「ぁ、あ、あ……」
意識が浮上すると同時に、あの人工光が視界に差し込んでくる。
相変わらず、俺が拘束された手術台の回りには白衣を着た研究者が世話しなく動き回っていた。
「言語機能に異常をきたした模様。次フェイズへの移行は素体への危険度が高いと予想されます」
『続行してください』
「……了解。フェイズナイン。システム・
部屋の天井に付いているスピーカーに研究者が返事をし、周囲の器材が駆動音を撒き散らす。
あの脳が焼ける感覚がフラッシュバックし、口から勝手に悲鳴が漏れた。
「がぁぁぁっ!!!」
「……すまない。”アザレア”」
ーーまず、腕と足の感覚が消えた。
それからすぐに、冷たい金属のような感覚がそれにすげ変わる。
そしてその感覚は次第に全身へと広がっていく。
「……全身骨格の”メテオライト・メタル”への換装が終了」
自分の体が、”贋作”になった感覚が。
『本日中にフェイズ16の施行まで済ませてください。今週中には動作確認をしなければなりません』
「……了、解」
無機質な声が『フェイズ10を開始します』とアナウンスした。
その意味に気付き、恐怖で全身が震える。なんとかして拘束を解こうとしたが、体に力が入らない。
【緊急警報。緊急警報。武装した侵入者がサイト59まで到達しています。警備員は即時対処し、非戦闘員は避難してください。】
ーーその時。けたたましいサイレンが部屋に鳴り響く。
研究者たちは喚きながら、俺の乗っているストレッチャーを移動させようとしているのが分かった。
「検体だけでも避難させろ!これは代わりが効かんのだ!」
「博士、しかし……」
「この”機体”は、人類の希望その物だ……!必ずや完成させろ!」
隣の部屋から、轟音が聞こえてくる。
爆発音とも金属音ともとれない変わった音だった。
「ぐあぁぁっ!?」
部屋の壁が崩れ、土煙が舞い上がった。
もくもくと立ち込める煙の向こう側にいるその男のシルエットは、警備員らしきヘルメットを被った人間を無造作に捨て、歩み寄ってくる。
「う、撃て!撃てっ!」
発砲音が鳴り響いたが、対象には命中しないようで二発、三発と続く。
それが研究員達の悲鳴に変わるのに、そう時間は掛からなかった。
「ぐ、ぉ……」
その男はスタスタと一直線に俺のストレッチャーへ歩いてくる。
そして、立ち止まった。
俺は、死を覚悟しーー
「ハロー!ボクの親愛なる”偽物”!」
ーー男は、ニカッと人の良い笑みを浮かべながら気さくな挨拶をしてきた。
「が、ぁぁ……?」
「助けにきたぜぇ?”兄弟”」
俺は、その男の顔に猛烈な既視感を覚えた。
……誰かに、似ている。
「お、『誰だてめぇ』って顔してるね。でも安心して!だって初対面だからっ!」
右手に持っていた銃を背中にしまい、男は力強くグッドサインをした。
そして顎に手を添えながら、「自己紹介しなきゃだねぇ……」と呟く。
「ボクは%¥#$!」
ーー男の声に、ノイズが走る。
脳を直接こねくり回されるが如く鈍痛に襲われた。
「¥%×%¥$#%¥”花##$¥@♯@&%&♯好〒♪♭&▼¶‡†廻#*※△◆◎★∥◇!」
ーーノイズが、大きくなる。
それは痛みを伴い、俺の意識を世界から連れ去っていく。
視界が、暗転した。
♯△※▼〒h♪♯e♯□▼△¶♯d†@e∥※』a※※d※〒〒†剣♯△△◎∥』△◎神▼※』∥』∥HA ‡※◆〒△R@#△□O▼△●#¶U♯♯‡〒@&P□△~{>¥~,‐:^╋㏍∮№㎡㎝%%㎏㎡㏄‰Ψхшжилкс¥%&#:-pX-<мтниийссΡΥΠ¥&ConvertatDominus Deusgladiusstultummundi.Absquecognitione,quodetiam estinirainexitiumSpawn.Coronascornonabitsatanas extremum eius non est in populo.Mortuus Martis erit omnium fake committere.PotestLiaoningperdere in mundum.
