グーグルと大手総合病院の提携がもたらすのは、医療の進歩かプライヴァシーの破綻か

世界屈指の医療機関である米メイヨー・クリニックが、グーグルとの提携を発表した。膨大な医療データを手に入れたグーグルは、AIで医療に新たな知見をもたらすかもしれない。その一方で不安なのは、いまだ1996年施行の法律に守られている患者のプライヴァシーだ。

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CASEY CHIN/GETTY IMAGES

1880年代、まだ州になってまもないミネソタで外科医のメイヨー兄弟は、のちに世界屈指の医療機関となるメイヨー・クリニックを開設した。

開設当時、同院の医師たちは患者の医療記録を、それぞれ自分の分厚い台帳に書き込んでいた。ところが1907年、メイヨー・クリニックの医師ヘンリー・プラマーが、よりよい記録法を思いつく。患者の医療記録は、多くの医師たちの手帳にばらばらに残すのではなく、1カ所にまとめるべきだと考えたのだ。

彼は新たなシステムを導入した。メイヨー・クリニックの各患者に個別のファイルと固有の識別番号を割り当て、ファイルに収められた全書類にその番号を記入する方式だ。医師の所見にも、ラボの検査結果にも、患者からの手紙にも、出生および死亡記録にも。

さらに、こうした書類の科学的価値を認識していたプラマーは同院のトップたちを説得し、すべての医師に対して教育と研究のためのデータ利用を認める方針が打ち出された。

この進歩が、現代の米国における医療記録保存の始まりだった。そして当初からこの取り組みは、共有と秘匿という対立関係と不可分だった。患者データの分析から新たな医学的発見が得られる可能性と、個人情報を秘匿とする患者の権利は、常に緊張関係にあったのだ。

グーグルがメイヨーの医療データ活用へ

2019年9月中旬、この緊張が再び露呈した。メイヨー・クリニックが病院の患者データの安全保存をグーグルに委託し、同社の非公開クラウド上におくと発表したのだ

メイヨー・クリニックは18年5月に、「プラマー・プロジェクト」と銘打った数年がかりのプロジェクトを完了したところだった。これは、関連医療機関すべてを単一の電子医療記録システムに統合するプロジェクトで、その完了以来、同院のデータはマイクロソフトのクラウドコンピューティングプラットフォーム「Microsoft Azure」に保存されてきた。しかし、今回の委託によりこれが切り替えられることになる。

説明したように、同院は歴史的に膨大な患者のデータという“宝の山”を活用しようとしてきたが、今回の動きもそれを示すものだ。一方のグーグルは、最近もてはやされているヘルスケアでのAI利用という分野で先陣を切っている。同社はこれまで、医療用の画像解析、ゲノムシークエンシング、腎疾患の予測、糖尿病性眼疾患のスクリーニングなどさまざまな実験を行なってきた。

グーグルは、10年にわたるメイヨー・クリニックとのパートナーシップの一環として、同院の膨大な医療記録に対して最先端のAI技術を使う計画だ。さらにグーグルは、ミネソタ州ロチェスターに本パートナーシップをサポートするためのオフィスも開設するという。ただし、操業開始の時期や常駐社員数については明言を避けている。

データビジネスと相性の悪いヘルスケア分野

メイヨー・クリニック関係者は、グーグルによる同院のデータへのアクセスは厳しく制限されると話している。しかし、いかに善意に支えられた野心的な目標を掲げていても、データは保存場所から抜け出すものだ。

さらに医療データの専門家からは、この種の提携関係が、米国の時代遅れな個人情報保護法と、医療データに関する一貫しない多数の規制のほころびを突くのではないかという懸念の声があがっている。

医療データに関するプライヴァシー規制の改正を声高に主張する専門家のひとりが、ジョージタウン大学法科大学院のローレンス・ゴスティンだ。「問題は、グーグルがデータを利用し販売するというビジネスモデルを採用していることです。グーグルが、個人を特定できる情報をビジネス目的に使用しないと言ったところで、とても信用できません」

グーグルは、こうした情報に患者の明確な同意がない限りアクセスできない。それは、米国の「医療保険の相互運用性と説明責任に関する法律(HIPAA)」に定められている通りだ。HIPAAは米国で最も効力の強い医療情報プライヴァシー関連規則で、医療機関に対し、患者の明確な承認がない限り、第三者に個人を特定可能な医療情報を開示してはならないと規定している。

しかし、ゴスティンのような懐疑主義者は、データに貪欲なグーグルの経営姿勢と、データの取り扱いに細心の注意を要するヘルスケア事業は、そもそも相性が悪いと考えている。

