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「ダリアの幸福」 作者:麻丸。
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「折れることのない芯。」



登場人物


高橋日向 双子の兄。一人称は俺。

高橋彼方 双子の弟。一人称は僕。

坂野亮太 クラスメイト。

中村将悟 クラスメイト。

矢野千秋 クラスメイト。

新田百合 一年生。

白崎先生 精神科医




 「折れることのない芯。」



将悟は眠い目をこすり、欠伸を堪えて、学校へ向かう。


期末テスト二日目。

昨夜も夜遅くまで勉強していたため、まだ少し眠気が取れない。


周りの人間は、こんな風貌の自分が、真面目に勉強して、

真面目に学校に来ているのが、不思議だと言う。

けれど、自分は他人の言うことなんて、それほど気にしない。

言いたい奴には、好きなだけ言わせておけばいいだろう。


確かに、傍から見ればヤンキーにでも見えるだろう。


音楽が好きで、ギターを弾いたり、バンドを組んだりしているが、

悪事に手を染めたこともないし、変な薬なんかもやったことはない。

当たり前だが、煙草も酒にも手を出したことがない。


金髪=ヤンキー、だとか、バンドマン=ヤク中、アル中、ヘビースモーカーだとか、

そんな見た目でしか判断できない人間たちなんて、自分には関係ない。


金髪もピアスもポリシーだ。

初めて好きになったバンドのギタリストが、金髪でピアスだらけだった。

それに感化され、憧れた。


自分もあんな風になりたいと、市販のブリーチ剤で髪を脱色した。

初めて脱色した時は、頭皮に脱色剤がついて、ヒリヒリと痛かったのを覚えている。

ピアスだって最初は市販のピアッサーを使って、震える手で耳に穴をあけた。

自分の皮膚に鋭い針が突き刺さる感覚は、何度やっても慣れるものではない。


髪を脱色し、ピアスを開けた自分の姿を初めて鏡で見た時は、

自分が自分じゃないように見えた。

生まれ変わった気がした。

世界が変わったようだった。

強く、なれた気がした。


不良になりたかったわけではない。

ヤンキーだと言われたかったわけでもない。

世間に反抗なんて、するつもりもない。


ただ一人の、笑顔を守りたかっただけだった。





そんな昔話を思い出しながら、学校に着く。

玄関を抜け、3年1組の下駄箱の方へ行くと、

見覚えのある少女が、困った顔でうろうろしていた。


「こんなところで、何やってるんだ?」


少女はその声に驚き、体をビクッとさせて振り返った。

三年生の下駄箱の前には似付かわしくない小柄な体。


「あ…この前の…。」


百合は将悟の顔を見て、少し縮こまる。

長い黒髪が、しなやかに揺れる。


「…もう大丈夫なのか?」


何が、とは言わない。

そんなことを聞くこと自体が、傷を抉るかもしれないと思ったが、

他にかける言葉が見つからなかった。


「お陰様で。…私、結構図太いんです。だから…もう全然平気です。」


明るく、笑顔を作って見せる百合。

その顔は、少し引きつっているようにも見える。

おそらく、まだ先週のことを引き摺っているのだろう。


「そうか。…あんまり無理するなよ。」


「はい。有難う御座います。」


下手な作り笑顔が、余計に痛々しい。

そのせいか、もともと小柄な百合が、余計に小さく見えた。


「で、ここで何やってるんだ?一年生の下駄箱は向こうだろう?」


将悟は奥の方を指さして百合に問う。

この学校の下駄箱は学年別、クラス別で場所が分かれている。

三年生の下駄箱と一年生の下駄箱は、結構離れた場所にあるはずだ。

7月にもなって、百合が下駄箱を間違えるはずもないし、

こんな狭い学校で迷うはずもない。

百合が、三年一組の下駄箱の方へ来る理由なんて、ないはずだ。


「ちょっと…坂野先輩の下駄箱を探していて…。」


言い辛そうに視線を逸らす百合の手には、手紙のようなものが握られていた。

それを見て察する将悟。

ラブレターだろうか。

にしても下駄箱に入れるなんて古典的だ。


「亮太?…日向じゃなくて、か?」


将悟の視線が、自分の持っている手紙に向けられていることに気付いた百合は、

恥ずかしそうに、慌てて否定する。


「あっ、あのっ!ラブレターとかじゃないですからね!

 坂野先輩に…ちゃんとお話したいことがあって…それで…えっと…。」


口ごもる百合。

手紙を握る手に力が籠り、少し手紙がクシャッと音を立てて折れ曲がる。


「ああっ!」


折れ曲がった手紙を残念そうに見つめる百合。

意外とおっちょこちょいなのかもしれない。


「そんな大事なものなら、下駄箱じゃなくて俺が直接渡そうか?」


「えっ…いいんですか?」


「ああ、クラス同じだし。てか席隣だし。」


「じゃあ、…お願いします。」


百合は小さく頭を下げて、手紙を将悟に渡す。

可愛らしい星をモチーフにしたデザインの封筒だった。


「正直、坂野先輩って雑だから、下駄箱に入れたら気づかないかもとか、

 靴履き替える時に床に落ちて、 気づかないでそのまま放置しそうとか思ってたんです。」


「君、アイツのことよくわかってるな…。」


将悟も同じことを思っていた。

下駄箱に入れたら、百合の言っている通りになりそうだからこそ、

将悟は自ら配達係を名乗り出た。


「あの…っ。告白とかじゃ…ないですからね!

