危機に陥ったWeWorkは、それでもさらなる拡大を目指す

WeWorkが食関連スタートアップ向けにはじめた「フードラボ」プログラム。そのオープニングパーティーでは、同社が抱える問題など微塵も感じられないほど、誰もがお祝いムードだった。危機に貧してもなお、拡大を目指すWeWorkの行く先は?

WeWork

SPENCER PLATT/GETTY IMAGES

とある火曜日、サンフランシスコのノースビーチ近辺にあるWeWorkのオフィススペースは“大騒ぎ”だった。

植物由来のフローズンヨーグルトマシンが故障しており、所有者が必死にWeWorkの施設マネージャーを探している。その横では、地元のフードテックスタートアップ(うち何社かは、このオフィススペースを本拠地としている)の製品の試食が行われていた。

共同キッチンでは、何十人もの起業家がせわしなく動き回っている。モリンガ(ワサビノキ)のチップスをつくっている企業の従業員は、製品をイメージさせるために月桂樹の花冠をかぶっていた。モリンガは次世代のケールだとされている植物である。

誰もがWeWorkの新しい「フードラボ」のオープンを祝っていた。フードラボは食品スタートアップ向けのプログラムで、オフィススペースとネットワーキングの機会を提供する仕組みだ。

このスペースは、サンフランシスコ湾からほんの数ブロックのところにある既存のWeWork内にあり、ゆくゆくは100人の従業員を収容するという。オープン時には、オーガニック・ベビーフードのサブスクリプションサーヴィスから、食品トレーサビリティを掲げるブロックチェーン企業にいたるまで、さまざまな企業から50人が入居した。「わたしを食べ物に例えるなら〇〇です」というセリフ入りの名札を片目で確認しながら、入居者たちは握手を交わす。

トラブルまみれのWeWork

この盛大なパーティーでは、皆がお祝いムードだった。この晩のホストが先月、転落を味わっていたとはとても思えない雰囲気だ。唯一の危機は、フローズンヨーグルトマシンの故障である。

だがほかの場所では、亀裂が見え始めていた。WeWorkが株式の新規上場のための書類を9月に提出すると、評価額は470億ドル(約5.1兆円)から倒産目前にまで暴落した。IPOの計画は延期された。

WeWorkの共同創業者で元最高経営責任者(CEO)のアダム・ニューマンは、自己取引や産休の「休暇」扱いだけでなく、会社を潰しかけた挙げ句に自分は17億ドル(約1,800億円)の「退職金」で難を逃れたとして非難されている。WeWorkに数十億ドルを投資しているソフトバンクは、11月6日に行われた収支報告でこの大失敗について言及した。「WeWorkの件に関して、わたしは間違った判断をしていました」とソフトバンクのCEO、孫正義は語っている。

いまも多くが残るWeWorkの“世界”にとって、未来は不透明だ。フードラボでのイヴェントの数日前には社内メモが漏洩し、管理人を含むサポートスタッフの多くを外部委託するというWeWorkの計画が明らかになった。ある従業員は、「Business Insider」の取材に対し、この計画を「内輪の最悪の見世物だ」と表現している。

またある噂によると、同社はさらに2,000人の従業員の解雇を計画しているが、現在は解雇手当を支払う金がないという。

さらに、WeWorkが17年に2億ドル(約217億円)で買収したコミュニティプラットフォーム「Meetup」も、エンジニアの多くを含む社員の25パーセントを解雇する計画を発表した

さまざまなコワーキングスペースでは、密かなざわつきが広がっていた。ニューヨークのロックフェラー・センターの近くのWeWorkをオフィスとするスタートアップの社員は、WeWorkの騒動の真っただ中に、WeWorkを象徴するフルーツウォーターの提供が止まったことに不平を述べた。

騒ぎの一方で、WeWorkは「食」に投資

こうしたざわつきは、人々と興奮でにぎわうフードラボではまったく感じられなかった(共同キッチンにある大きな水差しには、フルーツウォーターが入っていた)。

WeWorkは、最近のその他多くの投資と同様に、フードラボ・プログラムはスペースの利用可能性を拡大・多様化する手段であると考えている。その視点から見ると、この種のプログラムはWeWorkに未来を与えるものだ。しかし疑り深い人は、急速に傾いている同社の最後の打ち上げ花火だと捉えるかもしれない。

