[2-14] 01 SOUND ONLY
「まずは……このような前代未聞の方法で皆様をお呼び立てしたにもかかわらず、お集まりいただきましてありがとうございます」
エドフェルト侯爵……マークスは、円卓に向かってそう切り出した。
王を議長として諸侯が集い、国の大方針を決める『諸侯会議』。
本来は王の名の下に招集されるもの。
しかし、何らかの理由で王が存在しない時、諸侯の三分の一の連名によって諸侯会議を招集できる規定が存在した。
だが、この諸侯会議は異例中の異例ずくめだ。
そもそもここは本来諸侯会議を開くべき王都ではなく、テイラカイネのエドフェルト侯爵居城の一室。
しかも、この場にはマークスと参加者の発言を書き留める書記しか居ない。マークスが声を掛ける円卓に並んでいるのは、魔法陣を書き込んだ羊皮紙だ。
これは通信局で使われる遠隔通話用の術式。
距離が伸びるほどに膨大になっていく魔力消費を補うため、地脈から魔力供給を受けるためのミスリル銀線が羊皮紙には巻き付けられている。
諸侯のほとんどは、自らの城から出ることを嫌がった。
また、一カ所に諸侯が集まって目立つことも嫌がった。
移動中、あるいは諸侯が一堂に会した席など、どう考えても“怨獄の薔薇姫”にとって格好の狩り場となるからだ。
そこでマークスが考えついたのは、遠隔通信術式を用いた『集まらない会議』だ。ノアキュリオでは時折使われる手法だそうで、話に聞いた時は『ノアキュリオ人は妙なことをするものだ』と思っていたが……この状況下では唯一絶対の妙手とさえ思えた。
「我がテイラカイネの備蓄魔力も無限ではありませんので、この会議は一分一秒が貴重なものとお心得ください。
……では、事前意見聴取のまとめからご報告致します」
『お待ちください、エドフェルト侯爵』
時間の節約のため、マークスは事前に諸侯に主な議題について文書および音声通信で意見聴取を行っていた。
そのまとめを読み上げようとしたところ、アラウェン侯爵が割り込んだ。
「アラウェン侯爵。先程申しました通り時間は限られます。不規則発言は慎み……」
『エドフェルト侯爵。聴取内容には『ノアキュリオ王国の庇護を受けることを是とするか』という内容がございましたな?
現下の情勢を鑑みれば、検討を行うこと自体は妥当でありましょう。ですが!
何故他の選択肢を一顧だになさらないのですか! あれではまるでノアキュリオの庇護下に入るか、独力での国家再建を行うかの択一ではありませんか! 誘導も良いところです!』
『それだけではありませんぞ』
同調するようにさらに声を上げたのはヴィンター伯爵だ。
『私どもには質問状による聴取にとどめ、ご自身に同調する方々には音声通信による詳細な意見聴取を行っているご様子。どのような意図があるかご説明いただけますかな』
「それは、皆様のご都合を考慮して個々人に合わせた……」
『国の方針を決める大事だ! 卿が望まれるのであれば、私は一昼夜でも意見を述べましたぞ!!』
ヴィンター伯爵の銅鑼声が響く。
そして、それに続いて連鎖的にいくつも非難の声が上がった。
『この話はあまりに一方的ではありませんか!』
『そもそも、こうまでして強引に諸侯会議を開くべきだったのか!』
『ノアキュリオ軍は東に籠もっているが、西側の我々も守ってくれるのか!?』
「静粛に!」
マークスは舌打ちをこらえながら、拳を円卓に叩き付けた。
マークスを中心に、旧ヒルベルト派の諸侯によって招集された諸侯会議。
しかもマークスは結論ありきと言っていい程度で『意見の聴取』を行った。
反クーデター派や、特に連邦と親しい諸侯はあからさまにのけ者にされていた。彼らの不信感は最初から頂点に達していた。
「よろしいでしょうか、時間は貴重なのです!
まずは私の話すことを聞いていただきたい。その後に皆様の発言する時間をお取りします」
そしてマークスは手元の資料を読み上げた。
まずは、何を差し置いても“怨獄の薔薇姫”対策。王都の後、既に諸侯のうち3人が領都を攻め滅ぼされ、討ち取られている。これに国内戦力だけで対抗しきれないことは明白であり、あくまで“怨獄の薔薇姫”対策としてならば、既に国内入りしているノアキュリオ軍の協力を得ることに反対する者は少なかった。
そして次に重要なのが政府の再建だ。マークスはこれについても意見を募っていた。
ヒルベルトが殺された(死亡がハッキリ確認されたわけではないが状況的に既に死んだものと見なされている)だけでなく、王都を陥とされて多くの廷臣・役人が殺害された。旗印が存在せず、行政機構を保つだけの人材も存在しないのだ。
諸侯から上がってきた意見を見ても、どうすればいいか分からないという困惑が伝わってくる。
諸侯からその時々の王を選ぶ選王制への移行や、ノアキュリオ王国・ジレシュハタール連邦の一部になり保護を願い出るという劇薬的な意見もある。
だが、そこまで腹を括っている者はさすがに少ない。大方の者は、惰性でこれまでの国家の形を続けていきたいと考えているようだった。つまるところ……
「我々には王が必要です」
マークスはきっぱりと言った。
「我々は、もはや独力ではどうしようもないところまで追い詰められている。
ですが他国に助力を求めるにも、諸侯がそれぞれに違うことを言っている状況ではどうにもなりません。代表者と言うのもなんですが、やはり王を立てねばなりますまい」
『……しかし、誰を?』
疑問の声が出て、マークスはほくそ笑む。
誰だって、今こんな時に王になんてなりたくない。押し寄せる大雪崩に正面から突っ込むような所業だ。
