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敗北者幼馴染、百合ゲーの主人公になる 作者:斉藤陽治

プロローグ

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ぷろろーぐ♪ 5/8 水曜日

 目を覚ますとゾンビ映画のメニュー画面があった。

 軍服姿の悪役が頭をもぎ取られるシーンが延々と再生されている。

 どうやら昨晩観たまま眠ってしまったようだ。ポリポリ摘まんでいたスナック菓子が床にこぼれていた。


 女以前に人としてどうなのだろうと思いながらも、まあなるようになるかと思考を放棄する。


 案ずるなかれ。私は性格が終わっている代わりに、その数値がすべて容姿にいきわたった女だ。

 姿見で自分を見るたびにうっとりする。たまに誰だこいつって思う。

 「あんた最悪の場合ソープで食っていけそうよね」と冷たく言い放った母の顔が忘れられない。あの一言のせいで私はこの世の母親という存在すべてを憎悪するに至った。


 『STANDING BY.』


 「変身!」


 嫌なことを思い出しそうだったのでベルトを巻いて変身することにした。

 斜めからめちゃくちゃ使いづらそうな携帯を差し込めば、たちどころに黄色く発行する。


 『COMPLETE.』


 開け放たれたカーテンから澄み切った朝日が差し込んでくる。


 「おはようございます!」


 いい天気だ。


 『ERROR.』


 灰になった。


 千川ちかわ高等学校女子寮。


 それが私の巣の名前だ。


 千川高校は徒歩圏内に存在し、さらに駅から徒歩15分、最寄りのコンビニまで徒歩10分という反応のしづらい立地がウリである。


 一応寮の前には旧時代の自販機がドヤ顔で突っ立っているが、しょせん旧人類の遺物なのでラインナップは苦笑い必至。

 抹茶タピオカメロンティーとかいう生産消費社会の傲慢に先輩がブチ切れていたのが記憶に新しい。


 さて、そんな千川は神奈川の僻地へきちにある町だ。


 なんか由緒正しきあれやらそれやらがあって、名前の由来は南北朝時代にまでさかのぼるらしいが詳しくは知らない。小学生のころ説明された気もするが忘れた。


 ただ元山城だったみたいで、結構な傾斜が多い。

 千川高校は城跡に築かれているため、この町は千川高校を崇める形でぐるりと広がっている。


 「ふっ、ふっ、ふっ……」


 アップダウンに富んだコースを走りながら、朝の澄んだ空気を吸う。


 ランニングは数少ない健康的な習慣だ。

 私は見ての通り性格が終わっているため、天からの一物たる容姿はまさしく女としての生命線なのだ。

 爽やかと無縁の目覚めからわかるように、私は生活習慣さえもダークサイドに落ちているのでせめて健康くらいは守ろうと思い至って始めた。


 はずだったのだが。


 「はっ、はっ、はっ、はっ……」


 異なる息遣いが一つ。


 隣を見やれば、やっぱりあいつがいる。


 「ん……?」


 向こうも私に気づいたようで、いかにも「ゲッ」って顔をしながら「ゲッ」と漏らした。


 この失礼なクソ女は残念ながら顔見知りでもなんでもない。

 付き合いがあったら遠慮なくぶん殴れたのだが、さしもの私も見ず知らずに暴行を加えるほどイカれてはいない。


 澄んだ金色の髪はいかにも染めているって印象。

 こうして横から見ても顔立ちはすっきりと整って美しいことがわかる。

 体つきは先輩と似ていてやせ型。足が長く細身な憎たらしいモデル体型だ。憎たらしい。


 このランニングモデルは早朝にのみ出現するレアエネミーである。エネミーなので敵だ。


 基本的にランニングは一人で行って人の少ない街並みを満喫したいのだが、そんな高尚な趣味をこの女は跡形もなく粉砕する。


 というのも。


 「……」


 急勾配の坂道に差し掛かった。


