第二話:魔王様と魔王軍の絆
~復活の魔王ルシル~
ゆっくりと目を開く。
長い、長い、夢を見ていた気がする。
いったい、俺はどれだけ眠っていたのだろう?
周囲を見渡すと、どこかの草原だった。
「……俺がこうして目覚めたってことは、魔族たちはうまくやっているようだ」
薄く笑う。
俺は三千の粒子になり、その一つひとつを我が子らに託した。
千年以上、力をもらい続けなければこうして俺の復活に必要な力なんて集まりはしない。
つまり、それは千年以上、世代を重ね命をつないできたということ。
「やっぱり、俺は間違ってなかった」
さまざまな種族がいて、価値観の違いから喧嘩しあっても、なんだかんだやっていける。
そして、あいつらも元気にしているようだ。
とてつもなく強い力を感じて空を見上げる。
巨大な黒竜が舞い降りてきた。
黒竜は背中に懐かしい顔ぶりを乗せており、全員を下ろすと初老の紳士となる。
「久しいな、ドルクス」
「はっ、我が君と出会える日を一日千秋の思いで待ちわびておりました」
うやうやしく、ドルクスが礼をする。
相変わらず、そういう仕草が絵になる男だ。
まさか、眷属全員が揃っているとは。
多少見た目が成長しているものたちはいる。しかし、千年経っているのにほぼみんな昔のままだ。
エンシェント・エルフ、マウラの力だろう。
彼女なら不老不死を実現することができる。おそらくはそれぞれの最盛期で老いを止めたのだろう。
眷属たちの見た目はあまり変わっていなくとも、全員がとてつもなく力を増しているのを感じる。
それこそ、千年ずっと鍛錬を続けなければたどり着けないほどに。
「ただいまみんな。待たせて悪かった。それから、ありがとう」
そう言うと、それぞれ、文句を言ったり、泣いたり、笑ったり、いろんな反応をする。
抱きしめたり、頭を撫でたり、握手をしたりで忙しい。
その誰からも、俺への好意が伝わってきた。
……うれしい反面、悪いとも思う。
千年以上も、この子たちを縛り続けてしまったのだ。
「ドルクス、俺がいないあと魔族たちはどうなった。途中経過はいい、今どうなっているかだけ教えてくれ」
「はっ、魔族たちはこの島でいくつかの国を作り、栄えております。人口は、魔王様がこの地を神の箱庭から切り離したときと比べ百倍以上に増えました」
「いくつかの国と言ったが、やはり種族ごとに分かれているのか」
「国ごとに違いますな。単一種族の国もあれば、いくつもの種族が混ざった国も、多種多様な価値観が入り乱れております」
面白そうなことになっている。
そして、それが好ましい。
それぞれのルールに従い好きに生きて、先へ進んだ。それは俺の理想だった。
それを聞いて、俺は一つの決断をした。
「……魔族たちはもう自分で歩いている。ならば、俺が手を差し伸べる意味がない。もう、俺が魔族の王として君臨する必要が亡くなった。魔王を辞めようと思う」
その言葉を聞いた眷属たちは驚いた顔をした。
何人かは、予測していたようで、ああやっぱりという顔をした。
「俺はこれから、魔王ではなくただのルシルになる。ロロア、ドルクス、頼みがある。ロロアのホムンクルス……できるだけ弱いのがいい、それに俺の魂を移してくれ。できるだろう?」
俺は復活したら、我が子らが作った街を楽しみたいと考えていた。
それも、魔王として上からではなく、ただの一人の魔族としてみんなと同じ目線で。
でなければ意味がない。崇められても恐れられても、本来の姿が見えなくなるだろう。
ロロアならホムンクルスを作れるし、ドルクスなら魂操作に長ける。
これでただの一魔族になれるだろう。
「我が主よ。私は魔王の魂を受け入れられるほどの器があれば、魂を移すことは可能ですな」
「んっ、私のホムンクルスなら魔王様の魂を受け入れられる……でも、それをすると魔王様はただの魔族になる」
「だから、そうしたい。俺のわがままを聞いてくれるか?」
「……わかった。やる」
ロロアは一瞬の逡巡のあと、そう言うとなにかのボタンを押した。
すると、無人飛行艇がやってきて、空からコンテナが落とす。
そして、コンテナが自動で展開していく。
コンテナの中には水槽があり、ホムンクルスの体が沈められていた。
「肉体が用意されているとは準備がいいな」
「こんなこともあろうかと作っといた。魔王様と背格好も同じ。違和感もほとんどないはず」
その体の見た目は俺そっくり、というか俺そのものだ。
「俺がほしいのは普通の魔族の肉体だ。……おまえがわざわざ作っていたということは、強力な体なんだろう? そうであるなら、別の体を作ってほしい」
「んっ、見ればわかる。なんの力もない、どこにでもいる魔族の体。竜人ベースだけど、血が薄くて角も翼も尻尾もない、とても普通」
言われてみるが、たしかにそうだ。
何の力も感じない。いったい、こんなもの何のために作ったのだろうか?
