あいはとまらない


メニュー

お気に入り

しおり
作:まなぶおじさん
▼ページ最下部へ


2/7 

相まみえる


 それからというもの、AIとはゲーセンでよくよく絡むようになった。だいたい、週に三回ほどのペースで挑戦をふっかけられている。

 正直なところ、AIの成長速度はとてもやばかった。最初の数回は失敗続きだったものの、持ち前の負けん気でCランクからBランクへ、そうして日を跨げばAランクにまで登りつめてしまうのだ。

 とにかく勢いで上達してしまうからか、AIの存在感はとても色濃い。自然と、ゲーセン仲間と交流するほどになった。

 本当にすげえ人だなと、素直に思う。

 

「……ふう」

 

 AIのダンスが終わる。曲は曇り空の下で、判定はAだった。

 

「流石」

「どうも。でも、Sランクじゃない」

「あと数回もプレイすれば、達成出来る気はするけどな」

「そう? まあ、キングが言うのなら間違いないわね」

 

 花びらのヘアピンが、なんだか増えた気がする。

 常連の間では、「あれって気分で数が変わるんじゃ?」ともっぱらの噂だ。

 

「――さ、次はあなたの番よ。見せて頂戴、キングのダンスを」

「あいよ」

 

 そうして震は、Rainに次ぐボス曲、THUNDERを迷いなく選択する。間もなくして、稲妻の如くアイコンが降り掛かってきた。

 ――今やキングとして名を馳せている震だが、成長速度そのものは「ごく普通」だ。毎日ゲーセンへ入り浸って、何度も幾度も失敗を重ねて、地道にランクを上げて、そうして今の自分がいる。

 自分の才能に関しては、正直なところ凡くさいと思っている。ここまで成り上がれたのは、単にキングへの執着心が強かったから、そして褒められるからだ。

 

「……なんて曲なの。こんなのを、あなたは踊れてしまうの?」

 

 だからこそ、天才型かつ超負けず嫌いなAIの存在は、本当に驚異的だった。

 単にダンスが上手いのは良い、そういう奴はちらほら見かけてきた。そうして壁にぶち当たった時は、何くそと上達しようとするか、「これが限界か」と悟ってしまうケースが多い。

 一方のAIは、何くそこのやろうと上達しようとする上に、敗因をも食い物にしてしまえるのが心底恐ろしい。はっきり言って、驚異そのものだ。

 ――けれど、

 

 THUNDERが終わる、結果はS判定。スコアに輝く、BESTSCOREの文字。

 ギャラリーが湧く、AIが「すごい」と口にする。

 ――確かに、AIの存在は驚異的だ。だからこそキングとしての焦りが、そして負けん気が再熱したのも事実だった。AIが現れなければ、BESTSCOREなんて取れやしなかっただろう。

 台から降りる。腕を組んだままのAIが、不敵そうに笑いかけてくる。

 

「流石ね、SIN。やっぱりあなたは、キングだわ」

「どうも。でもAIだって、かなり腕を上げてるじゃん」

「あの頃と比べたらね。でも、まだあなたのレベルには達していない」

「こだわるね」

「こだわるわ」

 

 こんなやり取りを交わしているが、何やかんやで表情そのものは柔らかい。

 

「ねえ、SIN」

「ん」

「今ね、すごく充実してるの」

「へえ、充実」

 

 常連のダンスを眺めながら、震が小さく頷く。

 

「この前、ダンスをしてるって言ったよね」

「ああ」

「まあその、ダンス自体は楽しいし、辞めるつもりはないんだけれど、」

 

 辞めるつもりはない。その言葉に、声にならない唸り声が漏れる。

 一方のAIは、両腕をうんと伸ばして、

 

「……行き詰まっちゃってね」

「ああ、よくある」

「何度やっても、同じ箇所でミスしちゃってさ。それを見かねた講師が、気分転換をしてこいって休みをくれたの」

「ああ、それでゲーセンに?」

「そ。ダンスゲーはいいわねえ、ワンコイン入れるだけで下準備が完了するし、色々な曲を手軽に体感出来るし、勝ち負けもあるしで」

「結局はそこに行き着くんですかい」

「別にいいじゃない。あなただって、そういう競技性があってナンボだと思ってるんでしょ?」

「……まーな」

 

