その瞬間彼らは自らの運命を悟ったのだろう。北朝鮮に渡されるということは「残酷な拷問と死」を意味するということを。
彼らが本当に拷問死を遂げるのなら、文在寅政府は死刑を宣告したのと同然である。
この事件に接した韓国人の多くは韓国政府の非情な措置に怒りを覚えると同時に、ある事件を思い出さずにはいられなかったことだろう。それは今から23年前、1996年に起きた「ペスカマー(Pescamar)号 船上殺人事件」である。
「ペスカマー号 船上殺人事件」というのは釜山を出発し南太平洋でマグロを捕まえていた遠洋漁船ペスカマー号で起きた残酷な殺人事件である。中国籍の朝鮮族船員6名が船上反乱を起こし、船長を含む韓国人7名、インドネシア人3名、中国人1名の計11名を殺害し海に死体を棄てた事件だ。
あまりにも残酷な殺害方法に韓国国民は大きな衝撃を受け、1審で6名の犯人全員に死刑判決が下された時は「当たり前だ」という雰囲気だった。
ところが2審から風向きが変わった。
当時釜山地域で人権弁護士として知られていた「文在寅」弁護士が被告の弁護を請け負ったのだ。結果、首謀者の1名を除く5名は無期懲役となり、その後、文在寅現大統領が青瓦台秘書室長を務めていた盧武鉉政権下において首謀者も無期懲役に減刑されたのである。
文在寅弁護士は後日(2011年)、この事件について「加害者たちも同胞として暖かく迎えてあげるべきであり、今でもその考えに変わりはない」と回顧している。人権弁護士と呼ばれるだけのことはある暖かい心持ではないか。
それが、なぜ今回、強制送還された北朝鮮住民を氷のように冷たい心で対峙するのだろうか。