『“アルタイル・シナリオ“への対抗策会談』結社X
【地なる星は■■■■■■■に満たされ、終末へ向かっている。】
【よって我々はこれを『災い』の意を持つアルタイルになぞらえ“アルタイル・シナリオ“として対処することを決議し、それは許容された。
【我々は勝たなければならない。我が結社は、とある方法により人のみの手で一体のドミネーターを殺す事に成功した。】
【この遺骸と隕石に含有された隕鉄を用い、我々はAIを搭載した人工ドミネーターを産み出す事に成功する。】
【……否。これのみでは全く不十分である。数年前、施設から脱走した■■■■。複製とは言えあの男の遺伝子は、人類の勝利に大きく貢献するだろう。これを探し出し、協力を希求する事が今後の命題である。】
記述者:“見えざる者“
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「うわぁぁぁん!ドミネーターさぁぁぁん!」
「ぐぉぉぉ!?(うるせぇぇぇ!?)」
人形が去ってから一日後、俺が部屋の隅でボーッとしていると、収容施設のドアが開きそこから半泣きのアセビが出てきた。
様々な液体で顔をぐちゃぐちゃにしており、明らかに年頃の女がしていい顔ではない。芸人でもここまでやれるのは中々いないだろう。才能あるぞコイツ。
「大変なんです!妹ちゃんの肩に……たっ、たとぅーがあったんですよ!」
「ぐおっ!(知らねぇよ!)」
いや、本当に関係無いじゃん俺。
そもそもなんでこんな怪物に妹の素行不良の相談しに来るんだよ。
友達いないのかコイツ。
「しっ、しかも!そのたとぅー、物凄いカッコ悪いんですよ!?具体的には、騎士の横顔みたいな模様で……あれ?」
「ぐぉ?」
アセビは俺の顔を二度見し、その後に五度見ぐらいした。
そしてなぜかワナワナと肩を震わせている。
「妹に何をしたんですかぁぁぁっ!」
「ぐぉぉぉ!?」
泣きながら掴み掛かってくるアセビを抑えつける。
どうしたんだよこいつ!?様するに、妹の刺青が俺に似てるから八つ当たりしてんのか?酷すぎるだろ!
「……何してるんだ。お前ら。」
「ぐおっ!(山吹ィ!)」
もはや恒例の流れの如く、山吹が呆れた顔でドアから入ってきた。
さすが山吹だ!いっつもタイミング良いな!
「今……日本は、かなり大変な事になってる。」
徹夜でもしたのか、目の下に濃い隈が出来た山吹が床に座り込みながらそう言った。
……そうだよな。幾つも国が消えてるんだから、世界情勢とかもぐちゃぐちゃになっている事だろう。
日本は資源の大半を輸入に頼っている筈だから、国内の惨状は易々と想像できる。
「……ドミネーター。お前の取り込んだ他のドミネーターの核は、アルジェリアとイランの物だ。それは良いな?」
「……ぐおっ。(……そうだ。)」
……俺が、滅ぼした国だ。
きっと、何千万人も死んだんだろう。
「そして、お前は知らないと思うが、アルジェリアとイランは化石燃料……石油などの資源が非常に豊富な国土なんだ。対して日本からはほとんど石油が発掘されない。これも良いな?」
な、なんだ?話が見えないぞ。
消えてしまった国の資源を惜しんだって、何もーー
「……今、日本中から石油が吹き出してるんだ。」
「ぐお?(え?)」
「……俺も信じられない。だが事実だ。」
それって、要するにーー
「ドミネーターが核を喰らうと、喰らわれた国の資源や物質などが喰らった側の国に移譲される。と見て間違い無いだろう。……さながら『制圧地帯の強化』とでも言うべきかもしれない。」
山吹は『外はこの話題で持ちきりだ』と言った後、大きく溜め息を着く。
そして俯きながら、更に続ける。
「……お前の事を、“護国豊穣の神“なんて崇めてる連中も少なくないよ。国民も、『ノンシェイプ・ナイトの情報を公開しろ。我々には知る権利がある』って騒いでる。」
ーー狂ってる、と思った。
俺は既に二国を消してる災禍の化身みたいな存在なんだぞ。
自分達の国が護られてるとは言え、そんな存在を神とするなんてイカれている。
「皮肉なことに、隕石が降る前よりも経済的な面で日本と世界はかなり豊かになった。……しかも、この未曾有の危機を前にして人類はかつて無い程に団結している。国際紛争もほとんど無くなったそうだ。アメリカなんかは、自国のドミネーターとの共存を方針として打ち出した。」