『……今日は、ここまで』
■
□
■
「ーーーーーー?」
その制圧者は、困惑していた。
目の前に鎮座する、ひしゃげた騎士の残骸。
自らの”目的”のためにその脳から情報を吸い出していた制圧者は、その過程でとある声を聞いたのだ。
【一定時間の機能停止を確認。モードを反転します。】
【アザレア・グリーティングに内蔵された”貌の無い書庫”を開帳……成功しました。事態打開に最適なスタイルをビルドします。】
【構築完了。バトルスタイル”虚ろなる叡者”をダウンロード……完了しました。】
「ラーーァーーー?」
ピクリ、と。
殺した騎士の亡骸が痙攣した。
それは次第に元の形へと修復されていき、操り人形を彷彿とさせる奇怪な動きで立ち上がろうとする。
ーー何かが、目覚めようとしている。
本能で、少女のカタチをした制圧者はそう悟った。
空へと手を掲げ、空間を屈折させる。
それにより極限まで圧縮した太陽光を、レーザービームという表現では到底間に合わない程の規模と熱量で打ち出した。
『太陽光』は地球外の物質であり、つまりはドミネーターにも届きうる。
だが駐屯地を灰にしかねないそれを前にしても、騎士は回避の動作をとらない。
「ラァーーーーーー!?」
勝利を確信した制圧者だったが、次の刹那その目に写った光景は彼女の想像を絶する物であった。
ーー視界が、真っ白になっている。
打ち込んだはずの光線が、より強力になり自らへ跳ね返っていたのだ。
なんとか身を翻して避けたが、光線を掠めた腕が大きく抉れた。
【フォーム・"ペルセウス"】
【敵性ドミネーターをメタレベル"Warning"と断定ーー】
ーー騎士の右腕は、鏡のように光を反射する大盾に変形していた。
それはメキメキと変形と収縮を繰り返し、いつしか一振りの剣に落ち着く。
まるで内部からの圧力に耐えかねるが如く、沸騰したような水泡が表面が沸き立っている。
【ーー排除、します。】
「ガァ"ァ"ァ"ァ"ッ"ッ"!」
「ーーーーー!?」
両眼から赤い閃光を迸らせながら騎士が吼えた。
その背部からは夥しい数のブラスターを搭載した巨大なジェットウィングが、ビキビキと成長する骨を連想させる音と共に発生しており、騎士の形だったはずの本体さえ飛行に適した戦闘機に酷似した形状へ次第に変化している。
「ギヴァ"ァ"ァ"ァ"!」
爆発音と共に騎士が飛んだ。
その体表に雷を纏い、全身の至る箇所にパンツァーファウストと似た兵器が装填されている。
騎士は"敵対制圧者"へと、五発のミサイルを発射した。
オリジナルを遥かに上回る速度で迫り来るにソレは、『黒龍』らしきディティールが施されており、少女のカタチをした制圧者が迎撃のために放った太陽光線を"すり抜け"ながら、確実に対象をホーミングしていく。
「ラァ"ァ"ァ"ーーーー!?」
ーー五発。
実に全弾のミサイルが少女の形をした制圧者、その機械の体を穿った。
表皮が消し飛び、鉄色の骨格をあらわにする。
ミシミシと嫌な音が鳴る間接部から、立ち上る黒煙が確認できた。
「ーーーソン、カイ、ゴジュウハチパーーー……」
制圧者は、自らの未曾有の危機に戦慄していた。
回避不可の、全てを透過するミサイル。
彼女が今までに殺した他のドミネーター達とは、明らかに"別格"なのだ。この『不定形の騎士』は。
「ーーーアクセス:"
ーーだが、勝機が無いというわけではなかった。
その機械音声が少女の形をしたドミネーターから流れた途端、一帯の空間が"重く"なった。
……否。それだけではない
地鳴りが響き、竜巻が吹き荒び、硫黄の雨が降り注ぐ。
さながら"地球の法則が敵に回った"とでも云うべきか。
騎士は地鳴りと竜巻に体勢を崩され、ほんの一瞬だけ、無防備となった。
