あいはとまらない


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作:まなぶおじさん
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和気あいあい


「でさ」

 

 Rainを踊り終えたLotusが、震のことを肘で気安く小突く。んだよと悪態をついてやるが、Lotusはへらへら笑ったまま、

 

「東京でのライブ、見にいくんだろ?」

 

 ンなもん、ハナから行くに決まってるだろ。

 

「え……まあ、行けたらいく」

「えー? AIちゃんの晴れ舞台だぞお、お前が行かなくてどーすんだよ」

「どういう意味だよ」

「とぼけんなよー」

「あんだよお前、意味がわからねえぞ」

 

 Lotusの思惑が理解できるからこそ、露骨に嫌そうな顔をするしかない。

 ――ゲーセンは、今日も日常的だった。

 大学生らしい女性プレイヤーが、今日も高難易度曲にチャレンジしている。この前クリアしたばかりで、今は高ランクに挑戦中だとか。エアホッケーコーナーからは、今日も軽やかな音が弾け飛んでくる。勝利したらしいのか、「っしゃあ!」という男の声がゲーセンに響いた。

 ダンスゲーマー二人組が、今日もスコアについてだべっている。スコアで負けた奴がおごりな、おーやってやろうじゃねえか。

 

「あ」

 

 そして、常連たちが気づいた。

 

「こんにちはー」

「こんちは、AIさん」

 

 グラサンを外したAIが、常連たちへ明るく穏やかに微笑む。AIに気づいた他の常連も、特に何事もなく「やあ」と手で挨拶するのだ。

 そしてAIは、そのままの顔をしながらで、震めがけ歩んでいって、

 

「――今日こそ、あなたに勝つわ。それまで首洗って待ってなさい、SIN!」

 

 表情が、勝気そのものに早変わりした。

 人差し指まで突き立てられた。

 対して震は、返すように口元を歪ませるのだ。

 

「……いいぜ。挑戦なら、いつでも待ってるからな!」

 

 ゲーセンは、今日も日常的だった。

 

 □

 

「次。AIさん、どうぞ」

「はい」

 

 AIが、腕を左右に広げる。肩を上下させながらで、深呼吸した。

 

「SIN」

「ん」

「今日から、しばらくはここに来れなくなる」

 

 震へ振り返ることもなく、AIは粛々とそう宣言した。

 誰もが声を飲み込む。筐体が、タイトル画面のBGMを再生し始める。

 

「だから、ここで決めてみせるわ」

 

 AIが、台の上に立つ。ワンコインを投入して、画面から「カードを認識させてください」と指示されて、AIは慣れた手つきでゲームカードを当てる。

 AIの顔は、決して伺えない。

 

「今日は」

 

 何も迷うことなく、ボス曲たる「THUNDER」を選択した。

 ――間も無く、譜面が稲妻のように降りかかろうとしている。幾多ものゲーマーを屍に追い込んだ災害が、AIを焼こうと牙を剥きはじめる。

 そして、曲が始まった。

 嵐の前の静けさが、ゲーセン内に訪れる。音楽が響くまで、あと少し。

 誰もが固唾を飲んで見守る中、

 AIは、

 

「私の、オンステージよッ!」

 

 凛然と叫び、それに応えるが如く攻撃的な音楽が飛びかかってきた。

 AIは、数えきれない稲妻へ踊り向かっていく。

 

 

 誰もが、見守っていた。

 AIは、四方八方から降り注ぐ譜面を決して見逃さない。ナイフのような気配を発しながら手をひらめかせ足を舞わせ、時にはアドリブすら駆使してコンボを繋ぎ合わせ続ける。何がなんでも稲妻へ食らいついてみせる。

 THUNDERはいつまでも落ち続けた。しかしAIは、あくまで天と戦い続けた。

 誰もが、沈黙している。

 いつも失敗していた箇所を、難なく踏み越えた。

 この瞬間を以て、次に繋げてみせたのだ。

 

 そして、王は確かに耳にした。

 AIが、歌い始めたのだ。

 