下を向く山吹の表情を伺い知る事は出来なかったが、少なくともその声からは葛藤に似た感情が滲んでいた。
「……今、ドミネーターは四分の三まで数を減らしたそうだ。残ったのは比較的に“防衛思考“の者が多いようで、争いは以前より穏やかになるだろうな。」
その言葉に、俺は少しだけ安心した。
流石に昨日までのペースで侵略に来られるとキツイ物がある。
黒龍の時は負けてもおかしくなかったし。気が気ではない。
「……ドミネーターさん。」
ずっと黙っていたアセビが、静かにそう言った。
俺が振り向くと、いつに無く真剣な表情をしている。
「あなたが、どんな気持ちで戦ってくれているのかは、分かりません、けど。」
言葉を選んでいるのか、途切れ途切れにアセビが声を紡ぐ。
青い瞳が、不安定に揺れていた。
「ーー私達を助けてくれて、ありがとうございますね。」
少し迷った後、にへらと笑いながら恥ずかしそうな顔で言われた。
「……ぐ、お。」
ーー酷く自分勝手で、抜本的には何も解決していないのだろうが。
……俺はその言葉に、少しだけ救われた。
◆◇◆Case1:とある“眷族“の視点
「ふぅ……大丈夫、怖くない怖くない……」
大きめのパーカーに身を包み、フードを深く被った私は仮設住宅の玄関の前で大きく深呼吸していた。
……いつまでも引きこもっていたって駄目なのは、自分でも分かってる。
お姉ちゃんだって表面的には何も言わないけど、きっと内心は満足に他人と会話する事さえ出来ない妹に嫌気が差しているだろう。
……まずは、外に出られる様にだけでもならなければ。
人と話すのは、その次で良い。
私はドアレバーに手を掛け、下に押し倒した。
「っ……!」
久方ぶりに聞いた『ガチャリ』という音が、心を揺さぶる。
まるで自分を守ってくれていた殻が砕けたみたいな感覚だ。
どうして皆、これを毎朝できるのか不思議でならない。
「眩しい……」
電子機器のブルーライトばかり見ていた私には刺激の強すぎる、天然の光が空から降り注いでくる。
そう言えばパソコンの電源は落としてきたっけ。昨日、深夜テンションで痛いポエムを書いた記憶がある。家族に覗かれでもしたら死ぬしか無いのだけど、今部屋に戻ったら二度と外に出てこれない気がするから忘れる事にした。
「おや、結城さんちの。さつきちゃんじゃないかい?」
「ぅえっ!?」
ーー背後から名を呼ばれ、心臓が早鐘の如く脈打つのが分かった。
かたかたと震えながら振り向くと、そこには白髪のお婆さんが笑顔で立っていた。
「ああ!その青い目は間違いないわ。それにしても大きくなったわねぇ。あせびちゃんは元気?あの子自衛官になったんでしょ?」
「ぇ、ぇぇぇっ、へへぇ、っ、え、えと、あぁぁの、その、は、は、は、はい、げんき、です。ぁ、あははは……」
ーーまずい、この人誰だっけ。
家族以外と話したのが久しぶり過ぎて、記憶のデーターベースが彼方へと消え去ってしまっている。
それに緊張で舌がロクに回ってくれない。チャットなら話せるのに。
私のぽんこつな舌では、頭で編纂した言語を出力するのにスペックが足りないみたいだ。泣きたくなる。
言語とは人類の進化の賜物ではなかったか。なぜ私はそれをまともに扱えないのだろう。
その後も、お婆さんとの世間話(一方通行)は続いた。
そして数分後、買い物に向かう途中だったのを思い出した様でお婆さんは去っていく。
「はぁぁぁ……!」
他人の圧力から解放され、私は大きく溜め息を着いた。
……あのお婆さんは、きっと良い人なんだろう。
でも、私のコミュニケーション能力が貧弱なせいで、不快な思いをさせてしまったかもしれない。
その罪悪感に悶えながら、これからどうしようかと考える。
「……本屋にでも行こうかな。」
確か、異世界ラノベの新刊が入っている筈だ。隕石でかなり延期になったけど、それでも入荷するのは執念を感じると同時にありがたいと思う。
あれが無いと生きていけないから本当に助かる。
『スマホ転生~生まれ変わったら能力が平均値なありふれた失格紋スライムの孫をモットーに成り上がるSSS級おっさんですがなにか?』
「……ふふ。」
徹底したストレスフリー、軽快なストーリー。そして最強の主人公。
