統一教会とは何だったのか。
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一筆一論(56)
神々の黄昏さんの「陰険で陰湿な「能登の若狭」を嗤う。」 記事への投稿(上から8番目くらい)を読んで、一面的すぎるのではないか、正直疑問に思った。韓国では堕落論にひかれる人はあまりいないと聞いていたこともあって。
しかし、これまでのシック・元シックとの会話を思い出してみると、神々さんの指摘は正鵠を得ているばかりか、統一教会(家庭連合)の本質をつくものではないかと思うようになった。認識の急激な変化である。
ブラックフンジンのことを思い出したことも大きいし、性別(聖別)期間に交わってしまい、結局破談になったという彼のことも蘇った。
投稿の全文を紹介する。改行、行空け、下線、ゴチックは引用者。
そのあと、読者に質問します。よろしくお願いいたします。
(引用はじめ)
迷える信者への米本さんの‘愛’の賜物
>小生がかつてヘドロと形容したキチガイキ ( 能登教会の若狭力氏 )のことは、もう言及しまいと思っていたが(取り上げる社会的意義はゼロ以下)、小生のことを面と向かって批判(揶揄)してきたので、取り上げざるを得ない。
上に米本さんが(社会的意義はゼロ以下)と書いた理由が私にはよく分かります。
それでありながら、米本さんがあえてこの信者ブロガーについて‘火の粉’に取り上げざるを得ない事情については同情するしかありません。
私は前の記事に投稿したコメントにおいて、「(米本さんが)統一信者の発想や情緒、そして人間的感性について詳しく理解することを信者の読者が望んだとしても、それは不可能なことです。」と書きましたが、その指摘はこの能登の信者の場合、完璧に当てはまります。
さらに私は「その統一教団三派の信者の中にあって、澤田地平氏はおそらく米本さんが最も理解しづらい信者の一人ではないかと思います。」とも書きましたが、米本さんにとっての理解し辛さでは、この能登の信者は地平氏の比ではなく、その理解の難しさを例えれば、空を飛ぶ鳥が地中のモグラの行動を理解しようとするようなものです。
つまり全てにおいて次元が異なるため、その心を理解するのは不可能ということです。
私は人間の本性としての個性は最大限に尊重するとしても、知能や精神の発達においては人それぞれ進歩の程度に違いがあり、その違いからどうしても高低の格差が生まれてしまうと思っています。
人間の精神は短時間で発達するようなものではなく、場合によっては一生進歩せずに終わってしまう人もいると思います。
それは真・美・善の価値を理解する精神的な価値観の発達においても同じであり、学校の生徒に学力の差があるように、個人の価値観の発達の差は間違いなく存在していると思います。
その真・美・善の価値観は人間の精神的な発達によって変わるものであり、同じ精神レベルにあればコミュニケーションも順調に行えますし、レベルに格差があれば、いくらコミュニケーションを図ろうとしても上手く行かず、その努力は徒労に終わるのみです。
現代の発達した文明社会で生きる人間が、まじない師に支配される未開人の発想を理解できないのと同じように、社会の表舞台で生きてきた米本さんが、大昔の作り話を未だに信じて隔絶された世界にいる統一信者の心理を理解しようとしても無理な話なのです。
もし米本さんが能登の信者の心理について完全に理解しようと思えば、最低、聖書の創世記にある失楽園の物語を真面目に信じなければなりません。
統一信者が強く拘る「原罪」や「神の摂理」「祝福」などもみな「人類始祖アダムとエバの堕落」を前提としたものであり、もし、「人類始祖として創造されたアダムとエバ」の話が偽りの作り話であると証明されてしまえば、統一信者が拘っている教義などは全く何の意味も持たなくなってしまうのです。
それは統一教団三派のどの信者にも言えることであり、統一信者が持っている独特の情緒は、その「人類始祖アダムとエバの堕落」物語が大前提にあって生み出されているのです。
信仰を持っていない米本さんなどは、統一信者の心理を決定付けるのは「神」に対する信仰、或いは「真の父母様」に対する忠誠心であると思うかもしれませんが、それは二次的なものであり、統一信者の情緒を最も特徴付けているのは、自分達は罪を犯した人類始祖の血統を受け継ぐ「堕落人間」であると思い込み、完全に卑下する心なのです。
その卑下する心は絶望に近いものであり、その絶望的な思いが心に深く刻まれるが故に、「メシア」を強く求めるようになり、「神の摂理」に対して強く拘るようになるのです。
そして、自分は「メシア」の側に立っていると自信を持つようになると、そうではない「堕落人間」に対しては傲慢になり、その人を上から目線で見るようになるのです。
聖書の失楽園の物語に基づく「堕落論」を信じている統一信者にとって、一般社会(=堕落世界)の道徳観などは取るに足らないものであり、自分達が信じている「神の摂理」に合致していれば、一般社会の人々に対しては嘘をつくことも平気なのです。
能登の信者のブログ記事には米本さんが指摘したような信じ難いデタラメがたくさん書いてありますが、それは彼の知的能力の欠如のみが原因ではなく、「堕落社会」に対しては嘘も正当化される心理が働いてそのようにデタラメを書いているのです。
文教祖や韓鶴子氏の側近には本心では彼らを「メシア」と信じておらず、ただ生活のために信じているふりをしている側近幹部がいることも間違いないと思いますが、そうであっても最初は完全に統一原理を信じていたに違いない彼らですから、文教祖は信じていなかったとしても「堕落論」によってつくられた人間観に支配されているのは間違いありません。
統一原理に照らし合わせて、その人物が「メシア」であるかどうかは簡単に判断できることであり、側近幹部も馬鹿でない限り、文教祖や韓鶴子氏が「メシア」であるかどうかは身近なところで観察していれば自然に判断できます。
しかし、「堕落論」は一旦その世界観、人間観にはまってしまうと、その間違いを悟り、思想的に脱却するのは絶望的なほど難しいのです。
たとえ原理講論に書かれた「堕落論」の細かい記述を否定するようになったとしても、「現在の人類は堕落して矛盾した存在となった」という「堕落論」の骨格は他の一部の宗教と共通する内容でもあり、文氏や韓氏の矛盾を見抜いたところで、その「堕落論」の否定には繋がらないのです。
「堕落論」の人間観をもつ者にとって、確かに「メシア」という存在は重要となってきますが、仮にメシアと信じた人物が実は違っていたと悟ったとしても、身に着いた人間観は依然として心の奥底に残っているのです。
ただ、「現在の人類は堕落して矛盾した存在となった」という「堕落論」は一部の宗教信者には信じられていたとしても、科学が進歩した現代においては時代遅れの考え方であり、人間世界にある様々な社会悪や人間の弱点などは違った理論によっていくらでも説明できます。
統一信者となる人は元々無知な人が多いため、存在するはずの神を感知できないのが人間が堕落した証拠だなどと言う人もいますが、そのような次元の低いテーマはとっくの昔に人間の英知によって克服されており、ただ、統一信者となる人は勉強不足であるため、形而上学的な哲学などは理解できないだけなのです。
