氷霊種の女と戦いの兆し
18.それぞれの気持ち
会議が終わるとすぐにガイアスとフリントは準備のため騎士団控室に向かったのだが、なぜか千里と萌が付いて来ていた。
「ちょ、ちょっと千里!私たちも砦に向かう準備しないと…!」
萌が他の騎士団の人達に頭を下げながら困った様子で千里に話しかける。
「なによ!別に砦に持っていくものなんてほとんどないわよ!それより今はフリント様と親睦を深めることの方が大事!」
当の千里と言えばほとんど聞く耳あらずと言った感じで、フリントから一切視線を逸らさない。
「千里はよくてもフリントさんも支度とかあるんだし、邪魔しちゃ悪いわよ!」
「僕の事なら気にしないで。騎士団たるものいついかなる時もすぐに出撃できるように準備はしてあるから」
「そ、そうなんですか…」
「流石フリント様!」
爽やかな笑顔を向けるフリントを見て、萌はそれ以上何も言えなくなる。
「僕は大丈夫だけど二人はどうなのかな?」
「あたしは…」
「全然問題ないです!むしろフリント様とお話をしてお互いの理解を高めたいと思います」
萌が答える前に千里が身を乗り出しながら熱っぽい声を上げる。萌は大きく息を吐いて頭を抱えた。
「それはいい考えだね。お互いの戦力がわかれば戦場での連携に役に立つ」
「れ、連携…そ、そうですね」
少し期待していた事と違い、千里はぎこちない笑みを浮かべる。これから戦いが始まるというのに、甘ったるい雰囲気など出されたらたまらない、と思っていた萌はホッと息を吐いた。
「何度か二人の戦いっぷりは見ているけど、具体的にどんな感じで戦うのか教えてもらっていいかな?」
「…わかりました。"アイテムボックス"」
千里は自分の望む話題じゃないことに唇を尖らせながら武器を取り出した。
千里の武器は銀で出来た弓。千里のユニークスキル、【狩人】は【弓術】と【短刀術】のスキルを内包しており、主に遠距離からの戦いを得意としていた。
「基本的には矢を使いますけど、魔力を使えば【魔矢作成】のスキルで矢がなくても戦えます。魔法をのせて打つことも出来ますよ」
「魔法をのせて…」
千里がつまらなそうに答えるとフリントは少し驚いたようであった。
「ちなみに魔法はどの程度使えるの?」
「え?えーっと…【風属性魔法】は上級魔法を、あとは中級までなら」
フリントの意外な反応に少し戸惑いながら千里は答えた。
「やはりチサトさんはすごいね。上級魔法は普通、魔法が得意な人でないとなかなか習得できないというのに」
「まぁ…そうなんですかね」
千里はやや微妙な表情を浮かべる。自分が知る限り、ほとんどの異世界人が少なくとも一つの属性は上級魔法が使えるのだ、褒められたところで別に嬉しいことはない。
「それに弓を構えて戦場をかける姿はさぞかし美しいんだろうね」
「美しい…」
フリントの言葉を聞いて途端に顔を赤らめる千里。ブリーチで鮮やかに染め上げられた金髪を指でくるくるとまわしていじっている。
「モエさんはどうかな?」
自分の世界に入ってしまった千里を置いといて、フリントは萌に視線を向けた。
「あたしは【僧侶】のユニークスキルなんであまり近接戦闘はできませんが、魔法は【水属性魔法】は上級を、【聖属性魔法】を含む他の属性は中級まで使えます」
「【聖属性魔法】が使えるのは心強いね。それならモエさんに回復役は任せていいかな?」
「はい!あっでも聖女…香織ちゃんと霧崎さん、それと天海君のようにはうまく使えないと思いますけど…」
恐縮したように言う萌だが頼りにされて少し嬉しそうであった。フリントはそんな萌に柔らかな笑顔を向ける。
「二人とも本当に心強い味方だね。これなら魔族とも渡り合えるよ。一緒に頑張ろう」
フリントが二人の手を握ると千里はうっとりと顔を緩ませ、萌は顔を真っ赤にさせ俯いた。それを見たフリントは笑顔で頷くと騎士団控室の奥に目を向ける。
「さて、僕も自分の武器をもってすぐ行くから二人は先に城の入り口に向かってもらってもいいかな?」
「わかりました」
「先に行っています!フリント様!!」
そういうと二人は意気揚々と部屋から出て行った。その後姿を見ていたフリントの肩にガイアスが手をのせる。
「日に日に女性の扱いが上手くなっているな」
「そんな…僕は思ったことを言っているだけですよ」
ニヤニヤと笑っているガイアスにフリントは涼しい顔で言った。
「今回はお前のおかげで巨大な戦力がやる気を出してくれたんだ。助かったぞ」
「それなら給料あげてもらえます?」
「…無事にこの場所に帰ってこられたら考えてやる」