 話を聞いて、AIは凄いんだなと思った。

 だってAIは、ダンスを続けるためにダンスゲーへ足を突っ込んだのだ。自分とは真逆だった。

 

「……ね」

「うん?」

「どうしたの? 何か、暗い顔してるけど」

 

 変な声が漏れた。

 つい、油断が生じてしまったらしい。

 

「いや、なんでもない。気にしないでくれ」

「そう?」

「そうそう。……で、どうだ、気分転換にはなったか?」

「ええ、お陰様で」

 

 声はあっさり気味だったが、口元はずいぶんと上機嫌そうに曲がっている。

 

「体全体で遊びきったお陰で、ダンスのことがもっと好きになったわ。キレも良くなったって、講師も言ってくれた」

「それは良かった」

 

 AIから、目を逸らす。

 

「……ま、あれよ、あれ」

「何」

 

 AIが、ふう、と息をついて、

 

「あなたのお陰、と言っておくわ。刺激を与えてくれて、その、ありがと」

 

 動揺のあまり、無思考でAIめがけ首をごきりと傾ける。

 AIはといえば、震と視線を合わせないように、はるか向こう側へと視線を投げ飛ばしていた。

 

「……ねえ」

「な、なに?」

「私、もしかしたら、ここに来れる機会が少なくなるかもしれない」

「――え」

 

 不満めいた声が、己が口から漏れたと思う。

 反対側へ顔を向けているせいか、AIの表情は伺い知れない。

 

「ああ、悪いことがあったんじゃなくてね。むしろ逆、いいことがあったから」

「……それは、ダンスが関わってる?」

「まあね」

「そうか。――まあその、良かったな」

「そうね。……でも、」

 

 そして、AIの視線がゆっくりと動き出す。

 ――その二つの瞳には、震の姿がはっきりと映っていた。

 

「まだ、あなたには勝てていない」

 

 そんなことを、AIは言って、

 

「あなたに勝つまで、私はずっとここに通い続けるわ」

「……どうして、そこまでこだわってくれるんだ」

「あら、決まってるじゃない」

 

 軽い調子で、AIが人差し指を向けてきて、

 

「ラスボスを倒すのが、チャレンジャーとしての義務でしょう?」

 

 とても楽しそうに、AIは笑ってくれた。

 

「……うん、まあ」

 

 対して震は、惚けた返事しかできていなかった。

 だって、思わず惚れそうになってしまったから。

 

 

―――

 

 雪が溶けてからは、AIとの交流は確かに減った。これまでは週三で会えていたのだが、今となっては一度か二度くらい、ギャラリーも「来ねえかなーAIちゃん」とよく言うようになった。

 震も物足りなさを、寂しさを露骨に抱いていたものだ。口には決して出さないけれども。

 ――それだけならまだいい。問題は、AIが順調に上達してくれるかどうか、この一点に尽きた。

 リアルのダンスを鍛えているからといって、ゲーム的なダンスに全て通じるとは限らない。経験者だからこそ、そのあたりはよく分かっているつもりだ。

 ゲーセンに来られる回数が減れば、その分だけ得られる経験点は減る。恐らく劣化はしないだろうが、上達するのに時間はかかってしまうだろう。

 そう、思っていた。

 

「やったぁ――――!!!!」

 

 そう、思い込んでいた時期があった。

 画面に映るは、「曇り空の下で」「Sランク」「BEST SCORE」。

 感情を叫び、人差し指を天高く掲げ、こちらに振り向いているAIの姿は――清々しかった、咲き誇っていた。そうとしか言いようがなかった。

 ゲーセン内の音楽だけが反響して、数秒が経つ。

 

「AIさんが、」

 

 最初に口を開けたのは、Lotusだった。

 

 そして、音ゲーコーナーで歓声がブチ上がる。

 男女問わず、誰も彼もが歓喜と賞賛を口にしていく。指を掲げたままのAIが、ただひたすらに笑顔で応え続ける。キングである震も、握りこぶしを作ってまで喜び惚けていた。

 そうしてAIは、仲間たちにハイタッチを交わし合っていく。やったな、すげえな、キングに追いつくな、成長したねえお母さんは嬉しいよ。

 そして、AIと震が対面する。何と言えばいいのか、ろくに言葉も見つからない。それでもAIは、本当にほんとうに嬉しそうな顔で、手のひらを向けてきて、ハイタッチをした。