と言うことで、最初に述べましたように、人間の知性や精神は短時間で簡単に発達できるようなものではなく、場合によっては一生発達しない人も存在するのです。
現代は中世に比べて科学のみならず、精神文化においても確実に進歩していますが、その進歩の程度は国によっても、個人によっても全く異なり、現代においても中世のような文化をもった国も存在すれば、古代ギリシャの哲学も全く理解不能な「カルト」信者も存在します。
従って、おかしな文化を持った国から生まれた時代遅れの「カルト」宗教が無知な人々数万人巻き込んだとしても、それは十分あり得ることなのです。
そのような時代遅れの人達をブログに取り上げたとしても社会的意義はゼロ以下なのは間違いありませんが、ただ、まったく無意味とも言えないのも確かです。
つまり、人生は精神(知・情・意)、魂を進歩させることに意義があり、批判を受けた人にとっては、それが精神・魂を進歩させる切っ掛けとなることもあり、適切な批判は貴重な精神の発達のチャンスをその人に与えることになるのです。
したがって、今回の記事は能登の信者の精神の発達のために問題提起する米本さんの‘愛’の賜物と言えます。
(引用終わり)
<統一信者が強く拘る「原罪」や「神の摂理」「祝福」などもみな「人類始祖アダムとエバの堕落」を前提としたものであり、もし、「人類始祖として創造されたアダムとエバ」の話が偽りの作り話であると証明されてしまえば、統一信者が拘っている教義などは全く何の意味も持たなくなってしまうのです。>(神々さん)
私のことを話します。
『原理講論』また解説書を読みましたが、最初から最後までつまずきっぱなしです。
神が人間をつくった。神は自分に似せて人間をつくった。
すぐに、その根拠は?となってしまうからです。
しかし、このテーマでやりだすと、有神論、無神論の話になってしまうので、割愛して。
人間始祖のアダムとエバ。仮に大昔に2人が実在していたとしても、彼らは唯一の人間始祖ではない。あたりまえのことだ。
このことにも目をつぶって、どうしてアダムとエバがエッチ(堕落?)したことが、現代社会人が堕落していることにつながっていくのか。
こういうことだと想像する。
何らかの人生上の悩みを抱えていた青年シック予備軍は、堕落論によって、つまり原罪を払拭すれば、自分の前にあるモヤモヤがなくなると信じてしまった。
青年シック予備軍の人生上の悩みとは、性&性欲に関することだろう。たとえば、オナニーに罪悪感を抱いたとか。淫らな妄想をしてしまったとか。
(1)読者はどうでしたか。リアルな生のことが知りたいです。きわめて私的なことなので、ハンドルネームは新たに作ってください。(表現が拙いのは理解してくだされ)
<「堕落論」は一旦その世界観、人間観にはまってしまうと、その間違いを悟り、思想的に脱却するのは絶望的なほど難しいのです。>(神々さん)
そうだと思います。神々さんの真意とは違うかもしれませんが、世界観・人間観の土台をなすのはとりわけシックの場合、感情ですから。
(2) 統一原理は間違いじゃないかと思っても、すぐにサタンが入ってくるという感情がわいてしまい、理性的思考を遮断してしまう。間違いでしょうか。
神々さんに感謝します。澤田地平氏のことに言及してくれたことです。彼のブログ名「審判回避プロジェクト」の意味が分かりました。
歴史の審判が下されるかどうかは,きわめて個人的なこと、「個と神」の範疇内のことです。しかしながら、地平氏は外に向かって発信している。往年の左翼(生田先生が言及する共産主義者の発想)みたいです。彼は自分への審判を下されないために、走り続けるしかないでしょう。どうもお金があるようだから、可能でしょうか。
(3)元シックに質問です。やめてどうでしたか。歴史の審判が下りましたか。具体的に書いていただけると、いま現在、悩んでいるシックの励みになります。
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- [2019/10/31 13:06]
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コメント
一番元食口の小川です
元信者です
文教祖の書いたという「堕落論」は金聖道おばあさんが神様から聞いたという「エデンの園のアダムとエバは、性問題によって堕落した」という話の焼き直しらしい。ということや文教祖が多くの女性と関係を持ったという事が事実だったのをネットで知り、騙されていたことを認めざるを得なくなった。本当に馬鹿らしい信仰でした。
「元」になろうとしている信者
米本さんのご質問への回答です。
(1)私が入信したのが18歳の時でしたので、性の悩みは強かったのは間違いありません。自慰行為の罪悪感や、湧き上がる性欲への自己嫌悪はたくさんありました。ですから、「淫乱の問題はどんな政治的・社会的・教育的手段でも解決できない。メシア(とその祝福)によってのみ解決できる」という教えは、深層心理の奥底にまで深く刻まれたと思います。
(2)ガチガチの信者であった時はその通りでした。文師・教会・教理に対する否定的な思考は「サタンが引き起こしている」と思い、遮断していました。そして、それは自分の持っている、淫乱から発祥した原罪ため、と否定的・批判的な自分を責めたほどです。
(3)まだ、片足につっこんだままなので「元信者」ではありませんが。文師のメシア性、教会の真実性、教理の真理性を否定しはじめて5年以上になりますが、今のところ、良いことも悪い事も、ガチガチ信者だった頃と変わらない頻度で起きています(笑)
私が完全に「元信者」となるには、心の奥深くに打ち込まれた「堕落論」という楔を立ち切れるかどうかにかかっています。この点を明確に自覚させてくださった神々の黄昏さん、そしてこのテーマを改めて取り上げて下さった米本さんに感謝いたします。
選民思想と呪いのダブルバインド
自身の脱会時の態度
「次第に統一教会の記憶は薄れていく。」そのように、説得者は言いました。以前にも投稿で書いたと思うのですが、脱会請負教会と、そのコミュニティ、そして、家族は脱会を正義とする同調圧力の場です。「私はカルトに染まり、人間として不俱者となってしまいました。皆様ご迷惑をお掛けしました。私を厚生(リハビリ)させて下さい。」となるのです。統一教会的価値観からの解放を目つきや動作で判断する雰囲気に懐疑的でしたので、全否定する事はしませんでした。仏教で言うところの中道を行こうと思いました。こだわればこだわった考えや価値観は強化されます。また、非常に長い期間、信者だったのですから、全否定すれば空白期間となってしまい、癒し難い傷を負うことにもなってしまいます。だから、説得請負側はリハビリと称する期間を設けるのですが(実際、そのような期間を必要としました)、全否定することは勿体ないことです。多くの人の経験できない体験をしたのですから。その代わり(全否定しない代わりに)自分は今でも食口が外部向けに言わないことを生々しく伝えるようにしています。カルトに関する話に拒否反応を起こして、見ない、聞かない人はそれでもいい。そのような態度は価値観の縛りを受け易い点でカルト、反カルトと変わらないのですが、人生を揺るがす問題でなければ関わらないのが正解です。
