「こんなのは、SFの中だけで充分なんだよ……!」
日本国防省長、鶴瓶明敏はかつてない程に苛立っていた。
世界各国を襲った隕石災害。
その中から出てきた、『ドミネーター』と呼ばれる怪物達が、全ての国に一体ずつ存在を確認された。
極めつけに、その怪物達の『縄張り争い』によって消滅した国家が既に三つに登っている。
そして、たった今掛かってきた電報が更に彼の頭を悩ませる事となった。
『隕石付近で、日本のドミネーターとおぼしき存在を捕獲しました!』
「……ああクソ!」
馬鹿かこいつらは。
一瞬で国を消せる存在を、『捕獲』しただと?
機嫌を損なわせて暴れさせてしまえば、日本は終わると云うのに。
とりあえず自衛隊には、ドミネーターを出来る限り刺激せず、市街地の遠くへ輸送しろと指示した。
……だが、ドミネーターの存在を国民から隠すのは難しいだろう。
既にインターネットで、世界各国のドミネーターの画像が無数に出回り、某掲示板では名前をつけられたり、ゲームになぞらえて『ステータス』なども定められている。
当然マスコミを大騒ぎで、『エイリアン』や『神の裁き』などと宣のたまう始末。
彼は今一度、頭を抱えた。
とその時。ポケットに入っていた携帯が震えて、電話の着信を示す。
「どうした!?ドミネーターが暴れだしたか!?」
『い、いえ!ドミネーター、日本語分かるっぽいです!あ、ちなみに好物はパンとソーセージらしーー』
プツン
「はぁぁぁ……!?」
つい反射的に、電話を切ってしまった。
「転職しようかな……」
鶴瓶明敏。妻子を抱えて路頭に迷うか、胃袋を犠牲に職務を全うするか。決断の時である。
◇◆◇
「ぐぉぉぉ……(もぅまぢ無理……)」
狭苦しい輸送車の中、屈強な自衛官達の鋭い視線を浴びながら俺は座席に縮こまっていた。
……いや、ガチで泣きそう。
怖すぎだろ自衛隊。なんか、軍人特有の威圧感的な物がハンパ無い。
「……君は、『ドミネーター』なのか?」
沈黙を破り、階級の高そうな男が俺にそう問い掛けてきた。
……え、なにそれ。あれか?あの、犯罪係数とか量るやつか?
俺にそんな機能無いんだけど。犯罪度どころか、アナログ時計さえたまに読み間違うんですけど。
「ぐぉぉぉ……(えぇ……?)」
「あ、隊長!さっき話したんですけど、その人パンとソーセージが好きらしいです!」
「お前は黙ってろ。」
さっきの女自衛官が元気よくそう言うと、上官らしき男の拳骨が落とされた。
それに対して『このご時世に鉄拳制裁ですか!?』と半泣きで騒ぐ女自衛官を尻目に、男は俺に向き直る。
「……ここだけの話だがな。今世界では、正体不明の怪物達が暴れまわっているんだ。」
「……ぐぉ?」
なんですと……?
困惑した様子の俺を見て、男は更に続ける。
「その態度を見る限り、言葉は通じてる……のか?明らかに中世ヨーロッパの騎士っぽい格好だが……」
だから、騎士ってなんの事だよーー?と頭を抱えそうになった時、俺はやっと気が付いた。
「ぐおっ!?(なんだこれ!?)」
ーー自分の頭、腕、いや全身が、黒鉄の鎧に包まれている事に。
「……君、かなり態度に出るタイプだろ?言葉は分からなくても、滅茶苦茶ビックリしてるのが分かるよ。」
ーーヤバイ。頭が忙しい。
「とりあえず、もうすぐ駐屯地に着くから。そこで詳しく君の事を教えてくれ。」
叫び出したくなるのを抑え、自分の身体をペタペタ触る。
……触覚はある。鎧に包まれたと言うよりは、皮膚が鎧になった。の方がしっくり来る気がした。
俺はこいつらの言うとおり、化物になったのか?
