ーーその日は、朝から嫌な予感がした。
鳥や虫の声が聞こえなかったり。
台風じみた風が吹いたと思ったらすぐに晴れたり。
やけに空気が重たかったり。
……そして、極めつけは。
『逃げろ』『逃げろ』『逃げろ』『逃げろ』『逃げろ』『無理だ。ヤツは』『流石に』『格が、違う』『身の程を知れ』『オリジナルならともかく』『フロップでは到底』
ーー自分の中の『人間じゃない部分』が、物凄い勢いで危険信号を飛ばしてくる事。
「……ぐぉぉ(……うるせぇよ)」
逃げたくても逃げられないのは、この体が一番知っているだろう。
……だが、鈍い俺でも何となく感じる物がある。
なにか、『とんでもなくヤバい何か』が俺に……日本に、近付いてきてるのだ。
それも、ほぼ間違いなく。
「ふぁぁぁ……おはようございます……」
そんな思考を巡らせていると、呑気にあくびをしながらアセビが収容室に入ってきた。
だが、俺の佇まいから不穏な物を感じ取ったのか怪訝な顔になる。
「ど、どうしたんです?」
……気だるい体を動かし、俺はホワイトボードを手に取った。
緩慢な動きでペンを走らせ、そこに書いた物をアセビに見せる。
【(×△×)】
「……え?」
ーー今回ばかりは、駄目かもしれない。
その意思が向こうに伝わったかは分からないが、俺は基本的に意思疏通が困難なタイプのドミネーターなんだから仕方がない。
「……あ、すいません。電話来たみたいなので出ますね」
と、その時。アセビのポケットからコミカルな着信音が鳴り響く。
相手が誰かは分からないが、真剣な面持ちである事から山吹ではなさそうだ。
「……え?」
電話を取ったアセビは、顔を蒼白にする。
……多分、侵略してきたドミネーターに関する情報だろう。
何が来たって簡単には驚いてやらない。龍か、鬼か、悪魔かーー
「ーーやるだ、ばおと?」
ーー瞬間、世界から音が消えた。
それが爆発音だと気が付いた時にはもう、俺の体はなぜか凄まじい力で床に捩じ伏せられており、身動き一つ取れない。
視界の隅で、崩れゆく瓦礫に呑まれるアセビが見えた。
『ーーラーーーァーーー』
上から、歌声の様な何かが聞こえる。
脳が焼け溶けそうなぐらいに心地よい音色で、気を抜くとそれに意識を奪われそうになってしまう。
「ーーガアァァァッッッ!」
頭からソレを追い出すため、全力で吼える。
すると、体を押さえ付けていた得体の知れない圧力は消え去り、自由に動けるようになった。
即座に右腕を『天使』に変え、雷撃を迸らせながら戦闘体制を取る。
「ガ、ァ……?」
見渡す限り、駐屯地は瓦礫の山と化していた。
車や建物はまるで上方向からとんでもなく強い力を受けたみたく潰れて、人の営みをまるで感じさせない。
……みんな、死んでしまったのか?