揺らがない脱会動機の構築
脱会説得現場では揺らがない脱会動機の構築が求められます。しかし、そのコミュニティでは、反統一が新しい信条となってしまっているのを見て、自分はアレルギーを起こしてしまいました。教義を否定出来る材料を自分なりに手っ取り早く探しました。硬直した組織の批判本は巷に溢れています。それに因果律を適用すれば良いのです。目的が実体化するという教義を適用すればおしまいです。教祖の残した無意味かつ無価値な遺産とその相続者たる教団全体の醜態が、いやと言うほどその矛盾した本質を雄弁に語ってくれます。
呪い(カイン的表現)、蕩減(アベル的表現)は体制維持と搾取の為に教団が決めることです。米本ブログやちゃぬさんのブログが教えてくれました。ありがとうございます。
ダブルバインドの範囲(補足的に)
米本さん指摘の(2)は正鵠を得ています。原理講論はサタンの侵入と戦う世界観で貫かれています。その範囲なのですが、個と神について、三大祝福の記述から、非常に拡張された関係性理論を構築しています。個性完成では個体的四位基台(個人に向き合う神)、子女繁殖では、家庭的四位基台(家族関係性と向き合う神)、万物主観では主観的四位基台(理想世界実現を審判する神)といったイメージか。何が言いたいかというと、食口は個人の日々の生活の一挙手一投足が、世界の平和や滅亡を決めるという妄想的重圧の中で生活しているのです(人類始祖、個人、血統、民族集団は責任分担論による条件思考で連結されている)。地平氏の表現は食口には伝わるでしょう。
堕落論は荒唐無稽な聖書の話を解釈しながら人間の本質に迫っている
ここで「堕落論」を恣意的に悪用した教団や、勝手に囚われてしまって変な人間になってしまった人物に関しては言及しない。
荒唐無稽な聖書の解釈に過ぎない「堕落論」が何故リアリティーを持つのか?私にもよくわからないが、私のようにわからない人たちに推薦している本がジョン・スタインベックの「エデンの東」だ。「エデンの東」と言えばエリア・カザン監督でジェームズ・ディーン主演の映画を思い出す人も多いだろうが、その映画は原作の一部を映画化したもので、肝心のところが全く欠落している。その家族と関わる家の中国系移民のリーという料理人が聖書の創世記のカインとアベルの話を引用しながら話す場面だ。原作を忠実に描いたアメリカのTVドラマが1980年代に日本でも放映された。原作の方はまず表紙の裏にスタインベックのハミルトン家の家系図と主人公のトラスク家の家系図が書かれてある。アダム・トラスクとその妻キャシー(それが大変な悪女なのだが)そして双子のアロンとカレブの因縁物語なのだ。興味があったら観ることをお薦めしたい。
「堕落論」をどう捉えるか? おいらのように長らく教会の礼拝などに参加していない人間でも大きなテーマでもある。元シックにしても統一原理特に堕落論を完全に否定しきれない部分はやはり人間の本質をとらえているからではないだろうか。
文鮮明先生は立派でした。しかし
清平では サタンが高笑いしています。
しょぼさんへ
合っているのだと言われるのなら、もう少し具体的に堕落論に引き寄せて書いてくださいな。
思いだしながら回答です
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オナニーに罪悪感を抱いたとか。淫らな妄想をしてしまったとか。
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↓
これはその通りでした。自分は不浄、汚いという思いでした。そして、高校の時に学校で配布されたギデオンの小さい新約聖書を読んでました。普通高校です。
そして、イエスキリストように生きたいと思ってましたし、裏切った弟子のようには自分はならない、なぜ、現代にイエスのような人間がいないのか?そういう思いでいっぱいでした。
その後、予備校時代だったか、大学時代か忘れましたが、テレビでアフリカの飢餓状態のハエが集る子供、赤ん坊を見て、胸が掻き毟られ、どうしようもなくなって、狭い家を歩き回ってました。
この後、あの原研に声かけられたんです。その時、文鮮明を知り、直後、2日、7日集に参加し、その後、聞きまくりタイプだったので、その時のメンバーが業を煮やしたのか、「血分け」のことも話したんです。
全身蒼白になり、
本屋で「淫教のメシア文鮮明」も読みました。聞いた話と同じでした。
あの涙は何だったのか?
親問題もあり、原研は去りました。
親にも当然話しました。父親は毎日新聞勤務だったので、実情を知ってました。
以前、コメントした通りです。
あっ、堕落論ですが、
アダムとイブがいたという前提の話ですが、教会シック中には猿人モードの2人だったとか言ってる人もいましたね。始祖2人の性行為とか誰もわかってないんじゃないですか?
”血統”という意味もわかってない気がします。猿人の性行為で生じた血統を人間の血統に変える?教会。・・・これを信じる・・・バカ丸出し。
人類の誕生、・・・これについても宇宙人が関与してたかも知れないし、ちなみに、宇宙人の存在は証明されてます。FBI(公開文書)でもロシアでも。
あの原理ごときの内容では、進化論は否定してたみたいですが、
具体的なこと何も説明してないし、わかるはずもないです。
ただあの教祖はメシア・・・メシアの言葉は正しい、信じる、世界を救える
だけだったような、突如、神が生身の2人を生じさせたと考えてるシックも、もしかしたらいるかも知れませんが、・・・宇宙人なら可能かも。でもあれは(教祖)、宇宙人は否定してた、天使はいると。
自分は最初に堕落論を聞いた時は物語と思ったけれど、あれが血統転換に進化してるとは思いもしなかった。でも、3日儀式の書面をもらった時、紛れもなく実態の血分儀式だった。・・・
これを今の子供に教育するなんて、完全なバカです。
こいつ頭おかしい、と普通なら物投げますよ。
堕落という言葉のマジックに、涙が絡んできたら、私みたいに信じてしまうかも知れませんが。
あの夫婦とも、韓国人特有の精神病という認識です。
(2) 統一原理は間違いじゃないかと思っても、すぐにサタンが入ってくるという感情がわいてしまい、理性的思考を遮断してしまう。間違いでしょうか。
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原研を去って10年後、今度は、
東京へ就職し、
所謂、訪問で悩んだあげく、教会に戻ってしまいました。血分けの話が本当か全く不明でした。あの涙は何か?ずっと悩んでましたね。
戻っても、誰も信じないというか、それはないという言葉しか返ってきません。
あの本は、あのメンバーらはあの本を読んでたのか?それとも、あの時いた原研会長のコウリョウさんと呼ばれてた太田氏から何か話を聞いたのか?その時の九州ブッロク長?の話を聞いたのか?
