オーバーロード 骨の親子の旅路 作:エクレア・エクレール・エイクレアー
悟たちの前には二千近くの軍勢。そう、たった二千だ。レベルカンスト勢のプレイヤー集団ではなく、王国民という特別な訓練もしていないレベル一桁のなんちゃって武装集団が二千。
エ・ランテルを滅ぼしたことにも腸は煮えくり返っている。エ・ランテルも生活圏だったことと、交流を深めた者たちも多い。それが滅ぼされたと知って冷静でいられるほど悟は異常な精神をしていなかった。
この世界に移動してきてあのままアンデッドとして生きていたらどうなっていたかわからない。自分は鈴木悟だと、人間だと思える環境があったからこそ今の精神構造を保っている。
バルブロ率いる軍勢が視界に入る距離に来た頃、悟はあるアイテムを取り出す。パンドラに敵情視察をさせたところ、低位の魔法で操られている兵士が多かった。それも腹が立った理由の一つだろう。悟も《支配》の魔法を使ったことがあるが、あれはカルネ村を襲ってきた悪逆非道な者だ。
あの中にどれだけ善良な者がいるか。もしかしたら全員犯罪者かもしれないが、それでも戦闘に連れ出すのはダメだろうと。だからこのマジックアイテムを使うことを決めた。
出てきたのは白い十字架を模したマジックアイテム。この《聖なる十字架》は範囲内にいる全員の状態異常を解除するといういわゆる外れアイテムだ。敵味方問わず効果が発揮されてしまうため、いざという時には使えそうだが陽の光がある場所でなくては効果がないという縛りもある。
ユグドラシルのほとんどのステージやダンジョンに陽の光なんてない。地底だったり、魔界だった㋷、霧に覆われていたり。まず発動条件を満たさない場合が多いという上に、せっかくかけたデバフなども全てきれいさっぱりなくなってしまう。だから外れアイテム。
それを頭の上に掲げると、白い光が辺りを照らしていく。徐々に広がっていったその光を浴びた人々は状態異常が解けてざわめき始める。巨大な光が辺りを覆ったことだけでも有り得ない現象だったのに、今まで支配できていた人物たちが正気に戻ったのだ。
向こうの軍勢は混乱し始めた。状態異常を解いたというのに。
「な、ここどこだ!?」
「お前誰だよ!」
「この集団何?何でこんなに武装して集まってるわけ?今年はまだ戦争の収集は来てなかっただろ?」
今の状況がわからず逃げ出す者、ただその場で困惑している者、暴れ出す者様々だった。そうして陣形が瓦解したところで、悟たちは近付き、全体に声が届くように告げる。
「エ・ランテルを滅ぼした愚か者ども。自分の意志ではなかった者たちは見逃そう。魔法にかかっていた者たちは全て把握している。それ以外が逃げたらこの手で殺してやる」
「あ……あああああああああ!?」
絶望のオーラは出していなかったが、探知疎外の指輪は悟もパンドラも外していた。カンスト勢というのは一般人でも感知できるもののようで、どんどん散り散りに逃げていく群衆。
パンドラに魔法がかかっていた者たちを把握させていたので、それ以外が逃げたら悟が下位の魔法を使って仕留める。そうして数を減らしていった。
「『黒銀』のモモンとパンドラ……!」
そんな後ろの様子を全く気にも留めない、集団の先頭で馬に乗っているバルブロ。「蒼の薔薇」が帝国に行っているというのは聞いていた。ラナーの護衛として行ったと。だからこうして行動に起こし、王都が滅んでいる姿を見せつけて絶望させてたろうと考えていた。
バルブロがもっと法国の間者の言葉を聞いていれば「黒銀」も帝国に向かっていたと知ることができ、その時点でここにいることはおかしいと勘付くことができただろう。
だが彼はコケにされた仕返しをすることでいっぱいだった。そして黒粉のせいで感覚なども鈍くなっていて、ただでさえ小さい脳みそが更に小さくなっていたので、力の差も、現実もわかっていなかった。
操り人形がいなくなった程度で、この大人数を相手にたった二人で何ができるとタカをくくっていた。ガゼフやアダマンタイト級なら一人で軍団一つに匹敵するということは知っていたが、相手は所詮ミスリル級。それに一番有名な、ガゼフと渡り合えるブレインがいなかったということも関係して慢心していた。
ミスリルまで昇格できたのはブレインのおかげだと。むしろアダマンタイト級の実力があるブレインがいてミスリル程度に留まっているのはこの二人が足を引っ張っているからだと決め込んでいた。
だから何かマジックアイテムを使っていても、そういったアイテムに頼って本人の実力はそうでもないと。あの革命の時もそうやってアイテムで八本指をどうにかしたに過ぎないと。それが間違いだと気付かずに。
むしろアイテムなんて使わない方が強い。そんな可能性に一欠けらも気付くことはなかった。
「バルブロ元王子。そして手を貸した愚者に扇動した者たちよ。簡単に殺しはしないぞ?全ての情報を吐いて、地面に這いつくばれ」