グーグルが医療分野で行う実験の一部は、すでに法規制の問題に直面している。例えば、傘下のディープマインドが開発する、医師および看護師向けのAIを搭載したアシスタントアプリ「Stream」だ。

ディープマインドは英国保健省と提携し、同アプリの試験運用を決めた。しかし、英国のデータ保護当局が17年に行った調査で、その提携内容が160万人に登る患者の医療記録への過度なアクセス権をグーグルに認めた違法なものであったことが明らかになったのだ。

いまも96年施行の法律に守られる個人データ

さらにグーグルは17年、シカゴ大学医療センター(UCMC)とデータマイニングに関して提携したが、こちらもいまや裁判沙汰になっている。19年6月、ある患者がUCMCとグーグルを相手取り、自身および数千人の患者たちの電子医療記録が、日時のデータを抹消しないままグーグルに提供されたと訴訟を起こしたのだ。

グーグルとUCMCは告訴内容を否定しているが、もし訴えが本当なら、HIPAAに明確に違反するだろう。しかし、そもそもこの訴訟は、実際にはHIPAAに基づいて起こされたものではなかった。イリノイ州の消費者保護法が定める「詐欺的で不当な商慣行」と、慣習法上のプライヴァシー権の侵害にあたるとして起こされたものだ。

訴状では、グーグルは、完全に合法的に匿名化した医療記録を入手した場合でも、それを自社が保存する膨大なオンライン行動データ(位置情報、検索履歴、SNS投稿など)と組み合わせることで、個人を再識別することが理論上は可能であると主張されている。

スタンフォード大学の医療法専門家ミシェル・メロは、「つい最近までは、記録に名前と住所が含まれていなければ何も悪いことは起きようがないという考え方が主流でした。しかし、もはやそんな常識は通用しません」と話す。彼女は、グーグルとUCMCを相手取った訴訟について医学誌への寄稿も行っている。

メロは、HIPAAがグーグル創業前の1996年に施行された点を指摘した。当時、米国のインターネットユーザーは2,000万人にすぎず、ネット利用は1日に30分程度だったと彼女は言う。テック企業が匿名化データからどんなことができるかを考えれば、グーグル検索やフェイスブック投稿が増えるほど、現行のデータプライヴァシー規制と現実との乖離は進むというのがメロの意見だ。

「責任あるデータの受けわたしが行われた場合であっても、いったんデータが外に出れば、規制対象である企業の管理下から抜け出てしまいます。どんな関連づけが行われ、どこにデータが行き着くのかは、誰にもわかりません」と、メロは言う。「ユーザーとの約束が破られていなくても、個人データでできることはたくさんあるのです」

科学の進歩を加速させる規制を

こうした懸念を踏まえ、メイヨー・クリニックの関係者はグーグルとの提携に慎重を期したと話している。

グーグルは契約上、同院の医療データを、ほかのどんなデータセットとも組み合わせることを禁じられていると、同院の広報担当者は言う。つまり、GmailやGoogleマップ、YouTubeといった個人向けサーヴィスからグーグルが得たどんな個人データも、メイヨー・クリニックの匿名化済み医療記録と統合してはならないのだ。

このルールが確実に遂行されるよう、匿名化データにグーグルがアクセスできるのは、メイヨー側がコントロールする非公開クラウドに限定されている。このクラウド上では、同院がすべてのアクティヴィティを監視できるようになっているという。

これによって患者はある程度は安心できるだろうが、決してプライヴァシーの保証にはならないと、ジョージタウン大学法科大学院のゴスティンは指摘する。「グーグルにプライヴァシー誓約を遵守させ続けるのは困難です。そのためには、法的にメイヨー側が介入できるようにする必要があります」

現在は、合意が履行されなかった場合でも、患者に法的な償還請求権はない。「本気で解決するなら、複数の側面でプライヴァシー強化を義務づける、国レヴェルの立法が必要です」と、ゴスティンは言う。「そうした法律は、データやクラウドベースのサーヴィス、ソーシャルメディアといった、インターネット全般を含むものでなければなりません」

気候変動や銃規制、ロシアの選挙介入といった問題は世論を二分する政治的優先課題になっているが、いまのところデータプライヴァシーの優先順位はそこまでに至っていない。だが、そうなるのも時間の問題だと、スタンフォード大学のメロは考えている。

「いまはテクノロジーの進歩が、一般大衆のプライヴァシーに対する期待に先行している状況です。ほどなく、正式な法規制を求める声が高まるでしょう」。なお、規制の問題について、グーグルはコメントを差し控えるという。

新たなテクノロジーの到来や、社会的価値観の変化に応じて、行動基準は変化できるし、変化するものだ。メイヨー・クリニックの医師たちは、プラマーの時代から長い間、科学の名のもとに患者の医療記録を分析することができた。

