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茜色ナイン~女子しかいない野球チームに女装男子が1人だけ~ 作者:劇団MySelf

0章 長い長いプロローグ

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プロローグ

僕はその時、白く濁ったお湯に肩まで浸かって、昼間の厳しい練習に疲れた身体をゆっくり伸ばしていた。

温泉らしいここの泉質を確かめる気力もないぐらいヘトヘトだ。

本当なら練習後すぐに入りたかったけれど、訳あって時間をずらしたかった僕はチームメイトが入浴してる間に部屋のシャワーをさっと浴びて済ましてしまったから。


「やっぱり、お風呂の方が気持ちいいな…」


そんな風に身も心も弛緩させていた僕だから、カララ…と、入り口でした音へ反射的に目を向けてしまった。

これは1つ目のミス。

いや、1つ目のミスはもっと前にしてしまっていたのかもしれない。


「お、なんだ望もこの時間だったのか?」


磨りガラスの引き戸を開けて姿を現した女性は、野球で引き締められた綺麗な身体を隠してさえいかった。

その役目を期待したかった手拭いは、彼女の肩の上でだらしなく寝そべっている有様で。

少し湯船から離れている入り口だったから、僕の目は彼女の全身を視界におさめてしまっていた。


「ぅえっ!?さ、沙耶さやさん!?」


170センチくらいある女性にしては長身な沙耶さやさんの、日焼けしている首回りから突然白く変色した胸元も。

僕の手では支えきれないんじゃないかって大きさの女性特有の膨らみが、とてもハリがあってツヤツヤしていることとか…その下のウエストが細くくびれているにもかかわらず、沙耶さやさんの長打力を支えるお尻周りが大きいことも…可愛い小さなおへその下から覗く、口では言えないような場所が意外に薄くしか覆われていないことも…全て僕の脳裏にやきついてしまっていた。


「なんだよ? 変な声出して」


慌てて視線を合宿者用らしい広めの湯船に落としたけれど、戸の開く音へ反応してしまったことを僕は激しく後悔していた。

右に流した前髪の下から切れ長の目をさらに細めて訝しげな表情を浮かべている沙耶さやさんの口調が、僕のリアクションへの不満をありありと示している。

でもそれだけが後悔の理由じゃなくて、サッパリした性格の沙耶さやさんならすぐに許してくれるだろうし彼女の不満は瑣末ごとの範疇だ。


むしろ問題は僕がーー


「どうした黒田? 誰かいるのか?」


「な、なぎささん!?」


開いた戸の向こうから聞こえてきたのはチームのキャプテンであるなぎささんの声。

なぎささんも女性。


「なんだ、望がいるのか?」

「え〜? ツーちゃんもいるのぉ? やった! 背中流してもらお!」


なぎささんの声にかぶせて聞こえてきたマイペースな声はジュリアさんの物。

ジュリアさんも女性…女性女性女性。


「ぼ、僕あがります!!」


これ以上、ここにいるわけにはいかない。

だって僕は…男なんだから。


「あ? つれねえこと言うなよ。先輩の背中ぐらい流せよ舎弟」


沙耶さやさんはニヤニヤと悪い笑顔で浴場へ足を踏み入れてくる。

続いて入ってきたなぎささんもジュリアさんも当然一糸まとわぬ格好だ。

…だってお風呂入るんだもの。


「ちょ、ちょっとこれには! ふ、深いわけが!! ですので!!」


目をつぶりながら立ち上がって、この危地を脱しようと行動を起こす、けど…。

なんとかバスタオルを胸から膝の上まできっちり巻いて、身体を隠すのも忘れない。

湯気で見えないはずだし背中を向けていたからなんとか何も見られなかったと思う。


「望? まあ無理にとは言わないが…私たちに気を使う必要はない。胸の痕が気になるならタオルを巻いて構わないから少し付き合ってくれないか?いろいろ練習中に思ったことも聞きたい」


浴場へ入ってきたなぎささんはキャプテンらしい落ち着きと寛容さを示してくれながらも、僕と入浴したいという意思を告げてきた。


けど、そう言われると僕がまるで沙耶さやさんやなぎささんとお風呂に入るのが嫌みたいになっちゃうよ…。


黒髪のボブにした髪の下では誠実そうな瞳と優しげな笑みが僕へ向けられている。

身体の前を少し隠している手拭いは、それだけでなんだか慎ましい印象さえ受けてしまう。

それでも覆っているのは下腹部のあたりだけで、メロンくらいに育って収穫を待つ2房が少し桜色に色づいているのが見えてしまった。


「おら、舎弟! オレたち先輩が話してる時にそっぽ向いてんのはどういうことだ!」


「は、はい!?」


慌てて顔を向けるけれど、やっぱり目に飛び込む白い肢体に視線をさまよわせてしまう。


「まあまあ黒田、望らしいだろう。…あ、のぼせそうならすぐに出ろよ? 疲れていると湯当たりもしやすい」


「待って待ってぇ! 私ツーちゃんとお風呂入るの楽しみだったからぁ! 今日はキャプテンがクリンナップだけ居残り打撃ぃ…とか怖い顔で言うから諦めてたのぉ! 少しそこで休んでもいいから、一緒に入ろ!」


慌てたみたいになぎささんの背中へ身体を寄せたジュリアさん。

少し癖のある長い金髪は、金髪→黒染め→ブリーチ失敗、というなかなか不思議な遍歴の髪色だ。


なぎささんの筋肉質だけれど柔らかな肌で覆われた細い腕に押し当てられて、ジュリアさんの暴力的な大きさの柔らかい胸が形を変えている。

それに負けないくらいにムッチリと脂肪がついたヒップも、ハーフ特有の白さで光りながらフルフルと揺れていた。


『…あれでウエストもオレと同じくらい細えとか、本当にジュリアのやつはズリィ』なんて、以前沙耶さんがボヤいていたのを思い出す。

その時は苦笑しながら『まあまあ』なんて言った気がするけれど…これは、確かに…遺伝子ってすごい…。


髪を揺らしながら人懐っこい丸い目を懇願するような形へ変えながら僕を見ているジュリアさん。

彼女の指は浴場内の白いプラスチックの椅子を指差しながら、話だけでもしたいというように…。

心から僕とのスキンシップを望んでくれているのが分かるから、いよいよ出づらくなってしまった。


「だ、誰が怖い顔だジュリア」


「えぇ〜? だって野球のことになるとキャプテン怖いよぉ…」


楽しげに話しながら入ってきた3人に、いよいよ退路を断たれてしまう僕。

沙耶さやさんの冗談まじりの言葉ならともかく、なぎささんの優しい頼みやジュリアさんのほんわかしたお願いを断るのことは…僕にはできない。


でも、どうしよう…僕、僕は…。


徐々に近づいてくる3人の気配にどうすれば良かったのか考える。

でもそれは、ほとんど諦めの混じった後悔だ。

なんとかバレないようにしないと…僕が"女性のフリをしている男"だってことを。


僕がこんな窮地に陥った根本的な理由を振り返れば、ほんの1ヶ月ほど前のこと――



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