WeWorkがラボ・プログラムを開始したのは、2年前のことだ。そのヴィジョンは、創業初期のスタートアップ(多くはプレシリーズAで、従業員数は10人未満だ)に専用スペースを提供することにあった。WeWorkは、各スタートアップの創業者同士のデスクを近くに配置し、メンターとペアを組ませ、ニーズに合ったプログラム(例えば、ブロックチェーンに関するワークショップなど)を提供している。

初の業界特化型WeWorkラボであるフードラボは、同社の食料調達方法の変更に端を発している。WeWorkは、もう肉や家禽に金を使わず、使い捨てプラスティックを日常業務から排除し、2023年までにカーボンニュートラルになると宣言した。これらの目標達成に向けて、同社はスペース内にあるいくつかのスタートアップと交流を深めることに力を入れている。

そして現在、WeWorkでは新設の「フードラボ アクセラレーター」を通じて、創業まもない食品・農業関連スタートアップに100万ドル(約1.1億円)を投資し、さらにはフードラボ プログラムを通じてデスクスペースとコミュニティ・メンバーシップを提供している。

WeWorkがフードラボを立ち上げたのは今春で、今後さらにテキサス州オースティンへと拡大する計画だ。どのスペースも「今日の食料における最大の課題に取り組む起業家」に向けてつくられており、そこで働くスタートアップに向けた特別なプログラムが提供されている。

サンフランシスコのフードラボの最大収容人数は100人。主なアピールポイントは、スペース内でほかの起業家たちと近づける点と、WeWorkのスタイリッシュなオフィススペースで無料のコーヒーやフルーツウォーターを楽しめる点だ。

起業家のニーズをうまく満たすフードラボ

食料とテクノロジーの両方を扱うスタートアップにとって、このようなスペースはあまりない。「シリコンヴァレーでは、テクノロジーの一辺倒です」と、ベビーフードのサブスクリプションサーヴィス「Raised Real」を立ち上げた、サンティアゴ・メレアは語る。メレアもフードラボの入居者のひとりだ。

食品関連の企業にとってネットワーキングが特に重要だとメレアは言う。彼は原料のよりよい調達方法や包装のための新しいパートナーなどのコラボレーションを求めている。

例えばの話だが、フードラボ プログラムのブロックチェーン企業と協同して、子どもたちが食べる食材がどこから来るのかという詳細な情報を親に提供するといったことも可能になるかもしれない。WeWorkは、彼がもつこれらのニーズをすべて満たし、さらには彼の従業員が働くための場所も提供しているのだ。

さらにほかの利点もある。ブロックチェーン企業Ripe.ioの共同創業者であるラジャ・ラマチャンドランは、WeWorkのエコシステムに従業員を連れてきたことによって、仕事場所に関する柔軟性が増したと話す。WeWorkは全米各地でデスクを提供しているため、皆がサンフランシスコのスペースにいる必要はない。つまり、新規市場進出のフットワークが軽くなるのだ。

Raised Realのメレアも、以前は近くの建物でオフィスを借りていたが、高価だったと言う。必ずしも9時~5時で働いておらず、働き場所もさまざまなRaised Realの従業員にとって、WeWorkでデスクを借りることはより理にかなっていた。

しかし最も重要な点は、WeWorkがフードラボの参加者にデスクスペースを支援することだ。サンフランシスコでは、フードラボに参加する企業は従業員1人につき300ドルから600ドルを払っているが、これは複数のメンバーでデスクを共有するホットデスクのシステムとしては、相場の約半分だ。初期段階のスタートアップにとっては、魅力的な話である。

ならば問題は、拡大し続ける自分の帝国から利益を得ることにも苦労しているWeWorkが、ここから何を得ているのかだろう。

WeWorkは、フードラボの従業員1人当たりの費用を、通常会員のものよりも安く設定している。それは、同社がプログラムを将来への投資とみなしているからだ。

「WeWorkの期待としては、これらのスタートアップが成長し、3、4、5都市とあらゆる場所のWeWorkでオフィススペースを使ってくれるようになることです」と、サンフランシスコのフードラボでマネージャーを務めるテッサ・プライスは言う。

彼女は、フードラボ プログラムはWeWorkのスペースの柔軟性をより高めてくれると付け加えた。「大規模な個人向けオフィスのように、会員ひとりのためにスペースを提供したり、誰にも使われないスペースをもつ代わりに、今後WeWorkのエコシステムで成長していく35社の素晴らしく革新的なブランドに場所を使ってもらえるのです」

続く投資は「赤りんご」を生むのか?