 

「ああ、やった、やったわ……」

「ああ、本当にやってくれたな。こりゃあ俺も頑張らないと」

「ラスボスがレベルアップなんて、実に厄介ね」

 

 けれどAIは、歯を見せて笑いながら、

 

「ま、やりがいはあるけど」

「そうかい」

 

 歓喜は起これど、ゲーセンは今日も稼働し続ける。順番待ちをしていた男プレイヤーが、ゲームを開始する。

 

「なあ」

「うん?」

「お前、凄いよな。毎日入り浸っているわけじゃないのに、ここまで上達できるなんて」

「一応、ダンスしてますから」

 

 そう言うAIの顔は、とにかく明るい。踊り明かしたお陰か、汗が流れていた。

 そんなAIを見つめてみて、不快ではない気恥ずかしさが生じてくる。

 まただ。

 ご機嫌なAIの顔を目にすると、いつもこうなる。

 

「……なあ」

「うん?」

「ここんところ、忙しいのか?」

「うん。ちょっと、いいことがあってね」

「そうか。ま、俺はいつでも待ってるよ」

「サンキュ」

 

 感謝の言葉。それを耳にして、思わず、

 

「なあ、AI」

「うん?」

「俺さ、お前に感謝してるんだぜ」

「え?」

 

 間髪入れず、

 

「このあたりでは、俺は負け無しのランカーとして名を馳せてはいる。だからこそ、こう、上達しなきゃっていう危機感が薄くなっちまってたんだよ」

「ああ、そうなんだ」

「そ。ところがある日、キングを討伐しようとする天才プレイヤーが現れてくれた」

「へえ」

 

 AIが、にこりと笑う。

 

「せっかく手に入れた玉座を、AIに奪われてしまうかもしれない。そう思った俺は、気づけば必死こいてプレイしてた。……まるで、初心に還った感じだった」

「そうなんだ。……それは、よかったわね」

「ああ、本当にな」

 

 目の前で、コンボが積み重ねられていく。口笛が舞う。

 

「お陰で、ボス曲でハイスコアを叩き出せた。それもこれも、AIのお陰だ」

「ちょっと、大げさ」

「いいや、おまえのお陰だ」

「……ふうん」

 

 思わず、意固地になってしまう。

 どうしてもお礼を返したかったのは、ゲーマーの血を騒がせてくれたから。それはあると思う。或いは、ライバルへ敬意を払いたかったから。それもあると思う。

 

「ねえ、SIN」

「ん?」

「……もし、その、私が色々変わってしまっても、これからもわたしと戦ってくれる? 同じダンスゲーマーとして」

 

 AIが、不安そうな顔をする。瞳まで揺れ動く。

 そんなAIを見た震は、ゲーマーとして、ライバルとして、当然のように、

 

「――当たり前だろ。俺は、AIのラスボスなんだから」

「……そっか」

 

 そしてAIは、にこりと笑ってくれた。

 

 ――どうしてもお礼を返したかったのは、男として、AIのことが気になって仕方がなかったから。

 

 

―――

 

 2月――

 

『今月のベストアルバムは……アイアンフリルのFANTASTIC LOVERSです! このアダルティな曲調に惹かれ、CDを手にする人が続出しているとか!』

 

 朝食の手なんて、すっかり止まっていた。

 だってテレビに、見覚えのありすぎる顔が映し出されていたからだ。

 

『アイアンフリルは、いまをときめくアイドルグループとして絶賛活躍中です。どうやってトップまで登りつめられたのか、リーダーである水野愛さんに聞いてみました!』

 

 最初は、そっくりさんか何かだと思っていた。

 

『そう、ですね』

 

 けれどもその声は、至近距離で何度も聞いたもので。あの花びらヘアピンは、あまりにも特徴的で、

 

『失敗とか後悔とかを、全然ダメなことだと思ってないからですかね』

 

 その笑顔は、まちがいなくAIのものだった。

 

『それって絶対、次に繋がることですし』

 

 その姿勢は、AIの生き様を示していた。

 

『そういうのぜんぶ踏み越えた先に、誰にも負けない私がいると思ってるので!』

 

 間違いなく、まちがいなく、AIが、テレビの向こう側にいた。

 

