俺は、次のドミネーターが向かってくるという方向にある海をじっと睨んでいた。
沖には幾つかの戦艦が並んでおり、陸の方にはおびただしい数の戦車がある。
……大丈夫だ。俺はきっと勝てるし、そして殺せる。
そもそも、これは生存競争なのだ。俺が気負う必要は無い。
それに、地球の裏側で何百万人死のうと、俺の知った事ではーー
ーーその時、血と瓦礫の海で溺れる大勢の子供達の姿がフラッシュバックした。
「……ぐぉっ。」
今のは、人間だった頃の俺の記憶か?
……いや、そんな筈は無い。きっと何かの間違いだ。
これから襲い来る脅威に対して、精神がナイーブになってしまっただけだろう。
「……ドミネーター。戦えるか?」
俯く俺を心配したのか、山吹が聞いてくる。
……こいつには感謝しないとな。山吹がこの事実を教えてくれなければ、俺はなにも知らないまま幾つも国を消すことになっていただろう。
「ぐぉっ!」
自らを奮い立たせるため、気合いを入れながらグッドサインを出すと、山吹を含む他の自衛官たちもクスリと笑う。
……その表情は、日本の存亡を掛けた戦いに臨む直前とは、思えないほどに穏やかだった。
「ふっ、君は強いな……あと、通用するかは分からないが、これを使ってくれ。」
山吹が指示すると、部下たちが大きなアタッシュケースらしき物を俺の前に置いた。
「開けてみろ。」
俺がそのケースを開くと、その中には巨大なロケットランチャーの様な、先端に尖った黒い突起の付いた兵器が納めてあった。
「110mm個人携帯対戦車弾……俗に言う、パンツァーファウストってやつだ。まぁ知らないだろうが……ドミネーターとの戦いに活かしてくれ。我々も出来る限りの支援は行う。」
俺はそれを持ち上げた。
……なぜか、妙に馴染む。
まるで、普段から使っていたかの様なーー
「ドミ、ネー、ター?」
ーーその時、山吹の形状が『歪んだ。』
まさか、山吹に擬態していたのか?
俺はそう推理したが、数秒後それが全くの不正解だと気付く。
「ガ、ァッ!?」
ーー爆ぜた甲冑。もげて落ちた銀色の腕、立ち上がろうとしても両足はどこかに飛んでいってしまったようだ。
全身が燃える様な激痛に苛まれる。
「ドミネーター!?しっかりしろ!死ぬな!」
ーーああ、歪められたのは、俺の方か。
霞む視界の先、俺は自らの影に、大口を開ける黒龍の顔を見た。
「っ、グ、オッ!(そこか……!)」
ーー
まだ僅かに残っている体に力を込め、昨日の天使の姿をイメージする。
組かわっていく体と本能に従い、全身から全力で雷撃を放った。
「キ“ァ“ァ“ァ“!?」
その『龍』は、まるで水面の様に影を飛び散らせながら、地上へと姿を表した。
光を吸い込む純黒の鱗が、日を浴びて蒸気を放っている。
「っ、総員!撃て!」
背後から轟音が鳴り響き、無数の兵器が龍へ飛んでいく。
龍は少し怯んではいたが、それは兵器そのものに対してではなく、その発射音へ対しての反応だった。
「ドミネーター!お前、っ、体が……!」
山吹に声を掛けられて自分の体を見下ろすと、それは酷い有り様だった。
まず右腕が無い。胸部に大穴が空き、足に至っては腰ごと持っていかれていた。
既に鎧の修復は始まっておりあと十数分程度で完治するだろうが、戦闘中では致命的な隙となる。
「ァ“ァ“ァ“……」
龍が鎌首をもたげ、こちらに振り向いた。
その左目は雷撃によって潰れており、全身も同じく焦げ付いたり鱗が剥がれたりしている。
左目を怒りの色に染め上げ俺をギロリと睨んだのち、ヤツは身を縮めーー
「なっ!?」
ーートプン、と。地面の中へ『失墜』した。
「ガァァァァッ!(くそったれがぁぁぁ!)」
俺は唯一残った左腕を『天使』のものへ変化させ、自分の真下の地面に雷を放つ。
至近距離ゆえ自らの体が焼け焦げていくが、次にヤツの接近を許したら絶対に死ぬという確信があった。
……おそらくあれの能力は、『すり抜け』あるいは『障害物に干渉せずに活動できる』とかだろう。
その証拠にさっきの攻撃は真下の地面からだった。
音も無く、痕跡や気配さえ無い。こちらは無防備。
そんな状態で至近距離から攻撃を食らえば、このダメージも納得だ。
「ケ“ケ“ケ“ケ“!?」
顔を出した先が雷の嵐だった事に龍も面食らったのか、一瞬動きを止める。
その隙を逃さず俺は龍の顔面をひっ掴んで、更に放電を続ける。
「ギ“ァ“ァ“ア“!!??」
「ぐぉぉぉ……(逃がさねぇぞクソ野郎……!)」
ジタバタする黒龍を引き寄せ、腕でがっちりロックした。
雷によるあまりの熱量に、俺の鎧が溶解していく。
だがそれは向こうも同じ。
鱗は半壊、目も両方潰れている。
「ーー!ーーー!?」
遠くで山吹たちが何かを叫んでいるが、耳をつんざく雷鳴のせいで何も聞こえない。
今は目の前のこいつにだけ集中しなければ。
「グォォォ!!!」
最後の力を振り絞り、血の滲んだ視界の向こう側にいる龍を睨んだ。
口の両端からは泡を吹いており、既に絶命している様に見える。
俺は放電を止め、念のためその頭部へ拳を叩き込んだ。
炭化して脆くなった鱗がボロボロと崩れ去り、連鎖的に龍の肉体を崩壊させていく。
……勝った、か。
だが俺は痛みを感じた。
その発生源はもげた腕でも、穴の空いた体でもない。
自分の手によって地球のどこかで一つの国が。多くの人々が死に逝くという罪課に心が軋む感覚を。
……だが、それと同時に俺は守った。
この国を。“別の“多くの人々の命を、救ったんだ。
そう自分に言い聞かせ、再生した足で立ち上がり後ろを振り向いた。
「ーー!ーーー!!!」
遠くで山吹達が必死の形相で何かを言っている。
だが、至近距離の雷撃を浴び続けたせいか聴覚がイカれてしまって、何も聞こえない。
「うーーろ見ーーー!」
……『後ろを見ろ』?
