第一部 Magical girl Birth
Magical girl 倉敷 香奈 Part 2
普通であることに抵抗を示す人は限りなく少ない。
目立たぬように、突出しないように……出る杭は打たれるなどという言葉があるとおり、日本という小さな島国に住んでいる人々は、他人との違いに非常に敏感だ。
例えば個性という言葉はある。だが、個性という言葉には不思議な力があり、たとえどれだけマイナスに働くことだとしても、個性という言葉で打ち消すことができる。それでも、日本人は特に個性を幼少期から大切にしていると口ではいうくせに、成長過程を見極めながら個性を消す努力を始める。
第三者へ迷惑を被る個性を打ち消すためには、量産型と言われようが一定層の普通を作ることは大切なことだ。しかし、どれだけ第三者にプラスになることだとしても個性は許されない。
私に個性があるかどうかと聞かれれば、即答することは難しい。私は誰かと変わっていることを恐れている。物心つく頃から、両親からの言葉には必ず「普通でいた?」と聞かれる。
普通とは果たして何を指しているのか?
その答えを私は見つけることができぬまま、成長し、普通でいられないことに激しい嫌悪感を覚えるようになった。
誰しもが普通という鎖で縛り付けられていながらも、変わった行動をすることが多々ある思春期に、私は普通でないことを許せないでいた。
普通であることを他人にも強制し始めた頃、ようやく私は異常であることがわかった。
私は普通という概念を妄執している
話は半年前になる。
学習塾からの帰宅途中、駅前で空き缶を地面に置き物乞いをする老人を見つけた。
身なりや様子から随分と前からホームレスとして生きていることは直ぐに察しがついた。
同時に私の中で怒りがこみ上げてきた。
普通に成人し、就職し、働き続ければ、ホームレスなどにはならないはずだ。だというのに目の前の老人は物乞いをし、あまつさえ自分に向けられる蔑む視線に対して対抗するかのような怒りの目を向けていた。
許すことが出来なかった。
他人の温情で生きているような下等生物が普通の人間に怒りを持っていることが。
どのように声をかけたかまでは覚えていない。
私は老人に声をかけ、人気のない公園へと誘い込んだ。老人は嬉しそうに私についてきた。その表情さえ、私には怒りの対象でしかない。
気がつくと、目の前にはハサミで滅多刺しにされ冷たくなっている老人がいた。
血や犯してしまった罪への恐怖よりも、汚いモノを洗浄させた達成感が強かった。
それから、私の汚いモノを洗浄する行為が始まった。
身元不明死体がいくつ増えたところで、警察は警戒を強めるだけで真剣な捜査などしなかった。しがたって、私の正体が明るみになる可能性も未だにない。
------------------------------------------------------------------------------------------------
「その話……私も考えてもいいですか……!」
予想もしない声が聞こえてきた、とばかりに恵美は目を丸くしている。ムクロはニコリと微笑んだ。
「来ると思いましたよ、倉敷 香奈さん」
「どうして香奈ちゃんが……」
「私にも叶えたい願いがあるの。魔法少女になって、それを叶えることができるこのチャンスを、私は逃したくない。恵美は違うの?」
「私は……」
恵美は口ごもる。
貴方だって私と同じように抱えている闇があるはずだ。その闇に光を当てることができるかもしれないというのに、どうして迷っているのか……?
私には恵美の考えていることが、迷っている理由が理解できなかった。
「まあまあ、強制することもありませんから。兎にも角にも、倉敷さん、魔法少女となる覚悟を決めていただきありがとうございます! そうですね……チュートリアルではないですが、ご説明をさせていただきましょう」
ムクロはパチンと指を鳴らした。
虹色の結界のような膜が屋上を包み込む。
「これでこれ以上、誰かが入ってくることはありません。さて、魔法少女とは言いましたが、まずは魔法少女ポイントをためてもらわなければなりません。貯めるためには悪を倒すのです。倒すべき悪は、この私ムクロが指定する場合もありますし、皆さんが自発的に悪人を見つけてとっちめてもいいです」
「どうやってとっちめるの?」
私の質問にムクロはニヤリと笑った。
初めて、誰かの笑顔に恐怖からの寒気を覚えた。
「口頭でもかまいません。ですが……よりよいポイントの集め方は殺すことですね。それも無残に、ね。雲井さんは昨日、七夜さんのお仕事を見たので想像がつきますね?」
恵美の顔色が青ざめた。
その様子を見るだけで、どれだけ凄惨な殺しだったのかは容易に想像がついた。
それでも私は何ら思わない。私は既に人殺しであり、掃除人であり、ひとりふたり、今から抱える殺人という業が増えたところで困ることなどなかった。
「重傷や軽傷を負わせてもポイントは入りますが、殺すことをオススメします。どうせ、関係のない人を巻き込んで迷惑を振りまく害虫ですから……駆除だと思えば気にすることはありませんよ」
「それ、でも……!」
恵美が叫ぶ。
しかし、七夜が「雲井さん」と声をかけると恵美は黙りこくった。
その時初めて、私は七夜がいることに気がついた。
あまり接点はないが、状況から鑑みるに彼女は魔法少女なのだろう。
そして、私は彼女が嫌いだ。学校に来ない、という普通ではないことを続けている彼女に怒りを持っている。
「話を続けましょうか。ポイントを貯め、還元することで自身を強化することも可能です。強くなっていき、そうして貯めたポイントで願いを叶える最終目標への試練が渡されます。試練を乗り越えれば、晴れた皆さんは幸せに暮らせるでしょう」
ポイントを貯める。効率よく貯めるためには、強くならなければならない。
「ゲームみたいなものね」
誰にも聞こえないような声で私は言う。
ゲームは数える程しかしたことがないが、理屈さえ理解できれば、攻略できないものはない自信がある。
私はなにげなく恵美の方を見た。
私の中では、魔法少女になる以外の選択肢など残されていない。彼女も同じであると信じていた。
「私は……魔法少女になりません……!」
私は彼女の言葉に耳を疑った。
「え……?」
私の中で彼女に対する信頼という何かが音を立てて崩れ去っていった。