Photo: Sean Gallup / Getty Images
Text by COURRiER Japon
「表現の自由」と「政治」
現代アートの祭典「あいちトリエンナーレ2019」で議論を呼んだ表現の自由。昭和天皇の写真を燃やす映像や、慰安婦を想起させる少女像などが展示に含まれていたことから、撤去を求める抗議や脅迫やテロ予告が相次ぎ、安全措置としてわずか3日で中止となった一連の出来事は、まだ記憶に新しい。
その後、展示は再開したものの、この一件で「表現の自由」と「政治」をめぐる日本の現状が浮かび上がった。国際芸術祭の中の一展示であるとはいえ、わずか3日で展示中止になったことは、文化史に残る事件といえる。
騒動の背景には行政の検閲ともいえる発言がある。名古屋市長による「日本人の心を踏みにじるようなもの」という発言だ。また、文化庁の「あいちトリエンナーレ」への補助金不交付の決定も大きな議論を呼んだ。
往々にして、アートは検閲との戦いであることが少なくないが、奇しくも、これとよく似た事態がドイツでも起こっている。
近年のドイツにおける変化の一つに、右翼ポピュリスト政党の台頭がある。ナチス政権という苦い過去を持つことから、戦後これまで極端な右翼ポピュリスト政党が存在してこなかったドイツでも、2013年に結成された「ドイツのための選択肢」(Alternative für Deutschland,以下 AfD)が支持を広げ、17年9月の選挙では連邦議会に進出した。
戦後の西欧諸国において、特にドイツにおいては露骨な排外主義をかかげ、ナチスを崇拝するような「極右」政党は世間から危険視されてきた。そういった世間一般の反レイシズム、反ファシズムの規範が極右の台頭を抑止する作用を果たしてきたところもある。
それが一転。
ドイツの極右勢力が大きくなるにつれ、「自国民優先」を掲げ、難民や移民の大量流入への抗議をエスカレートさせている。今年6月には難民支援を訴えた政治家が殺害され、ドイツ東部のドレスデン市は先月「ナチス(Nazi)非常事態」を宣言。リベラル派の政界や言論界を標的にした脅迫行為が横行しており、「その攻撃の矛先は文化施設にも及んでいる」と「アトランティック」誌は報じている。
「ナチス非常事態」が出されて…
近年のドイツにおける変化の一つに、右翼ポピュリスト政党の台頭がある。ナチス政権という苦い過去を持つことから、戦後これまで極端な右翼ポピュリスト政党が存在してこなかったドイツでも、2013年に結成された「ドイツのための選択肢」(Alternative für Deutschland,以下 AfD)が支持を広げ、17年9月の選挙では連邦議会に進出した。
戦後の西欧諸国において、特にドイツにおいては露骨な排外主義をかかげ、ナチスを崇拝するような「極右」政党は世間から危険視されてきた。そういった世間一般の反レイシズム、反ファシズムの規範が極右の台頭を抑止する作用を果たしてきたところもある。
それが一転。
ドイツの極右勢力が大きくなるにつれ、「自国民優先」を掲げ、難民や移民の大量流入への抗議をエスカレートさせている。今年6月には難民支援を訴えた政治家が殺害され、ドイツ東部のドレスデン市は先月「ナチス(Nazi)非常事態」を宣言。リベラル派の政界や言論界を標的にした脅迫行為が横行しており、「その攻撃の矛先は文化施設にも及んでいる」と「アトランティック」誌は報じている。
標的となっているのは、AfDが本質的にリベラル、左翼的だとみなす文化施設であり、「劇場や美術館から出版社や歴史的モニュメントまで」と幅広い。
AfDを右翼ポピュリスト政党として風刺する作品を展示・上演するドイツ国内の施設を名誉毀損で訴え、また同様の風刺作品を上演する劇場ディレクターを「演目を外さなければ法的措置をとる」と脅していることや、移民アーティスト作品の批判、ホロコースト記念碑をこき下ろすなどの圧力をかける様子を同誌は報じている。
そういった圧力は国内の大学にも及んでおり、フライベルクの大学内の劇場で開催予定だった右派ポピュリズムについての朗読・座談会を「左派・環境主義のイデオロギーを押し付けるものだ」として非難。その後、同校内での政治イベントの開催が禁止される事態となっている。
ドイツ東部の街ドレスデンでは、AfDはシリア系ドイツ人アーティストの作品を公共の場に展示することへの抗議運動に参加。
また、AfDメンバーは、首都ベルリンの劇場ディレクターがAfDを非難したことから、同劇場への補助金カットを連邦議会へ要求。このこととの関連性については不明だが、「2日前には同劇場に爆破予告の脅迫もあった」と同誌は報じている。
