第五話:暗躍する魔王軍
~魔王城にて~
城内にあるロロアの工房には無数のモニターが並んでいた。
そこに映し出されているのはきつね亭の店内だ。
今はちょうど、ルシルが食事をしているところ。
ロロアがルシルに渡したロロアフォンⅦは常に位置情報を発信している。
しかも動力がルシルから漏れ出た魔力であるため、電池切れなどは存在しない.
ロロアフォンⅦが壊れたり捨てられたりしない限りはいつでもルシルの居場所がわかる。
そして、ロロアフォンⅦの頑強さは異常だ。海に沈めようが、溶鉱炉に沈めようが、大気圏から落下しようが壊れはしない。
人知を超えた力を持つ眷属たちが本気で戦う余波に巻き込まれても壊れない設計なのだから当然だ。
「んっ、よく見えている。付近のカメラとの連動も完璧」
最近、天使の尖兵が街に侵入する事例があったため、比較的大きな街には魔王軍が隠しカメラを設置するようになった。
そして、そのカメラはロロアフォンⅦに入っている隠しアプリによって、ルシルを追いかけるようになっている。
そこにロロアフォンⅦが拾っている音声を組み合わせると、まるでルシルが目の前にいるかのように鑑賞が可能。
さらにはガラス越しに撮っても画像処理により、窓の存在を感じさせない。
魔術防御されていなければ、壁があっても透視ができる、ロロア脅威の魔法科学技術の結晶。
それがルシルを盗撮するためだけに使われていた。
盛大な技術の無駄遣いである。
ロロアの顔が強ばる。
ルシルとクマ獣人が揉め始めたのだ。
ロロアの手が、ドクロマークが書かれているスイッチへと伸びる。ボタンに指がかかったところで、なんとか穏便に話が終わった。
「危ないところだった」
モニターを見ているのはロロアだけでなく、仲がいいライナもだ。
ルシルが写り初めてからというもの、ずっと二人はモニタに釘付けだったのだ。
「やー、おとーさんに怪我がなくて良かったの」
「運が良かったのは、あのクソ熊ども。あと少しでミンチになってた」
「それって、おとーさんがそうするってこと?」
「違う。このボタンをポチッとしてた」
「洒落になってないの!」
そのボタンのヤバさをライナはよく知っている。
ルシルに危機が迫れば、迷わずロロアはそうしていただろう。
「でも、おとーさんは強かったの。不思議、あんな技、使ってるの見たことがないの」
ライナが首をかしげると、そのもふもふキツネ尻尾も一緒に右を向く。
「推測はできる……魔王様は、無数の粒子になって、三千人の契約者に宿り、力を分けてもらいながら復活のときを待っていた。宿っていた相手の経験・技量・知識を魂の状態で、追体験していたのかも」
そうでないと説明がつかない。
あの動きは超一流の格闘家のもの、一朝一夕で身につくものではない。
優れた体をルシルが持っているとはいえ、あくまでスペックだけの話で、知りもしないことをできるはずがない。
さきほどの荒ごと以外にも、ルシルの行動には違和感があった。千年後の世界に来たばかりだというのに、妙に落ちついている。
千年前から何もかもが変わっているのだ。
具体例を上げれば、千年前は貨幣という概念すらろくになかった。
なのに、ルシルは当たり前のように金を使いこなしていた。
「それって、ライナやロロアちゃんたちも含めた、三千人、ううん、普通の魔族は世代交代しておとーさんの欠片を受け継いできたから……何万人もの力を使えるってこと!? すごいの!」
「それなら辻褄があう。ただ、自由に引き出せるってわけじゃなさそう。いくら魔王様だって数万人分の情報量は手にあまるから普段は表に出さないようにしてるはず。今のは防衛本能で無意識かつとっさに漏れ出た。……でも、あの体なら、少しずつ適応できる」
「じゃあ、体を鍛えながら、どんどん技も使えるようになっていくってことなの?」
「んっ、そのはず」
「おとーさん、死ぬ前より強くなるの!」
ロロアは頷く。
今はただの人間に毛が生えたような体だが、その素質は元々の体を凌駕する。
実際、最初はたった二時間ほど歩くだけでバテていたのに、すぐに十キロを三十分で走れるようになっていた。
明日には、さらに速くなって体力もついているだろう。
魔力だって、たった数回使っただけで倍近く増した。
どこまでも強くなり続ける。
そんな最高スペックの体で、この地で生きてきた数万人の技・経験・知識を得る。
そんなものは最強に決まっている。
「ただ、油断はできない。今はまだまだ弱い。注意しないと万が一がある」
そう言って、ロロアはモニターを見つめる。
ルシルは、きつね亭に居候すると決まったようだ。
ちょっとロロアの頬が膨れた。彼女はルシルと一緒に暮らせるキーアに嫉妬しているのだ。
「だから、ロロアちゃんずっとモニターとにらめっこしてたの? いつでもおとーさんを守れるように。大変なの……でも、ちょっとは休まないと倒れるの」
