「ぁ、あ、あの、どこに、行くんですか?」
謎の圧力に押されて着いてきてしまったが、そもそも私はこの人の身分どころか名前さえ知らない。
品の良いスーツに身を包んでステッキを持ち、片眼鏡を右目に掛ける姿は絵に書いた様な英国紳士だけども。
そのコバルトブルーの瞳の奥に燃える冷徹な光が私を不安にさせた。
「サツキ様は“特別“ですので。直接我々の拠点へご招待します。」
不安気な私を安心させるように、彼は微笑んだ。
……拠点ってなんだろう。もしかしてこれ新手の誘拐とかじゃなかろうか。
だとしたらすぐに逃げないとまずい。
「え、えっと、学校とかにも、行かなきゃなので。悪いですけどーー」
「サツキ様の学舎には、既に話をつけております。」
「……へっ?」
「貴方様は“特別“ですので。」
笑顔のまま、有無を言わさぬ強い語調で紳士は言った。
十メートル程先に、黒塗りの高級車が見える。
「お乗り下さい。」
中にはもう運転手が居るのだろう。
独りでに開いたドアが、私を迎え入れようとしている。
「い、いや……」
「どうぞ」
ニッコリとした表情で、紳士は私に搭乗を促した。
「……はい」
生来の押され弱さが災いし、私は車へ乗り込んでしまった。
高級車特有の匂いが鼻腔をくすぐり、質の良いソファが体を受け止めてくれる。
とても心地よく、そのまま眠ってしまいそうな程だった。
「むふぅ……」
「このシートがお気に召しましたのなら、ご自宅に手配しますが。」
「け、結構です!」
バタンと扉が閉まり、退路を断たれる。
紳士が指示を出すと、車が動き出した。
「……アルタイル・シナリオ。」
私が縮こまっていると、横で紳士がぼそりとそう溢した。
「は、はいっ?」
「地なる星は制圧者どもに満たされ、終焉へと近づいています。……我々は勝たなければならない。だから、貴方にお声を掛けさせて頂きました」
え、
どうしよう、これ。『地なる星』とか『終焉』とか随分テンションの上がるワードが聞こえたけど、自分自身が巻き込まれるのはとても嫌だ。
ああ、ネット民に相談したい。この状況をスレにするとしたら、『【悲報】私氏、謎の組織に拉致される【イタイ老人】』 とかになるんだろうか。
「ノンシェイプ・ナイト。数日前に貴方を救ったドミネーターです。そして、貴方が殺すドミネーターでもあります。……人を助け、善人ぶる怪物。あの男のコピーに過ぎぬ奴に、誰かを尊ぶ感情も悼む理念も無いというのに。」
憎々しげに、紳士は言った。
……私を助けた、騎士?もしかしてあの人の事だろうか。
それを、殺す……?
「サツキ様、あなたがあの騎士に何を吹き込まれたかは知りませんが、ヤツは間違いなく人類の敵です。フランスや南スーダンの者達とは比較にさえならない、無貌なる化物。人の心を持たぬ、殺戮の化身だ。」
徐々に熱の籠った口調へ変わっていく紳士。
その瞳は、憎しみの色に濡れている様に見えた。
恐怖で口から短い悲鳴が出る。
「……失礼、取り乱しました。ですが、とにかくヤツを信じてはなりません。」
私が恐がっているのに気が付いたのか、紳士は捲し立てるのを止めた。
だが、杖を握る手に力が籠るのが分かった。
「……あなたは先程、トラックを破壊しましたね?」
「い、い、や、えと、その……」
「いえいえ、責めているわけではないのです。運転手は死んでいませんし、目撃者には既に口止めを済ませてあります。あなたは正しい事をしました。」
優しい語調とその内容に、私は安心した。
自分は人を殺していなかったのだ。そう思うと、つい脱力してしまう。
「……あの怪力はノンシェイプ・ナイトの能力の先触れ。“眷族“である貴方も、その気になればヤツの変形能力の二パーセント程度なら再現できるでしょう。」
「けん、ぞく?」
「ドミネーターが他国に侵略する際、その間国を防衛する役割を負わされた、“元人間“です。準ドミネーターとでも言うべきでしょうか。」
……元、人間?
