ゲーミングPCやモバイルワークステーションのハイエンド機は、巨大なACアダプターだったり持ち運びを許容できない巨大なボディだったりしますが、本機は従来の15インチモデルと"よく似たサイズ感"でハンドリング可能な範囲に収まっています。
写真で比べると、たしかに厚みやサイズの違いはわかりますが、重ねて見るまで「少し大きいかも?」ぐらいにしか思いませんでしたからね。
またACアダプタは従来モデルとまったく同じでありながら、96ワットと+8ワットの出力を持ちます。
16インチMacBook Proは、この少しだけ増えた空間にどんな要素を詰め込むか?というパズルをAppleなりに解いていった結果、生まれた製品なのだと感じました。
同じようなスペックでも実際の性能は異なる
パーソナルコンピュータは製品の熱設計によって、実際に稼働させる際のパフォーマンスが大きく変わります。これは今に始まったことではなく、昔からずっとある現象です。部品が出す熱をより効率よく排出できるよう設計されていると、同じシステム構成でも高性能になったり、あるいは長時間、幅広い動作環境で安定して高性能を発揮できたりします。
高性能を発揮させるには多くの電力が必要になります。そして電力を消費するほどに発生する熱も増えます。
ようするに、熱設計に余裕があれば、高い負荷が続いても安定して性能を出し続けることができわけです。しかし、さらに言えばノートパソコンの場合はキーボード近くに熱源がありますから、使用時の快適性にも大きな影響があります。
そしてこの熱設計において、16インチモデルでは15インチモデルよりも"12ワット分"、熱設計に余裕があるとAppleは説明しています。
もう少し掘り下げてみましょう。
動画処理や3Dグラフィックスのモデリングやレンダリング、あるいは大量のRAW現像をこなすといった処理をインタラクティブに行うような、つまり連続的な高負荷がかかる状況では、CPUやGPUが最大限の能力を発揮しようとします。
ところが、プロセッサ(CPUおよびGPU)自身にもセンサーなどがあり、安全を見越して大きくパフォーマンスを変えながら動く仕組みが組み込まれています。そのため、熱設計に余裕のあるコンピュータと、そうではないコンピュータでは同じCPUとGPUを搭載していても結果として得られる処理能力は変わります。
たとえば16インチMacBook Proに搭載されるCPUは、最高5GHzのクロック周波数で動きます。いわゆるIntel CoreにおけるTurboモードですが、5GHzという速度は瞬間最大風速のようなものです。
実際には状況に応じてクロックが変動するのですが、熱設計に余裕がある場合は高速で動ける時間帯が結果的に長くなります。同時にGPUにも高い負荷がかかっている状況ではなおさら。
16インチMacBook Proの場合、ヒートパイプのレイアウトを変えることで放熱板を35%大型化し、空気を送り込むインペラーのブレードも変え、エアフローが28%増えているそう。これは"たくさんの熱が生まれても大丈夫なように作りましたよ"ということで、その結果、12ワット分の余裕が生まれたということです。
余裕が生まれれば"オプション(選択肢)"も広がる
発表されたモデルは、いずれも直前の15インチモデルと同じCPU(GPUはAMD Radeon Pro 5000Mシリーズにアップグレードされ、従前の1.2倍の処理能力になっている)を搭載していますが、iPhoneやiPadと違い搭載するプロセッサをAppleが開発しているわけではありません。
もちろん、IntelやAMDは将来のCPU、GPUの開発計画をパソコンメーカーと共有はしていますが、必ずしも計画通りに進むわけではありません。
そうした中──つまり、主要部品のトレンドを製品開発メーカーのApple自身がコントロールできない状況で、最大限の性能を提供できるようオプションを用意するには、熱設計に余裕をもたせることが一番です。
もちろん、巨大すぎて持ち歩けない製品ではバランスに欠けますから、16インチMacBook ProはApple自身が判断した「現時点(および近い将来を見通した場合)の最適解」なのでしょう。実際のところ、HクラスのCore i9を搭載した上で、業界最高クラスのモバイルGPUを搭載し、さらにFinal Cut Pro XやLightroomをぶん回しても余裕なんですから、熱設計的な余裕は感じられます。
もちろん、ここはスタート地点、今後の発展の余裕なども考えての"プロ向けに再構築したシャシー"というところが、今回最大の注目点だと思います。
たとえば、開発ツールのXcodeで大規模なアプリケーションのコンパイルを走らせながら、同時に5つのエミュレーターで異なる解像度のiPhoneやiPadの動作エミュレーションでテストをこなす、そんなことを新しいMacBook Proで続けていると、当然ながら高い負荷が続きます。それでも「触っていい?」とキーボード上、ヒンジ中央の熱くなりやすい部分に手を触れてみたのですが、まったく熱さを感じませんでした。
プロ向けパフォーマンスに合わせた設計がすべての特徴に通じる
2キロという重さに懸念を抱いているかもしれませんが、あらゆる要素はプラス方向に振れています。消費電力増を懸念して採用を見送ってきたメモリの増量ですが、今回はDDR4を最大64GBまで増やせますし、DDR6となったビデオメモリも最大8GBを選べます。搭載可能なSSDの最大容量も8TBとなり、毎秒3.8GBの転送速度に対応。ストレージ速度計測プログラムに「AJA System Test」で計測したところ、読み書きともに毎秒2.9から2.8GBの数字が実測値で出ていました。
採用キーボード設計の見直しと、明らかな内蔵スピーカーの音質改善、搭載バッテリの増量も同じです。いずれも本体の大きさと相関する要素ですが、明らかな向上があることを考えると「たったこれだけ大きくなっただけで、こんなに??」と感じます。