そして、FANTASTIC LOVERSのPVが流れ出す。

アイアンフリルは、AIは、何も迷っていない真顔を自分達に映し出していて、曲が始まるとともに手を捻り、体を艶めかしく動かし、見覚えのあるキレでヒットソングと一つになっていく。

自分はただ、口を開けたままだった。

曲が流れていくたびに、心奪われた。

自分でもこうなのだ。この時間にテレビを見ている男なんて、帰りにCDを買いに行くだろう。女性だって、同性として何らかの刺激を受けるに違いない。

それだけの力が、美が、AIには確かに存在していた。

 

 ――味のしない朝食を食べ終える。部屋から学生鞄を引っ張り出して、死んだような足取りで家から出る。

 

 空は、嘘みたいに青い。通学路を歩み、同級生グループの談笑を耳にしながらで、震はAIの言葉を延々と思い出し続ける。

 

 ――失敗とか後悔とかを、全然ダメなことだと思ってないからですかね

 

 その一言で、AIという女の子のことを把握できたと思う。

 AIはどこまでも、前向きな努力家だった。失敗すらも食い物にしてしまえるような、そんな強かさすらも秘めている。

 そんな愛だからこそ、アイドルとして輝けたのだろう。そんなAIだからこそ、ダンスゲームにどこまでも熱くなれるのだろう。

 

 自分とは、まったくもって逆だ。

 

 ■

 

 ダンスを好きになったのは、特番のダンス番組をたまたま目にした時からだ。その衝撃といったら、夕飯の手を止めてしまうほど。

 ダンスへ一目惚れした震は、つぎの日からダンスの練習をこなしてみせた。そうしてダンス教室に通うようになって、少しずつ腕も自信も付いて、いつしかプロのダンサーになることを夢見ていた。

 だから、ダンスコンテストにも積極的に参加したのだ。一度や二度だけじゃなく、数回。

 ――結果は、鳴かず飛ばずの連続だった。

 一度目は予選落ち、二度目も同じく、三度目も振るわなかった、それ以上は思い出したくもない。

 悔しかった。

 この結果に納得出来てしまうからこそ、本気で悔しかった。

 予選を突破した同い年のダンサーは、みんな震よりも激しくて、そして間違いなく輝いていた。同じダンサーだからこそ、それが分かってしまう。

 こんな自分に、才能なんてなかったのだと実感した。

 だから震は、ダンスから逃げた。

 

 ダンスをやらなくなって、ずいぶんと空白の時間が増えた。ただ食って、ただ宿題をこなして、ただテレビを見て――ダンス番組だけは、避けていたが。

 そうしてある日のこと、気分転換とばかりにゲーセンへ寄ってみたのだ。久々だなあと思いながら、ゲーセン内をほっつき歩いてみると、

 

『おーやんじゃん! 上達したなーお前』

 

 賑やかな声につられてみると、そこは音ゲーコーナー、それもダンスゲームにギャラリーが湧いていた。

 それを目にした途端、自然と足が動いていた。この期に及んで、未練めいたものが刺激されてしまったのだ。

 歩きながらで、プレイしようかどうかと迷った。そうしてギャラリーの一人が震を発見して、

 

『君、これに興味があるのかい?』

 

 思わず、頷いてしまった。そこからはもう、後戻りなんて出来なかったと思う。

 ギャラリー達は快く道を開けてくれて、そうして台に立つ。最初の数秒ほどは沈黙したままで、ままよとワンコインを投入して、チュートリアルを拝見した後に「これがいいかな」と適当に曲をセレクト。

 ――割とむずかしめの曲を選んでいたことを知ったのは、数日後の事だった。

 

 初プレーの結果は、A判定。ギャラリーからは、「才能あるねえ!」の一言。「やってみないかい」の勧誘。

 だめだった。

 自分はころりと、ダンスゲームの虜になってしまった。

 そして気づけば、キングとしてふんぞり返っていた。

 

 ■

 

 AIとは、まったくの正反対だ。AIはダンスを続けるためにダンスゲームへ手を出して、自分はダンスから逃避するためにダンスゲームへ足を突っ込んだ。

 よく出来ているなと、なんとなく思う。

 

 ――それって絶対、次に繋がることですし

 

 AIは、そう信じているからこそ前に歩めている。

 自分は、それが信じられなくて逃げてしまった。

 

 ――そういうのぜんぶ踏み越えた先に、誰にも負けない私がいると思ってるので!