拡大はWeWorkの精神の一部だ。また間違いなく、この精神はWeWorkが悲惨な現状に陥る原因にもなっていた。

WeWorkが成長するにつれ、その野望は単なるオフィススペースを超えて広がっていった。2016年に立ち上げたコリヴィング(共同生活)ビジネス「WeLive」は、賃料への多額の補助金を支給して部屋を満室にし、その後ゆっくりと賃料を引き上げる予定だった。

しかし、この計画は完全にはうまくいっていない。WeLiveは、ニューヨーク市とヴァージニア州北部の最初の2カ所以外には拡大しておらず、最近では海外進出計画にも行き詰まっている。

「WeGrow」は、同様の成長戦略のもと2018年にオープンした実験的な私立学校だが、それも成果を生み出してはいない。WeWorkは、本校を来年閉鎖することを発表した。

同社はIPOの申請において、このようなプロジェクトは「有意義な収益やキャッシュフローを生み出せない可能性がある」とし、「近い将来において収益性を達成できない可能性がある」ことを認めた。ソフトバンクの孫は6日の同社の収支報告で、同社がそのような非主力で採算性のない事業を打ち切りたいと考えていると語った。

WeWorkの主力事業でさえ、疑いを生み出している。ニューヨークにおいてWeWorkは市内最大のオフィステナントで、約900万平方フィートのオフィススペースを所有している。それでも同社は不動産を吸収し続けている。

ブルックリンのネイヴィーヤードにある「ドック72」は、最近オープンしたばかりのビルだ。このスペースを訪れた『ニューヨーク・タイムズ』の記者は、そこが満員からはほど遠いことに気づき、WeWorkがこの22万平方フィートのスペースから利益を上げることができるのか、疑問を呈している

孫は、WeWorkの空っぽのオフィススペースを、よりによって熟す前のりんごに例えた。「りんごで言えば青りんごで、いまだ熟していないだけ。熟せば儲かるんです」と彼は言った。 つまり、新たなオフィスはいまはWeWorkの資金を失う一方かもしれないが、これらのスペースはいずれ埋まり、金を生み出し始めることに賭けている、ということだ。

これらの投資が成功するかは、WeWorkの新しいCEOとその投資家たちの問題であって、この新たなフードラボにあるスタートアップの従業員にとっては懸念事項ではない。フードラボ プログラムが自滅したとしても、スタートアップは成長過程の事業を続けるために別の場所を見つけるだけだろう。

オープニングイヴェントで干した海藻のスナックを試食しながら互いに握手を交わすなか、こういった疑問はまったく漂っていなかった。WeWorkの存続危機は、はるか彼方の話なのだ。

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グーグルと大手総合病院の提携がもたらすのは、医療の進歩かプライヴァシーの破綻か

世界屈指の医療機関である米メイヨー・クリニックが、グーグルとの提携を発表した。膨大な医療データを手に入れたグーグルは、AIで医療に新たな知見をもたらすかもしれない。その一方で不安なのは、いまだ1996年施行の法律に守られている患者のプライヴァシーだ。

TEXT BY MEGAN MOLTENI
TRANSLATION BY TOMOYUKI MATOBA/GALILEO

WIRED(US)

reinvent symbol

CASEY CHIN/GETTY IMAGES

1880年代、まだ州になってまもないミネソタで外科医のメイヨー兄弟は、のちに世界屈指の医療機関となるメイヨー・クリニックを開設した。

開設当時、同院の医師たちは患者の医療記録を、それぞれ自分の分厚い台帳に書き込んでいた。ところが1907年、メイヨー・クリニックの医師ヘンリー・プラマーが、よりよい記録法を思いつく。患者の医療記録は、多くの医師たちの手帳にばらばらに残すのではなく、1カ所にまとめるべきだと考えたのだ。

彼は新たなシステムを導入した。メイヨー・クリニックの各患者に個別のファイルと固有の識別番号を割り当て、ファイルに収められた全書類にその番号を記入する方式だ。医師の所見にも、ラボの検査結果にも、患者からの手紙にも、出生および死亡記録にも。