「ラァァァーーーー!!!」
制圧者は、その"一瞬"。唯一の勝機へ全ての余力を注ぐ。
周囲の鉄骨を大気圧によって圧縮し、纏う。
それによって自分自身を最硬の槍に変えた。
ハリケーンの螺旋回転で貫通力と推進力と倍増させ、騎士を貫こうとーー
【フォーム・"ピースメーカー"】
「ラーーーーアーーァーーー……!」
ーー騎士の体から這い出た『ナニカ』に、叩き潰された。
その『ナニカ』は制圧者を鉄屑になるまで、磨り潰し続ける。
ジャリジャリと。執拗に。塵芥と成り果てるまで。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「はかせ、はかせは、なんでわたしをつくったんですか?」
「それはねぇ■■■■……みんなの、助けになるためさ。君は今よりずっと賢くなって、ずっと強くなって。……ずぅぅぅっと、優しくなって。"かみさま"になるんだよ」
「かみさま……なれるかなぁ……」
「なれるさ!なんたって、私の
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ーーーラァーーーーーァ、、ーーーは、か、せ」
制圧者のコアに、ヒビが入る。
「ーーわたし、は、成れ、ましたか?」
ゆるゆると、あるいはきりきりと。
かつて神をモデルにデザインされたその機械は、活動を停止した。
自らのメモリーの最奥にあった『はかせ』との思い出に、抱かれながら。
【対象の沈黙を確認。"アザレアグリーティング"停止します】
【警告。人格アルゴリズムの再構成に時間を要します。暴走状態へ移行する恐れあリ】
【即■に鎮■し■■ダさイ。】
「ガァ"ァ"ァ"ァ"ッ"ッ"ッ"!」
黒く染まり、星が満ちた空に騎士の咆哮が響き渡る。
その眼に理性の灯は宿らず、動きにも先程の精密さは無い。
それは、災禍の化身。
最早ドミネーターでさえない、制圧に足る知性も持たず。衝動のまま破壊を振り撒くのみ。
「……醜いな。"偽物"」
ーー轟く咆哮に割り込み、冬の曇り空の如く冷めきった老人の声が騎士へ届く。
かの騎士にはもう、言語理解する事は叶わない。
だが、老人の放つ殺気、あるいは強者の風格が騎士を高揚させた。
「貴様の心に、銀の弾丸は宿っているか?」
「ギェ"ラ"ァ"ァ"ァ"ア"ァ"ァ"ァ"!!!」
「なるほど……」
老人が左手に持つ杖を振りかぶる。
しゃんっ、と。鋭く重い金属音が静謐なる空に吸い込まれた。
遠心力により杖に内蔵されていた仕込み刃が外へ顔を出し、死神の鎌を彷彿とさせる威容を魅せる。
「ーーならば、私の勝ちだ」
狂乱の騎士と老人がぶつかり合う。
騎士の猛攻を老人が危なげ無くいなし、打ち合い始めて数秒にも関わらず、剣裁は既に二十合以上。
鉄と鉄のせめぎ合いが、綺羅星の如く火花を散らした。
「生身の方が、もう少しばかりマシな動きをしていたぞ?」
侮蔑を含んだ声色で老人が煽る。
そして、次の刹那ーー
「ガ」
ーー騎士の首が、宙を舞った。
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【DMTー007IT『
【このドミネーターは十五才程度の少女の外見を備え、"地球"に干渉する事が可能】
【一部の永久凍土をマグマに変化させ、またマントルを凍らせる事さえ容易であり、最も人類を滅ぼしうる可能性の高いドミネーターと予想される】
【しかして、この制圧者の『ルーツ』ゆえか基本的には人類を好み、気に入った相手にはたどたどしい愛の言葉を贈るなど、一部"人くさい"点も見られる】
【なれどその精神構造は人から程遠く、強いていうならば『神』である。いくら幼い少女の姿とはいえ、侮ることなかれ】