 

 俺は、君のことが羨ましいよ。 

 

 

―――

 

 

「いやー驚いたよなーマジで。まさか愛さんがなー」

 

 放課後、

 ゲーセン内の椅子に腰掛けながら、Lotusが「なー」という顔で話題を持ちかけてくる。対して震は、「だなあ」とぼんやり返答した。

 

「いやホント、いきなり過ぎたよな。……今までは、誰一人として愛さんの正体に気づけなかったわけだけれども、何でだべ」

「知名度の問題だろ」

 

 あっさりと答えてみせる。Lotusは「ああ」と頷いてみせ、

 

「そっか、それかあ。となると、何かこうスゲえよなあ、いきなりメジャーになるだなんて」

「いきなり、じゃないだろうよ」

「そうなん?」

「地道な努力を積み重ねてきたんだろう。曲も、ダンスも少しずつ磨き上げていって、そうして今のアイアンフリルが完成したんじゃね」

 

 震は、どこか遠い目をして笑う。

 

「俺ら音ゲーマーだって、下積みしまくってランクを上げていくだろ。それとおんなじじゃないか」

「あー、そっかー。だよなあ、愛さん頑張りまくるタイプだもんなー」

「な。それにお前、音ゲー以外のアーティストとかに興味あるか?」

「ねーなあ」

 

 ダンス中のプレイヤーを、じっくりと見つめる。

 目の前でダンスを繰り広げているのは、Cosmosという男性プレイヤーだ。年齢は同い年くらい。

 ここ最近になってボス曲へ挑むようになったのだが、それだって「いきなり」というわけではない。Cosmosだって壁にぶつかって、沢山のアドバイスを耳にしていって、長い時間を用いて上級プレイヤーへと成り上がった経歴がある。

 震は、それをずっと見届けてきた。

 努力は、決して人を裏切らない。

 

「あーあ、これから忙しくなるだろうなあ。もう来ねえのかなー、可愛かったのになー」

「さーなー」

「下剋上が見たかったのになー」

「俺の前でそれ言う?」

「えー、だめー?」

 

 苦笑しながら、首を左右に振るう。

 Lotusの言う通り、AIはこれから忙しくなるだろう。テレビ出演にレッスン、ライブに交流会と、色々と引っ張りだこになるに違いない。

 AIはゲーマーを卒業して、テレビの向こう側でこの先も輝き続けるのだろう。ゲーム仲間として、純粋にアイドル活動を応援するつもりだ。

 稲妻のように現れた君のことは、決して忘れはしない。

 頑張れ、AI。お前は、俺のようには、

 

「――あ!」

 

 常連の一声が、喧騒を貫いた。

 誰もがこぞって、「何」と顔をしかめる。常連が入口側へ指を差して、誰も彼もがそれにつられて、

 

「あ」

 

 間抜けな声が、出た。

 だって、信じられなかったから。時の人が、こっち(音ゲーコーナー)に歩み寄ってきているだなんて。

 

「あ、えと」

 

 変装のつもりなのだろう。その人はパーカーのフードを脱いで、物々しいサングラスを取り外した。

 

「こ、こんにちはー」

 

 その人は、気まずそうに笑う。ギャラリーも、どうしていいのか分からずに視線を右往左往し始める。

 無理もない。いま目の前にいる人は、銀幕のスターであり、今をときめくアイドルであって、おいそれと接触してはいけない人物なのだ。

 ――普通は、そう考える。

 

「あ、えと……やっぱり、ご迷惑、でしたか?」

 

 でも、

 その人はれっきとしたゲーマー仲間で、王を討ち果たそうとする挑戦者でもあって、

 

「おお、AI。今日も練習するのか?」

「あ」

 

 自分がもっとも会いたかった、ダンスゲーム好きの女の子だった。

 

「いやー、待ってたぜ? やっぱゲームには、ライバルがいないと張り合いが、なあ?」

 

 中指と人差し指でゲームカードを挟み込みながら、それをAIへ見せつけてみせる。

 AIは、しばらくはぽかんと口を開けたまま。ギャラリーも、固唾をのんで行く先を見守り続けている。ゲーセン内で反響する音楽が、どこか遠いように聞こえた。

 

「――そう、そうね」

 

