旅と暮らし
季節を楽しむ日本酒とは?
知れば日本酒がもっと好きになる│第3回
2019.11.01
「『秋上がり』という言葉を知ってますか? 夏を越えて香味が円熟し、うまみがのった酒のことを言います。頰に当たる風が冷たくなってきたころに、『秋上がりあります?』と聞けば、この方は日本酒が好きなんだなと、思われますよ。日本酒談義にも花が咲くはず」と、千葉さん。これに似た言葉に、「ひやおろし」というのもあるが、秋上がりした日本酒を出荷することを言う。その昔は外気と貯蔵庫の温度が同じくらいになったら出荷していたそうで、夏を越え、まろやかな深みのある味わいが特徴となる。
「日本酒には、味覚の五味(甘味・酸味・苦味・塩味・旨味)のうち、塩味のみ含まれません。甘みはグルコースなどの糖分に由来し、酸味は主にコハク酸や乳酸に、旨味はアミノ酸に由来します。酸があれば、甘みは抑えて感じられるので、日本酒の甘辛は、総じて糖分と酸のバランスで決まると言えます」と、日本の甘辛の成り立ちを教えてくれた。
ことほどさように、日本酒には季節の楽しみ方がある。第1回で日本酒ができるまでを記したが、酒の仕込みは、密接に季節と関係しており、秋に新米を収獲したあとに仕込みに入る。酒母作りに1週間、もろみを発酵させるのに2~3カ月、冬を越えて新酒ができ上がる。これがいわば、サケヌーボー。冬に絞ったままを卸した生酒はフレッシュな味わいだ。春先には火入れされ、貯蔵タンクの中で夏を越し、秋になると熟成し、うまみがのってくるというサイクルなのである。
「春の楽しみはと言えば、やはり、桜。花見酒ですね。香りの華やかな吟醸酒が向いていると思います。夏には、微発泡のものであったり、あっさり飲めるのど越しのいい酒や、白ワインタイプの酸味のしっかりしたものがいいでしょう。これを総じて『夏酒』というのですが、実は、この言葉が作られたのはたかだか12~13年前のこと。夏場の消費量の落ち込みを食い止めようと、夏でもおいしく飲める日本酒をコンセプトに作られたものだそうです。発泡酒のブームもあって定着してきました」
もうひとつ、季節の楽しみとしては、世界に類を見ない日本酒の特徴でもある、温度変化が挙げられる。木枯らし吹く夜に熱燗とおでんといえば、ぐっとこない日本人はまずいない。では、日本酒を温める利点は何か? 風味がまろやかになり、香りや酸味が調整できること。日本酒は冷やでが通と思っていた人も、この「燗上がり」を一度体験するとやみつきになるはずだ。
ではなぜ、温めるとおいしくなるのか。その答えとして、“甘みは冷たいより体温に近いほうが感じやすい”“ぬる燗以上では苦みが控えめになる”“乳酸やコハク酸は体温近くではまろやかになる”など、科学的な根拠に基づくものがある。
「例えば、ワインに比べて酸味の少ない日本酒は、鶏や魚の脂を切ることはできても、融点が高い豚や牛肉の脂を切ることは難しいのですが、日本酒を温めることによって、それらの脂を溶かして切ることができるようになるという利点もあるのです」と千葉さん。確かに、すきやきには熱燗が合うように思えるではないか。
温度帯による変化を列記すると、常温は香りも味わいもやわらか。ぬる燗は香りが最も豊かになり、ふくらみのある味わいに。熱燗は香りがシャープになり、切れ味のよい辛口になる、といった具合だ。この法則を知れば、なるほど、花冷えのお花見にはぬる燗が似合いそうなどと、自分なりに酒の温度帯を楽しむことができる。
「一般には熟成した純米酒や普通酒は燗に向き、吟醸、大吟醸系は向かないと言われています。では純米大吟醸はどうなのかと言うと、多くは向かないと言えるでしょう。例外はありますが、ざっくりと傾向をおさえたうえで、いろいろ試してみるのが温度帯による楽しみ方を見つける近道です」
(第4回につづく)
プロフィル
千葉麻里絵
山形大学で食品の物質工学を学ぶ。利き酒師の資格を取得したのち、各地の蔵元へ通い、また、酒類総合研究所の研修で専門知識を身につけ、2015年「GEM by moto」を立ち上げる。著書に『日本酒に恋して』(主婦と生活社)、『最先端の日本酒ペアリング』(旭屋出版)。
Photograph:Takahiro Imashimizu
Text:Hiroko Komatsu