なお、本機には100Wh(従来は83.6ワット時)の大容量バッテリが搭載されていますが、100Whというスペックには理由があります。航空機に持ち込めるリチウムイオン電池の容量制限が1製品あたり最大100Whだからです。つまり、モバイル機としては最大限の電池が入って、2キロなのです。
Magic Keyboardをモバイルに
さて、噂となっていたキーボード構造の変化について気になっている方も多いでしょう。現在もほとんどのApple製ノート型コンピュータで使われているバタフライ構造のキーは、キートップがぐらつかない安定した動作により、0.55ミリという超ショートストロークキーボードを実現させ、軽量化にも寄与しています。
たとえば、iMac Proなどで使われているMagic Keyboardでは、シザース構造という以前から使われてきた、キートップを支える2つの部品をX型にクロスさせるメカを採用しつつ、剛性を高める工夫が盛り込まれていました。
AppleのMacBook Pro 担当プロダクトマネージャー、シュルティ・ハルデア氏によると、16インチMacBook Proのキーボードは、このMagic Keyboardをモバイル版に応用したものだそうです。
キートラベル(ストローク)は1ミリと、バタフライ構造の従来機に比べて0.45ミリ増加。また「特にプログラム開発者にとって重要だと指摘されてきたESCキーを独立キーとし、Touch IDボタンもTouchBarから独立させた(ハルデア氏)」とのことで、従来のMacBook Pro搭載キーボードにあった不満の声には、ほぼ答えているのではないでしょうか。カーソルキーのレイアウトも以前のMacBook Proシリーズなどと同様、逆T字型に戻されています。
そのフィーリングは、バタフライ構造を採用する直前のRetinaディスプレイ搭載のMacBook Proに近い(実際にはストロークは約2/3しかない)のですが、よりシャープな指へのフィードバック感覚があります。
ゴミが混入した際のタイプ不良や長期間使ったときのチャタリング発生など、個人的にはバタフライ構造のキーボードには泣かされてきたのですが、タッチそのものは"サラリと指を滑らせるように"使える軽快さが気に入っています。
長文を入力する際の疲れは、バタフライ構造のほうが"わたしは好み"なのですが、この記事を執筆している数時間の間にも、かなり慣れてきました。長期的な信頼性に関しては、短時間の評価では何も言えませんが、0.45ミリの厚み増加だけでデスクトップコンピュータ向けキーボードとほぼ同等のフィールに仕上げている点は評価してもいいでしょう。
半端なBluetoothスピーカーはもう不要
本体容積の増加がプラスに作用しているのは内蔵スピーカーでも明らかです。ちょっと良くなった......というレベルではなく、内蔵スピーカーと外部のBluetoothスピーカーぐらいの違いがあります。中途半端なBluetoothスピーカーを買うぐらいならば、内蔵のほうがいいと思う人もいるでしょう。
スピーカーは、片チャンネルあたりウーファーに2個、ツイーターに1個のドライバを割り当てた2ウェイ3ドライバのステレオスピーカーです。ウーファーは並列に並べるのではなく、上下逆方向に取り付けることでドライバのダイアフラム(振動板)がもたらす筐体への振動を相互に打ち消す構造を採用しています。
この配置そのものは、サブウーファーなどでよく採用されるものですが、ダイアフラムのストロークを長く取っても(つまり動かす空気量を多くしても)、本体が震えることを抑えられるため、低音再生能力を上げ、音圧を上げても歪みが目立たない音に仕上げることができます。
Appleによると従来製品よりも1.5オクターブ部分、低い音まで再生可能になったとのことですが、聴感上もベースラインの音までがはっきりと聞き取れるようになり、音域バランスが整ったことで聴きやすい音となっていました。しかし、この程度ならば丁寧な設計と信号処理による補正でなんとでもなるでしょう。それよりも一番感心したのはバーチャルサラウンドの効きが抜群にいいことです。
Apple TV+のコンテンツをドルビーアトモスで聴くと、見事に立体的に聞こえてきます。"新たにサラウンドデコードとバーチャルサラウンドの技術が入ったの?"と尋ねたところ、「以前からサラウンドデコード機能や内蔵スピーカーでのバーチャルサラウンドは盛り込まれていたが、新しいスピーカーの改良でその効果が明確になった」と説明してくれました。
つまり、ソフト上の処理は同じなのですが、スピーカーの特性がよくなったため、より正確にバーチャルサラウンドが機能するようになったということです。これはもちろん、ステレオで音場設計されている通常の音楽コンテンツでも感じることが可能で、自然な、さりげない雰囲気で音楽を楽しめます。
新しい出発点としてライバルや他Apple製品への広がりに期待
16インチMacBook Proはとても満足度が高い製品で、その上、標準モデルの価格レンジが上がっていないことに感心しましたが、Wi-Fi 6が搭載されていればさらに満足度が高かかったことでしょう。とはいえ、現時点でもっとも優れた部品を集め、それを最適な状態でまとめ上げた製品であることは間違いありません。
ゲーミングPCを中心に高性能なノートパソコン、モバイルワークステーションは多数ありますが、この製品を超えるWindows搭載機の登場にも期待したいところ。ただ、Macのファンとしては「13インチモデルのキーボードはMagic Keyboardにならないの?」という点も気になるところでしょう。
もちろん、どうするの? と尋ねてみましたが、当然将来の計画は教えてもらえません。ただ、個人的にはMagic Keyboardの良さは感じつつも、できればバタフライ構造を改良して、あの軽快な入力感と信頼性の両立をなんとか実現して欲しいものですが、難しいですかね?
......と、話がずれましたが、昨年は13インチのMacBook Proを新調した筆者ですが、16インチMacBook Proがかなり心動かされるほどに好バランスなパソコンに仕上がっていることは間違いありません。いや、たぶん今年ならこちらを選んでいたでしょう。