ガイアスの言葉を聞いて、フリントは顔から笑みを消す。その顔は女性に向ける真摯なものではなく、戦場へと赴く戦士のものであった。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
望月真菜が部屋に戻ると、先に戻っていた石川さおりが自分のベッドに腰を下ろしていた。真菜たちの部屋は千里と萌と同じ部屋であり、今二人はフリントについて行っているため、部屋にはさおりの姿しかなかった。
「さおり…」
真菜が遠慮気味に声をかけるがさおりは反応を示さない。ベッドに座ったままぼーっと虚空を見つめていた。真菜は軽く息をつくとさおりと同じように自分のベッドに座る。
「青木はさ…」
しばらく何も言葉を発さなかったさおりがぽつりと呟くように口を開いた。
「高一からの付き合いなんだけど、あいつは本当にバカでさ。空気も読めなくて…人が落ち込んでるっていうのに冗談とかずっと言っているようなお調子者で…」
懐かしむような笑みを浮かべるさおりの話を真菜は何も言わずに聞いている。
「楠木君が行方不明になってあたしが落ち込んでいるときも軽口ばっかりでさ…」
さおりはあふれ出そうになる感情を抑えるかのように言葉を切った。
「さおり?」
「…ごめん」
心配そうな表情を浮かべる真菜にさおりは笑顔を向ける。
「あいつはこの世界に来てから楠木君と同じ部屋になって仲良くなったのは知ってたんだ。だから楠木君がいなくなってあいつ自身も辛いはずなのに…それでもあたしを元気づけてくれるようなどうしようもないやつなんだ」
「…そうなんだ」
「うん」
真菜はさおりにかけるべき言葉が見つからなかった。既に優吾達が『龍神の谷』に向かってから一週間以上が経過している。’グリフォン’を使って移動すれば長くても一日でつける距離にも関わらずだ。それが意味することは真菜も、もちろんさおりも重々承知している。
「…まだ謝っていないんだよね」
「えっ?」
「ティア様に」
真菜が驚いたように目を見開くと、さおりは少しばつが悪そうに笑いながら頭をかいていた。
「前にティア様には失礼なこと言っちゃったからね…あん時はカーって頭に血が上っちゃって。でも青木達が行くことになったのはあの人の指金じゃないんでしょ?」
「…うん。おそらくはあの大臣の決定だと思う」
「そっか…」
真菜はいつもティアの隣でふんぞり返っているカイルの姿を思い出しながら言った。さおりは顔を俯かせ、足をブラブラと前後に振る。
「あの人も可哀そうだよね。両親が死んでしまって、無理やり女王なんてやらされて…。重要な話には参加させてもらえない」
「お飾りのお人形さんってところね。…私は少し同情している」
「真菜が同情?」
さおりがありえないものを見るような目で見てくるので真菜はジト目を向ける。
「…なによ?」
「いや意外だなーって…でも考えてみると真菜と少し境遇が似ているもんね」
「……………」
真菜は顔を逸らした。触れられたくないところだったかな、と思ったさおりはそれ以上言葉を続けない。
「…さおり」
「ん?」
「青木君が気になるなら城に残っていてもいいんだよ?」
真菜の真剣な声色に、さおりは真面目な表情を向ける。
「今回の戦いはいつものギルドで受ける魔物討伐とはわけが違う。一瞬の油断が死を招く結果になるかもしれない。戦いに集中できないのであれば…」
「大丈夫だよ」
真菜の言葉を遮るようにさおりは言い放った。
「青木のことが心配で気になるのは事実だよ。でも今のあたしにはどうすることもできないこと…それなら今のあたしにできることは親友を全力で守ることぐらいしかないから」
「さおり…」
空元気が混じった笑顔を向けられ、真菜は何も言えなくなる。そんな真菜の手をさおりはギュッと力強く握った。
「あたしは青木が生きて帰って来るって信じてる。…だからあたしも、真菜もこんなところでやられるわけにはいかないよ!」
さおりの言い方に迷いはなかった。真菜もその言葉を聞いて優しく微笑む。
「…そうね。こんなところで魔族に殺されるなんて気に入らないわ」
「おっ!真菜のスイッチが入ったな!!これは魔族の人たちは可哀想なことになっちゃうね!」
さおりはおどけた調子でそう言うと、ベッドから立ち上がった。
「さぁ!もう行こう!!みんな待ってるかもしれないよ!!」
「ここでダラダラしててもしょうがないわね。行きましょう」
真菜が立ち上がるのを見てさおりは部屋の扉を開ける。真菜はそんな親友の背中を見て、この子だけは絶対に死なせやしない、と心の中で固く誓ったのだった。