ずっと不明でしたが、何かのまちがいと思い、封印しました。
日本の元原研責任者からもコメント頂きましたが、原研メンバーにはそんなこと言ってないはずと言ってました、が、実際は実体として、やってたんです。
サタンが入ってくるとかは、そんな思い無いですね。
そもそも、サタンって何意味してるか皆分かってたんですかね。
普通の会社員として、働いてましたし、祝福後は直後に社長やその他にそのこと話しましたから。
一番酷かったのはオウムの事件です。あの時はいろいろ陰で言われてたようです、他会社にも。「サリン巻かれるんじゃないか?」とまで。
でも仕方ないです。クビにはならなかったです。そういう社長だったので。(性格はドーベルマンのみたいでしたが)
元々半分引き抜きみたいな形だったし。
仕事さえまじめにやってれば。
献金も相当やりましたが、他人を巻き込んだこともないし、親も巻き込んだこともなく、親に「教会には使うなよ」とお金をもらうことはありましたが。
嘘もなかったと思います。
(3)元シックに質問です。やめてどうでしたか。歴史の審判が下りましたか。具体的に書いていただけると、いま現在、悩んでいるシックの励みになります。
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それまでの経緯は省きますが、
30000の祝福を受け、それまで以上に
結果的に、献金三昧になりました。紆余曲折はありましたが。根からの人の好さが災いしました。
今もって、借金苦状態です。
20年後、2010年ぐらいに、教会に足を運ぶ途中だったか、ふと胸に沸いてきたというか、頭に沸いたというか、「ここはダメだ」と強く気付いたんです。
「ここは献金、金のみだ」
それまでに腐るほど献金してきたのに、次から次に摂理だと言い、要求してくるんです。
ついでにまた書きますが、
2000年頃だったか、韓国の教会長が、
「摂理の為なら殺人も許される、俺はやる」とか、日本人の早大卒教会長は、「捕まってもいいから金つくってくれ」
と礼拝時に言いました。
もう行かなくなりました。火の粉の情報や、ちゃぬさんの情報や、様々なブログを調べまくり、宗教のこと追及したりし、朝鮮へお嫁に行かれた婦人たちの悲惨さを知ったり、よくコメントもしました。
あの文なんちゃらの正体も悟りました。
ヒットラーのように、あれは背後に魔物がいただけの宗教を餌に、人を惑わしてただけの、韓国に40人はいるというメシアもどきの一人です。
今は結局、恨み有りきのばあさんの神遊び金遊びか?
何の宗教組織にも入らずが正しいです。
私も何の組織にも入ってません。
幸福になる為とか、天国に行く為とか、
金を献金させるとか、アウトです。
個人でまじめに働いてる人、神を敬ってる人たくさんいます。組織とか入ってません。
組織は、人と人を比較させ認識させ、あのアダムとイブのように違いを認識させ、心を葛藤させ、操ろうとします。
歴史の審判というか、金(カネ)の審判は受けました。
本当に神界と通じてるなら、話しを聞いてくれるだけでも1円でも与えたくなるのが本来です。
あの組織には、確か天国のルールとかあった気がしますが、真っ赤な嘘のルールです。
魔教の「垢」(アカ)を落とすのは大変だと思います。
良心は、神の分魂ですので、神と言う存在を自分の外に求めるのは、(天を見つめたりして)間違いと思います。
ただ、死ぬまで生きるだけですね。
そして、一番は心配させた親に申し訳が立たない。先祖に申し訳が立たない。
堕落論の完全な払拭について
神が人間をつくった。神は自分に似せて人間をつくった。
すぐに、その根拠は?となってしまうからです。
>人間始祖のアダムとエバ。仮に大昔に2人が実在していたとしても、彼らは唯一の人間始祖ではない。あたりまえのことだ。
このことにも目をつぶって、どうしてアダムとエバがエッチ(堕落?)したことが、現代社会人が堕落していることにつながっていくのか。
記事には上のように原理講論に対する米本さんの正直な感想が書かれていましたので、元信者の私としてはとても参考になりました。
私は今でも創造主=神を信じていますが、神を信じるようになった切っ掛けは原理講論を読んだことではありませんでしたし、先輩の統一教会員から熱心に伝道されたためでもありませんでした。
私が統一教会に通うようになった当時は「オカルトブーム」などというものがあり、超心理学や心霊科学などのテーマを扱った本もたくさん出版されていました。
それらの本は科学者と言われる人が執筆している場合がほとんどで、内容も宗教とは一線を画していました。
それらの本に書かれた宗教とは違った神に対する考え方に触発されて、私は神を信じるようになったのですが、そのような神の存在に対する肯定的な思想の形成があったため、原理講論に対しても違和感をもつことなく、肯定的に受け止めてしまったのでした。
しかし、もし神を全く信じていない人が原理講論を読んだとしたら、ほとんどが米本さんと同じように考えると思います。
私も現役信者の時はそのような人を伝道しようとして苦労しましたし、夜を徹して「神の存在」について無神論者と議論をかわしたこともあります。
そして実際に、無神論者を有神論者に‘改心’させたこともありましたが、その時の論法は原理講論のものとはまた違ったものでした。
そのように原理講論が全てではない私でも、未熟だった当時の私は堕落論によって‘洗脳’されてしまったわけですが、その最大の原因はキリスト教の聖書を無条件で絶対化する盲点をつかれたためだと思います。
つまり、キリスト教そのものが持つ欠陥を見抜くことができなかったために聖書を基本的に正しいものと信じ、堕落論によって洗脳されたのであり、結局キリスト教という宗教そのものに人間を無知にする元凶があったことになるのです。
