アフィカスは性格が悪い陰湿な人間ばかりで人生絶不調という掟につき。

アフィカスは性格が悪い陰湿な人間ばかりだってことに気づいた。

なぜ、性格が悪いのか?

アフィリエイターを自分もやっているけれど、もう二度と、誰かにノウハウを教えたり、新たなnote販売をしたくないと思ってる。

正直、仲良くなった人もいるけれど、それ以外の人間は信用できない。

私は、そもそも生粋のカミソリ型サイコパスだ。

興味のある人間には慈悲深いが、それ以外の人間は、スパスパ切り裂く冷酷女。

今後、アフィリエイトで生計を立てている人間や、ツイッター界隈の連中、ブロガーもどき、副業で生きている人間、誰とも関わりたくない。

基本的に、私は生活の一部にアフィリエイトがあるだけで、自宅で稼ぎたい、副業としてライターの実力を活かしたいと思い、片手間でやっているだけである…。

ただ、これに嫉妬する汚いアフィリエイターの多いこと多いこと…。

ま、私とは関係のない世界だけれど…。嫉妬して楽しいの?

ツイッターではいい顔をしておきながら、常にメラメラと、自分のポジションを奪われたくない人間ばかり。

アフィカスは人生絶不調

残念ながら、アフィカスは、まともな社会人としてのレールを外れた、真っ向に働けない人間ばかり。

いわゆる「イケてない」連中が多い。

私は、数ヶ月前まで、ツイッターをしていた。

その頃は、強気のツイートをしてみたり、鍵垢にしてみたり、いろんな実験をしていた。

アフィリエイターのアカウントはその中でも、特殊。

ツイッター界隈を見ていてもアフィリエイターについては、「どう考えてもこいつリアルで、完全にイケてないだろう」みたいな人間ばかり…。

ツイートを見ていると稼げない、やれアップデートだ、やれSEOがどうだ…。

それに生活がかかっているから、もう必死な状態ね…。

これをなにか知ってる?

後がない、切羽詰まった人生。社畜と変わりがないのだよ。

そのことに気づいているかな?

私からしてみたら、はっきりいってこれらのこと全てどうでもいい…。

それはなぜかって?

私は元から、資産があって、当然ながら、アフィリ収入で生活しているわけではない。

お金はあればあるほどいいと思っている。けれど、仮になくなったとしても、痛くもかゆくもない。

はっきりいって、使用済みのストッキングを捨てるぐらい執着はない。

アフィリエイターとして専業で自宅で活躍するなんて、ずっとパソコンをいじってる作業。

すなわち、まっとうなルートから外れた人間だ。

そんなものを専業でやって、あーだこーだいっている時点でレベルが低くないかい?