そこにHIPAAや、研究に参加する患者を保護するための規制が導入された。メイヨーのような医療分野のパイオニアたちは、そうした規制を踏まえたうえで、医学研究を進展させるため、データを活用するさまざまな方法を発見してきた。

現代のプライヴァシーのニーズを満たす新たな法規制は、必ずしも科学の前進を止めるものとは限らない。そうした規制はむしろ、イノヴェイションをさらに加速させるかもしれないのだから。

※『WIRED』によるグーグルの関連記事はこちら

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あらゆるモノがAirbnb化する「サブレットエコノミー」の時代へようこそ

クルマ、プライヴェートジェット、裏庭アパートから昼寝用ベッドまで。ここ数年、米国では、使っていないスペースやモノを他人に有料で貸し出すためのプラットフォームが増えている。拡大する「サブレット(一時貸し)エコノミー」を考える。

TEXT BY ARIELLE PARDES
TRANSLATION BY TOMOKO TAKAHASHI/GALILEO

WIRED(US)

 Yachts in harbor

WALTER BIBIKOW/GETTY IMAGES

ジャクリン・バウムガーテンは、ミシガン湖でセーリングをして育った。家族とボートに乗り、広い水の上で気ままに過ごした時間は最高の思い出だ。2人の兄は成人後、水上のアドヴェンチャーをさらに楽しもうとボートを買った。

その兄たちがあるとき、同じ週にそれぞれ電話をかけてきて、めったに使わないボートの維持費が高くて困ると話すのを聞いて、バウムガーテンはこの問題を解決しようと思い立った。

Airbnbから始まった「サブレットエコノミー」

バウムガーテンは兄たちの悩みを、「Boatsetter」というビジネスに変えた。いわば「ボート版Airbnb」だ。ボートの所有者がこのプラットフォームに自分のボートを登録しておくと、水の上で1日を過ごしたい人がそれを数百ドルでレンタルできる仕組みである。

Boatsetterはユーザーに対して、保険をグループで格安に購入できるピアツーピア(P2P)保険も提供している。また、セーリング経験のないユーザーのために、有料でボートを操縦してくれる船舶操縦士のネットワークも提供している。

Boatsetterのようなスタートアップは増えており、ボートや予備の寝室、裏庭のスペースなど、値の張るものを貸し借りする新たな市場を形成しつつある。「サブレット(一時貸し)エコノミー」といったところだろうか。自分の所有するものは何でも追加の収入源になり、借りたいものは何でも、親切な赤の他人からレンタルすることができる。

このビジネスモデルを生み出し広めたのは、Airbnbだ。いまや世界中で利用されるAirbnbだが、2008年の創業当時、自宅を宿泊所に提供したり、数百ドルを払って知らない人のゲストルームに寝泊まりしたりするというアイデアは斬新なものだった。住宅を丸ごとレンタルできる「VRBO」などのウェブサイトは当時から存在したが、ひと部屋単位で借りるというやり方は、主に安く旅行するバックパッカーや、お金のない大学生向けの選択肢だった。

しかし、いまやレンタル市場はあらゆる品を扱い、あらゆる人が利用するものになった。Airbnbに似たマーケットプレイスを通じて、自動車(Turo)から物置き(Spacer)、プライヴェートジェット(Jettly:)まで、さまざまなものを借りられる。昼寝用に誰かのベッドを借りたり(Globe)、誰かの家のプールで遊ぶことだって可能だ(Swimply)。

使われていない土地を資産に

「あまり使っていない資産を定期的な収入源に変えることに、高い関心がもたれています」と、スペンサー・バーリーは言う。バーリーは、住宅所有者が使っていない屋外スペースを賃貸住宅に変えるサーヴィス「Rent the Backyard」の共同創業者だ。

Rent the Backyardは、空いている裏庭にコテージスタイルのワンルームアパートを建て、それを単身者に貸し出す。建築費を負担する代わりに、同社が家賃の半分を受け取る仕組みだ。ウェブサイトは住宅所有者に対して、年間で最大12,000ドル(約130万円)の収入をもたらすとうたっている。

Rent the Backyardが目下、最初のアパート群を建設しているサンフランシスコのベイエリアは、住宅難で物件の価格が高騰している。住宅所有者にとっては、裏庭のスペースをお金に換えることで住宅ローン返済の足しになる。借りる側にとっては、家賃が高く空きが少ない従来のアパートに代わる選択肢となる。「同じ大きさのパイから分け前を奪い合うのでなく、全員に行きわたるようにパイを大きくしているのです」とバーリーは言う。

