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異世界最強の大魔王、転生し冒険者になる 作者:月夜 涙(るい)
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第四話:魔王様のおせっかい

 料理を待ちながら、この店の空気を楽しむ。


『人気の理由は、飯と酒だけじゃないようだな』


 中には看板娘のトラ耳美少女を嫌らしい目で見ているものもいる。

 おっ、尻に伸ばされた手を軽やかに躱した。いい動きだ。

 にしても、すごい子だ。

 さほど広い店ではないとはいえ、一人でこれだけ盛況なきつね亭の接客をこなしていた。……今動きが早すぎて残像が見えた。

 丁寧に素早く。四人分ぐらいの働きっぷりだ。


「おまたせしました! 特製バラ煮込みと、季節の果実酒です!」

「ありがとう」

「お客さんは運がいいですよ。昨日のダンジョン探索でいつものホーンボアじゃなくて、レアなタイラントボアを狩れたんです! お酒に使った瑠璃杏の実も滅多に採取できないんですよ。味わって食べてくださいね。えっへん」


 ダンジョン? 狩れた?

 いったい何を言っているのだろう。とりあえず、食うとするか。

 特製バラ煮込みは猪のバラ肉をトマトベースのソースでとろとろに煮込んだもので、脂がぷるぷるして美味しそう。

 酒のほうからは杏の爽やかな香りが漂ってくる。

 さっそくいただく。


「うまい」


 脂身がとろっと溶けて、肉がほろほろと口の中で崩れる。くどくなりがちなそれが、トマトソースでしつこさを感じられない。そして脂の味だけじゃなく、肉の旨味がしっかりしていた。

 それに酒のほうもいい。いい杏を使っていて、果物の輪郭がくっきりでている。

 なるほど、ここはあたりだ。

 もっといろいろと頼んでみよう。どれだけ豪遊できるかは財布との相談だ。ロロアが持たせてくれた路銀を確認する。


(あいつは)


 この店で食事するなら四十年ぐらい三食食事ができる額だ。

 荷物が重かったわけだ。

 あの子は俺を甘やかしすぎる。

 さて、路銀の心配はないし、思う存分追加を楽しむとしよう。

 魔王だったころも食事はできたのだが、そもそも食事なんてものを必要としない体で空腹を感じたことがなく、付き合いで食べるか、あるいはただの娯楽だった。

 人の身になり、空腹というものが最高のスパイスだと思い知らされる。

 ローストポークのサンドイッチをトラ耳美少女が運んでいた。あれもうまそうだし、腹にたまりそうだ。俺も頼もうか? いや、まずはメニューを読み込もう。


「おら、店主をだせやっ!」


 メニューとにらめっこをしていると、ガラの悪い男たちが店に入ってきた。


「みなさーん、聞いてください、この店は泥棒の店ですよ! 払うものを払わない、泥棒の店!」


 全員、クマっぽい見た目の獣人だ。だからこそ体格が良く、それに相応しい怪力があるだろう。

 客たちは怯え、なかには店から逃げていくものもいる。

 そこに、先程のトラ耳美少女が駆けつけた。


「こっ、困ります。営業中にこんな」

「ああんっ、困ってるのはこっちやで! 俺らだって、わざわざ金の取り立てに、足を運ぶのは面倒なんや、わかる?」


 トラ耳美少女にクマ獣人が凄む。

 すごい光景だ。


「ほら、この契約書見いや。期日までにこの金払わんと出ていくって約束でしょ! そんで、それ今日やで。わかる? ん?」


 それで状況はだいたい分かった。


「借金か。これだけ繁盛しているのに」

「いやいや、それがちょっと違うんだよ」


 俺の独り言に、常連客っぽい男が反応する。


「ありゃ、借金じゃなくて土地からの立ち退き勧告だ。ここの土地はさ、キーアちゃんの父親……もう死んじまってるんだけど。その腕に地主が惚れ込んで、一生タダ飯を食わせてもらうことを条件にプレゼントしたものなんだ。そいつが二十年前の話だ」


 キーアというのは、あの看板娘の名前なのだろう。


「それなら、問題ないように聞こえるんだが」

「それが土地の持ち主が三ヶ月前、ころって逝っちゃってな。土地はやったと口頭で言っただけで契約上は元の持ち主のまんま、んで、そのドラ息子が、口約束なんて知らん。土地代を払うか、キーアちゃんを寄越すか、どっちかをしないなら、出ていけって言い出してな」


