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初投稿です! 温かい目で見ていただけたら幸いです。
風が吹く。
季節はもう春だというのにもかかわらず、金堂瞳の肌を撫でる夜の風は冷気を孕んでおり、昂ぶった金堂の心を落ち着かせた。
深呼吸をする。冷気とともに、血の匂いが金堂の鼻腔をくすぐった。常人ならば、思わず鼻を覆いたくなるような匂いなのだろうが、金堂は口元に貼り付けた三日月を崩すことはなく、ただただ微笑むだけだ。
視線を落とす。そこには、コンクリートを大量の流血で黒く濡らす女が転がっていた。
女は緑色のラインが入った珍しい白いスーツを着ていたが、スーツはもう元の色が白だと分からない程に赤く染まっている。
「でも、これでまだ生きてるなんてなぁ。ゴキブリみたいな奴だ」
金堂は楽しげに喉を鳴らした。
小さくも荒い呼吸をする女を強引に足で仰向けに変える。胸に空いた穴から、排水溝から水が逆流するかのように赤黒い血が溢れた。その様子には、強い死のイメージが付き纏うが、未だ彼女は生にしがみ付いている。まだ、死んでも死に切れない何かがあるのか。
「なぁ、別にいいじゃんかよ!」
「えぇー。どうしようかなぁ」
すると、突然表通りの方から、裏路地であるこちらに向かって歩いてくる若い二人組の声が届いた。酒にでも酔っているのだろうか、二人の会話は低俗なものだった。大方新年度に向けた飲み会発情期の猿のように下腹部が昂ぶり、そのままホテルに向かう馬鹿な大学生というところか。
金堂は不気味にも金色に輝く双眸を声の方へと向けた後、再び視線を足元に落とした。
「いやはや、藤本騎士は運が良いようだなぁ。この時間帯に人が通るなんてまずないぜ? あ、それとも助けて貰ったお礼で一発やっちゃうあれか? もしそうなったら、俺にもDVDくれよ」
負けず劣らずの低俗な台詞を吐き捨て、金堂は踵を返した。背中に女ーー藤本騎士と呼ばれた者の息遣いが当たる。先程よりも明らかに荒くなり、誰がみても最早命は風前の灯火といったところだろう。
「え!? ちょ、人?」
金堂は二人組の若い男女とすれ違った。
どちらも金髪だったが、髪が伸びてきたのだろう見すぼらしく頭頂部が黒色だった。
何故わざわざ頭皮や髪を痛めてまでブリーチをするのか、金堂には理解し難い。
しかしながら、二人もまた、目に映った光景が理解し難いのか唖然と口を開け、目を瞬かせていた。
「ねぇ、あれっ……て」
金髪の女が震えるようなか細い声を発した。
男の方は、去りゆく金堂に視線を完全に奪われており、ただある一点のみを見つめていた。
「腕ないよね……右腕」
「あ、あぁ」
右腕がない。それは、以前からのものであれば、すかすかの袖が宙で泳いでいるだけなので、二人がそれほど気を取られることもないだろう。
しかしーー。
「あれって、絶対今切られたって感じじゃん……」
金堂の右腕は二の腕から先が黒いシャツの袖ごと無くなっており、どういうわけか血こそ流れていないが、その断面は見るに耐えないものだった。
金堂は右腕に目を向ける。すると、トカゲの尻尾のように、断面から骨、肉、そして皮膚が同時に復元されていった。そして、10秒も経たない内に右腕は何事もなかったかのように生え変わったのだった。
「よし」確認で、手を握ったり、開けたりを繰り返し問題がないと分かると、パンツのポケットへと収納する。
表通りに出ると、やはり丑三つ時ということもあり、往来は少なかったが、柄の悪そうな連中や、酔っ払い千鳥足のサラリーマンなどがちらほらと見受けられた。
金堂は胸ポケットにしまってある黒ぶちの眼鏡を取り出し掛けた。そして目を閉じる。思い出されるのは血塗れになりながらも鬼気迫る表情で光を纏った剣を振るう彼女。そして、胸を穿たれ、苦渋に満ちた表情で地に伏せる彼女。
これからの退屈な日常も、あの時の時間を思い返すだけで生きていけると思える程、濃密なひと時だった。夜風を浴び落ち着いたはずなのに、また心は熱く沸騰し、嗤い声が喉の奥から込み上げてくる。この直情に身を任せるならば、今すぐ路地裏へと戻り、感情のままに彼女を殺したい。
だが、それは叶わない。もう、変わらないといけない。
「これで終わりかぁ」
一雫の涙を零す。金堂は走馬灯のようにこれまでの出来事を思い返すと、ゆっくり目を開ける。
そこに浮かんでいたのは、金色ではなくありふれた黒い眼だった。
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