ああ!なんて素晴らしいんだろう!現実もこうなれば良いのに。
ネットの友達も皆そう言ってるんだから間違いない。
そう思考しながらにまにましてる内に、信号機の先へ本屋が見えてきた。
「ふふふっ……!」
「おかあさーん、あのお姉ちゃんどうして笑ってるの?」
「見ちゃいけません……っ!」
「……」
横で聞こえてくる会話にちょっぴり泣きそうになったが、気付かないふりをして信号を見つめる。
そして、青くなった信号機がピヨピヨと鳴くのを皮切りに、人々は進み始めーー
「……え」
ーー恐ろしい速度で迫りくるトラックを目の当たりにした。
フロントガラスの向こう側に、居眠りをした運転手が見える。
眠ってさえいなければ『こんな時にもお仕事お疲れさまです』と思っただろうけど、今はその勤労を呪った。
「タクヤ!危ない!」
横を見ると、先程の母親がトラックに向かってそう叫んでいた。
その視線を追うと、そこにはトラックに踏み潰される寸前の子供が立っている。
「助けなきゃ……!」
今から行っても、私の身体能力ではアニメみたいにかっこ良く男の子だけを突き飛ばして救うなんて芸当は無理だろう。
だけど、足が勝手に動く。
ついに体まで満足に扱えなくなったか。なんて自嘲しながらも、なんとか衝突に間に合ってしまった。
ーーだから、右手を伸ばす。
無価値な人間の死によってこの子の助かる確率が少しでも上がるなら、それはきっと上等な賭けだろうから。
「っ……」
目を瞑り、来たる衝撃に備えた。
やっぱりやめておけば良かったか。これで二人とも死んだら骨折り損だ。いや骨じゃ済まない
そんな無駄な思考が、走馬灯代わりに物凄い速度で流れる。
だが、いくら死に際に体感時間が遅くなっているとしても、どれだけ待とうと痛みはやってこなかった。
私は、恐る恐る目を開けた。
「……なに、これ……」
ーーそこにあったのは、ひしゃげた『トラック』。
なにか、正面からとてつもなく大きな力が加わったかのようにぺしゃんこになっている。
「姉ちゃん、すげえっ……!ぐしゃーっ!て!」
「へ……?」
ーーこれを、私が?
いや物理的にありえない。
そう分かりながらも、なぜだか恐ろしくてふらふらと立ち上がる。
怪我は全く無い。ただ、肩にある例の痣がいやに疼いた気がした。
と言うか、トラックの中の人は?これが本当に私の仕業ならば、人を殺してしまったかもしれない。
それに気がついた途端、先程までの恐怖が戻ってきた。
「君!大丈夫かね!?」
「あぁぁぁ……っ!」
心配して寄ってくる人々を掻き分けながら、私は走った。
行き先は分からない。ただ、この場から離れたかった。
走って、走ってーー辿り着いた薄暗い路地の奥で、震えながら膝を抱える。
誰かを傷付けるというのはこんなに苦しい事だったか。
良い年して、両目から涙が溢れてくる。
「ぅ、ぐっう……ぇ……!」
ーー穀潰し、引きこもり、不登校、“人殺し“。
私は最悪な人間だ。
いや、もうその人間でさえ無いだろう。人間は大型トラックを軽く粉砕したりしない。
いっそもう死ぬか。そう思ったが、自分にそんな勇気がない事を私は一番知っている。
そうして、自己否定の螺旋はどんどん深まっていくのだった。
「こんにちは。お嬢さん。」
「ぇ……?」
その渋い声は、静かな路地の中に良く響いた。
顔を上げるとそこには、髪をオールバックにした壮年の外国人が柔和な笑みでしゃがみこんでいた。
「だっ、だれ、ですかっ?」
「おや、失礼しましたね。私はこう言う者です。」
恐らく酷い顔をしているであろう私にハンカチを手渡しながら、
その男性外国人は一枚の名刺を丁寧な動作で差し出した。
「ある、たい……る……?」
「ええ。我々は“アルタイル・シナリオ“打開を目的とした結社です。」
突然襲い掛かってきた非日常に、頭が着いてきてくれない。
「……端的に言います。結城 さつきさん。」
「どうして、名前を……?」
私の質問には答えずに、壮年は発言を続ける。
「ーー私達の組織で、人類を救いませんか?」
『拒否権は無い』とばかりに、握手の手が差し伸べられる。
反射的にその手を取ると、私の体が軽々と引き上げられる。
「それでは行きましょうか。」
呆然自失の私を見て、壮年は微笑んだ。
その笑顔の下にある感情は、読み取れない。