上のように考えれば、統一信者の心奥深くにある心理を理解するためには「カルト」と呼ばれていない宗教についても探究せねばならないということになりますが、宗教をテーマとして論考するのは決して簡単ではなく、それは人類が歴史を通して取り組んだ最大のテーマでもありますから、かなりの知識と知力がなければそれを考察のテーマとすることさえできません。
統一教会に伝道された当時、未熟だった私は「神は信じるべき存在」⇒「聖書は神聖な書物=真理」と単純に思い込んでしまいましたが、それはまさに無知な若輩者のなせる業だったのです。
人間が神を信じてきたのは太古の昔からであり、また宗教には様々な宗派があって、それぞれの宗派には違った教義があり、キリスト教であったとしてもカトリックとプロテスタントではまったく教義が異なるのです。
キリスト教では聖書が聖典であったとしても、別の宗教では特に意味を持っておらず、その聖書によらずしても一神論の思想をもっている思想家は存在するのです。
聖書を「神聖な書物=真理」と思い込んでしまったのは私が無知だったためであり、キリスト教文化の良い側面しか見ていなかったためでした。
しかし、キリスト教には様々な負の側面もあり、キリスト教徒が犯して来た歴史的犯罪は決して少なくないのです。(宗教戦争、魔女狩り、宗教裁判による科学者の弾圧…)
それらの歴史的悪行は聖書の記述と全く無関係ではなく、聖書の記述を根拠にそれらの悪行が行われたとも言えるのです。聖書は絶対化などできない‘欠陥品’であるのは歴史的にも証明されているわけであり、無知な私はそれを十分に理解することができなかっただけなのです。
つまり、聖書には人間の本心を覚醒する貴重な‘真理’が書かれている部分があったとしても、そうではない非科学的なとんでもない‘嘘’も混ざって書かれていたということなのです。
統一原理の堕落論は聖書の創世記にある「失楽園の物語」を前提に書かれていますが、キリスト教を信じていなかった人でもその堕落論に洗脳されてしまう一番大きな要因は「神=絶対的善であり、矛盾がない存在が全宇宙の第一原因であるにも関わらず、なぜ現実の人間世界には多くの矛盾があり、戦争や犯罪が存在し、不幸な人間が多いのか?」という疑問を解ける他の解答が見つからないためです。
その疑問を幼稚な頭脳と精神を持った人が考えると、「堕落論」の説明はとてもわかりやすく、それが‘真理’と思えてくるのです。
しかし、精神的に十分発達した人、哲学的に高度な考え方ができる人の場合は その疑問に対する回答を既に持っており、「堕落論」などには洗脳されないのです。
無知で未熟だった私は少しずつ知識を得て、統一原理の何が正しく、何が間違いであるか悟るようになりましたが、上のコメントでケンタロウさんが書かれたのと同じように、「堕落論」を完全に払拭するのは簡単ではありませんでした。
つまり、人間世界に存在する様々な矛盾や不幸をどう理解すればよいのかは難問であり、特に神=創造主を信じている場合には難問中の難問になります。
しかし現在では、それに対する解答を私は得ており、神=創造主を信じることと現実世界にある様々な不幸や矛盾がつながりをもって理解できています。
それは神秘学を学ぶことによって完全に理解することができるようになったのですが、それまでの知識や思考では完全な解答を得ることはできませんでした。
その神秘学の考え方による難問の解答については、書き始めると長文になり、記事のテーマからも離れてしまいますので、このコメント欄では書きませんが、もし十分に頭が優れた統一信者であるなら、原理講論の創造原理や統一思想要網の内容を徹底して追究し、熟考すれば同じような解答が得られます。
そしてその解答を得られた時こそ堕落論を完全に払拭することができるのです。
長々語りすみません。
ただその原因を取り除くのに文氏から祝福を受けおどろおどろしい儀式を経験して清算する事はおかしいと思います。人の霊性を引き上げるには愛情が必要だと思いますがそれを文夫妻やあの儀式からは感じません。
堕落論は青年達には愛の問題から入りますが、多くの結婚してから繋がった婦人達は先祖が楔になっているのではないでしょうか。流れ的に先ずは戸籍から家系図を取りその家系の課題が話されます。
これは家系をずっと研究して統計を取ってきた方が教会にいるので当たっている点も多いです。
自分が抱えた悩みは先祖からの課題であり、先祖をたどればアダムエバからの問題に行きつく解釈からそこで堕落論が紹介されます。青年のように聖書や自分の罪から堕落論が入る方より日本人食口の場合特に婦人達は家系図から入る方々が非常に多いと思います。
そして先祖を代表した選ばれた自分が先祖と後孫の為にメシアに繋がり徳積みをする。今は大変でもそれが必ず後孫に実り霊界でも実ると考えて頑張る食口婦人達は多いです。なので清平信仰も受け入れやすいんでしょう。サタンが入る考えに加えやめるには自分だけでなく氏族も先祖後孫も巻き込んでしまうので躊躇する方も多いのではないでしょうか。
統一教会はかなり心理学も学んでいて日本人にはこのようなやり方が合う事を幹部達は研究していると思います。
そこで日本人の信仰習慣から発展して壺や印鑑により救われるやり方も確立したと感じます。
それプラス日韓関係において今までの日本政府の弱腰と朝日新聞の嘘、自虐史観により日帝時代の犯した罪で良心的な日本人の罪悪感を利用して贖罪を意識させ清平含む高額献金を求めたり、とにかくあの手この手を使い日本人の心につけこんできたと思います。
それが本当にその人の永遠なる命や神様の為だと信じてる人もいますがトップの韓国人はビジネス的に考えてる人もいるから、一種の宗教、心理学を使った商法でもあるでしょう。
これは統一教会だけではありませんが、統一教会ほど悪辣な行為が許されたのは勝共の繋がりで影に選挙票を期待する政治家の後ろ楯があるからだと思います。
質問への個人的回答は教会と距離を置いてから私は良いことも悪いことも変わらず起こってますが、献金摂理から離れて経済的に楽になったし、妙な義務感使命感から開放されて精神的に楽になりました。