モニターにルシルが映ってから、ロロアは一秒たりとも目を離していない。
いかに、眷属と言えど、そんなことをしていたら倒れてしまう。
ライナは心配そうにロロアの顔を見つめる。
しかし、バツが悪そうにロロアは顔を逸らす。
「……違う。これはただの趣味。でて来て、アロロア」
アロロアとロロアが告げるとモニターの端に、身長が高く、いろいろなところが成長したロロアのような女性が現れる。
亜流のロロアだから、亜ロロア。
ロロアが開発した人工知能であり、ベースとなった人格はロロア自身。
『マスター、どのようなご用件でしょうか?』
「端末から送られている魔王様の肉体情報を明日の朝一でレポートにしといて、それから監視と護衛は継続でお願い。魔王様が何か困ってるようだったら、魔王様に気付かないよう裏からフォロー、あの街に潜ませてる諜報部を使ってもいい。あっ忘れてた、あとで今日一日の見どころをまとめたハイライト魔王様を作っておいて。バックアップは五重に」
『はい、そのように』
一礼して、アロロアは画面から消える。
「別に私が監視しなくても、アロロアがずっと見てくれるし、的確な対応をする。こうして見てるのは、私がそうしたいってだけ。魔王様を見てると幸せ」
「むう、心配して損したの。でも、おとーさんを見てると楽しいっていうのは同意なの」
「んっ、画面ごしでも一緒に入れてうれしい」
「あと、ずっと気になってたことがあるの。工房の後ろにある、おとーさんの体、あれ、どうするの?」
ライナが背後を指差す。
そこには水槽に閉じ込められた魔王ルシルの体があり、水槽には無数のコードが接続されていて様々なデータを取っていた。
魂が別の体に写り、抜け殻になったそれをロロアはしっかりと保管している。
「解析中。魔王様の体は私たちのと根本的なところで作りが違う。良いデータがとれてる。これでまた魔法科学は発展するし、天使対策ができるかもしれない」
「おとーさんを実験台にするのはなんかやなの」
「魔王様のためでもある。いつかは、あの体を魔王様に返したい。魔王様の体が光の粒子になって人々に宿ったのを覚えてる?」
「忘れられるわけがないの」
「あれを応用して、肉体を粒子化、その粒子全てを今の魔王様の体に宿すことを目標にして研究中」
ロロアがいつの間にかメガネをかけており、くいっと指で上げる。
ロロアの視力は1.5。メガネなど必要ないが、これをつけるとテンションがあがる。
「おおう、なんかすごそうなの!」
「今の体を鍛え上げて、元の体より強くなったところで、前の体と合体させれば、究極完全体魔王様になる」
「無敵なの! なんか必殺技とかも使えるようになりそうなの!」
ロロアは昔から、科学一つ筋でマッドなところがあったが、それがルシルの復活から思いっきり暴走している。
彼女自身も気づいていないが、それは好きにしろと言って離れていったルシルへの当てつけなのだ。
「……あと、魔王様の体を手に入れたのは役得。いつでも魔王様と一緒。疲れたとき、すりすりすると癒やされる」
水槽の中身は液体ではなくゼリー状のものだし、くっつかない。手を差し入れても濡れない。
おかげで、何の気兼ねもなくすりすりできる。
「ああっ、ずるいの。ライナもするの!」
ライナも胸板に頬ずりを始める。そうして、恍惚とした表情を浮かべていた。
二人とも、ルシルのことが大好きであり、魂が抜けたただの肉体と言えども、こうしているだけで幸せなのだ。
「みんなには秘密。……みんなすりすりしに来るし、もっとえっ……ごほん、危ないことをしそうな子たちもいる」
「危ないってどんなことなの? えっ、の続きは?」
「ライナは知らなくていい」
ロロアは顔を赤くして、逸らした。
千年経っても、こういうところは変わらない。
「わかったの。危ないのは駄目なの。あっ、おとーさんがお風呂に入るの」
高速でロロアが振り向き、画面にかぶりつく。
ただ、大事なところに湯気がかかっていた。あれは違和感なく見えるが、アロロアの配慮である。マスターにはまだ早い。
「やっぱり、魔王様はいい体してる。ごくりっ」
食い入るように見るロロアとは対称的に、ライナは欠伸して、キツネ尻尾を揺らしながら、ジュースとお菓子をもってくる。
「……んっ、魔王様がダンジョンに興味をもった。これは対策が必要」
「あそこはとっても危ないの」
ロロアとライナの二人は、ダンジョンにルシルが行った場合にどうするか意見を言い合い、盛り上がり、いろいろと企み始める。
新生魔王軍の最強戦力のライナと、魔王軍最高の頭脳であるロロア。
二人の少女はルシルが復活した後の日常をしっかりと楽しんでいた。
さすがの魔王も技術の超進歩によって、自身が盗撮されていること気付きようがない。
それを知るのはもう少し後のことである。
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