なんだって言うんだ。あの龍はもう死ーー
「ン”ン“っ!ボンジュールッ!ジャポネーゼ・ドミネーターッ!!」
ーー俺が振り向くとそこには、派手な軍服を着た二足歩行の【・×・】みたいな顔をした木製の人形が立っていた。
身長は二メートル程で、何故か腰には大根を装備している。
軍帽のツバヘ手を添え、ビシッとポーズを取った。
「……ぐぉ。(……雷撃。)」
「あばばばばっっっ!?ちょっ!待ちなさいっ!ワタシは敵ではないっ!」
そう言い、人形は変なポーズをキメながら悶えている。
……反射的に攻撃しちゃったけど、この電撃に耐えてるんだったらもうドミネーターで確定だよな。
電圧上げるか。弱そうだし、このまま終わらせてしまおう。
「ノォォォォッッッ!!??バチバチって!首の辺りからヤバい音したんですけど!?」
体を海老反りにし、人形は更に変なポーズへと態勢を変えた。
調子狂うな……なんか、マスコットを攻撃してる様な罪悪感がある。
「大統領っ!へるぷみー!このままじゃ殺されアバババ!」
……大統領?なんの事だ?
俺は怪訝に思い、首を傾げる。
と、その時。上空にヘリが飛んでいる事に気が付いた
そこから顔を出した外人らしき壮年の男が、メガホン片手に何かを叫んでいる。
「おいデク人形!『交渉はお任せをっ!この陽キャ人形の手に掛かれば同盟の一つや二つお茶の子サイサイ!ウェーイッ!』とか言ってヘリから飛び降りたのはお前だろ!」
「しょうがないでしょぉぉぉ!?こんなの、海辺で殴りあって友情を深めようとしたら向こうがマシンガン出してきたみたいモンですっ!ここまで力に差があるとは思わなかったァァァばばば!」
……人間とドミネーターが、普通に会話している?
「おい日本のドミネーター!言葉通じてんだろ?ソイツが死んだら困るから電撃を止めてくれ!」
ヘリの上から、外国人が俺に向かってそう叫んだ。
俺はとうとう状況が分からなくなり、電気の放出を止める。
人形はプスプスと黒い煙を全身から立ち登らせ、大きく肩で息をしていた。
そして煤けたマントを払い、軍帽のツバの角度を直した後ビシッと姿勢を正す。
「ゼェーッ、ゼェーッ!酷い目に合いましたよ!ホントに!」
「だから、弱小ドミネーターの癖に無理すんなって言ったろ。」
ガクリと膝を着いた人形の肩を叩いた後、外国人が俺の方へ歩いてきた。
かなり身長が大きく、今の俺とも大差無い。恐らく二メートルは越えている。
何か、外的要因によって潰れたであろう右目から、この者が恐らく軍属、またはその経験があるという事が推察できた。
「俺はアンドレア。フランスで大統領やってんだ。よろしくな。」
「なっ!?」
背後で、山吹が驚きの声を上げる。
「よぉ、自衛隊の皆さん。俺は今日お前らに、一つ提案があってわざわざ来たんだ。」
『暫定』大統領はその野獣の様な顔を人懐っこい笑顔にし、両腕を大きく広げながらそう宣言する。
「ーー終わりゆくこの世界。同盟を組んで一緒に生き残ろうぜ。って提案をよ。」
ーー場が、静寂に包まれた。
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【DMT―53IR『
【DMT―009JP無貌の騎士によって破壊されたこのドミネーターは、ありとあらゆる物理的干渉を受けずに、他のドミネーターを除く全ての物質を透過する事が可能。攻撃力も凄まじく、無貌の騎士を一撃で半壊させる程である。だが実験の結果、光を浴びると鱗が急速に脆くなる事が発見されたため、その真価は影の中からの不意打ちに集約されると思われる。】