これからは教会メンバーが高齢化してきてるので二世達を中心に動こそうとしているようですが、分派問題にある文家庭の崩壊や韓国の現状をネットで知る二世達がどう考えているかはわかりません。勿論あまりにも今はネットなどを通じて性的に乱れているから彼らが教会を通じて純血思想など守られている点もあると思いますが、必要以上に利用されてほしくないとも感じます。
話が分散しましたが、最後のおまけに言わせてもらうと私には若狭さんが何故こんなに実名を伏せたいのかが全然理解できません。
あそこまで文夫妻に陶酔してるのだから堂々と自分の名前を出しても良いのではないですかね。そうしたら興味のある知り合いの方が話しかけてくるかもしれません。若狭さんほど信仰熱心ならきっとご近所や職場にも堂々と証しておられるだろうから、ネットで若狭さんの主張をより理解できるでしょうに。
信仰熱心ながら(ましてや公職者なら)周囲にUCの事を隠す心理は理解できません。
そこにサタン世界がどうのと言い訳するのは逃げてるようにしか見えないのです。食口youtuberももっと増えてもいいだろうし若狭さんもyoutuberデビューを是非目指してほしいです!それだけの覚悟を感じれたら私の若狭さんへの印象も変わります。今のまなら全然米本さんに対抗出来ないと思います。
教会にいた頃の回想
(1)青年期に性や恋愛の悩みはありましたが、それよりもこの世界から犯罪がなくならないこと、アフリカでのエイズの蔓延、様々な社会問題がなくならないのは何故だろうと考えていた頃に伝導されました。
高校生の時から「宗教は科学と違い人智を超えた何かを追求するもの」と思っており、宇宙の誕生や生命の起源にも興味がありました。原理は社会から犯罪がなくならない原因、生命の起源にも触れていて興味深かったこと、原理を学ぶことで理想世界をつくるための何かが分かるかもしれない期待もあり、そうして一般社会を殆ど知らない無知な私は統一教会の教えに感化されていたのだと思います。
個性完成を目指し、理想世界の実現を望み、教会に不信感がなければ祝福を受けることも考えていました。
人類歴史と堕落論から、人間は堕落した罪人だと思い込み、贖罪意識が芽生えたような気がします。
(2)何かおかしいと思った時、原理が間違いというよりは「何か自分の知らない深い意義がある、たぶん理想世界実現の為に」と思ってしぶしぶ自分で納得させていたような覚えがあります。だんだんとおかしさが看過できなくなり、アベルからインターネットで教会に関する(特に反対する内容の)記事を読むのは反対されていてサタンが入るかもしれない恐れはありましたが、それよりも真実を知りたいと思って行動しました。
私としては理性的思考を遮断した自覚はありませんが、無自覚で理性的思考を遮断している信者もいると思います。そうでない多くの人は既に教会を離れています。
(3)教会にいた頃も離れた後も、良い出来事もあれば不幸な出来事もあり、頻度は変わっていません。
教会が世に出現して半世紀、この世界が理想世界になったとは言えないでしょう。末端信者が過度な献金で借金を背負うほど苦しい生活だったという事実、幹部の豪遊や不祥事、何より個性完成したはずの文氏の子女の不倫、薬物乱用、分裂。紛争は一向になくなっていない。
統一教会の統一すらできないのに、理想世界を実現できるはずがないという意味で統一教会は間違っていたと思います。
逆に反面教師になりました。理想を掲げて子育てを疎かにすれば、子供の健全な心身の発育が妨げられ、最悪の場合は死に至ることもあるほど危険な虐待行為であることが分かりました。 理不尽に耐え、或いは盲目的に従っていても理想世界は訪れないどころか、社会に迷惑をかけることもあります。依存するのではなく自分で考えて行動する、当たり前ながら改めて大事なことだと思います。
教会は間違っていると思いますが、献金に慣れたおかげ?で寄付をすることに以前より躊躇わなくなりました。ただ、寄付先の理念だけでなく、寄付金が正しく運用されているか、信用できる人物かどうか、活動内容が反社会的でないかどうかなど、物事を多角的に判断することの重要性を認識しました。寄付に限らず、選挙の投票であっても対人関係であっても同様です。綺麗事やインパクトのある言葉に惑わされないように気をつけようと思っています。
テーマから多少ずれますが
元凶は、魔人イエスの弟子:パウロです。
韓国では土着信仰ですが、
皆、無知が妄想を生んでます。
イエスキリストは2人いまして、聖人イエスと魔人イエスです。
詳しくは書きません。
パウロは魔人イエスの弟子でした。聖人イエスの弟子の中で、パウロのみ霊的交信をしたようです。
裏切り者とされているユダ・・・これ作られた冤罪です。彼は本物の信仰者です。
このパウロがキリスト教を置き換えたんです。
魔人イエスと交信し、原罪を擦り込み、人間は罪深い、だから、イエスという仲介者が必要、天国に行くためには、この神の代理人であるイエスが必要。イエスとの契約が必要と言い、(UCの交換条件⇒魂(承認欲救等)、金、性)
パウロ教を新しく作ったんです。
これが延々と今でも続いてます。
どっかの教祖と似てませんか?
韓国の土着信仰を利用されたという違いはありますが、原罪をねつ造して、利用する。
パウロは、元祖宗教サイコパスです。そうだ。改名もしてる。サウロ⇒パウロ
もう一度、言いますが、
原罪は、大ねつ造です。
後は本人次第です。ここまでです。さらっとですが。
オナニーと信仰
堕落論については語り尽くしていると思います。
オブラートに包まず、ハッキリとオナニー。
信仰をしていてもオナニーはする。
オナニーしてもいいと文鮮明先生は言っていたらしいけど、オナニーってそんなに簡単じゃない。オナニーしていいなら、エロ本みていいのか?アダルトビデオ見ていいのか、だったら女優に対してどうとらえたら良いのか?