 THUNDERは英語の歌詞で構成されている。しかしそれでも、AIはいつまでも歌い続ける。雷鳴止まぬ舞台の上で、どこまでもその身を踊らせ続ける。経てば経つほど、AIの自由が広がっていく。

 そしていつしか、AIがスピンを展開した時、

 

 ダンスゲーマーの誰もが、怒涛の如く躍り始めた。

 

 緊張感なんて、もうどこにもない。

 AIのゲーセンライブに、誰もがダンスで参加している。年上の兄ちゃんも、年下の女の子も、Lotusも、THUNDERなんて食い物にして踊り明かしている。ためらい続けていた新人プレイヤーがいたが、AIのウインクを受けた瞬間に、新人もまた稲妻へ立ち向かうダンサーと化した。

 そしてキングは、AIの行く先を見届けるべき王は、ただのゲーマーとしてAIと遊んでいた。

 ――思う、実感する。

 やっぱりAIは、トップアイドルなんだ。

 

 そして、曲が終わりを告げる。

 稲妻が全て落ちて、結果発表という暗雲が立ち上る中、

 金色に輝くSランクの文字が、虹色に照らされるBEST SCOREの羅列が、燃えるFULL COMBOのログが、天をも貫くAIの人差し指が、感情のままを映し出しているAIの笑顔だけが、この場に残されていた。

 AIは、肩を揺らしてまで息をしている。ダンスゲーマーたちは、THUNDERフルコンボという結果を飲み込もうとしている。

 ――そして、みんなが現実を受け止めた瞬間、

 

「ったぁぁぁぁぁ―――――ッ!」

 

 Lotusが飛び跳ねる。女の常連客が黄色い声を上げる。年上の男プレイヤーが口笛を吹く。新人プレイヤーが両手でサムズアップした。キング以外の誰もが、それぞれの体で歓喜を表現し尽くしている。

 そう、SIN以外は。

 ――それを見たAIは、「はあ」と息をして、真顔へ元通りとなる。リザルト画面を背に、軽やかな足音を立てながらで、ついにSINの前に立った。

 数センチも離れていない距離で、震とAIは見つめ続ける。ただただ黙って。

 それはまるで、気高い邂逅のようで、王と天才に相応しい光景のようで、

 

「やったぁ―――――――ッ!」

「きたぁ――――――――ッ!」

 

 そして、ただのゲーマーとして絶叫した。

 とにかく二人は、感情という感情を声に出す、顔にも出る。

 すげえやったなと震は笑う、クリアできたとAIははしゃぐ。そのまま衝動的に手と手を取り合い、ウサギのように跳ねながらで「やった、やった!」を連呼し合う。AIのヘアピンの数なんて最高記録だ。

 そして、先に行動したのはどちらだっただろう。震とAIは、気づけば抱きしめあっていた。

 AIの体は、とても熱かった。踊り終えた命の鼓動が、体を通じて伝わってくる。AIの腕は、間違いなく震の体を求めていた。

 AIが偉業を成したのが、とにもかくにも嬉しい。ライブ前に未練を断ち切れたのが、すごく喜ばしい。妃として一歩歩んでくれたことが、あまりにも愛おしい。だから震は、AIの髪を撫でようとして、

 

「あ」

「あ」

 

 そして、二人して気づいた。

 ここは、ゲームセンターだということに。

 ――周囲を見る。

 ある者は、視線を逸らしたフリをしている。ある者は、ガン見を決め込んでいる。女の常連は、腕まで組んで満足げに頷いていた。Lotusに至っては、チラ見しながらで吹けていない口笛を吹いている始末。

 何事もなかったかのように、こっそりと抱擁を解く。現場を見られたくせに。

 

「……あ、続きどうぞ」

 

 Lotusを筆頭に、誰も彼もが目を逸らしてくれる。筐体が、早く二曲目を選べと指示してきた。

 この場にいる誰も彼もが、からかいの一つも飛ばさない。それがかえって恥ずかしくて、いてもたってもいられなくて、震はつい、

 

「なあ」

「ん」

「何か、こう、ねえの?」

「こう?」

「その……異議とか、ちょっと待ったとか!」

 

