リサとぬいぐるみ
なんか暑いと思ったら、チャーミンが背中に張り付いていた。
なにしとんじゃ、肩のとこジットジトになったわ!
リビングは涼しかった。
つまり、チャーミンが日中ずっとエアコン入れっぱなしで寛いでたということだ。
私は今朝、簡単な朝食を出してやってから学校に行った。昼は知らない。
「あんた何食べたの」
「バニラバーだ! 美味しかったぞ! でも途中で寒くなって廊下に出たのだ。そういう時のために、この屋敷では涼しい部屋と暑い部屋があるんだな!」
全然違います。
冷凍庫を開けると、バニラバーは空箱だけになっていた。
私はゴクリと息を呑んだ。
やべーこいつお金かかる。
うちには赤の他人を養う余裕なんてない。
お母さんだって言うはずだ。「ウチじゃ飼えないわよ。元の場所に戻してきなさい!」って。
「チャーミン」
「なんだ!」
チャーミンはキラキラと輝く目で返事をした。
この馬鹿は馬鹿だけど、人の形をしていて、言葉をしゃべるという問題がある。
私は名前を知られているし、どこかへ捨てに行くのも手間がかかる。
「ここに来た時のこともっとちゃんと思い出して。本当に和室の押入れだった? 物置部屋ってどんなとこ。帰れないのに何か心当たりは」
「そうだな、物置部屋はとても広い。果てが見えないほどだぞ。魔法で空間を広げているのだ! 色んな物が適当に置かれていて、探検にうってつけで……そういえば、不思議な扉を開けたぞ」
「どんな」
「どぎついピンク色の、枠付きの扉だ! 扉だけで立っていて不審だったので開けてみたのだ。入ると中は真っ暗で、先に少しだけ細く光が見えて……怖かったので慌ててそちらへ向かうと、それがこの家の薄い扉だったのだ!」
怖かったら戻れよ。どうして先へ進んだ。
そんでピンクの自立式ドアで、押入れから出てくるってどこの猫形ロボット?
・・・
もう一度押し入れの中を調べたけど何もなかった。
チッ。
憧がなぜか、うちの和室でたそがれていた。
……はっ。
そうだ、ケンタロちゃんの散歩!
すっかり忘れてた、もうすぐ時間だ。
「憧! 帰る! 着替えて散歩の支度!」
「え……? あぁ、リサ……。いいんだ俺もう、散歩なんて……」
「あんたが良くても私が良くない! ケンタロちゃん!!」
憧をうちにおいといて戸締まりし、私が単独でケンタロちゃんの散歩に行くという選択肢もある。でもそれもなんか変だし。
・・・
「ケンタロちゃ~~~ん♡」
今日もケンタロちゃんはベリベリキュート!
「…………!」
「だから、怯えてんじゃねーよ。なんでテメーまでついてくんだよ……」
散歩が終わりケンタロちゃんを憧の家に戻す。
「リサ。あんた今日夕飯は?」
「炊飯器セットしてきた」
「あっそう。じゃあおかずだけ持ってきな。親子丼だよ」
恵美おばさんがタッパーをくれる。
「憧、あんたはさっさと飯掻っ込んで勉強!」
「ババア……俺もう勉強なんてしねえよ……」
「は? 何言ってんの。キンパツはいいワケ?」
「いい……もうこのままテキトーに伸びてプリンになんだよ、俺は……」
「プリン? プリンとはなんだ町民!」
「うるせぇ……」
憧はちょっと髪が伸びて黒いとこが見えてくると、マメに美容室に通っていた。
ヘアスタイルを維持するためには手間暇を惜しまなかった。
「そういえばなんで憧ってブリーチしてんの」
「……? そりゃ……リサが金髪が好みだって言うから……」
「私が? いつ言ったっけ」
「保育園の頃……」
記憶ない。
「別に好みじゃないけど」
「へ……? う、ウソだろ? お前、王子みたいな金髪のヤツが好きなんだよな?」
「全然」
「そこのフルーツ王子は? お前の好みじゃねえの……?」
「まったく」
なんで比較にチャーミンが出てくる?
こんなポンコツアイス王子いらん。
「普通の染めてない黒髪の、中身も普通の人がいい」
「な……なんだよ! 俺てっきり……そうならそうって言えよな! なんだー! ババア俺黒に戻すわ! 勉強はやめだ! ちょいドラッグストア行ってくる!」
憧はなんかよくわからんことを叫びながら、財布を取りに部屋に走っていった。
「リサ、悪いけどあのバカに後で『勉強できる男が好きだ』って言ってやってくんない? ただでさえバカなのに、テストの点くらいはなんとかしてもらわないと」
「わかった」
憧はカッコつけだから、周りがおだてると結構乗る。
・・・
「美味しいな、リサ! 初めて食べる料理だ!」
「よかったな」
親子丼は二人前あった。
チャーミンはスプーンを握り、顔中に米つぶを付けながら満面の笑みで食べている。
「どうやったらデコにまで米が付くんだろう……」
「うん? 何か言ったか、リサ!」
「なんで私はこいつと夕飯食べてるんだろう……」
「夕食の時間だからではないか!?」
笑うかしゃべるか食べるかどれかにしろ。
昨日今日と、夕飯の時に人がいるの違和感しかない。
・・・
和室に来た。
今日こそは消えろチャーミン!
『暗いよ、怖いよ……シクシク……』
「ダメか……勘弁しろし」
結局消えなくて、チャーミンは押入れから這い出てきた。
「誰が出てきていいって言った。消えるまで中にいてよ」
「ひどい! 無茶だ! 中は暗くて怖いんだぞ!?」
「知ったことか」
一旦ふすまを閉めて再チャレンジ!
やれ行けそれ行けとけしかけると、チャーミンは泣きながら叫んだ。
「うわーん! 助けてフランソワー!」
――スッ
勝手にふすまが開いて、中からウサギのぬいぐるみが出てきた。
赤黒のチェックと水玉のつぎはぎで、首に黒いリボンが結んである。
顔はニコニコしてない。普通のぬいぐるみだ。
よかった。
「……フランソワ!!」
「これが!?」