 私は生まれも育ちも千川のプロ千川ニストなので、一日の長でたやすく女を抜く。


 「むっ」


 すると息を荒げながら登ってきて抜かされる。


 「ぜっ、へっ、はっ……」


 すぐ限界が来たみたいで、坂道を転がり落ちるシーシュポスの如くずるずる後退していく。


 「ぐぬぬぅ」


 すると歯を食いしばって全力疾走。普段通りのペースで走っていた私はまたしても抜かれる。


 一足早く坂の頂上までたどり着いたランニングモデル。膝に手をついて肩で息をしていた。


 「ふっ」


 勝ち誇られる。


 「ぁああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」


 「きゃああああああああああああああ!!!!!!!!!!」


 ペットボトルのキャップより深い懐を持つ私でも堪忍袋の緒が切れた。


 「もう何なの毎日毎日毎日毎日ィ!

 コース変えても現れる!

 時間ずらしても現れる! 何だ、ストーカーか!? あぁ!?」


 地団駄を踏む。

 電柱の影で盛り合っていた猫が飛び跳ねて散っていき、散歩していたジジイが悲鳴を上げながら逃げ出した。謎の女は顔面蒼白で震えていた。


 「はい君! 名前! レッツゲーム! メッチャゲーム! ムッチャゲーム! ワッツァネーム!?」


 「さ、真田さなだみなとです……」


 「そうか。では何故湊さんは私がランニングを敢行する度にどこからともなくまろび出てくるのでしょうか。妖怪なんですか」


 「いや私ぬりかべじゃないし……」


 謎のチョイス。


 「っていうか! ストーカーはあんたじゃないの!?

 なんか私のゆく先々にいるし! この間なんて駅前の薬局でハンドクリーム買ってるの見た!」


 もはや言いがかりレベルでぷりぷり息巻く自称・真田湊。

 どうやら私は買い物してはいけないらしい。


 しかし真田女史の発言をうのみにするなら、私とこいつのランニングコースがことごとく被ってしまったことになる。どんな確率だ。運をすさまじく無駄使いしてしまった感が否めない。


 もしこいつと出逢わなければ宝くじが当選していたかもと妄想し、そうなると無性に腹が立ってきた。


 静かな憤りを堪えながら諭す。


 「わかった。その金剛力士像みたいな形相からそっちも被害者側なんだね。私も君に興味ないので、今後遭遇してもお互いシカトしましょう」


 私も現代の若者の例にもれず液晶中毒者なので、人間関係は淡白だ。いっそ全員死ねばいんじゃないかと思う時すらある。


 「ではさらばだ。私はこれよりスナック菓子で無駄に摂取した体脂肪を燃焼せねばならんのでな」


 「待ちなさい」


 「離せ」


 「いやよ。まだ疑惑は晴れていないわ」


 「冷静になろう。君のそれは被害妄想だ。

 女が女をストーキングなんてきらら系百合漫画のなんちゃってヤンレズでもしない。

 湊さんも私も現実の人間だ。便所にも行くことだろう。決して事実を歪曲された偶像ではないのだ。君、事実を受け入れぬのは愚鈍ですよ」


 テンパりながらなんとかそれっぽいことを言い終えるが、しかし湊のぷりぷりに油を注いでしまったようだ。


 「だっておかしいでしょ! 天文学的なアレじゃない! もう狙ってるとしか思えない。

 はっ! さてはあんた、なんか胡散臭いとこの刺客ね!」


 「いやいや、それこそ天文学的でしょ」


 「じゃあどうして私の居場所がわかるのよ! 組織のバックアップで脳波識別装置とかで特定してるんでしょ!?」


 「……」


 「……」


 「バレたのなら仕方ない。死んでもらおう」


 「いやぁぁぁああああああああああああああああ!!」


 収集つかないので場面転換。


 紆余曲折を経て何とか納得してもらった。

 説得している間にもどんどん私の社会的地位はランクアップしていき、最終的に私はFBIが送り込んだエージェントで、フリーメイソンと結託し世界の転覆を目論んでいることになった。