 花のヘアピンが、増えたと思う。

 そしてAIは、「いつもの」鋭い笑みを浮かばせながら、ゲームカードを財布から引っこ抜いて、

 

「今日こそ、RainでSをぶんどってみせるわ。首洗って待ってなさい、SIN!」

 

 カードとカードが、銃のように差し合う。互いに、敵意むき出しの笑みを晒しながら。

 この瞬間、水野愛はAIへと成り代われた。

 

 いつものやり取りを交わした後に、AIが左右へ目配りして、

 

「えと。台、開いてますか?」

 

 AIは、マナーに関してはとても礼儀正しい。その姿勢は、ギャラリーからも高く評価されている。

 ――先ほどまでだべっていた常連達が、AIに笑いかけて、

 

「みんな、AIちゃんにプレイ権を譲ってもいいかー?」

「――おお、いいぜいいぜ」

「もちもち。……いやあ、さっきはごめんね。驚いてしまって」

 

 Anemoneが、「ごめんね」と手を合わせる。

 そんなAnemoneに対し、AIは「いえ」と微笑んで、

 

「わかりますよ。気を遣ってしまいますよね、どうしても」

「まあ、正直、ね。……でも、」

 

 女の常連客が、歯を見せてにっこり笑う。

 

「決めた。ココにいる限りは、あなたのことはAIとして触れ合うわ」

 

 だろ? そんな顔をしながら、女の常連客がギャラリーに同意を求める。

 もちろん、みんな頷いてみせた。

 

「あ――ありがとうございます!」

 

 AIは、深々と頭を下げた。

 震は、思わず前に出てしまい、

 

「まあまあ、そんな畏まらんでいい。いつも通りに、俺に挑戦をけしかけてくれよ、な?」

「……そうね、そうするわ」

 

 AIの顔が、ゆっくり、ゆっくりと持ち上がっていって、

 

「絶対に、あなたに勝ってみせるんだから!」

 

 その顔は、どこまでも明るかった。

 

 □

 

 6月の春頃、音ゲーコーナーは嘘みたいに静まり返っていた。

 

 AIがRainをプレイして、一体何度目になっただろう。少なくとも、十回はゆうに越えていたはずだ。最初はDに、何とかCまで食らいついて、いつしかBをモノにしてみせて、Aまで勝ち取ってみせて、そして、

 画面に凛然と輝く、「Sランク」「BEST SCORE」の文字。

 それだけでも、十分すぎたのだが、

 

「や、やりがった。キングのスコアを、越えやがった……」

 

 Lotusが、ぽつりと呟く。

 つまりは、そういうことだった。

 

「――ったぁ―――――ッ!!!」

 

 生の笑顔を共にしながら、AIが天高く指を突き立たせてみせる。感情が止まらないのか、ジャンプまでしてみせた。

 ――間、

 ――瞬間、

 どいつもこいつもが、無遠慮に叫びまくった。

 王の城壁が破られたことによって、ゲーマー達が大いに驚嘆する。AIが王を討ち果たしたことで、仲間達がやかましく祝福する。問答無用の笑顔に惹かれて、一緒になって喜びを感応する。皆が皆、AIめがけハイタッチをする。AIが、何度も何度も「ありがとう!」を叫んだ。

 ――やった、やったんだな。

 心の底から、そう思う。

 AIはようやく、実力を以て目標を達成できた。この瞬間から、AIはクイーンとして君臨せしめた。

 正直、少しだけ悔しいとは思う。

 けれど、やっぱり嬉しかった。相手がAIなら、これもいいかなと思えてしまえるのだ。

 寂しく、けれども笑いながらで息をつく。

 これで自分は、お役御免だ。

 これからはAIのことを、後ろから応援し続けようと思う。そしていつかは、女王のスコアを越えようと誓う。俺の戦いは、これから始まるのだ。

 

「ただいま、SIN」

「ああ。よくやったな、AI」

「ええ、やったわ。やってやったわ」

 

 本当に嬉しかったのだろう。AIの笑顔は、今もなお咲き誇ったままだ。

 それを目にして、心臓が痛くなる。触れ合える距離のせいで、意識が強張ってしまう。これって恋なのかなあと、身の程知らずの憶測が生じた。

 

「……ま、あれだ。本当におめでとう」

「ええ。これも、みんなのお陰よ」

「そうか、それはよかった」

「うん」

 