 Lotusが、くそ面倒臭そうな顔を浮かばせながら「なんかある?」と常連達に聞く。常連は、黙って首を横に振るう。

 

「あのな」

「ああ」

「SINとAIさん、二人はお似合いだって前々から思ってたんだからな。俺ら」

 

 AIが、頬に手を当てながらで仰天しつくしている。震は、あくまで「はあああ?」と食らいついて、

 

「な、何がお似合いだってんだよ」

「お似合いもお似合いだろ。キングに天才、これ以上の組み合わせがあるか?」

「そ、そんな乱暴な」

「ゲーセン的にはなーも不思議じゃないな」

 

 ゲーマーにとっての必殺を受けて、ダンスゲームキングは歯を食いしばることしかできなくなる。

 

「AIちゃん」

 

 その時、Anemoneからお声がかかった。

 先ほどまでの勇猛さはどこへいったのか。すっかり萎縮しきっているAIが、蚊の鳴くような声で「はぃ」と応える。

 

「可愛い!」

 

 サムズアップを食らったAIは、もはやしおしおになっていた。

 曲セレクトの制限時間が切れたのか、筐体がTHUNDERを選択する。Cosmosが、無言で代理プレイに勤しみ始めた。

 

「あ、あのな」

 

 AIの前に、震がなんとか立ちふさがる。

 

「AIと俺とは、そういう関係じゃないんだよ。AIに迷惑だろ」

「えっ」

「えっ」

 

 AIから絶句されて、震も硬直する。Lotusが、「な」と笑う。

 

「お、お、お似合いかもしれんけど!」

「う、うん」

 

 AIが、ここで同意する。

 

「でも、その、AIとはお付き合いしてないから!」

「まだ?」

「あ、ああ!」

 

 Lotusへの返答に対し、震が「あ」と真っ白になる。

 全否定がしたいのであれば、「付き合うとかそういうんじゃない」と口にするべきだったのだ。それなのに震は、「まだ」の箇所に脊椎反射してしまったのだ。

 Lotusが、これまた「な?」という顔をする。どう足掻いても反論できないからこそ、逆恨みが膨らんでいく。

 

「Lotusてめえ、さっきの口笛ヘッタクソだったぞ」

「は、はあ? いいじゃねえか別に、吹けなくとも。……そういうお前は吹けんのかよ、口笛」

「えあ? い、いやそれは」

「王様のくせに、口笛の一つも吹けないんですか?」

「王様関係あるか?」

「音ゲーの王様だろ、吹けて当然だろ」

「そうかあ? ……そうかもしれん」

 

 すっかり頭の中が茹だってしまっているせいで、ろくに思考力が働かない。だからLotusの口車に乗せられるがまま、口笛を吹いてみたのだ。

 乾いた吐息が、音ゲーコーナーにむなしく響いた。

 Lotusが、人差し指を差してまで笑っていた。

 

「……くっそ、くっそ! いつの日か必ず、吹いてやるからな!」

 

 常連の一人が、「おーがんばれよー」と口笛で囃し立ててくる。この一週間の中で、最もキレそうになったと思う。

 

「まあ、AIちゃん、あれよ」

 

 Lotusと震がバカをしている間、Anemoneはごくごく冷静な調子でAIに話しかける。

 

「みんなこんなんだけど、あなた達の邪魔は決してしないわ。王への挑戦も、SINとの交流もね」

「あ、ありがとう、ございます」

「いいのよいいのよ。私達はこれからも、AIちゃんのすべてを応援し続けるから」

「――は、はい!」

 

 ちらりと、AIの方を見る。

 口元が、自然と綻んだ。

 

「――ふう」

 

 そして、一息つく。

 もともと、AIとは一緒に居ることが多かったのだ。ましてやゲームランクもほぼ同等だからこそ、ゲーマーたる皆が「お似合い」と評するのも当然といえた。

 それに、それにだ。

 表向きは怒鳴ってはいるが、心の内ではくすぐったい気持ちになってしまっている。二人だからこそと言われて、決して表面に出してはいけない照れくささが生じているのも事実だった。

 ――そうだな。

 そろそろ、すべてを明かすべき時が訪れたのかもしれない。

 

