同時にここが好きだった少女漫画の世界で、自分が漫画の主人公に意地悪の限りを尽くす悪役…//

  • 異世界〔恋愛〕
  • 連載(全219部分)
  • 13485 user
  • 最終掲載日:2019/11/16 19:19
八男って、それはないでしょう! 

平凡な若手商社員である一宮信吾二十五歳は、明日も仕事だと思いながらベッドに入る。だが、目が覚めるとそこは自宅マンションの寝室ではなくて……。僻地に領地を持つ貧乏//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 完結済(全205部分)
  • 12510 user
  • 最終掲載日:2017/03/25 10:00
蜘蛛ですが、なにか?

勇者と魔王が争い続ける世界。勇者と魔王の壮絶な魔法は、世界を超えてとある高校の教室で爆発してしまう。その爆発で死んでしまった生徒たちは、異世界で転生することにな//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全555部分)
  • 13637 user
  • 最終掲載日:2018/11/25 01:03
復讐を誓った白猫は竜王の膝の上で惰眠をむさぼる

大学へ向かう途中、突然地面が光り中学の同級生と共に異世界へ召喚されてしまった瑠璃。 国に繁栄をもたらす巫女姫を召喚したつもりが、巻き込まれたそうな。 幸い衣食住//

  • 異世界〔恋愛〕
  • 連載(全112部分)
  • 12996 user
  • 最終掲載日:2019/10/05 19:17
アラフォー賢者の異世界生活日記

 VRRPG『ソード・アンド・ソーサリス』をプレイしていた大迫聡は、そのゲーム内に封印されていた邪神を倒してしまい、呪詛を受けて死亡する。  そんな彼が目覚めた//

  • ローファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全186部分)
  • 11823 user
  • 最終掲載日:2019/06/11 12:00
謙虚、堅実をモットーに生きております!

小学校お受験を控えたある日の事。私はここが前世に愛読していた少女マンガ『君は僕のdolce』の世界で、私はその中の登場人物になっている事に気が付いた。 私に割り//

  • 現実世界〔恋愛〕
  • 連載(全299部分)
  • 13170 user
  • 最終掲載日:2017/10/20 18:39
今度は絶対に邪魔しませんっ!

異母妹への嫉妬に狂い罪を犯した令嬢ヴィオレットは、牢の中でその罪を心から悔いていた。しかし気が付くと、自らが狂った日──妹と出会ったその日へと時が巻き戻っていた//

  • 異世界〔恋愛〕
  • 連載(全97部分)
  • 13567 user
  • 最終掲載日:2019/11/14 12:00
私、能力は平均値でって言ったよね!

アスカム子爵家長女、アデル・フォン・アスカムは、10歳になったある日、強烈な頭痛と共に全てを思い出した。  自分が以前、栗原海里(くりはらみさと)という名の18//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全429部分)
  • 16090 user
  • 最終掲載日:2019/11/15 00:00
地味で目立たない私は、今日で終わりにします。

 エレイン・ラナ・ノリス公爵令嬢は、防衛大臣を務める父を持ち、隣国アルフォードの姫を母に持つ、この国の貴族令嬢の中でも頂点に立つ令嬢である。  しかし、そんな両//

  • 異世界〔恋愛〕
  • 連載(全178部分)
  • 11917 user
  • 最終掲載日:2019/11/17 06:00