2.4 dMMR 判定検査法
dMMR 判定検査には下記に示すMSI 検査・MMR タンパク質(MLH1、MSH2、MSH6、PMS2)に対する免疫染色(IHC)検査・NGS検査がある。
2.4.1 MSI 検査
MSI 検査は、正常組織および腫瘍組織より得られたDNA マイクロサテライト領域をPCR 法で増幅し、マイクロサテライト配列の反復回数を測定・比較判定する方法である。実際には、反復回数の違いをPCR 産物の長さの差として、電気泳動にて比較する。古典的なベセスダパネルを用いた方法では、5 つのマイクロサテライトマーカー(BAT25、BAT26、D5S346、D2S123、D17S250)の長さを腫瘍組織と正常組織で比較し、長さが異なる場合をMSI 陽性として、MSI 陽性が2 つ以上のマーカーで認められる場合をMSI-H、1 つのマーカーでのみ認められる場合をMSI-L(low-frequency MSI)、いずれのマーカーにおいても認められない場合をMSS(Microsatellite stable)と判定する。MSI-Hでは腫瘍におけるMMR機能が欠損(dMMR)、MSI-L/MSS では保持されている(pMMR)と判断する。ベセスダパネルは、1 塩基の繰り返しマーカーと比較しMSI の感度および特異度が劣ると報告されている2 塩基の繰り返しマーカーが3つ含まれている。近年、dMMR 判定検査には、1 塩基の繰り返しマーカーのみで構成されるパネル(ペンタプレックスやMSI 検査キット(FALCO))が使用されることが多い。なお、多くのパネルに使用されている1 塩基の繰り返しマーカーであるBAT25、BAT26はMSIの感度・特異度がともに高い 39)。
2018年9月、本邦において「MSI 検査キット(FALCO)」がペムブロリズマブのコンパニオン診断薬として薬事承認された。この検査キットには、1 塩基の繰り返しマーカーのみで構成されるパネル(BAT-25、BAT-26、MONO-27、NR-21、NR-24)(表7)が用いられている。これらのマーカーは、準単型性を示し、それぞれのマーカーのQuasi-Monomorphic Variation Range (QMVR)は人種によらず一定の範囲になる(表8)40)。MSI 検査キット(FALCO)では正常組織のマイクロサテライトマーカーの長さが各マーカーで平均値±3 塩基の範囲(QMVR)に収まることから、そのQMVR から外れるマーカーをMSI 陽性とすれば(図2)、腫瘍組織のみでMSI を評価することが可能である。実際、多くの固形がんにおいて腫瘍組織のみを用いたMSI-H の判定と正常組織とのペアで測定したMSI-H の判定とが一致した。
MSI検査(FALCO) | |
---|---|
マーカー名 | 配列構造 |
BAT25 | 1 塩基繰り返し |
BAT26 | 1 塩基繰り返し |
NR21 | 1 塩基繰り返し |
NR24 | 1 塩基繰り返し |
MONO27 | 1 塩基繰り返し |
NR21 | BAT26 | BAT25 | NR24 | MONO27 | |
---|---|---|---|---|---|
日本人 | 98.4–104.4 | 111.4–117.4 | 121.0–127.0 | 129.5–135.5 | 149.9–155.9 |
Patil DT et al. 31) | 98–104 | 112–118 | 121–127 | 129–135 | 149–155 |
図2. マーカー(BAT26)の泳動波形例
網掛け部がBAT26 のQMVR である。上段の腫瘍組織では、正常組織には見られないQMVR の外にも波形を認め、MSI 陽性と判断される。
大腸がんでは、MSI 検査とMMR タンパク質に対する免疫染色(IHC)検査(「2.4.2 MMRタンパク質免疫染色検査」参照)によるdMMR 判定の一致率は90%以上であることが報告されているが、大腸がん以外の固形がんにはやや一致率が低いものもある。その背景には、臓器により繰り返し配列異常の程度に違いがある可能性が指摘されており、大腸がんでは平均して6塩基の違いが出るのに対し(図3)、他の固形がんでは3 塩基の移動しかみられない(図4)41)。MSI 検査キット(FALCO)では各マーカーで平均値±3 塩基のQMVR 幅を基準としマーカー評価を行うため、移動が少ない場合にはMSI 検査が偽陰性となる。脳腫瘍・尿管がん・子宮体がん・卵巣がん・胆管がん・乳がんではその様な偽陰性症例が報告されており、MSI 検査の判定に注意が必要である。特に腫瘍組織のみを用いたMSI 検査を実施する際には留意する必要がある。
図3. MSI-H の代表的な泳動波形例(大腸がん)
陽性と判断されるピーク (↓)
図4. 注意が必要なMSI-H 泳動波形例(子宮体がん)
腫瘍部の検査で判定に注意を要するピーク (↓)が2マーカーあったため、正常部との比較による確認再検を行ったところ、判定に注意を要するピーク (↓)は共に陽性であることが確認され、追加で1マーカーが陽性 (↓)となり、判定はMSI-H となった。
2.4.2 MMR タンパク質に対する免疫染色検査 (IHC 検査)