だが、マークスの王には関係の無いことだ。
「現在の王位継承一位、ジスラン・“
殿下はノアキュリオ王国と誼を結ばれ、力を合わせて国土と民を守ることをお望みです」
沈黙。
そして、諸侯は爆発した。
『なんだと!?』
『どういうことだ!』
『ジスランだと!?』
『本当なのか!?』
数人が、信じられない様子で悲鳴のような声を上げる。
ジスランは確かに現在の『王位継承一位』(正式な地位ではない)だが、外交・内政問わず政治的立場を示すことはほぼ無く、政治的な諍いの一切から距離を置くような態度を取っていた。ただ静かに学問に打ち込んでいるだけの本の虫という評価が定着していたのだ。
だからこそ、ここでいち早く出てくるというのは(マークスから事前に話を聞いていなかった者にとっては)驚きだった。
『最初からこのつもりで諸侯を集められたのですな、エドフェルト侯爵!』
「いいえ。私は殿下のご意向を知る立場にありましたので、この機会に皆さんのお耳に入れただけのこと。ジスラン殿下はまだ正式に立候補なさったわけではございませんし、王位継承権を持つ方がジスラン殿下の他に立候補なされたらまた諸侯会議によって新王を選定することになるという、ただそれだけです」
マークスはしれっと言ったが、諸侯の耳を集めたこの場でジスランの意向について述べたことでエドフェルト侯爵はイニシアチブを握った。
ジスランは政治的能力こそ未知数だが、血筋の上では申し分ない。
これからの政治日程はジスランの即位を織り込んだものになりかねない。大きく流れを変えるような衝撃が無い限り既定路線になる。
そしてジスランが即位すれば、ジスランの母の実家であり後見人になるとも宣言したマークスは大きな政治力を発揮できるようになる。
エドフェルト侯爵家と政治的な距離がある者(特に反クーデター派だった者)にとって、これは悪夢だった。政治の流れを完全に持って行かれて冷や飯食いの立場に突き落とされてしまう。ヒルベルトの死によって回避されたはずのシナリオが帰ってくる。
「じき、殿下から正式に皆さんの前でお話しされる運びとなりましょう」
『……ふざけるな!』
『本当に殿下は王になるとおっしゃられているのか!?』
「もちろんですとも。信じがたいとおっしゃるのでしたらそれも結構ですが、まずは殿下のお言葉を聞いてから判断なさるのがよろしいのではないかと」
疑いの声を上げた者も、マークスの自信満々な態度に黙らされる。
ハッタリではない。
ジスランは本当にそう言うのだから何の問題も無い。
そして、沈黙が流れる。
マークスは、目の前に居ないはずの諸侯の顔色が手に取るように分かった。
これからどうなるのかと重い気分で押し黙っている者が居て、そして『ざまを見ろ』とほくそ笑む者がある。
ヒルベルトの死によって国内の政治的なパワーバランスはひっくり返りそうになった。それを再び引き戻すべくマークスは動いたのだ。
『万民のためを思うなら……殿下のご決断をありがたく思うべきでしょうな』
沈黙を破ったのは、渋みのある男の声だった。
四角四面の頑固な性格が声音にまで表れている。
――おや、これはまた意外な……
オズワルド・ミカル・キーリー。
頑ななまでに、クーデターには与しなかった男だ。
エルバート王への忠義一本槍で連邦とも親しく、旧ヒルベルト派であるマークスがノアキュリオを後ろ盾に擁立するジスランには、強硬に反発するのではないかとマークスは思っていた。
『キーリー伯爵、それは……』
『王無きままに国が乱れることを良しとはできぬ。
それに、先王ヒルベルト2世陛下が後継指名無きまま身罷られた今、あくまでも新王は諸侯の承認を受けて即位するもの。他に名乗りを上げる者があれば、妨げられることはありません。
早い者勝ちという話ではないのですから、ジスラン殿下がズルをしたわけではありませんぞ』
「その通りです」
マークスは慇懃に応じながらも、快哉を叫び拍手してしまいそうだった。
建前ではキーリー伯爵が言う通りだ。そしてそれはマークスが言うべきことだったのだが、面倒な敵であると思われたキーリー伯爵の方から言い出してくれて本当に助かった。
キーリー伯爵はどこまでも融通が利かない役人根性の男だ。そう考えれば、彼の発言は自然なのかも知れない。
しかしキーリー伯爵が言うのは夢物語だ。
もしジスラン以外に立候補する者があっても、多数の有力者を含め、諸侯の過半を抱き込んだマークスが……つまりジスランが敗れることはあり得ない。この場でジスランの名前を出したことで、中間派もジスランになびくことになるだろう。
次の諸侯会議はジスランの王位に正当性を付与するためのセレモニーになる。そしておそらくキーリー伯爵もそうと分かっている。だが、手続きと正当性を重視するキーリー伯爵はあんな風にしか言えないのだ。
『エドフェルト侯爵。これは当たり前のことを確認するのみですが、外交の権限は王に集約されます。よもや王不在の状況で勝手に国対国の約束を取り交わすことはございませんでしょうな?』
「もちろんです。
とはいえ、今は緊急事態。民を守るためには、他国と全く話をしないというわけにはいきません。
常識的な範囲での対話と交渉はあって然るべきものと思われます」
『分かっておりますとも』
ノアキュリオ王国がこのままうやむやのうちに影響力を強めることを危惧しているのだろう。せめてもの抵抗とばかり、釘を刺すキーリー伯爵。
マークスは建前と一般論で応えた。
愚かな男だ、と心中で嘲笑いながら。