「いいだろう。これに俺の体を移してくれ」
「では、ここから先は私がやりましょう。我が君の魂を新しい入れ物へと見事運んで見せましょう」
黒死竜であるドルクスは死を司る。
ゆえに、魂操作はお手の物だ。
あっという間に、俺の魂は新たな器へと移った。
新しい体になった俺は目を開き、軽く体を動かして違和感がないか確かめる……完璧だ。元の体との性能差のせいで重く感じるが、妙にしっくりくる。
もとの体をロロアは、今の体を入れていた水槽へと収納していた。
「手間取らせて悪かったな。これがただの魔族か、なんて弱く、重い、不自由な体なんだろう……だが悪くない。礼を言う、二人ともいい仕事をしてくれた」
「我が君、身に余るお言葉です」
「んっ、魔王様が喜んでくれたならうれしい」
これならただの人として、魔族らが作り上げたものを楽しみ尽くせる。
魔王という役割を放棄し、魔王の力も失ったのだから。
……さて、こうして普通の魔族になったことでもう一つ、大事な仕事ができる。
「みんな、今まで俺に仕えてくれてありがとう。おまえたちと一緒の日々、楽しかった。……もう、自由にしていい。今をもって魔王軍は解散する。これからは好きに生きろ」
眷属たちはよほど想定外だったのか、絶句し、我に返ってから、詰め寄ってくる。
「おとーさん、ライナを捨てるの?」
「魔王軍が解散なんていや、みんなや魔王様と一緒がいい」
「納得のいく説明をしてください!」
みんなを宥め、それから口を開く。
「俺は眠りに付く前から、ずっと悩んでいたんだ。俺の夢におまえたちを付き合わせていいものかをな。……さすがに俺が死ねば、みんな好き勝手やるかと思っていたんだが、まさか、ずっと待っていてくれるとは思ってなくて。嬉しいが、同時に心苦しくなった」
血を与え眷属とした。
タイミングも理由もばらばらだった。それでも、契約以上に心がつながっていた。そのことを誇りに思っている。
だけど、それが眷属たちの重荷になるのは嫌だ。
「これは決定だ。もはや、俺に魔王としての力はない故に、強制命令を発することはできない。だが、最後の命令、聞いてほしい。改めていう、おまえたちは好きに生きろ」
誰も何も言わない。言葉が出ないようだ。
俺は苦笑し、ロロアが気を利かせて用意してくれていた服を纏う。
……旅に必要な道具と路銀まであった。ありがたくもらっておこう。
「俺はもう行く。またどこかで会おう」
我に戻った眷属たちの制止を振り切り、それから俺は一番近い街へと向かう。
彼らとの別れは悲しいし、寂しい。
だが、それでも彼らは彼らの人生を歩むべきだ。
親離れと子離れ、それこそが俺が魔王としての最後にやるべき仕事だった。
◇
取り残された眷属たちが呆然としている。
もうすでに魔王ルシル、いや、ルシルは見えなくなっていた。
「ロロアちゃん! なんで、追いかけるのを邪魔したの!? おとーさん、もうただの魔族、ちょっとしたことで死んじゃうの!」
キツネ耳少女のライナが怒る。
不安で、寂しくて仕方ない。
「それに魔王軍が解体なんて……そんなの、絶対に嫌です」
エルフのマウラの言葉に何人かの眷属が同意した。
しかし、冷静なものが二人いる。
黒死竜ドルクスとエルダー・ドワーフのロロアだ。
「安心して、あの体は特別製。何百年もドルクスと共同研究して作り上げた最高傑作。あれは魔王様をより強くするために作ったもの。魔族である私たちを救う代償に、天使だった魔王様が失ったすべてを補ってあまりあるだけの力を与えるための器。……もう二度と天使ごときに殺されないようにするために」
ルシルはどうして新しい体がすでに用意されていたかを疑問に思っていたが、その答えがこれだ。
いくら眷属たちが強くなっても、魔王本人が弱ければ不測の事態に守り切れない。
しかし、力を失った天使という魔王ルシルの特性上、今のまま天使より強くなることは極めて難しかった。
だからこそ、ロロアは魔王ルシルを最強にする体を生み出そうと決め、ぎりぎりまで改良を続けつつ、復活までに完成させたのだ。
「うそなの、ぜんぜん力を感じなかったの!」
「んっ、魔王様の体より強いものを作るのは難しい。だから、今の強さを捨てて、素質に全振りをした。そのせいで今は弱い。でも、鍛えれば鍛えるほど強くなって、最終的に、元の体より強くなる。その性質のおかげで、ただの魔族になりたい魔王様も喜んであの体を受け入れた。運が良かった」
これに関しては計算や予測ではなくただの偶然。
