ドキュメンタリー「天才の頭の中:ビル・ゲイツを解読する」は、「1万時間の法則」を否定している:番組レヴュー

Netflixのドキュメンタリーシリーズ「天才の頭の中:ビル・ゲイツを解読する」。157分間に凝縮された彼の非凡ぶりは、「1万時間の法則」を真っ向から否定するものだった。ゲイツに35年にわたってインタヴューしてきた『WIRED』US版編集主幹、スティーヴン・レヴィによるレヴュー

Bill Gates

デイヴィス・グッゲンハイム監督による「天才の頭の中:ビル・ゲイツを解読する」。マイクロソフト共同創業者であるゲイツの頭のなかを深く掘り下げていく3部構成のドキュメンタリーだ。PHOTOGRAPH BY SAEED ADYANI/NETFLIX

もし“天才”が存在するのだとしたら、それはビル・ゲイツのことだ。Netflixでリリースされた3部構成のドキュメンタリー「天才の頭の中:ビル・ゲイツを解読する」は、その名の通り、マイクロソフト共同創業者であるビル・ゲイツの頭のなかを深く探っていく作品である。

しばらく観ていると、ゲイツがやはり常人ではないことに気づかされる。妻のメリンダは、ゲイツの頭のなかを「完全なカオス」と表現しつつも、ゲイツには自分の考えていることを体系化し、そこに膨大な量の情報を融合させて、“ダイソン”のごとく吸い込み(この比喩には一般的な“掃除機”という表現では弱すぎる)、それを実行に移すというやり方があるのだと説明した。

情熱を傾けていることについて惜しみなく説明するゲイツからは、実際にその脳が活発に働く様子を垣間見ることができる。ゲイツが最近情熱を傾けているのは、ポリオの撲滅、貧困国のための安価なトイレの開発、またメルトダウンを起こさない原子力発電所の設計といったことだ。

そうした活動が、いずれも崇高な探求であることは明白である。しかし、デイヴィス・グッゲンハイム監督(『不都合な真実』)が、それらの事業を興味深く見せるために全力を尽くしているにもかかわらず、観終わったあとにはゲイツが取り組んでいることをもっと知りたいという思いが募る。

「1万時間の法則」は正しいのか?

驚くべきことに、グッゲンハイムはゲイツに自由に質問することを許されていた。このため全編157分に及ぶシリーズで、ゲイツの考え方をほぼあらゆる側面から捉えることに成功している。

ゲイツはほかの誰とも間違えようのないあの単調なトーンで、自分自身の人生を率直に考察し、自分が下してきた重要な決断について、もの思いにふけりながら説明する。ゲイツの知性の高さは疑う余地はないし、変わり者であることも明らかだ。過去35年間にわたりゲイツにインタヴューしてきた経験から、わたしは証言できる。これは本物だ。

ただ、これはグッゲンハイムの意図するところではないものの、わたしの見る限り「天才の頭の中:ビル・ゲイツを解読する」には、もうひとつの側面がある。マルコム・グラッドウェルの著書『天才! 成功する人々の法則』の仮説を覆しているのだ。

グラッドウェルは、天才をつくる公式を解読したと公言し、必要なのは1万時間の練習と養育環境、タイミング、そして少しの運だと結論づけている。グラッドウェルは、ビートルズはハンブルクのいかがわしい酒場で何カ月も夜通し楽器を演奏し続けたと書いた。ほんの子どもだったビル・ゲイツも、四六時中プログラミングに明け暮れている。

だがわたしは、この法則を信じたことはない。何かの練習に1万時間を費やすことぐらい誰にでもできる。それなのに、あのビートルズの音楽を生み出すことができたのは、世界でたったひとつのバンドだけだ。

アデルは、あの歌声で1万時間以上歌ってきたはずだ(喉の問題を多数抱えているのはそのせいに違いない)。彼女は確かに優れた歌手ではあるが、天才ではない。対して、エイミー・ワインハウスは天才そのものだった。ワインハウスがこの世を去るまでにダップ・キングスと歌えた時間は、おそらく1万時間に満たなかったはずだ。

スティーブ・ジョブズはどうだろう? もしスティーブ・ジョブズのようになりたかったら、いったい何に1万時間を費やせばいいのだろうか?