さらに、こうした書類の科学的価値を認識していたプラマーは同院のトップたちを説得し、すべての医師に対して教育と研究のためのデータ利用を認める方針が打ち出された。

この進歩が、現代の米国における医療記録保存の始まりだった。そして当初からこの取り組みは、共有と秘匿という対立関係と不可分だった。患者データの分析から新たな医学的発見が得られる可能性と、個人情報を秘匿とする患者の権利は、常に緊張関係にあったのだ。

グーグルがメイヨーの医療データ活用へ

2019年9月中旬、この緊張が再び露呈した。メイヨー・クリニックが病院の患者データの安全保存をグーグルに委託し、同社の非公開クラウド上におくと発表したのだ

メイヨー・クリニックは18年5月に、「プラマー・プロジェクト」と銘打った数年がかりのプロジェクトを完了したところだった。これは、関連医療機関すべてを単一の電子医療記録システムに統合するプロジェクトで、その完了以来、同院のデータはマイクロソフトのクラウドコンピューティングプラットフォーム「Microsoft Azure」に保存されてきた。しかし、今回の委託によりこれが切り替えられることになる。

説明したように、同院は歴史的に膨大な患者のデータという“宝の山”を活用しようとしてきたが、今回の動きもそれを示すものだ。一方のグーグルは、最近もてはやされているヘルスケアでのAI利用という分野で先陣を切っている。同社はこれまで、医療用の画像解析、ゲノムシークエンシング、腎疾患の予測、糖尿病性眼疾患のスクリーニングなどさまざまな実験を行なってきた。

グーグルは、10年にわたるメイヨー・クリニックとのパートナーシップの一環として、同院の膨大な医療記録に対して最先端のAI技術を使う計画だ。さらにグーグルは、ミネソタ州ロチェスターに本パートナーシップをサポートするためのオフィスも開設するという。ただし、操業開始の時期や常駐社員数については明言を避けている。

データビジネスと相性の悪いヘルスケア分野

メイヨー・クリニック関係者は、グーグルによる同院のデータへのアクセスは厳しく制限されると話している。しかし、いかに善意に支えられた野心的な目標を掲げていても、データは保存場所から抜け出すものだ。

さらに医療データの専門家からは、この種の提携関係が、米国の時代遅れな個人情報保護法と、医療データに関する一貫しない多数の規制のほころびを突くのではないかという懸念の声があがっている。

医療データに関するプライヴァシー規制の改正を声高に主張する専門家のひとりが、ジョージタウン大学法科大学院のローレンス・ゴスティンだ。「問題は、グーグルがデータを利用し販売するというビジネスモデルを採用していることです。グーグルが、個人を特定できる情報をビジネス目的に使用しないと言ったところで、とても信用できません」

グーグルは、こうした情報に患者の明確な同意がない限りアクセスできない。それは、米国の「医療保険の相互運用性と説明責任に関する法律(HIPAA)」に定められている通りだ。HIPAAは米国で最も効力の強い医療情報プライヴァシー関連規則で、医療機関に対し、患者の明確な承認がない限り、第三者に個人を特定可能な医療情報を開示してはならないと規定している。

しかし、ゴスティンのような懐疑主義者は、データに貪欲なグーグルの経営姿勢と、データの取り扱いに細心の注意を要するヘルスケア事業は、そもそも相性が悪いと考えている。

グーグルが医療分野で行う実験の一部は、すでに法規制の問題に直面している。例えば、傘下のディープマインドが開発する、医師および看護師向けのAIを搭載したアシスタントアプリ「Stream」だ。

ディープマインドは英国保健省と提携し、同アプリの試験運用を決めた。しかし、英国のデータ保護当局が17年に行った調査で、その提携内容が160万人に登る患者の医療記録への過度なアクセス権をグーグルに認めた違法なものであったことが明らかになったのだ。

いまも96年施行の法律に守られる個人データ

さらにグーグルは17年、シカゴ大学医療センター(UCMC)とデータマイニングに関して提携したが、こちらもいまや裁判沙汰になっている。19年6月、ある患者がUCMCとグーグルを相手取り、自身および数千人の患者たちの電子医療記録が、日時のデータを抹消しないままグーグルに提供されたと訴訟を起こしたのだ。