オナニーする際にフラッシュバックされるが如くに様々なエロスシーンが脳裏に上映されるものであります。
それは女優に限らず、身近な姉妹たちに欲情した瞬間さえオナニーネタになる。
祝福を受けていたなら、相対者(婚約者、配偶者)以外の女性をオナニーネタにすることもある。
オナニーをしていれば、性犯罪は犯さないなどと言うなら、それこそが偽善であり、指導する資格はないと考えます。
食口は意外や性的な問題を犯しています。
痴漢で逮捕された兄弟を何人か知っています。
堕落論を信じていても、それすら上回る程の性衝動に襲われたとき、人は法やモラルを超えて、衝動的な行動をしてしまいます。
そんなとき、神を思い悔い改める男は、もはや性的な観点で、堕落論を捉えるのです。
― ルーシェルがエバを誘惑したように、私もまた姉妹を誘惑したくなっている ―
と言うように。
私の堕落論的性衝動は、韓日祝福を受けた姉妹が、夫を慕う様子をみて、異様に嫉妬し奪い取りたい衝動に駆られました。今ごろ韓国人に抱かれているのかな、だとしたら感じているのかな、どんなセックスをしてるのかな、と考えて何度オナニーをしたか、そんな自分にもがき苦しんだかわかりません。出来ることなら、愛人にしてしまいたいと妄想を繰り返しました。
そうゆう自分と、ルーシェルを重ねたとき、見事に合致するのです。
他人の妻に欲情した自分。どこまでも惨めでした。そんな自分を軽蔑しました。
堕落論。
これは、性癖に近いものがあります。禁欲、純潔、祝福もエロスになりうるものなのです。
教会では純潔を尊びますが、純潔とはオナニーの黙認なのです。
オナニーの黙認は、食口に独特の性文化を生み出しています。
堕落論とオナニーの関連性にはまことしやかな原理が語られています。
あー、汚染されてる
あー、汚染されてると感じました。
まず、「ルーシェル」というのは、韓国での言い方です。
しかも、完全に神に反発してる悪魔になってます。
ちょっと難しいですが、陰陽の世界を理解する必要があります。
まず、ありきは日本男子、日本女子で
す。
侍の心、昔、
性欲を抑えるために、血を抜いてたという男もいたそうです。
制限はよくないですが。
また、男の場合、
睾丸が、ガンになった若者も実際いました。ホントの話。
思いは、結果的に、現実の世界に影響するので、何を思ってるか、他に影響を与え、自分に返ってきます。
これからはどんどんそうなります。
性欲の強弱もちろんあると思います。
人のエネルギーは千差万別ですが、
・・・やっぱ止めときます。
オナニーした後祈れますか
●オナニーするときに淫らな妄想するタイプ
私はある程度の食口たちとオナニーについて語り合って来ていますが、オナニーしても仕方ないという開き直りをしている男性は、さほど堕落論を重視していませんでしたよ。
オナニーするにもおかず無しでイケちゃう女もいる。
なんつーか、聖書を信じてるどーとかじゃない。感性なんです。自分は罪人だ、神を悲しませたという言葉に悦に浸れる。自虐的な気持ちの時に、神に祈れる女。
罪人だと思う時は、どんな時でしょうか
、善良に生きているなら罪なんてない。
自虐的な人間は、自分が悪いんだと自分が悪いんだと思い込む。そこに洗脳なんてないんです。
探求中です。
しかし、人間の男性の生殖器と女性の生殖器は実によく出来ていて、これを否定することは神の創造の目的も否定してしまうのではないかと思います。私の考えでは神はエバをアダムを通じて愛する100%の感覚を得たかったのではないかと思っています。構造がそうなっていて、神の最高傑作とも言われている生殖器です。
これを否定し、憎悪感を感じることは女性の美を感じることが出来ない、神の創造の目的がわからなくなるのではないかと思います。教会で解く愛は一体何か?アガペーの愛です。
私はまだ模索中なので何ともいえませんが、あまりオナニーにこだわらないで、神の創造の目的は何か、神の創造の真意は何かを求めるほうが良いかと思います。
男性の精子はティーンエイジの時から造られ、死ぬまで造られます。女性の卵子は限りがあります。それから、男の子が生まれやすい(女性が喜ぶとよい。)仕組みとか色いろあるのは、偶然では内容に思えるのです。
性に対する憎悪感はなくさないといけないと同時に自己主管も必要かなと感じます。その辺がよく分かりません。私は一生涯いまだ、他の女性と関係を持ったことはありません。それを追求したいものと考えています。
すみません。コメントを書いてしまいました。米本先生(ジャーナリスト米本和広氏)の高い目線では大したことないですが、勇気を持って書かせていただきました。
オナン
オナンの兄エルが神に処刑されたので、父ユダはオナンに兄エルの妻タマルと結婚するよう命じた(創世記38:6-8)。しかし、オナンはタマルによってもうける子が自分の相続人とならないことを知っていたので、性交の際、故意に精液を地に漏らした(創世記38:9)。これは神の意に反することであったので、オナンは神により処刑された(創世記38:10、46:12、民数記26:19)~wikipediaより引用~
これを考えなければ医学的に童貞の男性のオナニーは本番の為の準備説や性欲による犯罪行為の抑制もあり一般的に罪悪感を感じる人は少ないでしょう。
だから教会の若い真面目な男性が自分の性欲に必要異常に罪悪感を感じる教育は自己否定感を生みだし良くないと思います。
あまりにも奔放すぎる性や不道徳な性(近親相姦)も社会秩序的に疑問だし、コスタさんが仰るように性に対する憎悪感はなくさないといけないと同時に自己主管も必要だというのには納得します。
しかし性が尊いという割にはオープンに性の話をしない教会の体質が不思議です。だからわからなくて悩んでる若い人達も多いのではないでしょうか。
あと文氏の指示の下愛情もない性行為をしたマッチング夫婦って、神様の名前の下だけでしたのでしょうか。性欲もないと無理な気がします。愛情のない性行為ってそんな美しいものだと感じないので、そう考えると文氏ってどこまで夫婦の愛とやらを実感してたのか疑問だし、だから文氏の家庭問題が生じてるようにも感じます。
原理研究家がもつ、堕落論の性的心理
文鮮明氏は既婚女性と未婚女性で3Pをすることにより、その未婚女性は(長女権)を復帰すると言います。
また、夫が妻以外の未婚女性を愛してしまった場合、妻は嫉妬したりせず、夫と同じくらいにその女を愛するのが神のナンチャラとのことです。
彼はいずれそれに挑むそうで、それが何を意味するのかわかりません。
怒られそうですが、私は、彼の中の性的心理がそういう原理解釈を生み出したのではと、推測しています。
文鮮明氏の血分け性儀式を肯定する食口たち、原理講師の中には、何人かですが、いずれは自分達も文鮮明と同じく妻以外を妾にして、その妾から、神の血統が生まれるんだと言っていました。
それはむしろ原理ではなく、屈折した性的願望だと思います。
すなわち、妻以外の女とセックスがしたいのです。
女も同じ
韓国人教会長とやけにラブラブしてる婦人部長曰く、「本来、あたしは韓日だったはず。」
とか言っていました。
復帰原理に至り、胎中聖別というのがありまして、すなわちセックスにより、血統転換されるという原理があります。
こういったセックスにより生まれ変わる、妾からよい子が生まれるという考えは統一以外にもまことしやかに語られており、これは、所謂に性願望であると考えています。
男性なら、妻以外とセックスしたいと言う性的願望はあるでしょう。
これを堕落論、復帰原理に無理矢理当てはめ、愛人を抱えたり、海外宣教師を犯したりした韓国人幹部がいることをご存じでしょう?
性欲は悪ではないが、屈折した性願望は人生を大きく左右します。
米本さんが知りたいのは、オナニーするときに、どんな妄想をしたかということだと思います。
えぇい、カミングをアウトしようではありませんか!
私は、痴漢がしたかった。電車で痴漢がしたかった。そのまま衝動に駆られるまま、罪を犯して女を支配したいという性的衝動に支配され、ペロッと、逃亡してトイレに駆け込み、ロケット発射。〇〇コの快楽を上回る程の罪悪感と達成感に包まれて、壁に向かって頭突きをしました。
私にとって堕落とは自分の中の性的な闇です。
性欲だなんて甘いもんじゃない。
性による支配願望。レイプ願望です。
私は、教会に来なかったら刑務所にいたでしょう。
神の息吹?