ゲイツは地球に降り立った火星人だった

だからこそ、ビル・ゲイツ本人にグラッドウェルの『天才! 成功する人々の法則』について直接尋ねたとき、わたしは大きく失望した。

グラッドウェルは同書でゲイツについても記述しているのだが、わたしは見当違いな話だと感じていた。ゲイツという人間を公式に当てはめて説明することなど、とうていできないからだ。しかし、なんとゲイツはグラッドウェルに賛同した。そう、自分はプログラミングに1万時間をはるかに超える時間を費やしてきたし、ビジネスにも徹底して従事してきたうんぬんと並べ立て、グラッドウェルの仮説は正しいと結論づけたのだ。

だがわたしはいま、自分の正しさが立証されたように感じている。「天才の頭の中:ビル・ゲイツを解読する」が、グラッドウェルの法則を覆してくれたからだ。

グッゲンハイムは、ゲイツの幼少期を掘り下げながら、言ってみればビル・ゲイツは地球に降り立った火星人だったことを明らかにしている。裕福な一族に生まれた赤子のころから、ゲイツは自分の並外れた知性と、世間一般のそれとのあいだに極めて大きなインピーダンスの不整合があることに気づいていた。

ゲイツが驚きのエピソードを語っている場面がある。6年生のときに、両親の意向で難関私立校の入学試験を受けさせられたときのことだ。ゲイツはその学校に入りたいのかを自問し、入りたくなければ、わざと試験に失敗すればいいと考えていた。だが、当時から負けず嫌いだったため、わざと試験に落ちるなど無理だということを悟ったのだ。結果、試験では高得点を収めたという。

そう考えてみると、このように途方もない意欲、才能、ビジネス手腕を兼ね備えた天才が、やがてソフトウェア産業を生み出し、世界長者番付1位の座についたのは、意外なことではない。ゲイツは、1万時間を何らかの練習に費やせる年齢に達するはるか以前から、偉大になることが約束されていたとまでは言わないまでも、類いまれな人物となる片鱗をのぞかせていたのだ。

天才の法則ではなく、ゲイツの心のなかを知るために

グッゲンハイムは、興味深いアプローチでこの天才の人物像に迫っている。

ドキュメンタリーではゲイツの驚くべき知力を深く探っているわけだが、その真の意図はゲイツの心のなかを理解しようとすることにあるのだ。心に関して言えば、ゲイツもわたしたちと同じひとりの人間である。両親の束縛から逃げようとしたり、親しい人たちの死と向き合ったり、愛を追い求めたりしてきた。

パート1では高貴な母親との確執が取り上げられている。ゲイツはセラピストのサポートを得て、抵抗することは「最適ではない」という結論を論理的に導き出すことによって、ようやく母親との関係を取り戻した。

パート2では、少年時代の親友の死に、ゲイツがどのように折り合いをつけたのかが描かれている。この親友の死は、ゲイツの人生に空白を生み、それはポール・アレンやスティーヴ・バルマーでさえ完全に埋めることはできないものだった(このエピソードでは、アレンの死についても触れられている)。

続くパート3では、原子力エネルギー再興の正当性を説明する一方で、ビル&メリンダ・ゲイツ財団の2本柱を成すふたりのラヴストーリーに焦点が当てられている(ここではメリンダ・ゲイツが主役の座を奪っている)。

グッゲンハイムが、マイクロソフトを経営していたときの“企業殺し屋”としてのゲイツではなく、人類のために献身する円熟したビル・ゲイツと時間をともにできたのは幸運だった。当時のゲイツにインタヴューする際には、戦いへの身構えが必要だった。少しでも踏み誤れば、話題をブラウザー戦争の話に戻すために10分は要したものだ。

しかし、世界最大のソフトウェア企業の経営とは対照的に、世界最大の問題の解決に挑むようになったいま、ゲイツの徹底ぶりは健在ながらも、好戦的な姿勢は和らいでいる。また、ドキュメンタリー内でも説明されているように、現在のゲイツの快活さには、愛情も大きく関係している(これには3人の子どもをもったことも含まれるが、どういうわけか本番組では子どもたちについては触れられていない)。

ゲイツは、いまも変わり者ではあるが、そのようなイメージで見られていることを理解している。グッゲンハイムに他愛のない質問を立て続けに投げかけられたときにも、戸惑いつつも答えを返す。「朝食には何を?」との問いには、「食べない」という調子で。

また、ゲイツが運転をしたり、本を詰め込んだバッグをもって寝室に向かったりというありふれた行動をしている映像も収められている。それも楽しめる光景だ。わたしたちが日常的にするのと同じことを、ビル・ゲイツもしているなんて想像もつかないではないか。なんたって、ビル・ゲイツは天才なのだから。

「天才の頭の中:ビル・ゲイツを解読する」を観れば、ゲイツについて多くのことを知れる。しかしグッゲンハイム監督は、何が、あるいは誰が、ゲイツという超非凡な人間をつくりあげたのかは導き出していない。マルコム・グラッドウェルにだって、そんなことはできないのだ。

※『WIRED』によるビル・ゲイツの関連記事はこちら

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あなたも狙われている? サイバーセキュリティに関して知っておくべき「7つの脅威」