 なかなかひどい話だ。

 トラ耳美少女……キーアを差し出せってあたり、金のためじゃない。あの子を手に入れるために、あえて約束を知らない振りをしているように見える。


「出ていってもこの味とキーアの接客なら、どうとでもなるだろう。別の場所で店を開けばいいだろう」


 この繁盛っぷりを見れば一目瞭然。あの可愛く、優秀な看板娘にこの絶品料理。

 場所を移したぐらいで客足が落ちたりはしない。


「そうだな、他で店やるなら俺らもついていくさ。だが、この店はキーアちゃんにとっては形見だ。そうはいかねえんだよ」


 そうこう話をしていると。

 トラ耳美少女、あらためキーアが目に涙を浮かべて前に出た。


「私、あの人のものになります。だから、今は帰ってください。お父さんのお店を壊さないでください」

「おっ、ええで。素直なのはええことや」


 身売りを決意したのか。

 常連の話が正しければ、それでこの店は救われる。

 明日からもこの店で毎日食事を続けられるだろう。

 特製バラ肉の煮込みを口に運ぶ。


「……まずい」


 さっきまであんなにうまかった料理が、まったくうまく感じられない。

 理由はわかっている。この胸糞悪さだ。

 せっかくの料理が台無しだ。

 だから、立ち上がることにした。

 キーアの手を引いて彼女をかばい、クマ獣人の前に立ちふさがる。


 俺は千年前、魔族たちが対立しようと、第三者に迷惑がかからないなら、関わらないようにしてきた。

 魔王という身分で干渉してしまえば、簡単に言うことを聞かせることができてしまう。それでは神や天使と同じになってしまう。

 子供の喧嘩に大人が出るのはかっこ悪い。

 だが、俺はただの人になった。

 同じ立場にいるなら、好きにやらせてもらう。


「その話、待ってもらえないか」

「おっ、兄ちゃん、仕事の邪魔をせんといてくれへんか」

「断る、こっちはうまい飯を台無しにされて気が立っているんだ」

「なら、痛い目見てもらおうやないか」


 手下のクマ獣人が二人、左右から挟みこむよう襲いかかってくる。

 ……さて、どうしたものか。こちらは暴力など振るうつもりはなく、俺は穏便に交渉するつもりだったに、こいつらは血の気が多すぎる。

 馬鹿力の熊獣人、しかもこういう揉め事になれている連中と切った張ったなんて、今の体ではあまりにも分が悪い。

 だが、不思議と落ち着いていた。どうにでもなる、そう頭じゃなく本能の部分で感じているのだ。

 時間が引き伸ばされていく感覚。

 すべてがスローに見えた。

 右のクマ獣人が突き出した手を掴み、流れるようにその勢いを利用して背負投げして、左のクマ獣人にぶつける。

 たたらを踏んだところに全力の踏み込みからの掌底をぶち込むとまとめて、巨漢のクマ獣人二人が吹っ飛ぶ。

 これは腕力じゃない、相手の力を利用する投げと、全身の力を一点に集中して爆発させる技術。


(……こんな技術、俺は知らない。だが、妙にしっくりくる。知識だけじゃない、まるで何十年も使い続けていたかのように血肉になっている。ロロアの仕込みじゃない、体じゃなくて魂に刻まれている。そんな気がする)


 こんな武術、魔王のときもできなかったはずだ。なのに呼吸するかのように自然に出た。


「なんだ、兄ちゃん、喧嘩を売ってんのか」

「いや、襲われたからとっさに反応しただけだ。俺は売る側じゃなくて買う側だ。その催促書を見せてくれ」

「かめへんけど、写しあるから破っても無駄やで」


 催促書を見る。

 ふむ、これなら。


「これで足りるだろう。キーア、会計だ。三千二百万バル支払おう。……それで、キーアから、あんたにこれを渡す。これで晴れて、この土地はきつね亭のものだ」


 突然の支払いに、クマ獣人のリーダーは目を丸くする。


「おいおい、こんな大金。あんさん、いったい、なんのつもりよ」

「俺はうまいものを食いにここへきた。こうしなきゃ、飯がまずくなる。それだけだ」


 それに、もともとロロアが持たせてくれた金に頼っておいて、俺が人としてこの世界を味わうことになるのかと疑問に思っていたのだ。

 遊ぶための金は自分で稼ぐ。

 だから、この金はここのメシ代で使ってしまう。

 クマ獣人は金と俺の顔を交互に見て、それから、にっこりと笑った。


「まいどあり! これで、あんさんはお客さんや。なんか困ったことがあったら、蜂蜜金熊組に相談してえや。おい、いつまで寝てるんや、いくで」

「へっ、へい、親分」

「置いてかないでくだせえ」


 そうして、クマ獣人たちが出ていく。

 俺は席に戻って飯を食う。

 うん、やっぱりうまいな。こうして、良かった。


 さてと、これからどうするか。

 宿を取るつもりだったが、路銀がほぼない。

 街から出て野宿でもするか?

 そんなふうに考えていると、キーアが目の前に現れる。


「あの、いったいどういうつもりですか!?」

「あいつらのせいで飯がまずくなった。だから、追い払った」

「そんなことのために、三千二百万バルも!? もしかして、そんなお金をぽんっと出せる大金持ちなんですか?」

「いや、あれがほぼ全財産だ」


 なにせ、ロロアから渡されたもの意外に所持品はない。


「それなのに、私を助けるためにあんなことを」


 そこで言葉を区切って、キーアは何かしら覚悟を決めたようだ。


「……あの、恩返しさせてください! あなたがいなかったら、お父さんのお店を守れませんでした。だから、私、なんでもします!」


 ぐっと身を乗り出してきて、顔が近い。

 よく見ると赤くなっている。あと胸が大きいな。こうして、迫られると胸の谷間が見える。


 ……おかしい、下腹部に違和感が。

 そうか、人になったせいで、性欲なんてものまでできたのか。

 初めての感じた衝動のせいで、とんでもないことを言いかけて首を振る。


「そんな必要はないさ」

「それだと、申し訳なくて、私の気がすまないんです」


 なるほど、それなら仕方ないか。

 何か頼まないとな。

 それもなるべく彼女が悲しまないのがいい。彼女がつらそうにすると飯がまずくなるのはさっきわかった。

 なら……。


「全財産を使ってしまって、宿代がないんだ。しばらく、一部屋貸してくれないか? できれば食事も用意してもらえると助かる」

「はいっ、ぜんぜん構いません。お父さんの部屋を使ってください」

「じゃあ、それで頼む」


 これでとりあえず、宿はどうにかなったし、餓死も回避できた。

 とはいえ、いつまでも彼女に甘えるのもあれだ。

 さっさと自分で稼げるようにならないと。

 ……そういえば、さっきキーアはダンジョンで肉を獲ってきたと言った。

 もしかしたら、それで食い扶持が稼げるかもしれない。

 あとでもう少し詳しく話を聞いてみるとしようか。

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