いくらネットで仕事ができる時代だからって、リアルで働いたことがなく、数年で挫折なんて、ろくな人間であるわけがない。

プロフィールを見ていても、「ブラック企業在籍、数年でブロガーへ転向」だとかね…。

はっきりいってそれイケてないよ。

見た目が良くて、社交性が上々。私ももちろん、見た目や言動でどんなヤツがを判断されている。

見た目が良くて、普通に社会生活で多くの人に受け入れられていたら。

もしくは、リアルで成功していたら、アフィカスにはならないのだ。

まともに成功していたら、アフィカス以外の選択肢が山のようにあるから。

適当な拡散しか出来ないレベルの低い人間とバカなアフィリエイター

私も、基本的にツイッターは暇つぶしだと思っていた…。

ただ、暇つぶし以上に、ストレスに思うことのほうが多かった。ツイッターに多いのが、匿名だからこその、適当な拡散。

とある案件でも、私は嫉妬されて、とある冴えないオッサン連中に、何やら陰口、あることないことを拡散される羽目になった。

当然ながら…。私のマインドを見ると分かるように…私はお金に困っていないので、人を貶めてまで金を巻き上げようだとか一切思っていない。

私のサイト群含め、出来上がっているものは、全て私の才能だ。なんてたって1記事に20分程度しかかからないからね。

これは長くライターをやってきたのと、読書をたくさんしてきた私の実績と才能があるが故。誰にも真似できないし想像することが出来ない。

私は、才能があり、誰にも媚びない姿勢。

これが冴えないアフィリエイターたちには気に食わないようだ。

常に誰かあら探しをして、弱い者同士で群れたがり、時には陥れて自分のポジションを守ろうとするのが、アフィリエイトで必死な奴らだ。

そして、誰しもが、その真偽を確かめず、それらの炎上に加わる。被害者や、ターゲットにされた人間は、何をいっても、理解されない。

そして、とどめが、誰かアフィリエイターが騒ぎ出すと、それが嘘か本当かよく確かめもせず、拡散をしてしまう。

本当に脳みそがないのかと思うぐらいね…。

アフィリエイター及び、ツイッターの世界は、「悪貨は良貨を駆逐する」を地で行く世界だ。

実質上の価値が異なる貨幣が同時に流通すると、良貨はしまい込まれて市場から姿を消し、悪貨だけが流通するという「グレシャムの法則」。

つまりは、 悪がはびこると善が滅びるという例え。

私はツイッターに戻って、程度の低い人間と絡む気はさらさらないが、これも一つの善が滅びたと考えてよいだろう。

ちなみに、最初私は本当に善意で教えるために、ずっと友達感覚でDMで相談に乗っていた。

それが、割に合わないから有料というと、後から、有料noteで稼ぎたい詐欺師のように言われるようになった。

冴えないブロガーは人に媚び、他人のことばかり気にする

そもそも、私の場合は、なにか情報がツイートされていても、それが直接的な知り合いでない限り見向きもしない。

炎上している場合、それが本当かどうか、真偽をよく確かめて、本当かウソか判断する。

リアルでもそうだろう。

ちょっとのいいねや、少しの賛同が、その人との関係を壊してしまうこともあるから。

これをバカは考えられない。

これはリアルでも同じこと。

少しでも、関わったことがある人間なら、その人となりはわかるだろう。

私はその人「そのもの」を見るからだ。

どれだけ稼いでいる大物先生、アフィリエイターでも、なにか炎上案件があれば、ここぞとばかりに嬉しそうにRTする。

RTするやつも同罪だってわからないか?

お前はその案件について…よく確かめて、「自分の頭で考えたのか?」

自分とその人との関係性を壊してまで、「いいね」で賛同したいのか?

どうでもいい人のことを嗅ぎ回る人間が多すぎて寒気がする。

なぜ、そこまで他人のことを気にする?

これは「自信がないから」である。

自分に自信があり、夢中なものがあれば、明らかに自分と関連がない、自分に悪意を向けない人の動向なんて気にならない。

程度の低い人間同士が群れ、レベルの高い人間同士が集う

レベルの低い人と付き合わない・相手にしない生き方を語る。

以前こういう記事を書いたけれど…生い立ち、IQの高さ、教養のある無しなどを含め、人間に程度の差は絶対にある。

カミソリサイコパスの私でも、人間レベルは高く、程度の低い人間とは話が合わない。

レベルが同じ同士が群れ、そして互いに相容れない。

しかし、ここでおかしいのが、程度の低い人間が、高い人間を嫉妬で叩き潰そうとすること。

失礼な態度を取ること。自分の立ち位置を認めて、素直にならないこと。

レベルの低い人間は、高い人間と接するときに、素直に謙虚にならなければいけない。

レベルが低い人間が高いレベルの人間とそもそも話せることそのものを「感謝しなければならない」っていうこと。

これが分かっていないと、永遠にレベルが低い者同士で群れるだけで、勝ち組には相手にされない状態の人生になる。

あなたの人生は余生ですか?

私の人生は、はっきりいって余生である。

お金の心配はいらず、一人ぼっちでもない。

私には、素敵な夫に、家族に、多くの仲間がいる。

当然ながら、社会的に地位が高い人ばかりで、レベルが高い人間が集まっている。

それは私が、今まで「選択」をし続けてきたからの結果だ。

あなたの人生は今余生ですか?

一人ぼっちで生きていませんか?

毎日、余裕がない人生を生きているんじゃない?

本当のプロとは無の境地だ。

『アフィリエイトは、ユーザー第一で、喜んでもらう。素晴らしいサイトを作成し、コンテンツを充実させて読み手に伝える……』

『日々情報交換し、勉強をし続ける喜び……』

こういうツイートを見かけたが、これがアフィリエイトのプロ意識だそうで、皆がこんなくだらないツイートにいいねをつけている。

馬鹿だ………はっきりいってこれはうざい。

他のツイートも見ていて、ダサすぎて脳内が湧いているのかと思える。

こういったことを抜かす脳が沸いている男は、プロではない。ただの劣等感の塊のいいカッコしたいだけの自己満足オジサンである。

これはプロでもなんでもなく、ただの自己満足。

ただ、自分が才能がないのに「努力し続けている自分」に酔っているだけ。

本当のプロとは無の境地だ。

本当に才能があれば、心は「無」の状態で、稼ぎ続けることができる。

普通にやっていることで、普通の人間のプラスαの仕事ができる。これがプロである。

それを自然にやってのけている人間とそうでない人間は明らかに元の素質が違う。

出来ないやつは、妬みながら、永遠に自己満足の「意識高いアフィリエイター」でいればよい。

当然、私よりも収入が多い人はいるだろう。

ただし、私は「自分の頭」で考えることができる。

誰にも媚びずに、自分の判断で、我が道を歩くことができる。

私の周りには、それよりもすごい人が集まっている。

私のそばには、いつもレベルが高い人、「同志」がいてくれて、私を励まし、支えてくれている。

この記事を読んでいるそこのあなた、私の言っている意味が分かるかな?

:)