ハッカーの脅威は他人事であるとは考えていないだろうか。ところが、実はわたしたちの身近なところにも、情報漏洩のリスクやハッキングされる危険性が潜んでいる。こうした被害に遭わないために、知っておくべき「7つの脅威」について紹介しよう。

TEXT BY DAVID NIELD
TRANSLATION BY KAREN YOSHIHARA/TRANNET

WIRED(US)

USB

MYKHAILO POLENOK/EYEEM/GETTY IMAGES

ニュースの見出しを飾るサイバーセキュリティ上の脅威といえば、大規模なデータ漏洩や、金銭を要求するためにコンピューターを乗っ取るマルウェアなど、特定のものに限られている。しかし、あまり知られていないサイバー攻撃に警戒しておくことも重要だ。

あまり知られていない脅威は、iOSの修正不能なバグに並ぶほどの注目を浴びることはないかもしれない。だが、データやプライヴァシーの面で、やはり何らかの深刻な被害をもたらす恐れがある。わたしたちが警戒すべき脅威とその対策について、ここで紹介していこう。

1)危険が潜むUSBメモリー

小さなUSBメモリーは一見すると、そこまで危険には見えないかもしれない。だが、こういった携帯型のドライヴが大きな脅威を媒介することもある。なかにはコンピューターに接続されると同時に多大な被害を与えることを目的として設計されたものもあり、そういったものはとりわけ危険だ。出所に絶対の確信をもてないUSBメモリーを自分のコンピューターに接続することには、極めて慎重になるべきである。

たとえ、接続と同時に何らかのウイルスを感染させるようにプログラムされたものでなくとも、USBメモリーはメールの添付ファイルなどになりすましたウイルスを容易に媒介してしまう可能性がある。実験によると、出所不明のUSBメモリーに遭遇した場合、多くの人が好奇心に負けてしまうという結果が示されている。常識を働かせた行動を心がけよう。

このようなUSBメモリーを介した脅威への対策としては、警戒心をもつほかにも、一般的なルールを守ることが有効だ。コンピューターのOSを常にアップデートし、さらに効果的なセキュリティツールをインストールしたうえで、アップデートした状態を維持しておくことだ。USBメモリー上のファイルの安全性に確信がもてないときには、何よりもまずウイルススキャンを実行したい。

2)“ゾンビ化”したアカウント

目まぐるしい変化のなか、あらゆるものがつながり合っている現代。ソーシャルメディアや語学学習、職探しなど、どのアプリやウェブサイトを使っていたかを忘れてしまうことは日常茶飯事だろう。しかし、ほこりをかぶった状態で放置しているアカウントが増えるほど、ハッキングされる可能性は高まっていく。

関連記事情報流出の危険性がある「放置アカウント」、いますぐ削除する2つのステップ

こういった休眠アカウントは、ただスマートフォンから関連アプリをアンインストールして終わりにするのではなく、時間をとってアカウントそのものを削除することが重要だ。アカウントを削除しておけば、たとえいずれかのサーヴィスでデータの漏洩が起きたとしても、自分のデータがその被害を受ける恐れはなくなる。

また、Facebookと連携しているデートアプリや、Googleアカウントを登録しているメールアプリなどのように、メインのアカウントと連携しているサードパーティのアプリやサーヴィスについても、定期的に見直したほうがいいだろう。こういった連携が多いほどハッキングの標的になりうるものが増えるため、日常的に使用していないものについては定期的に連携を解除したり、アカウントを削除したりすべきだ。

3)信頼できないブラウザー拡張機能

適切なブラウザー拡張機能を使えば、日常的に使用するウェブブラウザーに便利な機能を追加することができる。しかし、こういった拡張機能もまた、ほかのソフトウェアと同様に入念な下調べが必要だ。なんといってもブラウザー拡張機能は、その気になればユーザーのネット上の行動を何もかも把握できてしまう特権を有するからだ。

有害な拡張機能をインストールしてしまうと、自分の閲覧データを売られたり、ポップアップ広告がしつこく表示されたりするようになったり、望まない別のソフトウェアをインストールされたりする恐れがある。このためインストールするブラウザー拡張機能は最低限にとどめ、よく知っていて信頼できるもののみ使用することをお勧めする。

安全な拡張機能の見分け方は、安全なアプリの見分け方と同じだ。開発者の経歴を調べたり、要求してくる許可の内容をチェックしたり、ほかのユーザーによるレヴューを読んだりして、本当に有用な拡張機能だけを使うようにしたい。