「だ、大丈夫ですか……?」
俯いた俺を心配したのか、さっきの女自衛官がおずおずとそう言ってきた。
そのお陰で少しだけ気持ちが落ち着く。
ざわめく心を沈めるため、深呼吸をした。
「……先輩から聞きました。あなた、瓦礫に潰されてた女の子を助けてあげたんですよね?」
女自衛官は、その青色の瞳を優しげに細めながら俺に問いかける。
まぁ、一応……と。俺は肯定の意を込めて小さく頷いた。
「ふふ。やっぱり。なんか、悪い人な気がしませんもん。あなたが国を消すとか、想像できません。」
そっと、女自衛官が手を差し伸べてくる。
「……私、結城《ゆうき》 馬酔木《あせび》って言います。良かったら、握手してくれませんか?」
「ゆ、結城二士!危険だ!」
他の自衛官にそう言われながらも、女自衛官……アセビは、握手の姿勢を取ったまま俺を見ている。
唖然として手を取れずにいると、だんだんと不安そうな顔になっていく。
「……やっぱり、駄目なんでーー」
ーー瞬間、世界が光に満たされた。
「ぐあぁぁぁっ!?」
運転手の目が光にやられたのか、輸送車がガードレールに衝突して車内を凄まじい衝撃が襲った。
エアバックが作動したらしく負傷者はいない。
俺が急いで車から出ると、それを追ってか何人かの自衛官も外に出てきた。
そして眩しさを感じて天を仰ぐと、そこにはーー
「てん、し?」
誰が言ったのかは分からないが、その表現は的を得ていた。
なにせ、空にはためく『ソレ』は天使としか形容できないのだ。
白い翼はある。だが、その肌は土色に荒れ果て、口の中の歯は黄色く汚れている。目と右腕に巻かれた赤い布に、極めつけは頭の上に浮かぶ、リング状の蠢くナニか。
芸術家やキリスト教徒が見れば激怒しそうな代物だが、それでも俺たちの中にはそれを『天使』以外で表現できる者は存在しなかった。
「あわ、あわわわ……!?」
お手本の様なテンパり方をしているアセビを尻目に、奴と視線が交差する。
だが、俺はすぐに違和感を覚えた。
ーー全く、怖くないのだ。
正しくは、『脅威を感じない』と表現すべきか。
普通の人間はアセビの様な反応をするだろう。
他の自衛官も、あまりの光景に言葉を失っている。
本来、何の訓練もこなしていない俺など真っ先に泡を吹いて倒れている筈だ。
「っ、くそが……!総員!ヤツは恐らく日本に侵略してきた『ドミネーター』だ!迎え撃つぞ!」
「隊長!?発砲許可は降りていないはずです!」
「今はそんな事言ってる場合か!責任は俺が取るから全弾撃ち尽くせ!」
空気の弾ける音を鳴らし、隊長と呼ばれた自衛官が暫定『天使』へ銃を放つ。
それに続く様に、他の自衛官も発砲を始めた。
「キ“ュ“エ“ァ“ァ“ァ“!」
天使が、咆哮する。
その左手からは、バチバチと雷が発生していた。
そしてそれは次第に収縮していき、最終的には棒状に落ち着く。
「なんだよ、アレ……!?銃は効いてないのか……?」
ーーそれは、圧縮された破壊の権化。
『雷の槍』とでも呼ぶべきか。
天使は上体を大きく反らせ、その筋肉をビキビキと硬化させる。
オリンピックなどで良く見る、槍投げの体勢。
「キ“キ“キ“キ“!」
天使の口元が、醜く歪む。
布で覆われて目は見えないが、笑っている様に見えた。
「もう、おしまいだ……」
あまりの光景に心を折られたのか、一人の自衛官が膝を着く。
せせら嗤う天使の声が、世界を満たしていた。
「ギジィィィ!」
ーー槍が、投擲される。
『雷の槍』から迸る雷鳴が周囲に降り注ぎ、コンクリートさえも抉った。
余波だけでもこの有り様なのだから、本体に触れればきっと人体なんて塵も残らないはずだ。
俺は、そう思考しながらその眩しさに目を細める。
……『多分』物凄く速いのだろう。
そもそもあれ雷だし。レーザーみたいなものだ。
ーーしかし、“見える“。
「グォォォ!」
俺は一か八かで、雷の槍に向かって右腕を振りかぶった。
瞬間、ピリつく感覚と耳をつんざく轟音を残して、雷槍は掻き消える。
腕を確認すると多少鎧が焦げ付いてはいたが、ほぼ無傷に等しい。
「……守って、くれたのか?」
驚き混じりにそう言った自衛官へ『グッジョブ』のジェスチャーを返し、天使に振り向く。
ヤツは空にホバリングしたまま、興味深そうに俺の様子を伺っていた。
……さて。カッコつけたけど、どうしようか。