その口振りだと、まるでーー
「ーーあなたはもう、ヒトではありません。」
私の心を読んだかの様に、紳士は言った。
ーー薄々、気が付いていた。
飲食の必要も無く、トラックを鉄屑に変える程の怪力。
今こうして使えてる足だって、本当なら潰れて切断されていた筈だ。
……分かっていたんだ。だけど、胸が痛くなって目が熱くなる。
「……気に病む事はありません。我が結社が、貴方が“人間として“生活を送れる様にサポート致します。我々に協力して下さる事が条件ですが。」
真っ白になった頭で、紳士の言葉を反芻した。
……協力って、なんだろう。人体実験とかだろうか。
ホルマリン浸けにされている自分を想像して背筋が凍った。
「こっ、断ったら……?」
震える声でそう言うと、紳士の動きが止まる。
そしてゆっくり私に目線を合わせ、こう言うのだった。
ーー「どうなるんでしょうね」、と。
「っ……」
逃げよう。と思った。
この期に及んで、私は死にたくないんだ。
……今の私は、トラックをアルミ缶みたいに潰せる程度の力がある。
きっと、車からの脱出なんて簡単だ。
そう自分に言い聞かせた後、腕に力を込めて思い切り窓を殴り付けようとしーー
「おや失礼、換気をし忘れていましたね。」
ーー窓に触れる直前で、紳士に掴まれた。
「ぅ、あ……」
全く腕が動かせない。老人らしからぬ腕力。
骨の軋む音が聞こえた。
「まさかとは思いますが、逃げられる。なんて考えていないでしょうね。」
ーー紳士の持つ杖から、キチリと金属音が聞こえた気がした。
「ええ、そうですとも。貴方は賢い。少なくとも私はそう信じています。だから、そうやって自分を追い詰めるマネはしないで下さい。」
ーー息が、できない。顔中から汗が吹き出す。
蛇に睨まれた蛙……いや、比喩抜きで死神に心臓を掴まれた感覚。
自分より遥かに上位の存在からの圧力。
首を縦に振らなければ確実に殺されると思った。
「ぁ、は、ぃ……」
恐らく、このたった二音を紡ぐのが私の生涯で最も重要な仕事だった。
紳士は「そうでしょうね。いやはやご無礼をお許しください」と微笑む。
「ーーでなければ、貴方を狩らねばならぬ所でした。」
ーーまるで、私の事を嗤うが如く。
紳士の杖から鳴る金属音が、ケタカタと車内に響いていた。
◆
「到着致しました。サツキ様」
「ぅえあ!?」
長時間車に揺られてうつらうつらしていると、紳士に肩を叩かれた。
驚きで飛び上がって、座席に頭をぶつける。
「いたい……」
「着いてきてください」
車から出て辺りを見渡し、窓が無い事からここが地下だと分かった。
壁は簡素な作りで飾り気が無く、どことなく病院を彷彿とさせる。
「私だ。」
紳士が壁に付けられた認証機らしき物にそう言うと、幾重にも重なった鉄の扉が開いていく。
その扉がくぐって先へ進むと、そこには白衣を着た研究者達がせわしなく動き回っていた。様々な機材があり、どれも見た事の無い物ばかり。
中でも、異彩を放っていたのはーー
「なに、あれ……」
ーー鎖で吊り上げられた、鉄の龍だった。
「あれは、“ドミネイト・ギア“。我々の切り札です。」
「どみねいと、ぎあ……」
思わず、近づいていってしまう。
近くで見ると、その胸元には【DMGーtype:AziーDahāka】と刻印されているのが分かった。。
「タイプ:アジ・ダハーカ……!?」
「ええ……ゾロアスター教における悪龍であり、その名を冠したドミネーターをモデルに、自衛隊から回収した遺骸と隕鉄を用いてデザインされた戦闘機械。日本へ侵略した種でもあります。なんとも恐ろしーー」
「かっ、カッコいいっ!」
「……はい?」
ぺたぺた触ると、ひんやりとした金属特有の気持ち良さがある。
ドラゴン特有のキリッとした顔がとてもグッと来る。
控え目に言って飼いたい。
お姉ちゃん許してくれるかな。
「……やはりあの男の血族か。変な所で肝が据わっている……」
「ほ、他にこうゆうのないんですかっ!?」
「……【タイプ:『彼方なる神狼』】とか。」
「ふぉぉぉっ……!」
鼻息を荒くしながら、紳士さんを質問責めにする。
どうやら、現在は世界各地に合計で十三機のドミネイト・ギアが存在するらしい。
本気で見に行きたいと思った。