腫瘍組織におけるMMR タンパク質(MLH1、MSH2、MSH6、PMS2)の発現を免疫染色(IHC)検査によって調べ、dMMR かどうかを評価する。評価には内部陽性コントロール(非腫瘍組織における大腸粘膜の腺底部やリンパ濾胞の胚中心)を用いて染色の適切性を確認する。4種類のタンパク質全てが発現している場合はpMMR、ひとつ以上のタンパク質発現が消失している場合をdMMR と判定する。MSI 検査ではなくIHC 検査を用いる利点として、発現消失を認めるタンパク質のパターンからdMMR の責任遺伝子の推定が可能である点が挙げられる。例えば、MSH6 はMSH2 としかヘテロダイマーを形成できないため、MSH2 遺伝子に異常があるとMSH6がタンパクとして安定できず分解されるため同時に免疫染色での発現消失を認める。逆に、MSH2 はMSH6 以外にもMSH3 ともヘテロダイマーを形成することが可能であり、MSH6 遺伝子に異常があってもMSH2 の発現は保たれる。MLH1・PMS2 についても同様に、PMS2 はMLH1 としかヘテロダイマーを形成できないが、MLH1 はPMS2 以外のタンパクともヘテロダイマーを形成できる(図5)。多くは表9のような染色パターンを示す。このパターンを示さない場合には染色の妥当性を検討し、判断に迷う場合にはMSI 検査等を追加することで総合的な判定を試みる。
また、MLH1/MSH2/MSH6/PMS2 の4 つのタンパクを評価する事が推奨されるが、検体量の問題等で難しいときにはMSH6 とPMS2 のみでスクリーニングすることも許容される 33)。
図5. MMR タンパク質 ヘテロダイマー形成パートナー
免疫染色 | |||||
---|---|---|---|---|---|
MLH1 | MSH2 | PMS2 | MSH6 | ||
遺伝子 | MLH1 | - | + | - | + |
MLH2 | + | - | + | - | |
PMS2 | + | + | - | + | |
MSH6 | + | + | + | - |
- *
- 表に当てはまらない染色結果が得られた場合は、例外的な患者である可能性を考慮する前に染色の妥当性を確認する。
2.4.3 NGS検査
NGS 技術を用いたMMR 機能欠損の評価には、マイクロサテライト領域のみをターゲットとした方法と、包括的がんゲノムプロファイリングの一環としてMMR 機能の評価も行う方法に大別される。前者の例として、MSIplus パネルが報告されている 42)。本法は、計18 個のマイクロサテライトマーカー領域の長さをNGS 技術を用いて測定するもので、33%以上のマーカーで不安定性を認める場合にMSI-H と診断される。
後者の例としては、FoundationOne CDx がある。本法では包括的がんゲノムプロファイルの評価の一環として増幅された領域のうち、95 のイントロン領域のマイクロサテライトマーカーの長さの変動を評価し診断する。FoundationOne CDx ではMSI 検査・IHC 検査と比較し97%の一致率であったと報告されている 43)。その他、MSK-IMPACT を用いたMSIsensor アルゴリズム 44)や全エクソーム塩基配列解析(whole exome sequencing: WES)を用いたMOSAIC アルゴリズム 45)・MANTIS アルゴリズム 46)等、検査するプロファイリング領域やそこに含まれるマイクロサテライトマーカーに対する過去のデータベース、アルゴリズムによりMSI-H の判定方法は異なる。
2.4.4 dMMR 判定検査に適した材料、検査回数
検査材料としてはホルマリン固定パラフィン包埋組織ブロックが推奨される。検査方法に応じた十分量の腫瘍細胞の存在が組織学的に確認できれば、新鮮凍結組織を検査材料として使用しても良い。肝転移巣と比較しリンパ節転移巣ではdMMR 判定結果の一致率が低かったという報告もある 47-49) 一方で、原発巣と転移巣でのdMMR の検査結果に差は認められないとする報告もある。腫瘍の発生メカニズムから、dMMR は腫瘍発生の比較的早い段階から存在すると考えられているため、基本的には原発巣と転移巣でその判定に変わりはないと考えられるが、採取方法や採取部位より十分量の腫瘍細胞を確保できる点を最優先に検体を選択する必要がある。検体の取り扱いについては「ゲノム診療用病理組織検体取扱い規約」等を参照されたい。複数時点で採取された検体が存在する場合には、シスプラチン含有レジメン後にMLH1 やMSH6 タンパクの発現が消失するという報告もある 50, 51)ことを考慮すれば、薬物療法の修飾を受けていない検体をdMMR 判定検査に使用することが望ましい。
また、原発巣が複数存在する多重がんの場合には、原発巣によってdMMR 判定検査の結果が異なる可能性がある。切除不能と判断され、原発巣となり得るがんが複数存在する場合には、臨床的な判断により、より進行し治療が優先される原発巣を推定し、dMMR 判定検査を実施する。ただし、複数の原発巣候補となる病巣が存在する場合には、優先して治療対象となる転移巣から可能な限り再生検を行い、dMMR 判定検査を行うことが望ましい。なお、本邦では、リンチ症候群のスクリーニングを目的とする場合と抗PD-1 抗体薬の適応を判定する目的でMSI 検査の保険適用があり、一方の目的で検査を実施した後に、もう一方の目的で検査を行う事は、保険診療上可能となっている。