真に神の息吹を浴びたら、
性の悩み(この世の悩み)は、実に厄介な悩みだと思います、が、思い出してしまいました。
一度だけ、あの組織に入る前、ずっと前か、
大いなる息吹を感じたことがあります。
すべてがぶっ飛びました。というか、溶かされました。性の悩み、飛び散る塵の如く、いや何というか、圧倒的なエネルギーの前では、塵の如く小さな小さなことに思えてきました。
無条件に来るエネルギーを浴びたら、
ぶっ飛びます。全身何ともいえない汗が滲みます。熱いわけでもないのに、
そのまま無性に霊界に行きたくなります。ほんとに、
そして、すべての悩みが消えました。でも、一瞬、自分を感じたら、元に戻りました。
突然、思い出してしまいました。
もっと神を見つめて
現実の法則で、行動は事実として残り、その行動の結果から物事は始まります。後戻りできないという意味です。
よく考えてください。創造原理的立場からは人間は全て自己責任になります。(堕落の結果全部はそうとは言い切れませんが)
たくさんの投稿、感謝感激でした。
コスタ様 米本様
文鮮明先生が既婚女性と未婚女性の3Pをすると、長女権が復帰されるという原理解釈はコスタ様でしたね。これを理解するには皇族を理解せよとのことでしたね。
あなた様は妻と愛人と3Pしてはいけませんよ。
奥さまがそれを許すなら、そこから先は性的倒錯の道をゆくでしょう。そこは地獄かも知れません。
私はあなた様が心配です。
ご自分の性願望を分析されることをおすすめしますし、あなた様の読者がよからぬ行動をせぬことを願うばかりです。
3Pしたら血統転換できるなんて、妄想に止めて下さいませ。
米本様。
堕落論を受け入れるタイプの人は、性的な妄想力に長けていると思うんですよ。
食口の性願望、性癖について、より探求するには、まだまだ告白が足らないと思うんです。
また記事をあげていただきたくお願いします。私は協力を惜しみません。
祈っていたらチンポが立った。
祈っていたらセックスしたくなった。
原理を学んだら処女とセックスしなきゃと思った。
こうゆう告白はたくさんの食口から聞いています。
最後にコスタ様。勇気あるコメントありがとうございました。
各々の感性
私はどちらかというと堕落論を受け入れるタイプですが(詳しい所まで信じてるかというとそこは曖昧です)大胆なカミングアウトは貴重ですが正直ichanさんのタイプと同じにされるときついと申しますか、、(^-^;
性における感性は男女や個性の差があると思います。
私が何故堕落論を受け入れた立場かというと前に書いたように真善美なる神様から現実世界が離れてるのと、教会の講義にあったように不倫、売春行為などあまりにも性が乱れてるのは最初の人類始祖の性が問題だとの解釈も納得がいき、文氏の血分け儀式は離れるきっかけになるまで知らず驚きました。まぁ、昔は純粋無知だったので不倫、売春も深い事情がある場合をあまり知らなかったですが。あとichanさんが書いた他の男性食口の告白も読み驚きました。
しかしichanさんの告白にあるように教会に来なければ犯罪者になっていたのは救いだと思いますが、奥様は救いを感じられているのでしょうか?
婚活で来た韓国のさえない男に嫁いだ日本人嫁がどんな思いで性関係を持ったのか考えると、ある者には救いであれどある者は犠牲にもなり、何だか理不尽な世界だったと思います。
考えてみたら「蕩減」の名の故に犠牲になった人が多いのが統一教会だと思います。「蕩減」という言葉を一般的に言うなら罪滅ぼしですかね。
合わない相手が来たのも先祖の蕩減、、、そこに本当の愛が成されるのかは謎です。合わない相手が結婚相手になることにより罪が清算され自分の器が広がる昔の考えから今は祝福も相手を選べる時代になり本当に良かったと思います。
文氏自身は相手を納得して選べる立場だったし、本当に罪作りな人間ですよ。
sun様?女性の性欲もございますぞ。
拙ブログはアメブロですので性的表現は制限されており、アップしますとわずか数分で強制削除されてしまいます。
sun様。本題へ参ります。
我妻は、私とのセックスを、苦痛以外の何物でもないともうします。が、私は全く反省する気がありません。逆にますます性衝動に奮い立ち、次はどんなことをしようかと妄想を膨らませる、そう変態、とでも申しておきましょうか(ーー;)
女性の性。
苦痛? はて?何を言う?で、ございます。
あなた様が心配する韓日姉妹たち。意外や意外か、セックスレスも多く逆に、「期待しすぎた。〇〇をみてガッカリ」という話もございますぞ。
かつては日本人より韓国人のほうがセックスが上手だ。などと、まことしやかに語られておりましたが、そんなことはなかったようでございます。
私は女性の性欲を認めてございます。
日日なら33歳まで結婚出来ませんでした。韓日なら20代で結婚出来ました。故に、「そこまで禁欲する自信がないから韓日を受けたい」と言う姉妹もおりましたぞ…。おりましたもんね!
女性もオナニーをします。セックスなしだとホルモンバランスが崩れオッサン化するそうで、ございます。
はて?結婚目的の韓国人男性にあてがわれた姉妹…?。
日本食口は結婚を目的とせず、御旨一筋でしたでしょうか…
かつて日本人食口たちも祝福までの我慢だ辛抱だと、いつかセックスできる日を待ちわびて、日々の信仰に励んでいたと思うのです。
裏ではオナニーしておきながら…
おっとsun様。あなた様は私めとは同類ではなかった…御無礼をお許しください。
結婚できない可哀想な男性と結ばれたい。愛してあげたい。それもまた性的願望、いやさ愛。認めてもいいではございませんか。
先年にオフ会で会った姉妹と話しましたが、
「日本人なら幸せだったとは思わない」
「あたしは日本人男は嫌いだった」
という言葉を聞きました。韓日姉妹可哀想などとは日本人男性食口の(思い癖) (ノスタリジー) に過ぎぬと、ズバッと一刀両断でございます。
逆にでございますよ。
理不尽な性生活を強いられている日本女性も多くございますぞ。我妻もさようかと。
私めには、反省しろと言われても、無理でございます。変態でございますゆえ。
セックスだけは好きにさせて貰いたい。
あはぁ。
私めは妻に感謝してございます。
sun様。暖かい人柄を感じます。感謝にたえません。
米本さま。
変態食口が、記事を汚したことをお許しください。
しかし、リアルこそ、救いであると私は信じています。
ごめんくださいませ。
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