 何故そんな大それた人間が貴様風情を狙わねばならんのだと理路整然と説くと、被害妄想女は何とか矛を収めてくれた。

 バカだが馬鹿ではないようだ。


 「……すみません」


 「うん。まあ私が悪ノリしたのもあるし」


 見るからにしょぼくれると何か悪いことした気分になってくる。


 「えっとー……てん、てんの」


 「天王洲日春。可燃ごみでも不燃ごみでも好きに呼んでくれていいから」


 「じゃあ生ごみ」


 どうしよう、こいつ好きかも。


 「天王洲さんって、私と年近め?」


 「日春でいいよ。千川高校に通ってる。湊さんも?」


 「ならこっちも呼び捨てで構わないわよ。まさかの同校だったし」


 それにしては校内でこいつを見たことがない気がする。

 千川高校はそこまで規模が大きくないため、一学年にクラスは二つしかない。そうなると上級生か下級生のどっちだろう。


 「……?」


 失礼を承知でてっぺんからつま先まで検める。


 身長は百六十弱の私より少し大きい。

 前述の通りモデル体型で、すらっとした手足からは健康的な色がうかがえる。

 妄想力も表情も豊かで、何だか幼い印象を受ける。綺麗にブリーチできた金髪も、活発な外見に花を添えていた。


 となると。


 「一年生?」


 「え、うん。そっちもでしょ?」


 「……」


 「……」


 「……」


 「すみませんでしたぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 「よく叫ぶね君」


 通勤途中のサラリーマンにめっちゃ見られる。


 「ああああああの! マジで、その、先輩に尋常じゃなく無礼なことを何度も、何度も!」


 「い、いや。年齢とかそんな気にしてないから。私FBIらしいし」


 「えぇえええふびぃあいなんてとんでもないっ!

 先輩どこからどう見ても何の変哲もないその辺にいそうなクラスで四番目くらいにかわいくてコアな人気を博するもアイドルの前に霞んで目立たず結果として寂しい青春を送る人にしか見えないです!」


 褒められちゃった。嬉しいので頭をなでなでしてあげる。

 急に真顔になって振り払われた。ショック。


 「あ、先輩。じゃあこれも何かの縁です。LINE交換しましょう! 袖触れ合うも他生の縁っていうじゃないですか!」


 そう言ってニコニコとスマホを取り出す湊後輩。


 な、なんてコミュ力なんだ……!

 おそらく一年で思うまま強権を振るい、封建時代のフランスの如き絶対王政を敷いているのだろう。ひとたび欲しいものができれば配下とともに勤労学生のバイト先へ突撃して賃金を強奪し、またいら立ちが湧くと気晴らしに目についた陰キャを処刑しているに違いない。


 私は戦慄した。


 「あのー、先輩?」


 「ららららLINE壊れてるんだよね」


 「いやLINE壊れるとかありえないし。ほら、スマホ持ってるじゃないですか。貸してください!」


 勝者特有の謎バイタリティでスマホを奪取され、女王様のデータを流し込まれる。


 笑顔で差し出される自分のスマホがなんだかとてもロイヤルなものに感じられた。


 「いやー、でもなんだか運命感じちゃうな。だって何日も連続で遭遇ですよ? そう思いません?」


 「ころさないで」


 「先輩も被害妄想酷いじゃないですか」


 否定はしない。


 「あ、もうこんな時間」


 湊が時計を見れば、もうすぐ七時になろうとしている。


 シャワーを浴び、朝食を食べ、化粧を整えるとなると、少し厳しい。女の朝はいろいろと入り用である。


 向こうはなんだか凄くきれいな分、私なんかよりもずっと時間が掛かりそうだ。

 毛穴の汗まで取り除くべく本格的なパックまでしてそう。

 間違っても寝転がりながらカントリーマアム食ってウォーキングデッド鑑賞なんかはしなさそうだ。


 「じゃあ私そろそろ戻りますね。夜なら基本暇なので、気軽に連絡してください」


 「あ、うん。がんばー」


 ニヘラーと笑いながら手を振って見送った。


 先輩か。


 身近にあれがいる分、私がそう呼ばれるのは新鮮な気分だった。



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