「AI」

「うん?」

「……言っていいかな。俺の夢を、AIとの約束を」

 

 そしてAIは、柔らかく微笑みながら「うん」と頷いてくれた。

 AIの意思を確認した震も、小さく頷いて、

 

「みんな、聞いてくれ」

 

 決意めいたものが、顔にまで現れているのだろう。Lotusは「なんだ?」と言って、それ以上のことは示さなかった。

 CosmosがTHUNDERをBランクでクリアし、無言で首だけを振り向かせる。女の常連も、無言で聞き届けるつもりでいた。

 

「俺さ、実はその、夢があるんだ。その夢を叶えたら、俺は、その、AIと――」

 

 震は、プロのダンサーになるという夢を口にした。その目標を叶えたら、AIを幸せにすると誓って。

 そしてAIもまた、キングの全スコアを塗り替えた瞬間に、妃として生きていくことを皆に伝えた。

 

 みんな、朗らかに応援してくれた。

 

 □

 

 そろそろ暗くなってきた。

 大人組は居残ってプレイを続けるつもりだが、学生組はそろそろ帰宅しなければならない。学生利用可時間、というものがあるのだ。

 Lotusが、疲れたとばかりに背筋を伸ばす。Cosmosが、面倒そうに学生鞄を手に取る。Anemoneは、ああ楽しかったと帰っていってしまった。

 さて。

 自分も家に帰って、メシ食って、フロ入って眠ることにしよう。今日は色々とありすぎて、かなり疲れてしまった。

 大きく欠伸を漏らしながら、ゲーセンの出入り口まで足を運ぼうとして、

 

「ねえ」

 

 後ろから声をかけられ、「お?」と首だけを向ける。

 真面目な顔をしたAIが、震のことをじっと見据えていた。

 

「な、何?」

 

 思わず、声が震えてしまう。先ほどの件もあって、AIへの感情がどうにも高ぶって仕方がない。

 

「……その、これ」

 

 財布から、何かを引き抜いたかと思えば、

 

「こ、これ」

「うん。私の、ゲームカード。それを預かってほしいの」

 

 なんでまた。

 そんな顔をしてみれば、AIが気恥ずかしそうに「あー」と声を出して、

 

「そ、その……ツアー中に、他の店舗へ『浮気』しないように預かっていてほしいの!」

 

 プロの大声が、ゲーセン内によく鳴り響く。

 Lotusの耳にも届いたらしく、「マジか」と笑われる。一方の震は、実に困ったように首をかしげるしかない。

 

「ま、まあ、俺でよければ……でも、いいの? ゲームカードってば貴重なブツだぜ?」

「だから、あなたに預けるのよ」

 

 有無を言わさず、AIが「ん」とカードを押し付けてくる。不安を半分、嬉しさを半分覚えながら、おそるおそる手を伸ばして、

 AIがぐいっと手を伸ばし、カードをそのまま手渡してしまった。

 

「いい? なくすんじゃないわよ。あなたとの戦いは、これからなんだから」

 

 そう言うAIの表情は、とても明るくて、楽しそうで、やっぱり勝ち気が溢れんばかりだった。

 賑やかなゲーセンの中で、震もつい破顔してしまう。カードをひっくり返してみれば、「AI」がサイン文字で描かれていた。

 

「わかった。死んでも守り通すよ」

「よく言ったわ。じゃあ次の戦いは、ツアーが終わってからね」

「あいよ。挑戦なら、いつでも引き受ける」

 

 AIが、満足そうに頷いた。

 

「私がいないからって、ゲームもダンスもサボっちゃダメよ。あなたは、私のラスボスなんだから」

「わかってるよ」

 

 ハイタッチ。

 

「じゃ、いってきます」

 

 そうしてAIは、パーカーのフードを頭に被り、サングラスをかけて、一瞬にして水野愛へと変身する。

 そうして何事もなかったかのように、愛はゲーセンの自動ドアをくぐり抜けていった。

 

 愛の後ろ姿が見えなくなる。震は、いなくなった愛の軌跡をずっと見つめ続けている。




ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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