「まぁ良いか……ゴホン!サツキ様。我が結社の目的は、ドミネーターを殺し、その枠にこのドミネイト・ギア達を差し込んでいく事です。現在、四枠の”差し替え”に成功しています。他のドミネーターからの防衛も問題ありません」
少し引いた様子で紳士さんが説明した。
……ドミネーター。私を助けてくれた騎士さんは、日本を守ってくれているのか。
だとしたら……なぜーー
「どうして……日本のドミネーターを、殺さなきゃならないんですか?」
恐る恐る私が言うと、紳士さんは遠くを見つめたまま動きを止めた。
「強いて言うのならば……”私怨”です。私はあの騎士のアーキタイプとなった人物が憎い。だがヤツのメタレベルは『NoTice』。結社自体はあのドミネーターを駆逐しようとは計画していません。」
……要するに、あの騎士さんを殺そうとしてるのはこの人の独断と言うことか。
それを聞いて少しほっとする。
人間を辞めさせられたとはいえ、命の恩人に死んでほしくない。
「……まぁ、私の事は良いのです。今日はもう遅いですし、お帰りになられますか?」
「え?」
思わず、呆けた声が漏れる。
「か、帰っても良いんですか?」
「ええ、遅くなればアセビ様が心配するでしょうから。」
「……お姉ちゃんの事も、知ってるんですか。」
てっきり監禁でもされると思っていたから驚いた。
帰してもらえるに越した事は無いのだけど、何だか拍子抜けだ。
……だが、この紳士はお姉ちゃん、つまり家族の事を知っている。
これは恐らく『逃げれば家族がどうなっても知らない』という脅しでもあるのだろう。
とうとう本格的に後戻りが出来なくなってしまった。
「では、行きましょうか。」
「……はい。」
紳士さんに着いていき、研究所を後にする。
鉄の龍が、背後から私を見つめているように感じた。
◇
「では、またの機会に。」
家の近くで車から降ろされた私は、すっかり夕暮れに染まった道を歩いていた。
……もし私がもう人じゃないって知ったら、お姉ちゃんは軽蔑するだろうか。
誰だって、自分の妹が知らない内に怪物になってたら嫌だ。
「……あははは」
ーーほんとに、笑えない。
自分の手の平を見ながら、顔をしかめる。
……早く帰って、寝よう。
これ以上考えたって、私の頭じゃまともな解は出せない。
「あれ……?」
……家の前に、誰かが立ってる。
高身長に、くすんだ金色の髪。私はその人物に見覚えがあった。
……幼馴染の、
きっと、向こうも私が嫌いなのだろうけど。
学校を休み始めてからは、殆ど会っていない筈だ。
「ぁ、あ、あのー、ひいらぎ、くん……?」
愛想笑いをしながら、私は向こうの神経を逆撫でしない様控え目に話し掛けた。
柊君の肩がびくりと跳ね、振り向いた。鋭い眼孔が刺さってくる。相変わらず目つきが悪い。
……言ったら殺されちゃいそうだから絶対に口には出さないけど。
「……ケータイ。」
彼はぼそり、と。不機嫌そうに言った。
「え……?」
「見ろよ。」
困惑しながらも、私はスマートフォンをポケットから出した。
隕石が降ってきてから一度も開いていなかったホーム画面には、こう記されている。
【ライトくん『着信:539件』】
「わっ……」
そのおびただしい数値に、つい携帯を落としそうになる。
内約は、電話が326。メールが213だった。
前半は『おい、くたばったか?』とかだったけど、後半は『出ろやぁぁぁ!このエセ外人が!次出なかったら泣かすからな!』とかの罵詈雑言になっている。
「こ、ここの住所、教えたっけ?」
ここは、被災者に国から提供された仮設住宅だ。
前の住所ならともかく、彼がこっちを知る筈がない。
「……調べた。半日掛かったぞ糞が。いつも以上に酷い顔してんな。」
悪態を突きながら、そう言った。
……彼の人脈からすれば、一人の住所の特定ぐらい簡単と言うことか。
それは分かるが、そこまでして私の所まで来てくれた事を少し嬉しく思う自分がいた。
「……ありがとう。」
「ぁあ?」
「し、心配、してくれたんでしょ……?」
柊君の目が見開かれ、そのままフリーズした。
怒らせてしまったかと焦ったが、彼は本気で怒ると先に口が出るタイプだ。と思い出す。
怒りで思考が真っ白になるタチではない。
「……なわけ、ねぇだろうが。」
私に背を向け、そう吐き捨ててから柊君は帰っていく。
……変わらない彼の姿を見て、なぜか少しだけ安心した。