李首相らの努力の甲斐もあり、11月4日の日韓首脳対話が実現した。この対話の際、韓国外交省は日本語通訳を同行させなかった。対話は、韓国側通訳が文氏の韓国語を英語に直し、それを聞いた日本側通訳が安倍首相に日本語で伝えるという形式で進んだ。
日韓関係筋の一人は「韓国大統領府の政治判断で実現した対話だった」と語る。韓国外交省が事前に対話が行われることを知っていれば、日本語通訳を同行させていたからだ。
別の関係筋によれば、文氏はこの対話の際、安倍首相が「日韓関係の懸案について話し合う高官級協議の開催」に同意してくれれば、協議実現を理由に、GSOMIA延長に応じる考えだった。
韓国政府は従来、「日本が輸出管理規制措置の強化を撤回すれば、GSOMIA延長も考えられる」という立場だった。だが、日本政府は全く応じる姿勢を見せなかった。同時に、米国は「GSOMIAは日韓関係ではなく、北東アジアの安全保障問題」として、韓国に延長を強く迫っていた。
ただ、日本から何の譲歩も得られずに延長に応じれば、破棄を決めた文政権の責任問題に発展し、来年4月の韓国総選挙にも悪影響を与えかねない。
八方ふさがりの文政権が考えたのが、「延長するための名分づくり」であり、それが、文氏が11月4日に安倍氏に提案した「高官級協議」だったという。
韓国側はこの協議を、日韓両首脳に直結する人物で次官級以上と想定していた。そこで徴用工判決や輸出措置など全ての日韓間の懸案を協議する考えだった。協議が始まれば、「日本は輸出措置を撤回する考えがある」と韓国内に説明し、「自分たちは大局的な見地に立ち、まず、GSOMIAを延長する」と発表する手順を整えていたという。
実際、韓国政府は対話直後、すぐに文・安倍両首脳が対話する写真を公開するとともに、「関係改善の契機になり得る」という趣旨のブリーフィングを行った。翌日の韓国紙は保守系から進歩系まで総じて、関係改善を期待する論調が並んだ。
この時点では、私が接触した韓国側の関係者も「もしかしたら、GSOMIA延長が可能になるかもしれない」という期待感に満ちた発言をしていた。
しかし、安倍氏は「救命ブイ」(日韓関係筋)を文氏に投げることはしなかった。通訳の時間を除けば、「わずか3分」(同)という短い対話の時間で、安倍氏は2度にわたって「日韓請求権協定を順守して欲しい」と繰り返した。