グーグルとUCMCは告訴内容を否定しているが、もし訴えが本当なら、HIPAAに明確に違反するだろう。しかし、そもそもこの訴訟は、実際にはHIPAAに基づいて起こされたものではなかった。イリノイ州の消費者保護法が定める「詐欺的で不当な商慣行」と、慣習法上のプライヴァシー権の侵害にあたるとして起こされたものだ。

訴状では、グーグルは、完全に合法的に匿名化した医療記録を入手した場合でも、それを自社が保存する膨大なオンライン行動データ(位置情報、検索履歴、SNS投稿など)と組み合わせることで、個人を再識別することが理論上は可能であると主張されている。

スタンフォード大学の医療法専門家ミシェル・メロは、「つい最近までは、記録に名前と住所が含まれていなければ何も悪いことは起きようがないという考え方が主流でした。しかし、もはやそんな常識は通用しません」と話す。彼女は、グーグルとUCMCを相手取った訴訟について医学誌への寄稿も行っている。

メロは、HIPAAがグーグル創業前の1996年に施行された点を指摘した。当時、米国のインターネットユーザーは2,000万人にすぎず、ネット利用は1日に30分程度だったと彼女は言う。テック企業が匿名化データからどんなことができるかを考えれば、グーグル検索やフェイスブック投稿が増えるほど、現行のデータプライヴァシー規制と現実との乖離は進むというのがメロの意見だ。

「責任あるデータの受けわたしが行われた場合であっても、いったんデータが外に出れば、規制対象である企業の管理下から抜け出てしまいます。どんな関連づけが行われ、どこにデータが行き着くのかは、誰にもわかりません」と、メロは言う。「ユーザーとの約束が破られていなくても、個人データでできることはたくさんあるのです」

科学の進歩を加速させる規制を

こうした懸念を踏まえ、メイヨー・クリニックの関係者はグーグルとの提携に慎重を期したと話している。

グーグルは契約上、同院の医療データを、ほかのどんなデータセットとも組み合わせることを禁じられていると、同院の広報担当者は言う。つまり、GmailやGoogleマップ、YouTubeといった個人向けサーヴィスからグーグルが得たどんな個人データも、メイヨー・クリニックの匿名化済み医療記録と統合してはならないのだ。

このルールが確実に遂行されるよう、匿名化データにグーグルがアクセスできるのは、メイヨー側がコントロールする非公開クラウドに限定されている。このクラウド上では、同院がすべてのアクティヴィティを監視できるようになっているという。

これによって患者はある程度は安心できるだろうが、決してプライヴァシーの保証にはならないと、ジョージタウン大学法科大学院のゴスティンは指摘する。「グーグルにプライヴァシー誓約を遵守させ続けるのは困難です。そのためには、法的にメイヨー側が介入できるようにする必要があります」

現在は、合意が履行されなかった場合でも、患者に法的な償還請求権はない。「本気で解決するなら、複数の側面でプライヴァシー強化を義務づける、国レヴェルの立法が必要です」と、ゴスティンは言う。「そうした法律は、データやクラウドベースのサーヴィス、ソーシャルメディアといった、インターネット全般を含むものでなければなりません」

気候変動や銃規制、ロシアの選挙介入といった問題は世論を二分する政治的優先課題になっているが、いまのところデータプライヴァシーの優先順位はそこまでに至っていない。だが、そうなるのも時間の問題だと、スタンフォード大学のメロは考えている。

「いまはテクノロジーの進歩が、一般大衆のプライヴァシーに対する期待に先行している状況です。ほどなく、正式な法規制を求める声が高まるでしょう」。なお、規制の問題について、グーグルはコメントを差し控えるという。

新たなテクノロジーの到来や、社会的価値観の変化に応じて、行動基準は変化できるし、変化するものだ。メイヨー・クリニックの医師たちは、プラマーの時代から長い間、科学の名のもとに患者の医療記録を分析することができた。

そこにHIPAAや、研究に参加する患者を保護するための規制が導入された。メイヨーのような医療分野のパイオニアたちは、そうした規制を踏まえたうえで、医学研究を進展させるため、データを活用するさまざまな方法を発見してきた。

現代のプライヴァシーのニーズを満たす新たな法規制は、必ずしも科学の前進を止めるものとは限らない。そうした規制はむしろ、イノヴェイションをさらに加速させるかもしれないのだから。

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