4)SNSと連携した怪しいクイズ

家族や友人がFacebook上でクイズに答えて、自分はホグワーツ魔法魔術学校のどの寮に向いているか、あるいはどのセレブリティに近いタイプかといった結果を公開しているのを目にしたことがあるだろう。このようなクイズは無害で楽しそうに見えるかもしれない。確かにそういうものもあるのだが、なかにはユーザーが意識せずに提供する個人データの収集を目的としているものもある。

こういったクイズは、答えた本人やその友人についての詳しいデータを蓄積するために利用可能で、実際そのように利用されてきた。収集されるデータは、クイズの答えそのものだけではなく、連携したFacebookアカウントに保存されているその他の情報も含まれる。

このような楽しいクイズに答える際には、“最初に住んだ家があった道の名前”や、“ペットの名前”といった、個人データを尋ねる質問がどれだけあるかということにも注意しよう。何らかのかたちでなりすましに利用される可能性があるからだ。

また、最近人気が広がっている“老け顔”アプリ「FaceApp」のように、個人情報や写真の提供を求めてくるものや、ソーシャルメディアのアカウントとの連携を要求してくるものにも注意が必要だ。自分がどの大統領に近いタイプかを知ることに、そこまでのリスクを負う価値はない。

関連記事老け顔アプリ「FaceApp」への過剰反応は、“もっと大きな危険”を覆い隠すことになる

5)個人情報につながる写真の投稿

お気に入りのソーシャルメディアに写真を投稿することは、決して悪いことではない。だが、公開しようとする写真からほかの人がどのような情報を特定できるかを、もう一度よく考えてからにしよう。自宅や職場の場所に関する情報については、とりわけ注意が必要だ。

InstagramやFacebookをはじめとする多くのアプリは、写真に組み込まれている位置情報を自動的に削除するようになっている。しかし、「Google フォト」など一部のアプリについては、ファイルに埋め込まれた位置情報のデータが、写真を共有したあとにも残る場合がある。さらに、撮影時の位置情報を維持するか否かにかかわらず、ソーシャルメディア上でのチェックインに関連づけられた写真には、その位置情報が改めて追加される可能性がある。

これはなぜ危険なのだろうか? 職場や住所の情報は、なりすまし詐欺を行ったり、オンラインアカウントのセキュリティ用の質問に答えたりする際に役立つ可能性がある。さらに、できれば会いたくない人物があなたを直に訪ねてこようとする際に利用される可能性もある。公開された写真から把握できる個人情報は、少ないほど好ましいというわけだ。

6)スマートホームを利用した覗き見

家庭ではスマートホーム化の動きが進んでいる。しかし、ハッカーやマルウェアの販売者にとってみれば、これは標的にできるまったく新しいデヴァイスが加わったということでもある。標的にされると、玄関が施錠できなくなったり、自宅のセキュリティカメラの映像を望まない相手にまで見られたりする可能性がある。

スマートホームの安全性を確保する対策は、購入するデヴァイスの選択から始まる。できる限り知名度が高く、定評があり、ハードウェアにおいて堅実な実績を有するブランドだけを選ぶべきだ。さらに購入後は、スマートホーム用デヴァイスだけでなく、そのすべてのゲートウェイとして機能する自宅のルーターについても、常にソフトウェアをアップデートしておこう。定評のあるスマートホーム用デヴァイスのほとんどは、自動的にアップデートを実行するようになっているので、それも信頼のおけるブランドにこだわる利点と言えるだろう。

スマートホーム用のデヴァイスやアカウントにパスワードが必要な場合、初期設定のまま使用し続けるのは避けるべきだ。代わりに、ほかのアカウントに使用していない、長くて推測しにくいパスワードを設定し、さらに2要素認証がある場合は予防効果を高めるために有効化しておこう。

7)危害を及ぼす充電ケーブル

ガジェットに付属されてくる標準の充電ケーブルは、充電したり、必要に応じて音楽を同期したりすることを目的に設計されている。しかし、外見上はそれに非常によく似ていながらも、はるかに多くのことができるように特別に開発された充電ケーブルも存在する。

リンク先の記事で紹介されている偽のLightningケーブルを見てほしい。大量生産も可能となっているこのケーブルは純正品にそっくりだが、これをデヴァイスに接続すると、ハッカーによる遠隔アクセスが可能になるのだ。

不正に細工されたこのケーブルをユーザーが接続し、「このコンピューターを信頼しますか?」という警告が表示された際に「信頼」をタップするだけで、遠隔アクセスが可能になってしまう。この警告自体は通常も表示されるので、何のためらいもなく同意してしまう恐れが大きい。

対策としては、デヴァイスに付属するケーブルや、信頼できる入手先からのケーブルのみを使用することだ。これはガジェットの健全性を保つために普段から守っておくべきことでもある。またUSBメモリーと同様に、身の回りにあるケーブルがどれも適正なものであると憶測してはならないということだ。

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