 そうして、AIは震の隣に移動する。

 二人の目線は、ゲームをプレイする常連客へ向けられた。

 

「……ねえ」

「ん?」

「その、さっきはありがとう。あなたが受け入れてくれたおかげで、いつものモチベーションでゲームに挑戦できた」

「ああ。あれはその、ゲーマーとして当然のことを口にしただけ」

「……そうだとしても、本当に嬉しかった」

 

 お礼を告げられるたびに、心が締め付けられる。踊り明かす以上に、体が火照っていく。

 

「ね」

「うん?」

「私ね、これからもダンスゲームを続けるわ」

「マジで」

「ええ、マジ。だって、こんなにも楽しいから」

 

 コンボが叩き出されて、ギャラリーから口笛が舞う。

 ――そうだよなと、震は共感する。そうでなければ、ここまで夢中になんてなれなかった。

 

「……そうだな、俺もそう思う」

「ええ。色々な曲調で踊れて、こうして仲間たちと喜びを分かち合えるだなんて、最高じゃない」

「ああ、そうだ。その通りだ」

 

 コンボが途切れる。けれどプレイヤーは、ダンスを絶やさない。

 

「……それにね、その」

「え、何」

「……あれよ、あれ。あなたというライバルと出会えたお陰で、いい刺激にもなったし」

 

 どこか素直じゃない声色に、心がくすぐったくなる。

 変な声を出さないように、握りこぶしをぎゅっと作った。

 

「俺も、その、AIのお陰で色々と精進できた。お互い様さ」

「そ、そお? そう」

「ああ。なんというか、その、俺もすごく楽しかった。ありがとう」

「う、うん。こちらこそ」

 

 間もなく、ゲームが終わろうとしている。次は自分の番ということで、一歩前に出て、

 

「さーて、やりますか」

「ええ、いってらっしゃい。キングのダンスを、拝見させていただくわ」

 

 AIに振り向き、「おいおい」とひと置き。

 

「何言ってんだ、AIは俺のスコアを越えただろ? 今の俺はキングじゃなくて、単なる平民。クイーンはお前」

 

 そこでAIが、「は?」と首をかしげる。

 

「……何言ってるの、あなた」

「え?」

 

 物々しい雰囲気を察したのだろう。ギャラリーが、AIに注目し始める。

 

「私はまだ、あなたに完勝していないわ」

「え?」

「あなた、THUNDERでSラン取れるのよね?」

「……まあ」

「ほれ見なさい。いい? 私はね? あなたの攻略したボス曲を全てクリアするつもりでいるの」

 

 はっきりと、指を突きつけられる。

 

「Rainクリアなんて、ほんの始まりに過ぎないわ。お次はTHUNDERでベストを勝ち取るつもりでいるから、それまで首洗って待ってなさい」

 

 そんな宣告を食らってしまって。震は、変な笑いがこぼれ落ちてしまった。

 

「……質問」

「どうぞ」

「もし、Rainのスコアを塗り替えちまったら?」

「決まってるじゃない。もう一度、私の手でスコアを上乗せしてみせるわ」

 

 瞬間、含み笑いが腹から出てしまった。

 だってAIは、これからも自分と遊んでくれるのだ。それが嬉しくてたまらなくて、もはや我慢なんて出来ようもなかった。

 

「AIさんよ」

「なに?」

「最高」

「でしょ?」

 

 そしてAIもまた、楽しげに笑ってくれるのだ。

 

「じゃ、キングっぷりを見せつけてやるよ」

「ええ。しっかりね、王様」

 

 そうして震は、振り向くこと無く台に立って、そのままワンコインを投入する。コインの転げ落ちる音とともに、見慣れたゲーム画面が表示された。

 曲はもちろん、THUNDERだ。

 

「頑張れよー、キングー」

「このままじゃお前、AIさんに負けちまうぞー」

「っせー、そう簡単にキングの座を明け渡すかっての」

「そうそうその意気よ。頑張りなさい、SIN!」

 

 様々なヤジが飛び交う中で、AIの声がいちばんよく聞こえた。

 

 自覚する。

 俺は、この人のことが好きだ。




ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。

よろしければ、ご感想やご指摘をしていただけると、本当に嬉しいです。
2/7 



メニュー

お気に入り

しおり

▲ページ最上部へ