 私が好きなのは、日向先輩ですから!」


そう言った百合の目は凛とするほど真っ直ぐで、

さっきまでの照れや、不安そうな表情は、すっかり消えていた。


彼女は強い人間なのかもしれない。

あんなことがあった後なのに、こんなに真っ直ぐに日向のことを好きだと言う。

普通は距離を置きたいとか、忘れたいなどと思うものだろうが、

彼女はそんなこと一切口に出さなかった。


ただただ、純粋に、日向のことだけを想っているような気がした。






将悟は百合と別れ、教室へ入る。

亮太も、日向も、まだ学校に来ていないようだった。

いつも通り席に着き、イヤホンをつけて音楽を聴く。

そして一応、テスト前の復習として教科書を開く。

音楽を聴いている方が、勉強に集中できる気がした。



そしてしばらくして、亮太が眠たそうにフラフラと教室に入ってくる。

今日も徹夜なのだろうか、目の下には少し隈ができているように見えた。


「しょーご、おはよ…。」


「おう。おはよ。」


亮太疲れ切った様子で将悟に挨拶をして、自分の席に着く。

椅子に座るのを同時に、大きなため息と共に机に伏せる。

その様子を見て、将悟は自分の鞄から百合に渡された手紙を出す。


「亮太、ラブレター。」


「おーよかったな。モテる男は違いますねー。よかったですねー。」


亮太は顔を上げずに、不貞腐れたように適当な返事をする。

どうやら将悟がラブレターをもらったのだと勘違いしているようだ。


「いや、お前に。」


「彼女いるくせにムカつくわー。…って、え?ええっ!?俺に!?」


ガバッと勢いよく起き上がり、驚いたように大きな口をさらに大きく開け、

将悟の持つ手紙を、期待の眼差しでじっ、と見つめる亮太。

その様子が可笑しくて、将悟は正直に本当のことを話す。


「…嘘。ラブレターじゃないらしい。」


「なんだよ…。」


明らかにガックリと肩を落としす亮太。

将悟は、昔からオーバーすぎる、いいリアクションをしてくれる亮太に、

少し意地悪をするのが楽しかった。


「でもお前宛だって。この前の…百合ちゃん?から。」


手に持っていた手紙を亮太に差し出す。

亮太は少し不思議そうな顔をして、その手紙を手に取る。


「なんで将悟が持ってんの?」


「朝、下駄箱の前で偶然会ったんだよ。」


その手紙を、開かずにじっ、と見つめる。

亮太もまだ、百合に思いを寄せているのだろうか。

少し切なそうな瞳が、揺れていた。


「百合ちゃん…元気そうだった?」


手紙から視線を逸らさずに呟く。


「あー…あの子は、強い子だと思うぞ。」


その言葉に、亮太は少し切なそうに微笑む。


百合の真っ直ぐな瞳、凛とした声。

そうだ、彼女は、まだ何も諦めてはいないのだろう。

強い意志をもって、地面にしっかりと立っているのだろう。

彼女は、強い人間だ。


「亮太は、どうすんの?」


「どう…って。」


亮太は、なんのことかわからないという顔をして、将悟の方を向く。

まだ開いていない手紙を、大事そうに両手に握ったまま。


「このままでいいのか、って言ってんだよ。」


将悟は、亮太の気持ちを知っている。

もちろん、百合の気持ちも。

けれど、切なそうに手紙を見つめる亮太を見ると、背中を押してやりたくなる。

結果がどうなるにせよ、亮太の一人で思い悩む顔を、見ていたくはなかった。


「百合ちゃんは、日向が好きなんだよ。」


切なそうな顔のまま、静かに亮太は語る。

亮太はもう、諦めてしまったのだろうか。


「…でも、お前は…百合ちゃんのこと、好きなんだろ?」


「…まあな。でも…、」


大きくため息を吐いて、笑顔を見せる亮太。


「困らせたくねえんだわ。」


そんな亮太の、無理して笑う顔が、痛々しかった。

しかし、亮太が自分で決めたのなら、自分が口を出すことはできない。

将悟はただ、その笑顔を見つめることしかできなかった。


「…後悔すんなよ。」


「しねえよ。ばーか。」


亮太はただ笑って、未開封のままの手紙を鞄の中にしまった。






そのまま二人は言葉を交わすことなく、

これから始まるテストに向けて、教科書を開き、眺めていた。

しばらくすると、日向が朝のHRギリギリに教室に入ってきた。


「おはよ!日向。」


「…おはよう。」


なんだか日向はいつにもまして元気がないように見えた。

元気がないというより、何か悩んでいるのか、考え事をしているようだ。


「日向が遅刻ギリギリって珍しいな。いつも早いのに。」


「…ちょっと、保健室寄ってきたから。」


「え?体調悪いのか?」


「…彼方が、な。」


気まずそうに目を逸らす日向。

そのまま日向は、黙って静かに鞄を置き、

自分の席に着くと同時に、HRを始めるチャイムが鳴った。



そんな二人のやり取りを、将悟はずっと黙って見ていた。




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