『ーール、ーーーァーーー』
天から降り注ぐ甘ったるい歌声が、耳をつんざく。
脳がオーバーヒートしたみたいに熱くなり、意識がトびそうになる。
首をもたげ空を仰ぐと、中天に浮遊するヒトガタの何かが見えた。
それは一見、真っ白な少女のようで。
……だが、猛烈な違和感を感じーー
「ヴ、ォ……」
少しずつ地面へと近付いてくる少女の姿をハッキリと視認し、その時初めて俺は自分の抱いていた違和感の正体に気がついた。
ーー顔の半分が、機械になっているのだ。
赤銅色の歯車が犇めき合い、絶え間無く回転している。
この歌声の様な不快な音は、これが軋む事で発生している様だ。
「っ……」
……今は、観察なんてしてる場合じゃない。
俺は右手を少女へとかざし、雷撃を装填した。
ギリギリまでチャージを続け、今にも弾け飛びそうな程に圧縮された電気を撃ち出そうとしーー
「ーーガァァァァッッッ!?」
ーー空から降り注ぐ、極大の光柱に身を焼かれた。
「が、ぁ……っ」
全身が燃える様に痛い。いや実際に燃えているのかもしれない。
目がドロドロに焼け落ちてしまったのか。光を感じない脳で俺は現状を必死に把握しようとした。
が、分かったのは自分があの少女に成すすべ無く敗北した事実だけだった。
「ンーーーゥーーー」
耳元で例の歌が聞こえる。
……最早、抗う余力さえ残っていない。
「リーーーーラーーァーー」
ーーこつん、と。
誰かの細くて冷たい指が頭に触れるのを感じた。
「ーーーーフフッーー」
その認識を最後に。
自分を構成していた脳の要素がバラバラと崩れ去っていくのが分かった。
かんがえる、ばしょが。
だんだん、まっくろになってーー
べちゃりと。
驚くほどに呆気なく。
【DMT―009JP:『
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ーーー
ーー
ー
それは、無幻を
”
◆
◇Episode:■■■■
◆
「が、ぁ……?」
薬品を思わせる臭いに鼻腔を貫かれ、俺は目を覚ました。
うっすらと開いた目から、人工の光が漏れ出してくる。
どうしてか懐かしく感じる、漂白された天井が見えた。
「検体Xー13が覚醒。これより、フェイズ・エイト。■■髄液投与による『システム:
その機械的な声と共に、研究者らしき白衣を着た男が俺を見下ろしてくる。
あざれあ、くりーてぃんぐ……?
その言葉の意味を思考していると、その時初めて自分の体が拘束具により身動きが取れなくなっている事に気が付いた。
視界の端に、金属音を響かせながら駆動しているドリルや、真っ黒な液体に充たされた注射器がチラつく。
「ーーーっ!?」
それは、俺に現状を理解させるのに充分過ぎた。
……囚われたのだ。
あの少女に敗北し、瀕死の俺はどこかへ連れ去られた。
ドミネーターを研究したい組織なんて腐るほどあるだろう。
すぐに、脱出しなければ
きっとまだ間に合う。今からでも、日本を……!
……でなきゃ、今まで潰してきた国々に申し訳が立たない
ーーデザイン、天使の聖骸布。
そう念じるも、本能が書き変わるあの感覚は訪れなかった。
じれったく思いながら、何とか横目で体を確認する。
そこには、灰銀色の鎧……
「が、ぁぁ……っ!?」
ではなく、細くて弱々しい『肌色の腕』があった。
まるで、普通の人間のような……
「投与開始」
ーー瞬、間。
全身に刺された注射針から、自分の知らない”貌の無い人々”の情報が脳になだれ込んできた。
まるで無数の超人達の『技術にまつわる物』だけを追体験するが如く。
視界が真っ赤に染まり、手足が勝手にガクガク痙攣る。
『インストール:CQC(軍隊格闘術)』
『インストール:越級射撃術』
『インストール:軍用機構造把握術』
『インストール:環境利用術』
『インストール:極限環境行動術』
『インストール:弾薬作成術』
『インストール:汎用武器使用術』
『インストール:筋力増強』
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ーー
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『インストール:”ピースメーカー”』
ーー脳が、焼ける。
自分の鼻から、勢い良くベットリとした赤い液体が吹き出た。
痛みに叫び出したくとも、喉に血塊が詰まっているのか思い切りむせる。
酸素不足で、目がチカつく。
「ぁ、あ……」
さながら、深い記憶の海に溺れるように。
『貌の無い人々』の情報に押し潰され、俺の意識は途切れた。
あ、そうだ(唐突)
そういや少し前からTwitter始めてました。https://twitter.com/FPMuzi0vwrvzfhZ
貌無し騎士の更新情報とか載せるんで、暇だったら遊びに来てください。