それからたった十分。全員が何かしらの状態異常で地面に伏していて、バルブロに至っては悟に頭蓋を片手で鷲掴みにされていて、鼻やら目やら口から様々な液体が零れていた。
「本当にこいつは利用されただけだな。こんなクズにエ・ランテルが滅ぼされてカルネ村も襲おうとしていただなんて……。しかも脱獄を促したのは元国王だと?ラナーの予想通りだが……こんなことを知ったらあの子は悲しむな。パンドラ、そっちはどうだ?」
「こちらも予想通りでした!法国が王国を帝国に吸収させようとしていたようです。この貸出兵たちは全て法国の下位兵士たちのようです」
「またあの国か……。こいつらどうするかな。アンデッドにするのは嫌だし、殺したってそれで終わるっていうのは腹の虫が収まらない。どうしたものか」
バルブロを捨ててそう悩む悟。ナザリックの頃のように死こそが慈悲であるとは言わないが、ここまでのことをやらかして死ぬだけで済ませるというのも納得がいかない。だが生き残らせるとまた今回のような愚かな真似をする。
そう悩んでいるとパンドラが一つ提案してきた。
「カッツェ平野に一人で放り出すというのはいかがでしょうか。方向を迷わせるマジックアイテムを配置して、アンデッドたちに見張らせる。食料も武器も与えず、自然の摂理に殺される。そうまでしてもこの男は反省などしないのでしょうが、モモン様が直接手を下すまでもない愚か者ですので」
「ナザリックがあれば永遠と地獄を味合わせることもできただろうが……。ないものねだりはダメだな。手間も場所もないしその案を採用する。その他は法国に送り込んで一緒に処分すればいいか」
とりあえずの方向性が決まったので、次にやるべきことを決める。まずはエンリにだ。
「《伝言》。エンリ、私だ」
「モモンさん!……終わったんですか?」
「ああ、終わった。でもまだやるべきことがあるからしばらく戻れない。天使たちやアンデッドたちに周りの防衛をさせて警戒は続けておいてくれ。それで、何かあったらすぐに連絡を」
「わかりました。……早く帰ってきてくださいね?」
「ああ。努力する」
エンリとはこれだけ。エンリの安心した声を聞ければ充分だ。その次はラナーへ。
「《伝言》。ラナー、私だ。今大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。ご無事ですか?」
「もちろんだとも。こちらは解決した。エ・ランテルへ救助隊を送ってくれ。まだ生き残っている人がいるかもしれない。逃げ出した住民も結構な数がいるようだ。その保護を王国でしてほしい」
「もちろんですわ」
「あと、まだ帝国にはいるか?皇帝に尋ねてほしいことがあるんだが」
「まだ帝都にいます。今回の件を知っていたか、でしょうか?それならすでに確認しております。法国に要請されたものの、断ったと。嘘を言っている様子はありませんでした」
「さすがラナーだ」
頭の回転が良いと悟は素直に褒める。悟はそこまで頭の回転が良くないと自虐している。小卒ということや、社会人でも結局平で終わっていること、ギルドマスターとしても意見の取り纏めしかしてこなかったので、自分の頭は良くないと思っている。
本当はそんなことなく、今回の事は法国の仕業だと予想はしていたのだが。
ちなみに手放しで褒められたラナーは伝言越しとはいえ、身体を震わせて周りの目線を耐えることになっていた。こんな小さいことでも、褒められたら嬉しいことに変わりはない。長年善き王女を演じているだけあってこのくらいの隠蔽はお手の物だったが、頭の中と身体は凄まじいことになっていた。
「ブレインにもカルネ村は無事だと伝えておいてくれ。あと、もう少し野暮用があるから護衛ができなくてすまないな」
「わかりましたわ。ご武運を」
「後始末とか任せてすまない」
「それが王女としての役割ですから。やるべきことをするだけです。お気をつけて」
「ラナーも帰り道気を付けてくれ。じゃあ、また後で」
ラナーとの話も終わり、目の前で死屍累々になっている連中の移送準備を始める。色々準備が終わった後、最後に連絡する相手へ魔法を繋げる。
「《伝言》。ツアー、モモンだ。とある国が地図から消えるが、文句は言うなよ?」
「それを伝えるためにわざわざ?だから二人とも力を解放してるんだね?……なら、ボクも行こう。温厚な君たちを怒らせたんだ。それにその怒らせたのも三度目だろう?もう六百年前の面影もない国だ。ボクの友人の想いも消えてしまったのなら、ボクも我慢出来ないよ」
「トブの大森林での出来事を見ていたのか?」
「ボクは探知疎外されていなければぷれいやーほどの力なら感知できるからね。じゃあ、ちょっと待っていてくれ。急いで向かうから」
「ああ。先に待っているぞ」
そうして悟たちは動き出す。
法国崩壊まで、あと数時間。