AfDを右翼ポピュリスト政党として風刺する作品を展示・上演するドイツ国内の施設を名誉毀損で訴え、また同様の風刺作品を上演する劇場ディレクターを「演目を外さなければ法的措置をとる」と脅していることや、移民アーティスト作品の批判、ホロコースト記念碑をこき下ろすなどの圧力をかける様子を同誌は報じている。
そういった圧力は国内の大学にも及んでおり、フライベルクの大学内の劇場で開催予定だった右派ポピュリズムについての朗読・座談会を「左派・環境主義のイデオロギーを押し付けるものだ」として非難。その後、同校内での政治イベントの開催が禁止される事態となっている。
ドイツ東部の街ドレスデンでは、AfDはシリア系ドイツ人アーティストの作品を公共の場に展示することへの抗議運動に参加。
また、AfDメンバーは、首都ベルリンの劇場ディレクターがAfDを非難したことから、同劇場への補助金カットを連邦議会へ要求。このこととの関連性については不明だが、「2日前には同劇場に爆破予告の脅迫もあった」と同誌は報じている。
移民や外国籍アーティストへの圧力
過去には、現代美術の国際展が定期開催されるカッセルでも、広場に建設された『よそ者と難民のモニュメント』をめぐって、移民の受け入れ推進派と反対派の間で激しい議論が起きた。モニュメントは国際展の開催後も残される計画だったが、これにAfDなどの右翼政党が反対。一度は作品が撤去されたが、最終的に広場から離れた場所に作品を設置することで解決した。
AfDは、多文化主義──、異なる文化を持つ集団が存在する社会において、それぞれの集団が対等な立場で扱われるべきだという思想を持つアートを、リベラル・左派のプロパガンダだとして批判。
AfDのカルチャー分野のスポークスパーソンを担うマーク・ヨンゲンは「現代のドイツの文化は、左翼的思想によってかなり制限されている」「国内の美術館はポストコロニアル主義の罪悪感から守られるべきだ」と、度々主張。「ニューヨークタイムズ」紙によると、彼は今年1月に自身のウェブサイトで「文化施設から汚物を取り除く政策にとりかかる任務を光栄に思う」との発言もしている。
もともと移民排斥を掲げてきたAfDは、特に、難民や移民の受け入れを擁護し、これまで疎外されてきたマイノリティの文化を自国の歴史の中に据えようとする文化的ムーブメントに目を光らせている。
今年6月、AfDのメンバーは国会議員の立場を利用し、国営のオペラ、オーケストラ、バレエ団体に所属するアーティストが、ドイツ人の両親を持つ、生まれも育ちも“生粋のドイツ人”であるか否か、また、芸術教育はどの国で受けたかについての確認を要求。
「ニューヨーク・タイムズ」紙は、移民や外国籍のアーティストがこれに対して不安や不快感を覚えている様子を報じている。右翼ポピュリズムが訴える「自国民優先」を体現した行為で、彼らアーティストへの圧力ともとれる行為であり、“生粋”ではない移民系ドイツ人アーティストへの「差別行為」「表現の自由や多元性を失う」といった批判も多い。
しかし──。AfDの議員でこの要求を行ったレイナー・バルツァーは同紙のインタビューに「モチベーションは外国人嫌悪ではない。自国の芸術教育の改善のためだ」と答えている。
そのほか、移民・難民問題に関連するリベラルで進歩的な演目を積極的に上演してきたベルリンのマキシム・ゴーリキー劇場に対しては、2013年から劇場監督を務めるトルコ系ドイツ人、シェルミン・ラングホフの連絡先を確認する要求がAfDからあったと、「ファイナンシャル・タイムズ」誌が報じている。
「グローバル」や普遍的な人権の尊重、平等を志向するリベラルな世界市民(コスモポリタン)的立場からすれば、この場合の「自国民優先」とは国籍や民族的出自による差別である。
一方、自国民の問題や利益を再優先に配慮すべきという「ナショナル」な問題解決を提示する右翼ポピュリズムの立場では、現状が自国民にとって負担になっているのであれば、自国民と移民の待遇に差異を設けることは当然ということになる。
しかし──。AfDの議員でこの要求を行ったレイナー・バルツァーは同紙のインタビューに「モチベーションは外国人嫌悪ではない。自国の芸術教育の改善のためだ」と答えている。
そのほか、移民・難民問題に関連するリベラルで進歩的な演目を積極的に上演してきたベルリンのマキシム・ゴーリキー劇場に対しては、2013年から劇場監督を務めるトルコ系ドイツ人、シェルミン・ラングホフの連絡先を確認する要求がAfDからあったと、「ファイナンシャル・タイムズ」誌が報じている。
文化を制するものが政治を制する?