キャンプ場のAirbnbである「Hipcamp」も、似たようなビジネスだ。このプラットフォームでは、空いている裏庭や私有地をキャンパーに宿泊場所として貸し出している。50ドル(約5,400円)を支払うと、例えばサンフランシスコの北にあるマウント・タマルパイス州立公園の近くで、私有地の花壇にテントを張ることができる。そのほか、寝泊まりできるティピー(ネイティヴアメリカンのテント)、ツリーハウス、ゲル(モンゴルのテント)や、私有の農地、牧草地を米国各地で見つけられる。

Hipcampの創業者兼最高経営責任者(CEO)のアリッサ・ラヴァジオは言う。「米国の土地の50パーセントは私有地ですが、立ち入る人が少なく、手つかずのままの土地が多くなっています。キャンパーは新しいキャンプ地が使えて大喜びですし、土地の所有者は新しい収入源ができて大喜びです」

Hipcampを利用するキャンパーの多くは、都市部に住む若者たちだ。若者たちは都会を離れたひとときを、そしておそらくInstagramでシェアできる目新しい体験を求めている。「驚くのは、Hipcampに土地を貸し出すほうの土地所有者は、それと正反対の人々だということです。多くは典型的な田舎の人で、年齢層は高いです」とラヴァジオは話す。

Hipcampのホストは、Airbnbと同様に、ゲストをもてなす義務は特にない。それでもラヴァジオによると、ゲストの相手をするホストの多くが、自分の土地や暮らしについての知識を提供するのだという。

ビジネスはさらに「体験」重視へ

Hipcampはおしゃれなキャンプスポットを見つける手段というだけでなく、通常なら決して出会う機会のない人々を結びつける場所でもあると、ラヴァジオは考えている。

独創的な体験ができるという魅力は、サブレットエコノミーが人々の関心を引く要因のひとつになっている。Airbnbが提供する「体験」にも、料理教室やDJプレイ体験などのメニューはあるが、どこまでも広がる牧羊地にテントを張って夜を過ごすことができるのはHipcampだけだ。

また、クルージングはありきたりだが、Boatsetterを利用すれば、遠洋での釣りやスノーケリング、サンドバー(潮の満ち引きによって現れる浅瀬)ウォーク、水上スキーなどの1日を楽しめる。

こうした共有型の体験をビジネスにする流れは、さらに広がりを見せている。例えばボナペツアー(BonAppetour)シェフズフィード(ChefsFeed)といったスタートアップは、知らない人の台所に招かれ、その家庭のディナーに加わり、彼らと食事をともにするという体験を、高級レストラン並みの料金で提供している。

避けられないトラブルにどう対処するか

人々が進んで自分の家や自動車、ボート、生活を共有するようになるにつれ、そうした体験を仲介するスタートアップの側は、責任という問題に直面することになる。モノの貸し借りは、かつては信頼関係のなかだけで得られる特権だった。しかし、見知らぬ他人を受け入れる人が増えているいま、企業はその信頼が裏切られた場合に備えなくてはならない。

AirbnbやUberといった企業は長年、自分たちは単なるマーケットプレイスにすぎないとして責任を回避してきた。そんな両社も、プラットフォームを利用する人々を守る対策の強化に乗り出してはいるが、その保証の範囲はいまだ限定的だ。

Airbnbは、物件を貸すホスト向けに100万ドル(約1億860万円)の賠償責任保険を提供しているが、例えば高価な家財を盗まれた場合や、住宅所有者の不注意により死亡事故が発生した場合などには適用されない。

サブレットエコノミーに最近参入したスタートアップ各社は、信頼をどうやって管理するかという取り組みにも力を入れている。バウムガーテンはBoatsetterのサーヴィス構築にあたり、8カ月かけてボート保険のことを猛勉強したという。レクリエーション保険は、レンタルされたものには適用されないからだ。

「われわれはいまのところ、ボートシェアリング業界でP2P保険を提供する唯一の企業です。保険会社のガイコ・マリン(GEICO Marine)との提携を通じて、これを実現しています」とバウムガーテンは言う。さらに同社は緊急事態に備えて、24時間体制の水上支援も提供している。

万が一の事故も心配だが、裏庭やベッドルームなど、私的な空間を共有することは、ときに気まずい事態を招くという現実もある。『ニューヨーカー』誌のあるライターは先日、「プールのAirbnb」であるSwimplyを試した。プールで泳ぐのは気持ちがよかったが、プール脇のデッキが汚れていて、ビールのプラスティックカップが散乱していたという。しかも、家の持ち主は利用者のプライヴァシーを尊重すると約束したのに、家の裏手の窓からずっと姿が見えていた。

残念ながら、ホテルのプールとはやはり違う。しかし、サブレットエコノミーがもたらす「本物」の体験には、妥協がつきものなのだ。

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