あるいは運命と呼べるもの。
「問題は、今は弱いことですね」
「それも問題ない、魔王様を衛星で二十四時間監視してる。ピンチなれば、衛星に収納したゴーレムを射出して救援に向かわせる……それに、あの体は素質だけじゃなく、器が大きい。魔王様の魂が焦がれるほどに力を求めたら、短時間だけ、魔王様の肉体を魂の記憶で再現する。そういう機能もある」
魂に引きずられて肉体が変質する。
短時間のみであれば、素質と強さを両立できる。それができるからこそ、あれを最高傑作とロロアを呼んでいる。
この肉体を作るのには、実は星の巫女たるマウアの力も騙して使っていたりする。
「それなら、安心なの……でも、やばいの、ばれたら、おとーさん、めちゃくちゃ怒るの!」
「ですよね。鍛えて成長していくのはごまかしが効きますけど、短時間でも魔王の力を振るえてしまえば、そういう体だってばれちゃいます」
全員がロロアの顔を見る。
魔王ルシルは優しい、だが容赦がない魔王でもあった。そうでなければ、反発し合う魔族をまとめることができなかったためそうなった。
いかに、寵愛を受けていても、万が一がある。
だが、ロロアの表情はいつも通りだ。
「んっ、そのときは殺されてもいい。ただの人として生きたい、そう願った魔王様が、魔王としての力を望むような状況、きっと、力が無ければ死ぬと思う。そんなときに力をあげられて、魔王様の命を一回救える。一回でも魔王様を救えるなら、私の命を捨てても割に合う。私の命は魔王様のためにある」
ロロアのそれは忠誠心……だけではない。
ロロアにとって、ルシルは父で兄で先生で友達で、そして、それ以上の感情もある。
だから、ルシルのためならルシルを騙すし、その結果死んだとしても構わない。
さすがに眷属たちも絶句する。
その愛の深さ、そして、言葉を発した際に一切の力みも緊張感も怯えも高揚もなく、ただ淡々としていたことに。
つまり、それがロロアにとっての当たり前なのだ。
その静寂を壊すものが現れる。
「はははははははっ、あの小さなロロアがこうなるとは驚きですな。我が君もここまで想われるとは果報者だ。なら、私も覚悟を決めましょう。……さて、皆のもの、我が君の命令です。魔王軍を解散しましょう。今、この瞬間から、私はただのドルクスです」
魔王不在時、魔王の右腕たるドルクスの決定は絶対だ。
みんな、反論の意味はないと気付き、しぶしぶと同意する。
「これで魔王様の命令を果たしましたな。たしかに魔王軍を解散した」
そこでドルクスはふてぶしく笑ってみせる。
誰よりも魔王軍を愛していた男が、魔王軍を失ったにも関わらずだ。
「さて、皆様に提案があります。新生魔王軍を作りたいと考えているのですが、乗られる方はおられませんか? ここにいる面々は優秀ですからな。ぜひ、スカウトしたい」
「やー、賛成なの。ライナが一番乗り!」
真っ先に、ドルクスの意図に気づいたキツネ耳少女のライナが手を挙げる。
「あの、それ、いいんですか?」
「いいもなにも、我が君が命じられたことを覚えていらっしゃいますか? 魔王軍を解散して好きに生きろと。なら、私はそうさせていただく。新たな魔王軍を作り、あの方のために生きる、それこそが私の好きに生きるということです。我が想いと忠誠、我が君にすら否定させたりはしない……そのことをロロア殿が思い出させてくれた」
好きに生きる。
その答えなんて彼にとって一つしかなかったのだ。
「そして、皆様に言っておきましょう。我が君は好きに生きろと命じた。ゆえに、新生魔王軍への参加は強制ではありません。自分の頭と心で考えて決めなければなりません。でなければ、私が我が君の想いを曲げたことになってしまう」
「んっ、答えは一つ」
「好きに生きさせてもらいますよ」
「ぴゅいっと参加なのです」
「愚問だね、だいたいパトロンは舐めすぎだよ。千年あの人を想い続けてる頭のおかしい軍団だよ。僕ら」
「がうがう!」
全員が、新生魔王軍が参加表明をする。
……魔王ルシルは後に知ることになる。
吹っ切れて、ルシルの目が届かないところで好き勝手かつ全力でルシルのために行動する、無駄に優秀な連中が集まった新生魔王軍のやばさを。
そして、近い将来、これなら魔王軍を解散なんて言わなかったほうが良かったのではと後悔することになるのだ。
いつも応援ありがとうございます! 「面白い」、「続きが読みたい」と思っていただければ画面下部から評価をしていただけるととてもうれしく励みになります!