「グローバル」や普遍的な人権の尊重、平等を志向するリベラルな世界市民(コスモポリタン)的立場からすれば、この場合の「自国民優先」とは国籍や民族的出自による差別である。
一方、自国民の問題や利益を再優先に配慮すべきという「ナショナル」な問題解決を提示する右翼ポピュリズムの立場では、現状が自国民にとって負担になっているのであれば、自国民と移民の待遇に差異を設けることは当然ということになる。
難民問題で揺れ動くユーロ圏。なかでもドイツは、15年以来メルケル首相が率先して門戸を開放し100万人以上の難民を受け入れてきた。それは人口減対策でもあったが、当初から「置き去りにされたと感じている有権者の怒りを買う恐れがある」と言われてきた。その恐れが現実になっている。
AfDは右翼ポピュリズム政党とはいえ、独裁者を賛美するかつての極右の様相とは異なり、既成政治から見捨てられた「人民」の代弁を軸とする。「グローバル」化の潮流や論理に抗して自国民を優先するという「ナショナル」な論理を対峙させることで支持を得てきた。
「AfDの戦略において、文化を制することはとても重要なのです」と「アトランティック」誌に語るのは、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス大学で極右政党について研究するジュリアン・ゴップファースだ。
「彼らが『国家威信を傷つている』とみなす文化的作品やスペースにてこ入れをし、ドイツ生粋の古来文化を広めていくことに全力を注いでいる」
上述のAfDのマーク・ヨンゲンによる「ドイツの文化は、左翼的思想によって制限されている」という発言も含め、こういった言動から芸術を中心とする文化、および文化資本を制することにAfDが重きを置いていることがわかる。
政治上では、「ドイツに限らずヨーロッパ中の既成の主流派政治家たちが、国家主義や移民排斥主義者たちから挑戦状を叩きつけられている」「その意味では、既成政治の右派も左派も同じジレンマを抱えている」と「フィナンシャル・タイムズ」紙は報じている。
主流派はAfDの正統性を一定程度承認したうえで、ポピュリスト政党の挑戦を受け、適応に向けて自己改革につとめる──いわば「折衷案」に舵を切るべきなのか。それとも、きっちり隔離線を引いて、ポピュリスト政党を既成の主流派からできるだけ遠ざけておくべきなのか。
この政治上の判断が、ドイツの芸術や文化ひいては表現の自由に、大きく影響することが予想されている。
AfDは右翼ポピュリズム政党とはいえ、独裁者を賛美するかつての極右の様相とは異なり、既成政治から見捨てられた「人民」の代弁を軸とする。「グローバル」化の潮流や論理に抗して自国民を優先するという「ナショナル」な論理を対峙させることで支持を得てきた。
「AfDの戦略において、文化を制することはとても重要なのです」と「アトランティック」誌に語るのは、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス大学で極右政党について研究するジュリアン・ゴップファースだ。
「彼らが『国家威信を傷つている』とみなす文化的作品やスペースにてこ入れをし、ドイツ生粋の古来文化を広めていくことに全力を注いでいる」
上述のAfDのマーク・ヨンゲンによる「ドイツの文化は、左翼的思想によって制限されている」という発言も含め、こういった言動から芸術を中心とする文化、および文化資本を制することにAfDが重きを置いていることがわかる。
政治上では、「ドイツに限らずヨーロッパ中の既成の主流派政治家たちが、国家主義や移民排斥主義者たちから挑戦状を叩きつけられている」「その意味では、既成政治の右派も左派も同じジレンマを抱えている」と「フィナンシャル・タイムズ」紙は報じている。
主流派はAfDの正統性を一定程度承認したうえで、ポピュリスト政党の挑戦を受け、適応に向けて自己改革につとめる──いわば「折衷案」に舵を切るべきなのか。それとも、きっちり隔離線を引いて、ポピュリスト政党を既成の主流派からできるだけ遠ざけておくべきなのか。
この政治上の判断が、ドイツの芸術や文化ひいては表現の自由に、大きく影響することが予想されている。